旅之三十五 再会
「さっきっから嫌ぁぁぁぁな気配がすると思ったが、やっぱり手前ぇかっ! 」
そこには魔王が待っていた。逃げも隠れもしない、と云うよりは逃げても隠れても無駄と悟っていたのだろう。目の前には自分の仇敵と自分の娘と自分の元部下。それから知らない少女が立っていた。
「久しいな、勇者。まさか、冥界で再会するとは思わなんだ。だが、死して訪れた訳ではなさそうだな。死霊騎士以外からは生者の臭いがプンプンと漂っておる。」
確かにガイストからは生者の臭いはしないだろう。
「あぁ。手前ぇの言うとおり、ピンピンしてるぜ。ついでに言えば俺はもう、勇者じゃねぇ。今の勇者はこいつだ。」
ゼファーに指差されて普段なら、すまなそうに挨拶をしてきたが、魔王の前ではそうもいかない。恐ろしさに後退りそうになる心を必死に堪えていた。
「ガッハッハッ。その小娘が新しい勇者だと? 何の冗談だ? たとえ本物の勇者だとしてもレベルが… 1!? 1だと? 低すぎるというか、馬鹿にしているのか? 」
魔王からすれば無理もない反応だ。魔王の前に現れた中で史上最弱、これより下の無いレベル1。それもファーストジョブなので他のスキルも何もないのだから。
「バカになんか、しちゃいねぇさ。レベル1でも手前ぇをブッ倒せばMAXまで上がるのは経験済みなんでねぇ。」
ゼファーの言葉に魔王は思わず身動いだ。
「あの時… 会った瞬間に倒されてレベルを見る暇も無かったが… まさか、あの時、貴様はレベル1だったというのかっ!? 」
するとゼファーはニヤリと笑った。
「おうよ。他のジョブレベルを全部マックスにして最後に転職した勇者としての最初の敵が貴様だ。それが… それが、最初の一撃で倒れやがって、それでも魔王か貴様はっ! 後ろに真の魔王とか大魔王とか裏ボスとか用意は無ぇのかよっ! 」
「え、あ、いや、すまん。あの頃、儂よりも強い奴なんぞ居なかったんで、そんな者は居ない。」
ゼファーの剣幕に圧されて、さすがの魔王が謝ってしまった。その様子にボーマンは呆れて寝転がってしまった。
「ボーマン、さすがに危ないって。」
ミントが起こそうとしたがボーマンは大欠伸だ。
「大丈夫だって。今の話し聞いたろ? ゼファーがクソ親父をブッ倒した時はレベル1だったんだぜ。て事は今のゼファーに負ける要素なんざ無ぇってこった。」
ボーマンの言葉に魔王は青さめた。確かに今、甦っても、この場で戦っても勝てる気など微塵もしない。それならば人間であるゼファーの寿命が尽きてからでも… そこまで考えて絶望した。ゼファーの寿命が尽きれば、この冥界にやって来るという事だ。いくつまで生きるかは知らないが魔王の復活など絶対に許されそうにない。魔王は諦めたようにバーを解放した。するとカーの待つ場所へと一足飛びに駆けていった。
「何故だ? 魔王より強い人間が居るなんて理不尽だろ? それも元勇者とはいえ今は無職だろ? 村人ですらないんだろ? 」
「神まで恐れさす魔王ってのも、かなり理不尽じゃね? 」
魔王のボヤキにゼファーが言い返した。
「殺れ。だが、またゼファーに殺られるのも、自分の造った娘に殺られるのも不愉快だ。そこの勇者、名前は? 」
突然、名前を尋ねられてミントも戸惑った。
「ミ、ミントです。」
「ならばミント。貴様が殺れ。そして経験値の足しにするがいい。」
「で、出来ませんっ! 」
ミントは即答で断った。いずれは魔王を倒すつもりで成った勇者ではある。だが、本人がどう言おうと親友ボーマンの父だと思うと、その手に掛ける気にはなれなかった。
「んじゃ、ガイスト。お前やるか? 」
ゼファーに無責任に声を掛けられてガイストも慌てて首を横に振った。
「無理ですって。そんな心臓に悪い事出来ませんって。心臓無いですけど。」
さすがに誰も笑わない。しかし、その時は突然訪れた。
「グハッ!? 」
魔王の一瞬の断末魔が聞こえた。一斉に魔王の方を見るとアメミットが魔王の心臓を喰らっていた。元々、ここの冥界では地獄の概念が無い代わりに真実の羽根より重い心臓はアメミットが貪り喰らい、その魂は転生出来なくなる事になっている。ゼファーが魔王軍を殲滅したために纏めて転生事前裁判に送られて来た際に、アメミットが他の心臓を喰らっている間に魔王が逃げたのだからアメミットは本来の役目を果たしただけである。そして空気を読むなどという芸当はした事もない。
「早くしねぇからレベル上げ損ねちまったな。」
突然の出来事にミントは放心していた。
「いいじゃねぇか。今回は勇者ミントのパーティーは誰もあたいのクソ親父を手に掛けなかった。それで納得しとけ。」
一番、気に掛けた筈のボーマンに慰められてミントも複雑な気持ちになっていた。
「いいか、ミント。家畜だって魔物だって、本人が意識していようが、していまいが親だの兄弟だのってのは居たりするんだ。勇者続けんなら、そこんとこ、よく考えんだな。」
「そういう小難しい話しは地上に戻ってからにした方がいいぞ。このまま冥界の住人になるなら別だが。」
「やべっ、戻んぞっ! 」
ゼファーたちは文字通り生死を彷徨ってる状態である。そろそろ限界時間が近づいていた。




