旅之三十三 再戦への準備
事、ここに来て神々の視線は自然とゼファーに注がれた。いまだかつて魔王を倒した事があるのはゼファーしか存在しない。
「おいおい、ちょっと待て。元々俺が引き受けたのは、バーとカーを探して欲しいって依頼だぞ? 」
「さすがゼファー殿。何も言っとらんのに、こちらの用件がお分かりとは。」
急にオシリスが言葉遣いを変えてきた。ゼファーもしまったと思った。元々、魔王は神々が手を焼いていた相手である。冥界に魔王が居て、ゼファーが居る。それは頼りたくもなるだろうと云うことだ。
「誰か謀ったんじゃねぇだろうな? 」
偶然にしては出来過ぎている気がしてゼファーも尋ねてみたが、ラーもオシリスも激しく首を横に振った。確かに、それにしては手が込み過ぎている。というか無駄が多すぎる。神様なのだから冥界に魔王が現れたから倒せと命じれば良さそうなものだ。ただし、ゼファーに命令する勇気があればだが。
「居場所は分かってんのか? 」
ゼファーの言葉に神々が嬉々としているのが伝わる。妙な話しではあるが神が人に願いをかけて祈っている。
「やってくれるか! 」
足元のラーがゼファーを見上げていた。
「やってやる… ていうか、やってみるだな。相手は魔王ってか魔王の幽霊みたいなもんだろ? こっちとら、もう勇者じゃねぇし、まともな装備も武器もねぇ。色々と前とは条件が違うからな。」
神々よりもゼファーの方が状況を冷静に受け止めていたのかもしれない。
「必要なら創造神に新たな武器を… 」
ラーとは反対の足元でミーが見上げていた。
「そうだな。世界中の鍛治神に新たな装備を… 」
ミーの提案にラーも乗ろうとしたが、ゼファーは笑いだした。
「お前ら、何百年掛けるつもりだ? お前たちには一瞬でも、こっちとら人間なんだぜ? そもそも、魔王がそんなに大人しく待ってる訳ねぇだろうがっ! 」
「しかし… 時間なら、余所は知らぬが此処の冥界なら転生の時まで時間は止まっ… 」
オシリスとしても冥界は守りたいのだろう。それでもゼファーは首を横に振った。
「大体そんな物で倒せるなら、神々だって苦労はしねぇだろ? それに転生って俺はまだ生きてるっつうの。」
確かにゼファーの言うとおり、神々の武具があれば勝てるのであれば、魔王の生前のような状況にはなっていなかっただろう。
「なぁ兄貴ぃ、とっとと魔王ブッ飛ばしに行こうぜ? 」
それはゼファーとしては予想外の声だった。
「お前、セクメトと一緒にミント送って現世に戻ったんじゃねぇのか? 」
そう、そこにはボーマンが居た。
「おぅ、送ってきたぜ。1人で残すなとか言うからシャナでも呼ぼうと思ったんだけどさ。忙しいみてぇだから残念な女神のR.テミス呼んどいた。」
人間が忙しいからと呼び出される女神も珍しい。
「そちらの御国には残念を司る女神がいらっしゃるのですか? 」
おそらくは不思議そうな表情であろうミーが尋ねてきた。
「違ぇよ。残念“の”女神じゃなくて残念“な”女神。んな事ぁどうでもいい。早いとこ、魔王ブッ飛ばさないと大変なんだろ? 」
実際、そのとおりである。バーの能力を使って魔王が生き返れば現状の社会など、呆気なく崩壊するだろう。それを防ぐには魔王の魂が冥界に居るうちに始末するしかない。
「いいのか? 一応、親父さんだろ? 」
「前にも言ったろ。別に親っていっても産んだんじゃなくて造ったんだしってね。それに魔物は、より強い奴が上に立つ。あたいが自分を倒したゼファーの下についても親父も文句あるまいよ。大体、親子の情なんてもんは与えられてねぇしな。」
これがボーマンの本音なのか、強がっているのかはゼファーにも量りかねた。しかし、下手な神よりは、よほど戦力になる。それにゼファーはともかく、ミントを裏切る事はないだろう。
「お、俺様は… 」
声の主の顔を見て、ゼファーは数秒してからポンと手を叩いた。
「あ、ガイストか。」
ゼファーの反応にガイストが転けた。
「冥界来てから、ずっとこの顔なんだが? 」
死霊騎士であるガイストは確かに冥界に来てからは生前の姿をしている。それはゼファーも最初に認識している筈だった。
「悪ぃ悪ぃ。お前は残れ。現世と違って冥界じゃ、お前の言ってた、生きてねぇから飯要らず。死体じゃねぇから腐らねぇ。死なねぇうえに罠確認はお任せってメリットが役に立たねぇ。」
ガイストがミントのパーティーに入れてもらう為に言ったのは『生きてないので食事も水も要らない。死体ではなく死霊なので臭わない。即死魔法無効なうえに罠確認要員にももってこい。夜間の警戒、無休でOK。こんなお得なガイストさんが今ならなんと無給っ! 』である。大体合ってはいるがガイストには不満の残る言い方だった。ただ、生前の顔で表情に出ると拙いと思い耐えた。生身の人間が居る方が異常なのであって罠などはガイストに有効に働くと思われる。
「なんなら、現世に生身で転生させてもらうか? 」
普通なら無理な話しだが、現状では神もゼファーに頼まれれば断れないだろう。しかしガイストは首を横に振った。




