旅之五 最強のお下がり
翌日、ゼファーとミントは連れだって宿を出た。討伐ではないのでガイストは留守番だ。ミントはてっきり防具屋に行くものだと思っていたのだが、ゼファーはあっさりと通過した。
「あれ!? 防具屋通過しちゃいましたよ? この街、他にも防具屋ありましたっけ? 」
だがゼファーは返事もせずに黙々と歩いてゆく。やがて、人通りの少ない路地裏に入ると、いかにも如何わしいネオンが昼間からチカチカとしていた。
「あ、あのぉ… 」
ゼファーは何か言おうとしたミントの背中を押して一軒の店に入った。
「いや、あの、心の準備がまだなので… 」
「着いたぞ。何言ってんだ? 」
よく見ると鉄格子に小さな窓があり、中では老人が忙しそうに算盤を弾いていた。
「爺、久しぶりだな。俺の預けた物、流してないだろうな? 」
「流そうにも、こんな店に魔王も居ない今、あんな物を誰が買いに来るもんか。不良債権もいいところだ。」
老人は吐き出すように言った。
「ひょっとして、ここって… 」
恐る恐るミントは尋ねた。
「質屋だ。魔王倒して用がなくなった装備を全部、突っ込んだんだ。」
「もう預ける物なんて無いだろ? まさか質受けしに来た訳でもあるまいに。」
老人は少々、呆れていた。確かに預けるだけ預けて質流れにも出来ず質受けにも来ないのであれば、ただの場所塞ぎだ。預かり物なので勝手に捨てる訳にもいかない、いい迷惑である。
「いや、そのまさかだ。って言っても今日は防具だけだけどな。」
そう言ってゼファーはヴァイトの処で稼いだ金貨の袋を鉄格子の窓から見せた。
「ほぅ。どういう風の吹き回しだい? いや、客の詮索はしないのがマナーだな。この額だと盾と兜か、鎧だけだね。どっちにする? 」
老人は袋の中の金貨を一枚一枚確認しながらゼファーに尋ねた。
「ケチ臭いな。残りは後で持ってくるから3つとも出してくれねぇか? 」
「お断りだね。冒険者なんて、どこで魔物にやられちまうか分からない商売なんだ。どんなにお前さんが強くても、筋は通して貰うよ。」
「仕っ方ねぇな。じゃ、鎧だ。」
ゼファーも、ここは無理を言わずに引き下がった。
「すぐに装備するかい? 」
「あぁ、こいつがな。」
そう言ってミントを親指で指すと老人がまじまじとミントを眺めた。
「宝の持ち腐れだと思うがの。こっちは貸した金と利息さえ貰えれば文句はない。ほらよ。」
老人がミントに鎧をかぶせると、あっという間にミントにピッタリのサイズになった。
「わ、ちょっと臭うけど軽くて丈夫そう。」
ミントは姿見の前でクルリと回ってみた。
「臭いのは帰ってから自分で消臭しろっ! 俺が魔王を倒す時に纏ってた勇者の鎧だ。お前のレベルが上がれば、もっと立派になるぜ。」
「勇者の鎧!? 本物なんですね!? 」
「当たり前じゃ。こっちも信用商売、すり替えるような真似はせんよ。もっとも、装備者に合わせる鎧が造れる贋作職人も居らんがな。」
勇者は男女兼用の装備が存在し、使用者に最適になるよう変化した。それは高価な材料と特殊な技術で造るため、量産も出来なければカスタマイズ加工も困難だからだ。
「おっし、次の城を取り返して兜と盾を受け出すぞ。3つ目の城を取り返したらパーティーだ。」
「えっ!? 武器じゃないんですか? 」
「お前が勇者の剣を持つなんて10年早い。防具は俺が戦う時に、お前を守りながらじゃ面倒臭いからだ。もしも、万が一、何かの間違いでお前が戦えるようになったら武器も考えてやる。」
「本当ですか? ヤッター♪ 」
いつの事になるか分からないが、ミントは目標が出来たと前向きに捉えていた。
「ともかく、宿屋に帰ったら出発だ。」
こうして宿屋に戻ると出発… の筈だったが、ミントが出てこない。伝書妖精はミントが持っているし、あくまでも勇者ミントのパーティーが受けた依頼だ。たとえ戦力外であっても置いて行く訳にはいかない。それではクリアしても報酬が出ないからだ。
「お待たせしましたぁ。」
「何か臭うな? 」
「いやぁ、その、なんて云うか、あまりに臭いが… だったんで花の匂いを… 」
それを聞いてゼファーは呆れ、ガイストは溜め息を吐いた。
「えっ!? 何か拙い事しました? 」
「まぁ、いいけど。次の城の魔物が花好きの虫系だったら、いい餌になるな。取り敢えず、おまんまの種なんだから必死で生き延びろ。」
「えっ、え゛~っ!? 」
ミントは臭さを何とかする事しか考えていなかった。だが、言われてみれば当然だ。しかし、もう戻っている暇はない。前向きになった気分は何処へやら、ミントは憂鬱な気分を引き摺って次の城を目指した。
「でも、ミントさん、ラッキーでしたね。」
ガイストに声を掛けられてミントはキョトンとした。
「えっ、何が? 」
「ミントさんの他にも何人か勇者職の人間は居ますが、その鎧はもう造れる職人の居ない最後の一点なんですよ。いわば最強のお下がりです。」
「そんな貴重な物だったんですか? こんな駆け出し勇者の為に、ありがとうございます。」
「あん? でも、俺と別れるとなったら、染みの着いた下着残して身ぐるみ剥ぐからな。覚えとけ。」
「染みなんか、ありません~。」
「じゃ、見せてみろよ? 」
「そんなに言うなら… って誰が見せるかぁっ! 」
二人を見ながらガイストは呆れていた。
「何だろうねぇ、人間って奴は。こんなんで魔王倒しちまうんだから分からない。」