わらしべ長者(もうひとつの昔話 39)
正直者だが、たいそう貧乏な若者がおりました。
ある日。
若者は寺のお堂にこもり、観音様の力にすがろうとお祈りをしました。
観音様が現れてこう言います。
「お堂を出て初めて手にした物を大切にして、それを持って西へと向かいなさい」
若者は不思議に思いましたが、観音様の言葉を信じて、そのとおり素直に従いました。
お堂を出てすぐのこと。
若者はおもわず転んで、したたか頭を打ってしまいました。そして気がついたとき、手に一本のワラをつかんでいました。
若者はワラを手に西へと進みました。
しばらく歩いていますとアブが飛んできたので、若者はアブをワラの先にくくりつけました。
それから少し歩いたところで、幼い男の子の泣き声がして、そこには牛車に乗った親子がおりました。
若者は男の子に求められるままにアブのついたワラをやりました。
「ありがとうございます」
母親はお礼だと言って、みずみずしいみかんを若者にくれました。
若者はミカンを手に西へと進みます。
しばらく歩くと、若者は道端の木陰に座りこんでいる娘を目にしました。その身なりからして、かなり裕福な家の娘のようでした。
娘が声をかけてきます。
「水をお持ちではありませんか?」
若者は水のかわりにみかんを娘にやりました。
「ありがとうございます」
娘はお礼だと言って、上等な絹の反物を若者にくれました。
若者は反物を手に、さらに西へ向かって歩いていきました。
しばらくしてのこと。
若者は道で倒れている馬を目にしました。
そばにはお侍もいます。
「馬が病気でこのようになり、先に進めなくなってこまっていたのだ。ところで、そなたは良いものを持っておるな」
お侍は若者の手にある反物に気づくと、死にかけた馬と交換してくれと言いました。
「いいですよ」
若者はなんのためらいもなく、反物を病気の馬と換えてやりました。
翌朝。
若者の夜通しの介抱により、馬は一晩ですっかり元気になっていました。
若者は馬を連れて西へと進みました。そして大きな屋敷の前を通りかかったとき、道中で助けたあの娘に出会いました。
「あら、あなたさまは!」
娘がかけ寄ってきます。
屋敷の主人は娘の話を聞いて、若者を家の中に招き入れました。
主人が言います。
「お礼に、ぜひ娘の婿になってくれぬか」
若者は娘と結婚しました。
若者は思いました。
――たった一本のワラが、まさかこんな幸運になるはずがない。これは夢なのでは?
こうして夢だと思ったとき、それは夢となり、若者はお寺のお堂の前で座りこんでいました。
手には一本のワラがありました。