旅之十五 妖精捜し
「・・・・・。」
R・ヴァイトは戸惑っていた。魔王を倒した元勇者と魔王の娘が談笑しながら目の前に立っている。
「なんで、こうなった? 」
「それでは、これで。」
「おぅ。ありがとな。」
ゴーゼンは一礼をしてシャナたちの元へ帰っていった。
「で、どうしてこうなった? 」
再びヴァイトがゼファーに質問を浴びせたが、ボーマンが一睨みすると慌ててカウンターの中に隠れた。
「ねぇ、ゼファー。なんかボーマンって可愛くないから、いい名前つけておくれよ。」
「これが噂に聞くツンデレって奴か? 」
「さぁ? 」
何故かヴァイトと一緒にカウンターの中にミントも居た。
「それよりヴァイト。そろそろ新しい依頼は入ってないのか? 」
「ん~、なくはないんだが… あんまり、お前さん向きじゃないんだ。」
ヴァイトは依頼書を見ながら唸っていた。
「なんだ、俺向きじゃないって? 見せてみろよ。」
「おい、こら。こっちにだって守秘義務って奴がだなぁ… 」
ゼファーはヴァイトが止めるのも聞かずに依頼書をひったくった。
「何々… 行方不明になった伝書妖精を捜しています。見つけて無事に届けてくださった方には金貨2000枚をお支払いします… ? これが、なんで俺向きじゃないんだ? 妖精捜しで金貨二千枚とは、楽して儲かる俺にもってこいの仕事じゃないか? 」
「んまぁ、普通の依頼主ならな。」
「依頼主? 」
ヴァイトに言われてゼファーは依頼主名の欄へと視線を移した。
「・・・何の冗談だ? 」
「どうしたんですか? 」
カウンターの下から出てきたミントが依頼書を覗き込んだ。
「R… テミス? 」
「アルテミスだぁ!? 」
ミントの読み上げた名前にボーマンが反応した。
「アルテミスじゃなくてR.テミス。」
それを見てゼファーが訂正した。
「あぁ、残念な方か。」
「残念? 」
今度はボーマンの言葉にミントが首を傾げた。
「ゼファー、後輩の教育してないの? R.テミスは判神テミスの陪神というか分神の一人。もう一人の分神L.テミスがLawを司り正義に傾く天秤なら、R.テミスはRegularityを司り傾かない天秤。まぁ、これが善悪を決めない優柔不断な女神、Retakeの烙印を捺された残念な女神って呼ばれるようになった訳。勇者が死霊騎士と組んでたり、女神が吸血鬼に妖精捜しを頼んだり、おかしな時代になったもんだよね。」
魔王を倒した元勇者と組む魔王の娘も、どうかとは思われる。
「受けましょうっ! 」
こういう時のミントの決断は早かった。相手が人であれ女神であれ、困っているなら助けたいと思う。
「あぁあ、言うと思ったぜ。ヴァイト、受託の手続きしろ。」
「い、いいのか? 」
少し驚いたようにヴァイトはゼファーに聞き返した。
「あぁ。ミントが言い出したら聞かないのは、前回でよく判ったからな。」
「なぁ、なんであたいより強いゼファーが一番弱い奴の言うこと聞くんだ? 」
一番強い奴が一番偉いと教わって育てられたボーマンからすれば、最強のゼファーが最弱のミントに折れる意味が分からない。
「魔王を人間のゼファーが倒したから、共存するには魔物が人間のルールに合わせる世の中なんですよ。ま、ゼファーの自業自得ですかね。」
ヴァイトは受託手続きの書類を作成しながらボーマンに答えた。
「それならゼファーが魔王になるってのは、どうだ? お前が魔王なら魔界でも人間界でも勝てる奴なんか居ない。無敵だろ? なんなら妃になってやってもいいぞ。あたいが妃なら、誰も文句なんか言わせない。そうすりゃ全てはゼファーの思いのままだ。」
確かにボーマンの言うとおりかもしれない。誰も太刀打ち出来なかった魔王を瞬殺した強さだ。その時、ミントが叫んだ。
「ダメですっ! ボーマンさんをゼファーさんの妃になんか絶対にさせませんっ! 」
雲行きの怪しさにヴァイトが再びカウンターの下に隠れると、今度は隣にガイストが居た。
「やっぱり人間って判らん。」
ガイストの言葉にヴァイトも頷いた。
「なんだ? やるってのか? 勇者って言ったってレベル1だろ。最強の男にゃ、あたいくらい強い女が相応しいんだよっ! そうなりゃ魔界も人間界も征服するなんて、お茶の子さいさいってもんだっ! さては妬いてやがんな? 」
「ち、違いますっ! ゼファーさんが魔王になっちゃったら、あたし戦わなきゃいけないじゃないですかっ! そんなの勝てる訳ないでしょっ! 」
「何、顔真っ赤にして言い訳してんだか? そんなに言うなら本人に聞いてみようぜ? 」
「ゼファーさん、あたしとボーマンさん。どっちを取るんですかっ? 」
言い方、である。ミントと今まで通り一緒に稼ぐか、ボーマンと一緒に魔王となるか。だが、周囲には二股かけられた女が、どっちと結婚するのか選択を迫っているようにしか見えなかった。ここはギルドである。他の依頼者や冒険者の視線やコソコソ話がミントに刺さる。
「あら、まだ若いのに。男なんて他にも居るわよ。」
「あの争ってる相手って、まさかナース家のシャナ様? 」
だが、ゼファーは周囲の目など気にしていなかった。
「おい、書類出来たか? 」
ゼファーは何事も無かったようにカウンターの下を覗き込んだ。
「は、はい。」
恐る恐る差し出した書類をヴァイトから受け取るとミントに差し出した。
「行くぞ。」
その一言でギルドのフロアに妙な歓声が上がったが、ゼファーにはその意味が判っていなかった。




