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百合の花の妖精 4

しばらく経ったある日、

ここに老婆が現れた。



先にも言ったが、

ここは皇族のみしか

結界を通さない。




おやおや?

珍しいお客様。




「お(ばば)様、

ご無沙汰しております。」

私の巫女の師である老婆を

神殿の中へと迎え入れた。




拝殿に着くや否や

「ヤマトはおるかいな?」



そして私は

「はい」

そう短く返事をし、

私はすぐに

ヤマトを呼びに向かった。





拝殿に入ったヤマトは、

皇族のしきたりの通りに

胡座をかいて

老婆と向かい合い

深く礼をした。


婆様(ばばさま)、なぜこちらに?」


ヤマトは元気のない顔のまま

老婆に話し掛けた。





突然







ペチンッ



老婆はヤマトの両頬を

挟むように叩いた。




愛情深い音がした。





「ぁいたっ!!」



「ほっほっほ。

なんじゃ、暗い顔をして。

妃のことは聞いておる。

無念じゃったな。

しかし

あの妃の愛を

全身で受けられたお前は、

神に愛されていることを

証明されておる。」




よいよい。


そう言いながら、

老婆はヤマトの頭を

小さな子を撫でるように

優しく撫でた。


「よく生きて帰ってきたな。」




その言葉に

閉じていた想いが

溢れたのだろう。


ヤマトは老婆に抱きついて、

子供のように

甘えて泣くのだった。







ひとしきり泣いたヤマトは、

ぐずぐずの顔のまま

老婆からある物を賜った。


「これは…?」



「皇室に代々伝わる

神器の一つ

叢雲(むらくも)を呼ぶ(つるぎ)じゃ。

これをお前に授ける。」



剣をヤマトに差し出しながら続ける。



「肌身離さず持ち歩け。

お前のことを守るだろう。」




その顔から、体から、

老婆のヤマトに対する

愛情の深さを見受けた。


ヤマトもまた

この老婆を心から慕い

大切に想ってきたのだろう。






「あとは頼んだぞ。」

そう言って、

老婆は日が暮れる前に、

この土地を後にした。





神殿に残された二人。






ヤマトが賜った剣を

本殿の鏡の前に備え、

天啓を受けるべく

儀式を執り行った。




"この者と夫婦(めおと)となり、

最期を見届けよ"




!!!





衝撃が走った。






私はスッと静かに180度向きを変え、

後ろに控えていたヤマトに

そのままを告げた。



ヤマトは無言のまま

老婆の意図を汲んだのか、

覚悟を決めた顔をして

首を縦に振り承諾した。





私たちはその日のうちに、

鏡の前で夫婦の誓いを立てたのだった。




それから 年月を重ね、

ヤマトは心に負った

深い傷を癒し

再び 土地を拓くべく

旅を再開し始めた。




ヤマトが出向く場所は

相変わらず荒れた土地ばかりで、

拓くのは大変なことだった。



魔物が住むところも多く、

山では天候が不安定なため

叢雲の剣が大層に役立った。




剣を天にかざせば、

忽ち雲が集まり

一振り 振り下ろせば

稲妻が走る。


そうして

拓いた土地に住む魔物は

その土地から居なくなり、

平安になると民が集う。



民から信頼を受けたヤマトは、

着実に平安な領土を広げ

広範囲に渡り

稲作や畑作で賑わいを見せていた。



そこでも、

剣は役立った。



日照りの続く

干ばつに不安な季節には、

雨雲を呼び

大地に潤いをもたらす。

大水に土地が沈みそうになると、

雨雲を散らして

その土地の空に青空を覗かせる。



民はヤマトに感謝した。



いつしか、

神殿の麓にある

小さな神社には、

豊穣の証として

多くの供物が

備えられるようになった。









そんな良き年月も

長く続くことはなく。



一月程

小降りながらも

雨が止まない日が続いた

ある晩のこと。





遠山に 見たことのない程の

巨大な積乱雲が発生し、

激しい嵐と雷が轟いた。




急激な大雨に、

今まで拓いてきた

全ての田畑はおろか

そこに住む民の民家諸共

大水に流され

土地が沈みかけている。



いつものように

叢雲の剣を振りかざしたが、

ビクともしない様子に

ヤマトは途方に暮れた。



壊滅的な状況に、

成す術もなく

慌てふためいたヤマトは

真夜中飛び出すように

神殿の結界を出ていった。




なぜ






なぜ

このような時に








ヤマトは剣を私の元に

御守りとして置いて

麓の様子を見に行ったのだった。






「「肌身離さず持ち歩け。」」









剣を賜ったあの日から、

老婆の言いつけを守り

今日まで来た。


そして

ついに破ってしまった。










天災は、龍の仕業だった。







ヤマトが飛び出したすぐ後に、

私は鏡に向かい

天啓の儀式を執り行った。



"龍の業。自然のバランスが崩れた"





龍は 水を司る。






天候を触ることは、神に背く行い。



神は、自然と共に在る。



人間もまた、自然と共に在る。










ヤマトは、

荒れた空の下で

美しく光る大きな龍神に出会った。




「そなたはまた水に難を受けたな。

あの時となんら変わっておらぬ。

剣を返せ。」



ヤマトは剣を持ち合わせていない。

首を横に振るしかなかった。



「ならばここで命を終え、

妾に身を捧げよ。

後世は竜島の守護として働き、

民を導くことを約束するのだ。」




水に救われ

水に死ぬ。





龍は剣を返さない代わりに

次の命を授け、

ヤマトに償いの機会を与えたのだった。







夜が明けて

雲はどこへやら。


青空が優しい

新たな朝を迎えた。







私は、一人になった。

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