旅之四 曲がりなりにも間借りする魔物
「ガイスト、先に行け。」
「あ、罠要員ですね? 承知しました。」
元々、そういう約束なのでガイストは喜んで前に出た。ガイストにとっては罠に掛かる方が聖職者に追われるより百倍はマシだった。それでも死霊では発動しない罠もある。そこはゼファーは盗賊のスキルで躱せるのだがミントは、そうもいかない。
「優しいんですね。」
「何がだ? 」
「罠に掛からない足場をあたしの歩幅に合わせてくれて。」
「たまたまだ、たまたま。」
そんな二人の会話を聞こえないフリをしながらガイストは先へと進んだ。そもそもR.ヴァイトの城にはガイストは何度か訪れている。罠そのものが改造されていない限り掛かるような事はない。玉座のある元々のR.ヴァイトの部屋には難なく辿り着いてしまった。そこでは一匹の魔物がのうのうと昼寝をしていた。
「ガイスト、知ってるか? 」
問われたガイストも首を捻った。
「何百年か、ここには出入りしてたけど、知らぬ顔だな。」
「そうか。」
それを確認したゼファーが玉座の後ろに回りガツンと蹴飛ばしたものだから、昼寝をしていた魔物は勢いよく転げ落ちた。
「ぐぇ、ぐぉ、ぐぁ… 地震か!? 」
魔物が辺りをキョロキョロして背後に立っていたゼファーに気づいた。
「に、人間!? ひょっとして勇者か!? 」
「元、勇者だ。今の勇者はあっち。」
ゼファーが親指で指した先でミントが申し訳なさそうに手を振った。
「その勇者一行が、こんな古城に何の御用で… ?」
明らかに戦意が無いと見るとゼファーが強気に出た。
「この城は手前ぇの物じゃねぇだろうがっ! 持ち主から立ち退き要求が出てんだよっ! 」
「ひぇ。こ、ここを出たら行くとこ無いんです。勇者が魔王を倒して以来、肩身の狭い… って、まさかぁっ! 」
思わず魔物が退いた。
「その、まさかだ。」
「ここって、確か吸血鬼の城でしたよね? 」
「その吸血鬼の依頼で俺たちは来たんだ。」
「そんな、魔王を倒した勇者が吸血鬼の依頼で死霊騎士連れて魔物に立ち退き迫るって、どんな世の中ですか…ブツブツ。」
もう魔物は俯いて肩を落とした。
「そうガッカリするな。事と次第によっては、ここに住めるよう吸血鬼に話しをつけてやる。」
「ほ、本当ですか!? 」
思わずミントは呆然とした。
「ここの所有権は吸血鬼にあるが、あいつは仕事で城に戻れない。」
「し、仕事… ですか? 」
「そうだ。あいつは人間社会に溶け込もうと人の血も飲まずに必死だ。だから、この城の保守を兼ねて、お前がここに住む。管理人なんだから家賃も要らないし、敷金礼金も要らない。俺に… 俺たちに仲介手数料を一回払うだけだ。」
もうミントの開いた口が塞がらない。
「そ、それじゃ、これでお願いします。」
手渡された袋の中を覗くとゼファーは満足そうに頷いた。
「よし、商談成立だ。そのかわり、もう人間を襲うなよ。そん時は魔物退治に来なくちゃいけねぇ。」
「は、はい。わたしみたいな魔物が勇者に喧嘩売るなんて自殺行為ですから。決してそのような事はいたしませんっ! 」
「おっし。二人とも、帰るぞ。」
いまだに唖然としているミントの袖をガイストが引っ張って城を後にした。その後ろ姿を魔物は深々と頭を下げて見送っていた。
「い、いいんですか!? 」
ミントは伝書妖精を飛ばしながらゼファーに聞いてみた。
「何が? 」
「あんな勝手な約束して… 」
「大丈夫、大丈夫。城に行って思い出したんだが、あの城はヴァイトの張った結界で強い魔物は近寄れないから。ガイストみたいに人間のパーティーに入れば別だけどな。で、普通の人間には見つけられないから、本当に城のメンテナンスくらいしか、やる事は無い筈だ。魔物は城に住めて仕事が出来る。ヴァイトは仕事に集中出来て城がメンテされる。俺たちは懐が潤う。オールWinな関係だろ? 」
ミントもご飯の為にゼファーと組んだので、強い事は言えないが、この手数料の二重取りのようなやり方に後ろめたさを感じていた。それに、これでは経験値が入らない。ギルドに戻るとヴァイトが金貨の袋を出して待っていた。この世界で伝書妖精が使われる最大の理由は虚偽報告が出来ないところだ。昔は、クリアしてもいないクエストをクリアしたと報告する懸賞金詐欺もあったらしい。
「はい、報酬の金貨千二百枚です。」
「千七百枚じゃなかったか? 」
「そんな、千五百枚って言… あっ。」
「ちゃんと覚えてるじゃねぇか。」
ゼファーはヴァイトが後から渋々と出した三百枚の金貨と合わせて千五百枚の金貨を受け取るとギルドを出た。
「ミント、明日はお前の防具を買ってから次の城に行くからな。飯と宿は安いところで我慢してくれ。」
「あっ… 」
ミントは今回の依頼を受けたのが自分の防具を買う為だと云うことをすっかり忘れていた。少しでも自分にいい防具を買ってくれようとしていると思うと、呆れた自分が少し申し訳ないと思った。