旅之三十 死神と死者の守護神
「どうしたんですか? 」
頭を抱えたままのラーにミントがしゃがんで声を掛けた。
「いかん… いかんぞ。2人を早く連れ戻さねば我々は二度と神々しい姿に戻れなくなる。」
「おい、犬っころ。そのメスライオンって何者だ? 」
「い、い、犬っころ!? 」
呼ばれた事のないゼファーの言い様にアヌビスも動揺した。
「んまぁ、いい。雌ライオンってのはラーの娘、破壊神セクメトの事だ。頭が雌ライオンの形だからメスライオン。まんまだな。」
「娘? 子供の悪戯か? 大体、頭がライオン? 魔物じゃあるまいし? 」
頭が獣と聞いてゼファーが真っ先に思い浮かべたのはランのような人狼だ。
「… あのぉ、妾の世界の破壊神も、お子さん象頭ですし、きっと色々と事情が御有りかと。」
声の主がミントの着けたリボンのお陰でかろうじてミーだと分かる。
「で、何で急がないとなんねぇんだ? 」
「あぁ、俺はさっきも言った通りミイラを守る神。つまり死者の守護神なんだがセクメトは破壊神にして死神。大昔に人間を抹消しようとした事があってな。手加減ってもんを知らない。まぁ、抹消命令を出したのは、そこの頭抱えたミニ親父なんだが。」
ゼファーの問いにアヌビスが答えると、それを聞いたラーが立ち上がった。と言っても高さはほぼ変わらない。
「誰がミニ親父だ? お前の父親は自分でミイラにしたであろうがっ! 」
「父親をミイラに? 」
今度はラーの発言にミントが首を傾げると、アヌビスがつかつかと歩み寄って来た。
「いいか人間。人間にも色々と事情があるように神々にも事情があるのだ。細かい事は詮索するものではない。」
「は… はぁ。」
ミントは、ゆっくりと頷いた。
「物分かりがいいようだな。褒美にお前に冥界の扉を開いてやろう。バーとカーを探しに行くがいい。」
「や… やったぁ… 」
これで墓の中に1人で留守番をさせられる心配は無くなったが、破壊神が待っているとなると素直に喜んでよいのか微妙な処であった。
「おい、犬っころ。人間、人間って俺も人間だぞ? 」
「黙れ、誰が犬っころだ。神を神とも思わぬどころか、世界中の神々が手に余っていた魔王を瞬殺するような奴の何処が人間だ? 」
「そ、そう言われてもなぁ。」
神様にそう言われてはゼファーも証明のしようがない。
「その辺にせぬか、アヌビス。今は、その者たちだけが頼りだ。」
セクメトを止めよういうのであればゼファーは適任どころか他に居ないだろう。
「まぁ、ちゃんと報酬さえ払って貰えるなら見つけだすさ。行くぞ。」
「え!? あ、はいっ! 」
せっかくアヌビスの能力で冥界に行けるようになったのだ。相手が破壊神であろうと、こちらにはゼファーがいる。ミントには1人で墓の中に放置されるよりマシに思えた。
「思ったよりは引っ張られないな。」
一行の足が止まった。見慣れぬ人物が混じっていた。
「ど、どちら様ですか? 」
ミントに問われた人物は自分の両手を見つめ、おもむろに自分の顔を確かめるように触りだした。
「か、顔だっ! 骨じゃないっ! 」
「ひょっとして… ガイストか? 」
ゼファーの問いに、その人物は激しく頷いた。
「え゛~っ!? … って驚かないんですか? 」
どうやら、驚いたのはミント1人のようだった。
「別に死霊が、あの世に来て生きてた頃の姿になっただけだろ? 」
ゼファーは平然と答えた。
「あ、当たり前みたいに言いますけどね、あたしは冥界って初めてなんですっ! 」
「… そうか。んじゃ言っとくな。俺もミントも文字通り生死を彷徨ってる状態だから急がないと帰れなくなるぞ。」
「生死を彷徨ってる? 帰れなくなるって … まさか!? 」
青ざめるミントにゼファーは無言で頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? そ、そんなの聞いてませんっ! 」
「だから留守番してろって言ったのに。付いて来たいって言ったのはお前だぜ? 」
するとミントも少し頬を膨らませてから反論した。
「わかりましたぁだ。こうなりゃ地獄でも、この世の果てでも行きますともっ! い、一応は曲がりなりにも勇者の端くれですからね。こ、怖くなんかないんですからねっ! 」
少し震えているミントを見かねたボーマンが軽くポンポンと頭を叩いた。
「安心しなよ。あたいが守ってやるからさ。」
「友よぉ~っ! 」
思わずミントはボーマンに抱きついた。ボーマンからすれば、強すぎてゼファーから、こんなからかわれ方をしないのでミントが少し羨ましくもあった。
「ミント… 下がりな。」
言われてミントが下がるとボーマンとゼファーは身構えていた。
「へぇ。冥界であたしとやり合おうってのかい? 随分と活きのいい死人… じゃない? なんで生きた人間… だけじゃない? それに、そっちのちっこいミイラは… 親父殿!? なんだ? 何があったんだ? 」
いきなり現れた大本命にミントたちが驚く前にセクメトの方が動揺していた。自分たちより、より驚かれたものだから逆にミントも落ち着きを取り戻していた。
「あのぉ、お話し伺っても構いませんか? 」
「えっ? あ、あぁ。」
落ち着き払ったミントの態度にセクメトも思わず頷いてしまった。




