旅之二十一 勇者の休日
「えぇ、お仕事無いんですか!? 」
いつも通りにギルドに出向いたミントだったが、この日は依頼が無いという。
「このあいだの女神さんからの報酬だって、残ってんだろ? たまには休みもいいんじゃないか? 」
R.ヴァイトが依頼が無いというのでは仕方がない。
「だからって、なんで、あたいなんだ? 」
ミントの隣でボーマンが呆れたように腕組みをしていた。
「だって、このパーティーの女子ってあたしとボーマンさんだけじゃないですか。」
まるで当たり前のようにミントは答えた。
「別に休みなんだからシャナやシスターのルレ共んとこでも行きゃぁいいじゃねぇか? 」
「だって皆さん遠いじゃないですか? 」
「んじゃ何かい。あたいを選んだのは近場で済ませただけかい? 」
「い、いえ、そんな。ボーマンさんと、もっと仲良くなれたらいいなって。」
ミントは慌てて否定した。実際、魔王の娘といえども女の子がパーティーに入ってくれた事は嬉しかった。それに翼と尻尾を服に隠し、帽子で角を隠してしまえばシャナと間違えられる事はあっても魔物と思われる事はなかった。ミントも角付きのカチューシャを持ち歩き、バレないよう気を遣っていた。
「まったく、物好きだな。そんなこんな面倒臭い事してまで、あたいと出掛けたいなんて。」
「ボーマンさんだって、こんな面倒臭いあたしに付き合ってくれてるじゃないですか。」
「そりゃ、ゼファーがミントをリーダーって認めるなら、あたいも認めるしかないからな。」
するとミントは肩を落とした。
「やっぱり、そうですよねぇ。ゼファーさんが言うからですよねぇ。あたしなんか、魔力も実力も無いレベル1の、勇者って肩書きだけの女ですよねぇ。」
「そうでもないって。」
「えっ!? 」
ボーマンの意外な返事にミントは驚いた。
「前に言ったろ。あたいを魔王の娘と承知の上で、まともに話しかけてきた人間なんて、お前が初めてなんだ。これでも一応は感謝してんだぞ。」
少しばかり照れ臭そうにボーマンは顔を反らした。
「おや、この間、ギルドでもめてたお二人さん。仲直りしたのかい? 」
不意に街角で声をかけられた。R.テミスの依頼を受けた時の騒ぎは、ちょっとした噂になっていた。
「最初からもめてねぇよっ! 」
ミントは作り笑顔でやり過ごそうとしたが、ボーマンはそうもいかない。まだ、あの時のギルド内の空気が納得いっていなかった。
「あ、お腹すきません? 」
「お前とあたいじゃ、喰う物が違うだろ? 変に気を使うんじゃねぇ。」
話題を変えようとしたミントだったが、失敗だったらしい。
「ボーマンさんって何食べるんですか? 」
これはミントには素直な疑問だった。ガイストは何も食べないし、R.ヴァイトは昔は人の生き血を吸っていたらしいが、今はギルド登録料の替わりに時々ゼファーからマムシとスッポンの血で作った栄養剤を貰っている。だが、ボーマンが食事をしている処は見たことがなかった。
「人間。」
「えっ!? 」
「じょ、冗談だ。」
ミントが真顔でドン引きしたのを見てボーマンも慌てて取り消した。
「あたいは娘って言っても魔王の造り出した作り物だ。食べなくても死にゃあしないよ。人間のマナーってのが面倒で、たまに食べても生肉ぐらいだしな。」
するとミントは辺りを見回した。
「ちょっと待っててくださいね。」
そして、そう言うと小走りで近くの店のテイクアウトに並んだ。やがて、ボーマンが待っていると、ミントがいくつか包みを持って戻って来た。
「近くに公園があるから、行きましょ。」
「だから、あたいは喰わなくても… 」
「あたしは食べないと死んじゃいます。リーダー命令です。」
別に一食くらい抜いてもとは思った。今日は休みだろ、とも思ったのだが、なんとなくボーマンはミントと公園に向かった。
「はい。こっちがタルタルステーキで、こっちがお肉100%のハンバーガーです。」
食材店なら、いざ知らず、人間の外食店でミントなりに考えたのが生肉に野菜の入ったタルタルステーキと100%お肉だが加熱されたハンバーグの挟まったハンバーガーだった。
「どう? やっぱり口に合わないかな? 」
心配そうに覗き込むミントの様子にボーマンが笑いだした。
「えっ? 何!? 変なものでも入ってた? 人間の食べ物じゃ体が受けつけないとか? 」
だがボーマンは大きく首を横に振った。
「違う違う。ホントに、おっかしな奴だな? 」
「えっ? 」
「いや、これならどっちも喰える。ナイフもフォークも要らねぇしな。ありがとよ。」
ボーマンがお礼を言うとは思っていなかったのでミントは少し驚いた。
「あんな風に話しかけてきたのも、こんな風に飯の心配してくれたのも、お前が初めてだよ。」
「当たり前じゃないですか。友達ですもん。」
今度はボーマンが驚いた。勇者のパーティーに居るのだから仲間ぐらいには言われると思っていたのだが。
「友… 達か。そうだな。お前はあたいの生まれて初めての友達だ。」
「はいっ! 」
この日の二人の姿に、ギルドでの出来事の噂は消えていった。




