旅之三十四 勇者と死霊騎士
「せっかくだが、俺様は勇者ミントのパーティーメンバー死霊騎士ガイスト。少なくともミントが勇者をやっている間は、生まれ変わって赤ん坊からやり直すつもりはない。役に立てんなら現世に戻ってミントを警護するとしよう。何しろレベル1だからな。貴様は魔王をブッ倒して、とっとと帰ってこい。ミントが心配するからよっ。」
そう言い残してガイストは戻っていった。まぁ、死霊だから迷子になる事もないだろう。
「あれで格好つけたつもりかねぇ? でも、まぁ、ミントが心配するってのは本当だろうぜ。」
ボーマンは笑みを浮かべながら呆れていた。
「さて、行くか。」
「お、おぅ! 」
ボーマンは照れ臭そうでもあり、嬉しそうでもあり、申し訳なさそうでもあった。なにしろ相手は魔王。それと冥界で戦った者など過去には居ない。神々でも手を焼く相手だ。親友といえどレベル1の勇者を連れて行く訳にはいかない… 筈であった。
「なんで戻って来た? 」
ゼファーたちの前には、そのレベル1の勇者が立っていた。
「一応、俺様も止めはしたんだがな。」
ついさっき、戻っていった筈のガイストも居た。どう考えても途中で会ったと思われる。それなら、誰がミントを再び冥界に招き入れたのかとなるのだが、答えは明白だった。
「セクメトぉ。」
「いやぁ、さすがのあたしも他所の神様の頼みは断りきれなくてねぇ。」
ボーマンに睨まれてミントと一緒に居たセクメトが答えながら一歩下がった。そこには見慣れた残念な女神が立っていた。
「あんたねぇ… 」
これではミントを地上に帰した意味が無い。セクメトの言う事は本音だろう。魔王を瞬殺した人間と魔王の娘が頼んだのだ。ミント1人が戻ると言って戻すものではない。だが、他所の神の頼みとあれば断る訳にはいかない。R・テミスが、どれほど残念な女神かを知っていたら別だったかもしれないが。
「えっと… いや… ほら、ミントさんのパーティーには色々とお世話になってるっていうか、御迷惑をお掛けしちゃてるじゃないですか。偶には女神らしく願いを叶えてみたりなんかしちゃったりして… はは… はははは… 」
乾いた笑い声を挙げながら、R・テミスはゼファーやボーマンから視線を逸らしていた。
「ったく、何考えてやがるんだか。」
そう言ってゼファーはミントの頭を軽くポンポンと叩いた。
「えっ!? 」
てっきり、もっと怒られると思っていたミントは正直、拍子抜けしていた。何を言われても反論するつもりでいたので肩透かしをされた気分だ。
「ゼファー… いいのかい? 」
ボーマンも戸惑い気味にゼファーに尋ねた。ボーマンもまた、ゼファーはミントをもう一度、地上に送り返すものだと思っていた。
「いいも悪いもねぇだろ? このパーティーのリーダーはミントだ。こいつが、どうしても行くってんなら仕方あんめぇよ。ただし… R・テミスっ! 生きて戻ったら、お前の事はテミスとL・テミスにR・ヴァイトから報告させっからな。覚悟しとけ。」
「えっ!? あ、はいっ! 叱られる心の準備、しときますから… 必ず生きて帰ってきてくださいね。」
ギルドを運営しているR・ヴァイトに報告させるという事は、内々ではなく正式に抗議をすると言われたようなものだ。それでもR・テミスの表情は少し嬉しそうに見えた。
「叱られるってのに、何を喜んでんだ? ボーマン、先頭頼む。」
呆れながら苦笑するゼファーに、ボーマンもやはり苦笑しながら頷いた。
「ホント仕方ないねぇ。こういう時の意地の張り方だけは強いんだから。けど親友として警告させてもらうよ。ヤバいと思ったら逃げんだよ。あたいらもミントを庇ってる余裕は無いかもしんないからね。」
「はいっ! 」
ミントは笑顔で返事をした。レベル1の勇者が魔王との戦闘で役に立てるとは、さすがに思っていない。ゼファーの足を引っ張るつもりもない。それでも一緒に行ける事が嬉しかった。
「言っとくが俺様はミントのパーティーのメンバーだ。ミントが行くってんなら、何処までもついて行くからな。」
ガイストがゼファーに小声で言った。
「んな事ぁ、分かってるよ。第一、何も言ってねぇだろ? 」
ゼファーも小声で返した。
「そうか? 何か言いたそうな顔をしてたんでな。そもそも貴様が初めて魔王の城に乗り込んで来た時、たった独りだった事に驚いた。驚いてる間に部隊は全滅させられちまった。そんな貴様とオークの巣で再会した時、連れが居たのも驚いた。」
「仕方ねぇだろ。俺は仕事をしようと思ってジョブチェンジしようとするとレベルがMAXですと蹴られる。ミントはレベル1とはいえ、上級職の勇者って肩書きがある。飯を食ってく為のギブアンドテイクって奴だ。」
ゼファーは苦笑しながら答えた。
「本当にそれだけか? 」
ガイストは何か含みのある言い方をした。
「当ったり前ぇだろ。合法的に金を稼ぐ為に、あいつの肩書きが必要だっただけだ。戦力なんざ要らねぇからレベルはどうでも良かったんだ。」
「… 今は、そういう事にしといてやるよ。」
「やっぱり、オークの巣で会った時に浄化しとくんだったかな。」
二人は顔を見合せて同時に笑いだした。
「何、話してるんですか? 」
「何でもねぇよ。それより、そろそろ警戒しとけ。」
何かあしらわれた気もするが、皆の様子に警戒心を高めるミントだった。




