旅之十八 海へ
「あのぉ、聞いてますぅ? 」
並み以下を自覚しているミントにとって、これから行く先は不安でしかない。
「安心しろ。波の下は海の中だ。」
「なるほどぉ~って、なりませんっ! ゼファーさん、くっだらないオヤジギャグ言ってないで、どうしたらいいんですかぁ? 」
「どうするって、何が? 」
「あ、あたし金槌なんですっ! 」
「泳ぐんじゃなくて潜るんだし、なんなら沈め。」
「ゼファーさんっ! 」
さすがにミントも声を荒げた。
「うるさい女だなぁ。一人で留守番するか? 」
「これは、あたしが請け負った依頼ですっ! 」
「じゃあ、一人で行くか? 」
ボーマンに挑発されて、本気で喧嘩になったら万に一つも勝ち目はないのだがミントもムキになった。ボーマンにはギルドでの一件が、どうしても面白くなかったらしい。
「あのぉ、お取り込み中すいませんが・・・私も一応、神なので、そのくらいの事でしたら何とか出来ますけど… 。」
何故か申し訳なさそぉうにR.テミスが割って入った。はたと気づいてミントが視線を向けるとゼファーが笑いを堪えていた。
「ゼファーさんっ! 」
「だから、最初に安心しろって言ったろ? 」
確かにその通りなのだが、明らかにゼファーはR.テミスの力で何とかなると知っていたようである。
「そう膨れるなよ。そろそろ海に着くぞ。」
ミントが思うよりも、ずっと海は近かった。というよりは街と海の位置関係をミントだけ把握していなかった。勇者となって、すぐにゼファーと出会ったため、ロクに1人で冒険をした事がない。
「ぅわぁ~、ホントに海だぁっ! 」
道が開けて眼前に広がる大海原を目にしたミントは子供のようにはしゃいでいた。だが依頼人であるR.テミスはそれどころではない。
「急ぎますよ。」
そそくさと海を割って入っていく。ゼファーたちも続くとミントも慌てて続いた。ここで遅れれば本当に陸に1人で留守番になってしまう。そのまま巨大な気泡に包まれると、ゆっくりと沈んでいった。
「泡なのに沈むんですね。」
「私たちが中に居るので、重りの入った袋のようなものです。人間だけでは浮いてしまいますけどね。」
「なるほど、ボーマンが重いんですね。」
「ちょっとまった。誰が重いって? 」
「だって、あたしとゼファーさんは人間だし、ガイストさんは霊だしR.テミス様は神様だもん。一番、重そうなのはボーマンでしょ? 」
「この、いっちゃん弱いくせに呼び捨てにしくさりよって。あんなぁ、これはR.テミスが調整してんだよ。軽かったら浮いちまうけど、重過ぎたら一気に沈んちまうだろ? 」
確かにその後ボーマンの言うとおりなのだがミントは聞こえないふりをしてそっぽを向いていた。
「着きました。」
海底にエアドームのような巨大な空間があった。
「何者だっ! 」
深海への突然の来訪者にマーエルフたちが銛を手に集まってきた。
「別にお前らに敵意はねぇ。伝書妖精のホワイトベルを連れたクォーターエルフを見かけた奴は居ないか? 」
クォーターエルフと聞いてマーエルフたちがざわめき始めた。
「クォーターエルフだと? どうやって、こんな所まで来たか知らないが悪い事は言わない。御苦労だが、帰・・・か・・・海皇様ぁあっ! 」
銛を持ったマーエルフが、ふと一行の顔ぶれに気づいて騒ぎだした。
「何事だっ! 」
「盆と正月と祭と聖誕祭がいっぺんに来ましたっ! 」
何が言いたいのかわからず、海皇は顔を顰めた。だが、出て来て自ら一行の顔ぶれを見て納得した。
「女神に魔王の娘に死霊騎士に魔王を倒した勇者・・・確かに慌てるのも無理はないか。久しいな、勇者ゼファー。」
ここで、いつもの御約束通り、今はミントが勇者だと説明をした。
「いちいち説明すんの、面倒臭いから実績上げさせるか。」
実績を上げると云うことは、経験値を積む事になるのでレベルがやっと上がる筈なのでミントにとっても悪い話しではないのだが、“面倒臭いから”という理由がどうにも引っ掛かる。
「それで海皇。さっきのマーエルフの様子からすると、何かしら情報持ってんだろ? 」
「うぅむ、残念な女神くらいでは不安だが、ゼファーと魔王の娘が一緒なら何とかなるかもしれんな。」
海の底まで残念な女神と知れ渡っている事にショックを隠せないR.テミスをミントとガイストが宥めていた。
「何故、ホワイトベルとやらを拐ったのかは分からぬが、奴ならこの先の海溝の奥深くに居る筈だ。女神の力があれば辿り着く事は出来るだろう。ただ、途中の魔物は巨大で強い。いかにゼファーといえども水圧や水の抵抗はここの比ではない。」
「そこで、あたいの出番って訳だな。」
ボーマンが腕を回しながら袖を捲り上げた。
「奴等の居る所まで着いてしまえば、ここ同様に空気はあるはずだ。でなければクォーターエルフも生きられぬからな。」
「そうか・・・ミント、さっきの話しは、また今度な。」
「え、あ、はい。お気になさらずに~。」
どうにも話しを聞く限り、ミントも自分の手には負えないと悟ったようだった。




