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二つの面会

あけましておめでとうございます。今年も暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 ラキはクルスビーとバウバの助力を得てダウダニオン・スラウグ=グンダールと面会していた。

 要件としては自身の身に起きた事に関してである。


 極めて端的に、身体をアドウェルサに奪われた元の持ち主に返す方法の有無と、それに付随して元の世界に帰れるかどうかを聞いておきたかったのだ。

 無論、複雑で様々な思いはある。だがクルスビーが曰く所の禁術という代物に対して専門的な話を聞く機会が何度も有るとは思えず思い切ってクルスビーに仲介を頼んだ訳だった。


 因みにバウバの闘技出場の五日後のことである。今まで何してたん?と問われれば三日三晩のお祭り騒ぎでバウバが色々なトコに招待されて護衛できなかったという理由だ。初対面のダウダニオンの形相を思えばバウバがラキの身を案じるのも頷ける。


 てな訳で。


「さて、何用じゃ」


 ダウダニオンが眉間に深々と皺を刻み込みながら問う。同席したクルスビーが吐息一つ。


「ほら、ビビりながら威嚇すんなって。

 ラキ、改めてだろうがコイツはダウダニオン・スラウグ=グンダール。魔法戦闘の才能以外はダメダメ馬鹿野郎で俺の師匠の兄弟弟子の弟子だ」


「分かりにくいです師匠」


「従兄弟弟子だ。二十歳歳上の」


「え?歳上なんですか……」


「あー、言葉遣いな。いんだよコイツは。魔導の円卓に三回も指名手配されそうになって死ぬほど迷惑かけられてるからな」


 ダウダニオンが顰めっ面ではあるが、なんか焦った様なグウの音も出ない様な微妙極まった顔で目だけ逸らす。


「んでダウダニオン、こっちがラキだ。

 俺の知ってる魔法知識に技術全般と鍛治の事を教えてる。オメーの弟子の身体でアドウェルサが奪ってた身体だから気分は良くないだろうがそんなに悪い奴じゃねーよ」


「フン……」


 ダウダニオンは鼻を鳴らして眉間の皺を深めた。


「どうでも良い」


「よくねーじゃねーかホッとしやがって」


 呆れるクルスビーを無視して。


「ラキとやら、もう一度問う。何用だ」


「えっと。禁術についてなんですが一応、体を返せるかどうかと元の世界に帰れるかどうかを聞きたくて」


「無理だ」


 余りに端的な、ギロチンの刃の如き言葉。

 ラキは安堵と諦念に囚われる。バウバ一家や知り合った人々と離れたくは無いが、かと言って帰りたくないのかと言われれば首を縦には振れない。そんな二つの相反する事実と思いが絡み合う心情だった。

 ただ覚悟はしていたしバウバ一家との生活は楽しい。そう言う意味で傷は浅かった。


 ダウダニオンはラキの表情に少し間を置いてから続ける。


「一応、理由を伝えておく。儂も禁術についてはそれなりにしか知らんがな。

 先ず肉体と霊魂を奪う禁術を古アールヴ語で奪い得るという意のデトラレヘカピレと言う。この魔法を発動し全てを元の戻すにに必要なものは分離させられた肉体と霊魂の双方だ。

 その肉体は有る。だが霊魂は既にアドウェルサの魔力に変えられているだろう。仮に霊魂が残っていても一日以内の話、何十年と肉体と離され挙句に別の魂が入っていたとなれば戻すのは不可能だ」


 ダウダニオンは酷く口惜しげな表情で言った。


「元の世界に戻る事に関しては遠い昔、人類の危機に際して産み出されたという禁術じゃ。界位変動の知識が要る。知っているか?」


 ラキは聞きなれない言葉に首を横に振る。


「何でも世界とは枝分かれした物が無限に有るそうだ。そして其々の世界の時間の積み重ねこそが界位と言うものだ。

 異なる世界から物を受け取る条件は世界の資質が近しい事、そして受け取る側の界位が低い、即ち誕生してから経過した時間が欲しいモノのある世界より短くなければならなかったらしい。

 だが資質が近い世界は時の進みも近しかったらしく時を遅める必要があったという」


 ダウダニオンをどう説明すれば良いかと一度グルグルカイゼル髭を伸ばし。


「即ち年長の世界は兄と考えい。そして年少の世界は弟。背丈が違うだろう。

 上から下に、言わば異界から何かを呼ぶ魔法は落とし受け止める物、お主が異界から来たと言うなら御主の世界は我等の世界より上の界位、上から下に落ちる事は楽でも上げるとなれば不可能だ。


 そんな魔法も無い」


 ラキは説明を聞いても何故か頭働かず余り理解は出来なかったが諦念し納得した。せざるおえないと言えばそうだが不可能である事は察せられたので有る。


 どうしようの無い事、犯人も自滅したのならば怒りも湧きようが無い。


「ラキは人攫いに引き摺り込まれた訳か」


 どちらかと言えばバウバの方が余程不満そうだ。護衛に徹し黙していたがラキの心境と状況を案じて思わず呟いてしまった。

 ラキはダウダニオンがいるので気恥ずかしくて口は閉ざしていたが慮ってくれた事が嬉しく、その内心を代弁すれば攫われたのは確かだがバウバ達に会えた事を思えば悪いことばかりでは無い。


 そんな正しい表現とは言え無いがプリプリ怒るバウバを視界に収めながらラキに視線を移したダウダニオンは言う。


「それにしても十年前の姿と変わらんな。カトレの身体もそのままか。ディライト様が生きていられれば何と言うか」


「ディライト?」


 ラキが疑問符を浮かべればクルスビーが。


「俺の師匠ワルシャート()ジェスフォ()ディライト(婚名)。機人以外の言い方だと言い方だとジェスフォ・ディライト・ワルシャートっていう昔の樹下三天の一人で殴殺の大魔導って呼ばれてた」


「いや渾名が物騒」


「アドウェルサ他二人を殴って半殺しにした三十二人の嫁さんを持つ一国以上の戦力を持った物騒な師匠だ」


「情報多すぎですよ師匠」


 ダウダニオンがクルスビーにそういえばと言わんばかりの顔で。


「お前はまだクルスビー・ギアードロコ=テンダーなのか?」


「あ?ああ」


 剛人が本気で顔を顰め辟易とした様に。


「お前程の男が嫁を娶らんでどうする。魔法も刻印版の腕もあるお前の事、ディライト様とまでは言わんが五人は養える稼ぎだろうに」


「えぇー、メンドクセェよ」


「相変わらずまともに見えて一番の変人だなクルスビー」


 この世界ではクルスビーの思考はだいぶ異質な物で有る。なにせ明け透けにエグい事を言えば数百年周期で地主の侵攻が起きて人がポンポンと死ぬから。

 金持ってんなら養え、産めってのは割となるべくしてなった思考だ。


「話が逸れた。ラキとやら、これ以上詳しく知りたければ樹下の叡智が禁術の館に入る他ないぞ」

「樹下の叡智?」

「魔導の円卓が管理する世界中からありとあらゆる本を収蔵した図書館よ。世界樹の根元に建つ建物自体がアーティファクトでな、余りに不思議な場所だ」


 不思議ってソレ魔法使いが言うの?と一番不思議な魔法使いであるラキは思った。さておきラキは思い当たる節がありクルスビーに。


「前に師匠が言ってたトコですかね?」

「ん?ああ、前に教えたな。そう言えば」


 ラキはスッゲェ顔を、正確に言うと眉間に皺を寄せ眉をハの字にして目を細め瞳をそらし、噛み締めた歯を頂点が鈍角の三角形にした感じ。


 そんなスッゲェ表情を一瞬だけ浮かべて。


「ダウダニオンさん、もし機会と運が有れば覗いてみようと思います。色々と教えて頂き有難う御座いました」


 覗く気ゼロだろう声で慇懃に頭を下げた。


「ん、うむ。……おい、クルスビーお前、何か変な事を吹き込んで無いだろうな」

「あ?まぁ……事実は教えた」

「あー、うむ。そうか」


 頭痛に耐える様に額に手を添え溜息を漏らすダウダニオン。バウバは一体何があるのか非常に気になった。一方ラキはクルスビーの話がマジだった事を尚深く悟る。


 ラキはバウバの様子に気づいて。


「色んな意味で凄い魔法使いが多いらしいですよ。なんか一日一回は何か爆発させる人とか、薬品混ぜて含み笑いを続ける人とか、魔法使いを見つけたら研究協力を強要してくる人とか」


「それは、凄いな」


「あと廊下は常に本を周囲に浮かせた魔法使いが闊歩してるそうです。なんか本棚みたいに揃えてる人は未だしも、自分の周囲で開いたままの本を円状に広げてたりするみたいで。それで皆んな研究とかでピリピリしてるわ注意力死滅してるわで喧嘩が絶えないとか」


 魔導の円卓は魔法使いの相互補助機関であり、同時に魔法使いが探究心のある者が多いと言う理由から、世界の知識の保存を目的とした図書館がある。

 即ち探求大好きな魔法使いが殺到するに決まってんのだ。だから樹下三天を頂点とした係員が色々調停して、持ち回りで魔導の円卓の業務を行わせる代わりに図書館を使えるようにしてる感じだった。

 んで魔法使いはアレなのが多いし、喧嘩しだすとね……。


 マジでヤベェ。


 バウバなどは戦場で魔法使いの殺し合いを刮目させられたタチだ。実態がどの程度のモノかは兎も角、ラキの行きたくなさそうな顔は理解できた。


 そりゃ尚の事、微妙な顔するて。


 ダウダニオンが大きな咳払いをし。


「まぁ疑問に答えられたなら何よりだ」


「あ、本当にありがとうございました」


 ってな感じで微妙な空気というオチを最後に会談を終えたラキは、今度はバウバに付き添って会談を行った。尚、クルスビーも付いてきている。


 場所は城の北側の城館ノウステッラ。

 ドラコ地方の南側を支配したノウステッラ王国の名を冠する館は、前ノウステッラ公の娘、アーウルム生母が為にアダマティオス四世が建てたむっちゃデカくて豪華な私邸だ。

 城全体の雰囲気を乱す様な物では無いが亡き妻の為に華やかさが強い居館で、逆に周囲を豪壮な要塞といった風体の建物に囲まれている事から愛狂う乱神の抱擁と揶揄された。


 それこそ、アダマティオス四世が建てさせた建築物で植物が植えられた庭園を含めた場所など此処だけである。


 そんな場所で会うのはアーウルム・エケェス・グルム・シルヴァアルターから、漸くアーウルム・エケェス・グルム=レグルスとなった王太子だ。

 尚、クソ長い名前がどんな感じかと言えばアーウルムと言う名のエケェス家のグルム王国のシルヴァアルターを治める者から、アーウルムと言う名のエケェス家のグルム王国の王太子って感じの変化である。


 横文字繋げりゃカッコイイと思ってんのかボケ覚え難いだけだわ、と思うだろうがアーウルムがアーウルム一世やアーウルム二世とは違うタイプの王になりたいと願ったら更に王名が追加されるので覚悟してほしい。


 ……閑話休題。


 まぁんな訳で庭園を抜ければ何か正式に王太子になったアーウルムがブォンブォン手ぇ振って駆けて来る。


「バウバ団長ーーーーーー!

 竜目おにさーーーーーん!

 クルスビー工房長ーーー!」


 犬の獣人(バウバ)よりよっぽど犬っぽい。いや、犬っぽいってか子犬(パピー)か。


「匿って!!」


 言うや否や次期国王は低木の垣根、庭木の裏にダイブした。バウバもラキもクルスビーも漫画なら全員「!!?」って文字が浮いてるだろう驚きの表情だ。


「待てアホォッオルゥラァアッッッ!!」


 すっごい巻き舌。


 ッバァンと館の扉が開きログラムと兵達。


 絶叫した忿怒の鬼の形相のまま固まるログラム、驚くバウバに思考を放棄したラキとクルスビー。


 ……。


 ログラムは髭を一撫でしてから深呼吸、軽く一礼し。


「御三方、よくぞいらして下さいました。誠に申し訳御座いませんが客間にてお待ちください。直ぐにボケ王太子の野郎を簀巻きにしてきますので」


 うん。無かった事にしようとしてたけど途中から感情抑えられなくなったね。青筋の痙攣っぷりが尋常じゃねぇんだけど何したんマジで。


 そして庭園の中からバキって音が。


「確保ォオオオオオオオオッッッ!!!」


 ログラムの声、手慣れた様に包囲、捕獲する兵。


 連れ出されるアーウルム。


 王太子やぞ。その引きずってるの。何したらこんな扱いになんのマジで。


「テッメ屋敷正面の国宝の絵画落とすの二回目だぞボケクラクソがァッ!!」


 あ、うん。ダメだね、超ダメだね。国宝落とすって全力でアウトかましてんねコノ王太子様。


 ログラムが顔真っ赤にして左右の顳顬に拳を当ててグリグリと手首を捻る。


「ギャァアアアアアアア、ごめんって寝ぼけてたんだって本当に!!」


「寝ぼけてじゃねーダルォ!?

 今日から侍女長に言って簀巻きにして貰うからなコノアホ王子!!!」


「いやだぁあああああ!!!!!!」


 さーて、バウバ達は一体何見せられてんだろうね本当に。王太子と宰相が繰り広げて良い光景じゃねーじゃんアレ。てか見て良いのかって疑問さえ浮かぶレベルよ、普通なら。


 まぁ、バウバ達とか呆然と立ち尽くすって表現以外に無い状態だけども。


 話進まないんで端折る。そんな、ある意味手荒い歓迎を受けた一行はタンコブ抑える王太子に案内され客間に通された。


 メンバはアーウルムが居ればって面々だ。宰相の祖人ログラム、魔法使いで光祖の半人ラバレロ、豪商の祖人ストア、大将軍の孫の獣人騎士ガルグ。


 アーウルムがニコニコと朗らかに三人を招き入れる。祖人と光人の半人らしくほんのり尖った耳と整っているが親しみ易い顔、大きな瞳と張りのある肌に艶のある金の長髪は相変わらず女性の様。


 タンコブあっけど……。


「会談に応じてくれて有難う。実は三人にお願いがあって」


 着席するなり笑みの中に焦りを滲ませながら口火を切った。


「端的に言うと王位を譲る条件を出されたんだ。軍団長になれる人材を連れて来いって。それで先ずバウバ団長にお願いした事がね」


 ラキが思わず微妙な顔をする。バウバが宮仕えを望んでいないと聞いていたからだ。


 しゃーない事だがラキの早とちり。


「出来ればバウバ団長にある人物と会って貰いたくって……」


 バウバは今一要領を得ないと話を促す。


「軍団長の就任となるとドルアー軍団長みたいに戦功を重ねるか、バウバ団長くらいの声望と実績が無きゃ難しいからね」


 まぁなんせ名声が必要だ。ドルアーとて軍団長になったのは戦功を挙げた事が大きな理由だが、元々バウバの傭兵団の中で著名な指揮官の一人でバウバの紹介状があった事も起因していた。


「でも、見つけたんだ。それでストアが無理して仕入れてくた」


「仕入れたという事は奴隷ですか……」


「うん。エルドラドのレウグランカと言えば分かるかな?」


 バウバが目を見開きクルスビーは驚嘆。ラキは誰?ってなった。ただ、前に一回だけ聞いた事がある様な気もする。


「レウグランカ程の男が何が有れば奴隷に、それに私を?」


「なぜ身を落としかは分からない。団長を読んでる理由もレウグランカの出してきた士官の条件の内一つなんだ」


 バウバは少し考えてから。


「ふむ、良いでしょう。彼程の者が会いたいと言うのなら構いません」


「ありがとう団長。それでクルスビー工房長には刻印版の増産をお願いしたいんだ」


 クルスビーが方眉を上げた。


「内容としては二つの軍団を新設するから納入を増やせないかって相談だね」


「二つって。随分と急な」


「うん。レウグランカが仕えてくれればって話なんだし上手くいっても半年後くらいの話だけど。まぁ僕の即位時に他国に出来るだけ付け込ませない様にする為だね」


 クルスビーが思わず目を見開き絶叫した。


「アダマティオス陛下は危篤なのか!?」


「まさか、御壮健な様子だったが……」


 バウバとて驚きを禁じ得ない。ラキなんかは隠居ってそんな驚く事なんだとボーッとしてるが、此の世界における大抵の譲位とは王の死による物が基本であり、王や皇帝などの君主の隠居って割と珍しいのだ。


「いやいや大丈夫、父上は変わらず元気だよ。僕が王位を継いでも第1軍、と言うか竜翼重騎兵を率いる積りみたいだし」


 凄い空気になった。なんつーか納得しちゃったけど理解出来ん的な、あの王ならやりそうだけどマジでやるんすかって空気。


 単純に考えて欲しいのだが隠居というものが一般的で無い世界なのだ。そんな世界で前王が軍事力持ったままって状況が他国にどう見えるかを。


 ※尚、グルム王国の場合は家臣が慣れてるので例外とする。


 十中八九は新王、即ちアーウルムの器量に対して前王や臣下が疑問を抱いてると取られかねない。


 思わずバウバは。


「御苦労、御察しする」


 と、割とマジで言ったしクルスビーは。


「まぁ、うん。金さえ払って貰えれば月10枚ずつくらいなら見繕うよ」


 って同情気味に言った。


 皆んな忘れてるけど王に即位するってのにおめでとう言えなかったよね。いや、言える空気でもねーけど。あとラキへのお願いは何だったん?

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