旅之二十二 狼たちの蛮化
「はぁ… 」
R.ヴァイトは依頼を掲示板に貼りながら溜め息を吐いていた。
「どうした? 溜め息なんて吐いて。」
「お前さんたちが、このギルドに来るようになってから面倒な依頼が、うちにばっかり集まるようになっちまった。報酬は悪くないし、聖職者共も、喜んじゃいる。だが、俺はお前さんたちのマネージャーじゃねぇってぇの。」
簡単に言えば厄介な依頼がミントのパーティーを御指名で来るのに疲れているようだ。今のところ解決率100%だし、女神の依頼もこなしたとなれば信用も高い。しかも非戦闘というのが魔王討伐以降の平和主義者に受けが良かった。R.ヴァイトは今、貼ったばかりの依頼書を剥がすとゼファーたちに突き出した。
「こいつは御指名じゃないが、どうせこんな依頼はお前たちしか受けっこないからな。」
渡された依頼書には凶暴化した人狼退治とある。
「人狼… 狼男さんですか? 」
「平たく言えばそうなんだが、雄雌いるのに、どうして男なんだと苦情が来てな。だから協会加盟のギルドじゃ人狼に表記を統一したんだ。」
ミントの質問にR.ヴァイトは答えた。
「確か、バンパイアと狼男は仲が悪いって勉強しました。」
ミントの言葉にR.ヴァイトは小さく首を横に振った。
「なんだ、旧敵を俺たちに退治させようってか? 」
「逆だ。」
呆れた顔のゼファーにR.ヴァイトは真顔で答えた。
「なんか訳ありか? 」
「長年、争ってきた相手だからな。奴らの事はよく知っている。流行り病でもないのに奴らが凶暴化するなんて変なんだ。なんかキナ臭いんだ。依頼者は他のギルドにも声を掛けているらしい。お前たちで奴らを助けてやってくれ。」
「ミント、あたいからも頼む。この依頼、受けてくれ。」
「もちろん。ボーマンの頼みじゃ断れないもん。」
ミントも笑顔で承知した。
(この二人、何があったんだ? )
(さぁ? )
ゼファーの問いにガイストも首を捻っていた。
「人狼の森は西の森のもう一つ先の森だ。」
R.ヴァイトから地図を受けとると早々と出立した。
「魔物を利用しようなどとは、不届き者もいたものだ。どう思う? 」
どうやらボーマンが義憤に駆られた理由はこれのようだ。
「多分、人間だろうな。」
「えっ、人間… ですか? 」
ボーマンに返したゼファーの答えミントが驚きの声を挙げた。
「あぁ。ヴァイトじゃないが、誰よりも魔物と対峙してきた俺が言うんだ。魔物は人間は利用しても魔物を利用しない。争うか、従えるか、無視するかだ。だが人間は人間も魔物も争い利用しようとする。」
「それも、自分より弱い相手にな。」
ボーマンが少し寂しそうに繋いだ。
「あぁ。だから、俺が取っ捕まえて人狼たちの疑いを晴らしてやる。何しろ俺は強ぇからな。」
「あたいも、あんたの次くれぇには強ぇしな。」
「す、すいません。
ゼファーとボーマンの会話に思わずミントは詫びを入れた。するとゼファーとボーマンは二人揃って不思議そうに首を傾げた。
「何、謝ってんだ? 」
ミントからすれば実戦ではナンの役にも立てていない勇者という肩書きだけの存在という思いは拭いきれない。
「いいか? ミントは魔王を倒した男に文句を言えて、魔王の娘と仲良く出来て、そんな二人を連れてるんだ。そんなの他の誰にも出来やしない。最強の心臓と最高のハートを持ってるんだ。自信持ちな。」
ボーマンは不器用ながらミントを励まそうとしていた。あの魔王の娘が他人を蹴落とす事はあっても励ますなどという事は今まであり得なかった。それだけでも大きな変化だ。ゼファーは最初から過度な期待はしていない。出来る事を出来る範囲でやればいい。そうでなければ、いかに勇者といえどレベル1の相手と組んだりしない。余所のパーティーではあり得ない唯一無二の組み合わせなのである。そんな一行の前に一人の少年がフラフラと現れた。
「え、あ、な… 」
え!? あの、何故? そう言いたかったのだが、まともに口のきける状態ではなかった。少年が倒れそうになったのをミントが受け止めた。
「こいつはワーウルフだ。にしても酷ぇ傷だな。」
まだ西の森だというのに現れた人狼の少年をゼファーは治療魔法を掛けて休ませる事にした。そんなゼファーの様子をミントとボーマンは嬉しそうに見ていた。
「なにニヤニヤ見てんだよ? 情報源になりそうだから助けただけだぞ。」
するとミントとボーマンは何も言ってはいないのに言い訳をするゼファーの姿に顔を見合わせてクスリと笑った。
「目を覚ましたら何か食べさせてあげた方がいいかな? 情報を聞き出すには? 」
「そ、そうだな。」
わざとらしいミントの問いかけにゼファーが不機嫌そうに答えた。
「何、食べるのかな? 」
「狼態なら生肉ですが、人間態ならネギとかニラを避ければ人間と同じで大丈夫ですよ。」
やっとガイストも口を開く事が出来た。
「食糧か。少し調達した方がいいかもしれないな。」
「あいつらの相手を先にした方がいいんじゃないか? 」
ボーマンの視線の先には複数の人の気配があった。




