旅之一 拾われた勇者
この世界、魔王は既に亡く、多くの勇者たちは仕事にあぶれていた。そんな中に、この少女も含まれていた。
「うぅ~、お腹が空いて力が出ないよぉ~。」
そんな少女をモンスターの群れが取り囲んでいた。魔王が居なくとも、モンスターは存在する。異様な凶暴化はしないが、生存本能は働いている。つまり、モンスターだって喰わねば死ぬ。
「うぅ~、折角、やっとの思いで勇者になったのに… レベル1から、やり直しとか、直後に魔王が倒されるとか、あり得なくない? こんな雑魚モンスターに喰われて死ぬなんて嫌ぁ~。」
「煩ぇな。昼寝も出来やしねぇ。」
少女の頭の上から声がした。見れば太い枝の上で、欠伸をしている青年が居た。
「あ、あのぉ~もし、宜しければ、助けてなんか、いただけないでしょうか? 」
青年は少女を見下ろしていた。その間にも、モンスターは少女に迫っている。
「すっごく、弱そうだけど、その格好、村人じゃねぇよな? 」
「あのぉ、お話しは後程でも、いいでしょうか? 」
「仕方ねぇな。」
青年が枝から飛び降りると、モンスターは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「これで、いいか? 」
「た、助かりましたぁ~。」
気が抜けたのか、少女は、その場にへたり込んだ。
「ほら。」
少女が青年の差し出した右手を掴むと、振り払われた。
「へ!? 」
「追っ払ってやったんだ。謝礼は? 」
「え、降りてきただけじゃ… 」
少女から見れば、確かにその通りなのだが。
「ケチくさい奴だな。じゃ、村まで一人で戻るんだな。この辺は、もっと強い魔物もうじゃうじゃ居るから頑張れよ。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ~。」
もっと強い魔物と聞いて、少女は慌てて青年を呼び止めた。
「あの、今、持ち合わせが無いんで、オーク倒すの、手伝って頂けたら、お支払い出来ると思うんですけどぉ。」
そう言われて青年は、改めて少女を観察した。
「あ、あんまりジロジロ見ないでくださいぃ。恥ずかしいですぅ。」
「職業は? 」
「えと… 一応、勇者してますぅ。」
少女は何故か申し訳なさそうに青年に自分の冒険者手帳を見せた。
「ミント・ミストレル、17歳、性別女、職業勇者、レベル… 1!? お前、レベル1でオーク退治を請け負ったのか? 死にに行くようなもんだろ? 」
「だって、他にお仕事、残って無かったんですぅ。何とかして稼がないと、ご飯食べられないんですぅ。」
魔王が倒されてから、ギルドにもろくな仕事が無い。簡単に稼げる仕事から無くなっていく。ミントのように要領の悪い者にはキツい仕事しか残されていないのが現状だ。
「そういう貴方はぁ、何してるんですかぁ? 」
「俺か? 俺は今、無職だ。ほら。」
青年もミントに自分の冒険者手帳を差し出した。
「無職って… 。ゼファー・ゼピュロス、23歳… 意外と若い… 。性別男、職業無し… 本当に無職なんですねぇ。レベル… MAX!? 無職でMAXってなんなんですかぁ? 」
「ん? あぁ、全部のジョブレベルがMAXになっちまったから、これ以上レベルが上がんねぇんだ。もう、やる職業が無ぇから無職。」
「ぜ、全部って、勇者もですかぁ? 」
「あぁ、それが最後だった。魔王を倒したとこで、レベルアップして、全ジョブがMAXになった。」
それを聞いてミントは、へたり込んだ。
「なんですか、その最強無職って!? あなたが魔王、倒っしゃたから、勇者が受難なんじゃないですか? 」
「それじゃ何か? 倒せる力があるのに、お前が強くなるまで魔王を、のさばらせておけば良かったのか? 」
「ぃぇ、そうじゃないんですけどねぇ… ブツブツ… 」
「よし分かった。俺とパーティー組もう。」
突然の申し出にミントは驚いた。
「何で、そうなるんですか? 」
「いいか、よく聞け。俺は仕事をしようと思っても、ジョブチェンジしようとするとレベルがMAXですと蹴られる。だが、全てのジョブ能力は使える。お前はレベル1とはいえ、上級職の勇者って肩書きがある。つまり、お前が仕事を請けて、俺が仕事をこなす。すると… 」
「すると? 」
「二人とも、飯が食える。」
「乗ったっ! 」
飯が食えると言われて、ミントは一も二もなくゼファーの提案に乗った。
「よっし。まずは初仕事だ。」
ゼファーは空腹のミントを肩に担ぎ上げると、オークの巣へと向かった。
「あのぉ、あたしは待ってるって訳にはぁ… 」
「それじゃ、お前に経験値、入らないぞ? 」
「そ、そうですよねぇ… お供しますぅ。」
ついていくだけで、経験値も賞金も手に入る。世の中、そんなに甘い訳はないのだが。ミントが現実の厳しさに気づくのは次回の話。