旅之八 城緒不安定
察するに二人は宿代の節約も考えていたのかもしれない。よくよく考えれば、結構無謀である。それだけ村の危機と云う事なのだろう。ゼファーも元とはいえ、勇者である。気にはなったが、腹が減っては戦に勝てぬ。まずは目の前の金貨千五百枚の為にヴァイトの3つ目の城へと向かった。落ち着かないのはガイストである。まさか聖職者とパーティーを組むとは思っていなかった。ゼファーの方が能力は上だが本職ではない分、気を許していた面はあった。しかし、今回はガチの聖職者である。それも二人。気が気ではなかった。
「お二人。聖職者が俺様のような死霊騎士とパーティーなど組んで問題は無いのか? 」
思いきってガイストはルレ姉妹に聞いてみた。素直に答えるかは分からないが、不安で落ち着かない。
「ガイストさんが悔い改めて人々の為に働くというのであれば、きっと神様も、お許しくださるでしょう。」
ノワの答えは、凄く微妙だった。今回の依頼は人々ではなく吸血鬼の依頼だ。それにガイストは悔い改めた訳ではない。浄化されたくないという保身、いわば私利私欲に近い。
「安心しろガイスト。いざとなったら俺が浄化してやるっ! 」
ゼファーの言葉は洒落にならない。ノワやアマンダが相手であれば生き残るチャンスがあるかもしれない。生きてはいないが。だがゼファーに浄化されたら二度と甦る事なく、跡形もなく抹消されてしまうだろう。ゼファーは聖職者ではないが浄化能力はルレ姉妹よりも遥かに上なのだ。
「ガイストさんを、あんまり脅かさないでくださいよぉ。仲間じゃないですかぁ。」
死霊騎士であるガイストを一番、庇ってくれるのが勇者であるミントというのも複雑な気分だった。魔王が生きている頃は最大の敵が勇者だったというのに。
「三つ目の城は、この奥です。」
ガイストが指したのは岩山に空いた洞窟だった。1つ目の茨に囲まれ梟の鳴いていた薄暗い城、2つ目の花に囲まれた丘の上の城ときて、今回は暗闇の中だ。ゼファーも今回は初見なので、多少は警戒しているようだった。
「こんな真っ暗な所に城造るなんて根暗かよ。」
「そりゃ、吸血鬼ですからね。昼間は殆ど、ここの城で過ごしていたらしいですよ。」
「違ぇねぇ。それで、あいつ生き延びたのか。」
ゼファーも変に納得した。吸血鬼なのだから真っ暗な場所に居ても不思議ではないし、ここの城はゼファーがスルーした城である。もしゼファーがこの城に来ていたら、今頃R・ヴァイトは灰も残っていなかっただろう。
「ゼファーが来なかったんで城は被害が無かったから、ここでおとなしく余生を過ごそうと思っていたらしいんだけどね。聖職者ども… 聖職者たちに見つかって、なんだかんだでギルドの管理人なんかさせらせてるって訳だ。」
まるで己の事のようにガイストは語った。聖職者に居場所を追われたという点では他人事ではない。
「良かったじゃないですか、お仕事が見つかって。」
アマンダに悪気は無いのはガイストも理解している。だが、これは就職ではなく、人間の為に働かないと浄化、つまり死霊や吸血鬼にとっては命を形に取った強制労働である。人間も魔王も似たり寄ったりだとガイストは思った。だが、それを若きシスターに言っても仕方の無い事だとも思っていた。
「ガイスト、とりあえず俺と居る時は生きてる事を楽しめよ。」
そう言うとゼファーは先に洞窟に入って行った。
「おい、ゼファー。罠が在ったらどうする? 俺様が先に行くっ! 」
ガイストが急いで後を追った。
「姉さん… 私、何か変な事言った? 」
アマンダの問いにノワは少し困った顔をした。
「ほらほら、二人とも置いて行かれちゃいますよ。まだまだ人間と魔物は共存始めたばかりなんですから、お互い歩み寄りとお勉強ですよね。」
ミントの言葉にノワは小さく頷いた。洞窟に入ると灯りをつけようとしたアマンダをミントが止めた。
「相手が分からないうちは灯りはつけないで。的にされちゃうかもしれないから。」
こんな暗闇の中の城に巣食うなら、吸血鬼のような夜行性かもしれない。それでもガイストは平然と進み、ゼファーは夜目のスキルでゆっくりとついていった。ミントも徐々に暗闇に目が慣れてきた。城門に辿り着いて中を覗き混むと、蠢く気配がする。小動物のようだが、はっきりとしない。
「ガイスト、分かるか? 」
「ありゃ魔栗鼠の群れだな。普通は建物には住み着かないんだけどな。」
ゼファーに問われてガイストは答えた。魔栗鼠は正確には栗鼠ではない。森の中で冒険者の装備や食糧を掠め盗っていく小型で夜行性の魔物だ。すばしっこいが戦闘力はあまり高くないため、冒険初心者などによく狙われていた。しかし、これ程の群れはガイストも見たことがなかった。
「魔栗鼠だけか? それなら簡単に追っ払うんだが。」
ゼファーが再び聞いた。魔栗鼠だけなら、追い払うのに、そう手間は掛からない。
「退治するのではないのですか? 」
ノワが不思議そうに尋ねた。