グルムの王城はヤベー奴らの集う城
親睦会の翌朝、ラキはゴニャとグゥクゥにドルアーの子供相手の相手をしていた。魔法を使って中庭で空中遊泳だ。ペンギンみてーに子供達がスイーって。陽光が淡く降り注ぎ、子供達の燥ぐ声が響く。
明るく朗らか。そんな中庭へ続く扉が唐突に開き一目で慌てていると分かるキーロンが。
扉を開けて直ぐ両膝に手を置きゼヒュゼヒュと呼吸を整え顔を上げる。空中を子供達が泳いでる異様な光景に驚きポカンとした顔で硬直したがハッとなってブルブル首を振りラキに向かって。
「おーい、竜目潰しの兄さん。今、王の使者が来ました。王が呼んでるんでバウバの旦那と一緒に急いで来て欲しいって!!」
今度はラキが驚いた。ラキにとって王なんて存在は物語の中にしか存在しない様なモンだ。いや、実際には居るのは知ってるけど少なくとも自分周りにそんな知人などいないし一般人たるラキとしては会った事も無ければ見た事も無い。
王都の謁見などバウバの添え物だとしても腰を抜かしそうな心地である。段階を踏んでも緊張したろうに唐突に謁見とかテンパるて。
もうテンパりも一周回って『何で俺も呼ばれてんの?お家帰りたい』とか考え出し始め頭をブルブル振って意識を戻す。そりゃ混乱した頭でも待たせるのはヤバイという事は分かるし。
「有り難う御座いますキーロンさん!」
そう言うと遊びを中断する事をドルアーの子供達の詫びてから庭に下ろしゴニャとグゥクゥを伴って飛ぶ。
扉を魔法で開け廊下を飛び客室へ向かう。
「おお、ラキ、二人を連れて来てくれたのか。ありがとう」
部屋の前の廊下でピッチリと正装を着込んでいたバウバが宙に浮いている(物理)子供達を受け止め床に下ろす。
「さ、ゴニャ、グゥクゥ、部屋でクーウン達に着せて貰うんだ」
「うん!!」
「ん!」
子供達を部屋に行くように促した。
バウバが着ている正装は白寄りの灰色のチョハっぽいヤツだ。
左右胸部に銃弾を入れる筒状ポケットが連なり、胴体は身体に沿う様に細く腰から膝までの丈がある。足には乗馬ズボンと長い黒の革ブーツを履き腰には族証器のサーベルを下げ腰の正面に凝った装飾の儀礼用の短剣。肩には短い外套を止めてある。
デキる男マジでパねぇ。似合い方が尋常じゃない。
「ラキには私がウェーナートルの着方を教えよう」
「お願いします」
実はラキ、このチョハっぽいのを着るは初めてだった。王との謁見とかいうヤベー事が決定したので旅行前にシルヴァ・アルターで出来合いの商品を買って寸法を合わせたレベルだ。
前からチョハっぽいチョハっぽいつってた服は古アールヴ言語で猟師や猟士を意味するウェーナートルと呼ばれる。ユグドランド地方から東南の外界を切り開いた人類の子孫が正装とする事が多い服だ。
例えば今では薬莢入れとして使う胸のポケットは矢に塗る毒や医薬品に、荷物を捨てて逃げた際の非常食を入れていた物であるし、無駄に長い外套は外界で已む無く睡眠する際や風や雨避けに使われた物の名残である。
さて置きラキはバウバに手順を聴きながら着込んでいく。先ずは普通に服を着る。
「シャツを着たら立襟のボタンを止め、乗馬ズボン履いてブーツ履いて……」
まぁ此処までは何時もと同じで誰でも出来る。黒染めの絹蜘蛛のシャツと同色の白い馬上ズボンの上に濃い緑に金の装飾がなされた長袖のウェーナートルを着、腰に細い革製のベルトを巻き止めた。
「よしラキ、その外套が長い物は先ず右肩から垂れている外套をウェーナートルの襟を隠す程度の長さで折って左肩に。そうだ、そこから背中を経由させて右肩の外套の下にある紐と結べばいい」
ラキが結びにくい紐を結ぶとバウバが全体を見て外套のシワを伸ばしたりの細々した少しの手直しをして頷き。
「族証器を腰に吊るしベルトの正面にラキの場合は儀礼様の短杖を吊るせば、うん。よし、とても似合っているぞ」
鏡が視界に入った。ラキは前の自分だったらコスプレにしか見えねぇだろうなと思った。
「さ、急ごう」
そんな思いもバウバの言葉で霧散し早歩きで横に並び進む。正装に身を包んだクーウン達とも合流して玄関に行けばドルアーが凄い慌ててた。もう何と言うか困惑と焦燥を混ぜ混ぜして混乱極めてるのが背中しか見えてないのに分かってしまう。
「なんか凄いヤな予感がする……」
ラキは妙に覚えのある恐怖に似た感情を抱いて「まさかね」と右の口角をヒクヒクさせた。もうビビり倒しすぎて左の鉄の手まで揺れてる。
お前それ魔法で浮かせてるじゃん。寧ろビビって無くない?
「あの、バウバさんコレもしかして」
「ああ、うむ。そうだな十中八九」
ゴニャとグゥクゥが父とラキを見上げた。
「陛下、何で此処に!!?使者を寄越してんですから待ってりゃ良いでしょうよ!」
「ふ、ドルアー。遠駆けのついでに寄っただけだ。それにしても強者を俺の足元で独占するとは好い度胸だな」
「いや、使者を出してんですから独り占めはしてねぇですよ」
バウバは相変わらず獣人より獣の様で、なんなら化け物に近い雰囲気を晒し溢れさせる男の前に進み出た。
男は祖人、それに似合わぬ強靭剛強な巨躯で、身を包む筋肉の悉くがアダマンタイトの様、ドス黒い瞳は燃える様でドス黒い髪と髭を直線に垂れ下がらせた滝の様な髭。
そこに居るだけで威圧感を撒き散らす。
身を包むはグルム王国でも一人しか身につけられない古の竜の白鬣を素材にした黒い外套と竜の鱗で出来た黒に銀縁の鎧。黒い鞘に入った剣を腰に吊るし、竜の頭骨を正面から象り両眼に宝石を埋め込んだ装飾の黄金の王冠を被っている。
まぁ、うん。グルム王国国王ケルヒィオ・エケェス・グルム=レクス・アダマティオス4世だ。
狂犬、戦狂い、そんな渾名で「ああ、あのヤベー人ね」って言われるヤベーヤツ。
「御無沙汰しています陛下」
バウバはそんなヤベーのを前に慇懃瀟洒に一礼した。
王からビキビキって亀裂の生じた様な音がなった様な気がする。そんな笑みってか嗤み、孤月のような目と口がもうこれ以上無いレベルで狂いきってる様だ。
「久しい。会えて嬉しいぞバウバ、よく来たな。さぁ付いて来い馬車が有る」
いや、ラキの元いた世界で王妃に会うのが楽しみで港まで迎えに行くような王様はいたけども……。てか馬車用意してるってことは完全に迎えに来るのが主目的じゃん。
馬車なんてほぼ乗らねーもんこの王様。
「馬車って……」そう呟くドルアーをガン無視して馬車に乗る王。
「どうだバウバ、城に着くまで先の戦の戦術を教えてくれ」
全然、似合わねぇ。馬車に鎮座する王。
対するは群れを背にしたバウバが薄く微笑みながら一礼し。
「はは、では端的ながら先ず必ず出るであろう陛下の竜翼重騎兵を抑える事を考えました」
「ふむ、あの陣地か。横一直線に見せて中央を囲う様にしていたな。そう考えれば上手く中央に誘われたものだ」
「竜翼重騎兵の真髄は敵中突破からの軍の分断、その前提に加え陛下の気性を鑑み最も突撃をするに都合の良い道の上に中央を置きました」
なだらかな坂とも気付き難い様な坂を城に向かって進んで行く間、バウバはソロ・インテルエッセ湿原の戦いの事の話を続け。
「陣地構築にせよ戦闘にせよラキが居てくれたのが助かりました」
バウバが陣地作成の説明と共に答えるとアダマティオスの黒目がラキに向く。ラキはジワッとした変な汗がブワっと出た。
「我、アダマティオス四世。魔法使いと争いを望まず、不和を望まず、調和を願う」
もう眼光がヤバい。目力だけで全てを圧し潰す。断言するが不和は兎も角も調和とか興味ないし争いは望んでる双眸だ。
戦の情報を得て元王直魔導師長ラバレロに近い活躍をしたと聞いていたから興味津々なだけだけど。
「争いを望みませんです、はい」
何か変な感じになったけど良く返せたものだ。向けられた双眸の眼光ヤベーもん。光線だよ、こんなん。
「感謝しよう。加えて竜から国を守った事もな」
蛇に睨まれた蛙、獅子に睨まれた小鼠、竜に睨まれた兎、絵面はそんな感じ。
「あ、いや。それは俺、あんまりアレな感じで御座まし……御座いまして。腕食われて気絶してたのであの、アレな感じでバウバさん達憲兵団の人達と猟師さん達にお願いします、ハイ」
滝の様な汗をダラダラさせながらラキは答えた。王としては肝が座らない様が鬱陶しいが魔法使いだ。それに功績を掠め取らない所は悪くない。
まぁ興味は若干失せたがラキ的には寧ろ望む通り越して乞い願うところだ。王にとっては強靭な才では物足りない。心と才が揃う者こそ好ましいのだ。
今のラキには何方も感じれ無い。
幸運以外の何でもねぇ。
「そうか、魔法使い殿がそう言うのならば直々に猟師と憲兵達へ褒美を取らせよう」
そう言うとビームの如き視線を外しバウバに向き直る。たぶんラキの今までの人生で最も疲れる馬車移動だった。
それこそ馬車の中はエグい。
激烈に機嫌の良い王、平静に対応するバウバ、肝の据わったクーウン、焦りをなんとか抑えてるミャニャ、完全に尻尾ピーンしてるフッシャ、冷や汗ダラダのラキ、ラキとバウバの背に隠れ王を伺う子供達。
何だろう。家族で飯食いに行って相席OK出したら見るからに強面の別の道ッポい人がやって来てメッチャ話しかけて来たらこんな空気なるだろうか。いや、ラキにそんな経験無いけども。
「ッチ、もう着いたか」
王が言う。気が付けば馬車は坂を登りきり巨大な城門を潜っていた。
「後でまた話を聞かせろバウバ」
アダマティオス四世はそう言うと立ち上がり窓から腕を出して馬車の扉を開ける。すると王馬が後ろからヌッと現れ並走しだし王が飛び乗った。
「さらばだ」
王が一言、鞭を入れれば王馬が嗎き駆けていく。
「どういうこと?」
「まぁ、驚くのも無理はない」
バウバは苦笑いを浮かべながら開けっ放しの扉を閉め答えた。
「私も何人かの君主という立場の人物には会ったが、無礼を承知で言えば最もらしくない御方だ」
バウバは口吻を撫でながら着席し。
「そうだな。失礼を承知で言えば、どうも将軍に……いや、違うか。傭兵に産まれたかったのではないかと思う」
困ったような顔で。
「初めて会った時だ。
謁見で跪坐こうとしたら足元に抜き身の剣を投げ付けられた。不興を買ったかと思えば剣を握って歩いてくる。身構えれば一戦交えようと言うのだから驚いたな」
「そんな事があったのですか!?」
ミャニャが驚き思わず叫ぶように問うた。フッシャも声には出さないが目を皿の様にしてる。バウバは無理もないと。
「その場は大将軍閣下が納めてくれたが完成したばかりのコロッセオで王と決闘じみた事をする羽目になった」
「あぁ、あの感じだと」
クーウンが十分あり得そうだね、そんな風に続くだろう言葉を漏らしながら頷く。
「慣れておいた方が良い。そして断言するが私はまた陛下の決闘の相手をする事になると思う」
ラキはバウバの確信を持った言葉にマジで同感だと頷くしか無い。何だろうか、雰囲気で既に戦うの大好きですっつってるような。例えるなら一目見て運動大好だと分かるスポーツマンみたいな感じだ。
スポーツマンで例えるんなら空気凶悪過ぎだけども。
話をしていると馬車が止まる。御者が扉を開けてくれ、お礼を言って降りれば古めかしくも異様な迄に威厳の有る大きな宮殿の前だった。
「スッゲェ……」
黒い屋根と白い壁を基本とした城全体に合わせた建物で、ゴシック調の様な様式の豪奢にして豪華だろう宮殿だ。
窓の無い壁に超リアルな竜に関する装飾が施されており雨樋の方のガーゴイルに至っては小さな竜の首を添えつけた様にさえ見えるレベルの代物。諸所に優れた装飾が成され窓の淵ひとつ取っても精巧な幾何学模様が見て取れる程となれば素人とて感嘆する他無い。
それこそ色合いのお陰で落ち着いたように見えるが一歩間違えばケバケバしささえ覚えた筈だ。逆に色合いで言えば葬式でもしてるのかとさえ思えるだろう。しかし狭間の機微を敏感に悟っている事が素人目にさえ感じ取れた。
まぁ言っちゃえば知識が無い者に一目でスゴイという感想を抱かせない程の建物と言う事だ。尚、ちゃんと知識のあるミャニャに至っては卒倒しかけてバウバに支えられて子供達にメッチャ心配されてる。
「急ぎ部屋に御案内致します」
従者っぽい人がそう言って客室に案内してくれた。尚、部屋に飾られてた絵画や彫像を見てミャニャの顔が青くなったのは御愛嬌。
通されたのは数部屋が連なる代物で基本的に応接室から居間、最後に別れた寝室だ。もう説明が怠いんで端的に言うがヤバい。よくわからないがミャニャ曰く外面より内側のがヤベーらしい。
「一先ず休ませてもらおう」
バウバが言えば一向は上着を脱ぐ。すると計ったようにクソ豪華な朝食が届けられそれを頂く事になった。
「王都って凄いですね。肉も魚も何でもある」
ドルアーの開いてくれた会食の時も思った事だが改めてラキは言う。頷く一家、フッシャはロブスターの様なデカい海老の蒸し焼きを食べながらミャニャ言われた事を思い起こし。
「ミャニャ姉様が仰っていましたがラタとその支流が有りますからね。
西から支流を海の幸が登り、北の広大な果樹園から果物が流れ、東の穀倉地帯から麦が雪崩れ込み、南の牧地から肉が湧いてくる交通の中心地だとか」
「流石だねぇ王都は」
照り焼きっぽい鶏胸肉のアールヴソース掛けを食べながらクーウンが感嘆した。バウバは正にその通りだと頷いて。
「何せ食べ物以外もグルム王国の万物が集う集積地だとも言っていたな。各地どころか各国の商館や組合が交渉人を駐在させているのだったか」
「ああ、そう言えば師匠が言ってました。刻印版の出荷先の内四割は王都って決まってるって」
……。
ラキは一度、口を閉じ部屋の部屋の右側ヘ視線を向ける。そこには壁に飾られた大きな絵画が有るのだが、それをミャニャが鬼気迫る表情で睨む様に見ていた。
ミャニャは勝気な見た目だ。それこそ吊り目な美人で内面と打って変わって外面はスラリとしていて、長い髪を纏めればパッと見は出来るキャリアウーマンとかスポーツウーマン的な雰囲気がある。
ただ何時もなら何というかフワフワしてて優しい母って印象が強いのだが今は王程では無いにせよビーム出そうな目だ。
何か若干だけど怖いレベル。クーウンは少しビビってるラキを見て笑いながら。
「まぁ、ミャニャは彫刻家ヴァルメルとそこに飾ってる絵を描いた画家ロンリュームの作品に目が無いんだよ」
芸術と言うものに疎いラキだが確かに壁の絵は凄いと思う。端的に写真の様だ。より正確な表現をすれば写真より細かいかもしれない代物である。蒼天に黄金の巨木が聳え、その枝葉の下に根を隠す様な広大な森林が広がって円形の湖に浮かぶ絵。
ラキの感想としては上手いと言うのが先ず来て、次に何かの抽象画なのか知らねーけど木デカくね?である。
「本当に上手い絵だな。故郷を思い出す」
バウバの言葉を最後に約1名を除いて食事を再開した。その後ミャニャが正気に戻り全員が食事を終えると、折角なので飾られている芸術品を鑑賞しようと言う話になった。
所謂、迎賓館であるこの建物には所狭しと美術品が飾ってある。尚、先代グルム王国オリハルコニス七世の収集した芸術品を飾る一棟や劇場等を、アダマティオス四世が訓練場とかコロッセオにする為に潰した時に運び込まれた物だ。
「此の絵画は肉食む翼竜。
見たままを残こす事を主眼に置いたヴァルメルが先王に認められた際に外界に行く事を望み、往年の願いを叶え外界でその目にした風景だと言われます」
石で出来てるのに生々しいクアトロ・コルヌの内臓をカルエラワイヴァーンが食す彫刻を前にミャニャが感嘆しながら言う。
「此の時にヴァルメルに認められたロンリュームも同行していて、その時の記憶を元に書いたのがシルヴァ・アルター画集と呼ばれる数十枚の絵画ですね」
ラキの見覚えある外界の光景を描いた絵画が彫像の左右に並んでいる。それ等も素晴らしいが、芸術と言うものより芸術家に興味を抱いた。
わざわざクソ危険な外界に行きたがるって何なんって話だ。芸術家に何となく偏屈なイメージを抱いていたが、痛快で奇天烈な様にツッコミと笑いを込めて「何してんすか」と言いたくなる所存である。
勿論、作品の凄さ込みで。メチャクチャ上手い水晶蜈蚣の絵とか現物思い出して若干ゲロりそうになった。
「御老、何用かな」
ミャニャの解説に耳を、壁の絵画に目を向けてるとバウバの問い。警戒をはらんだ声に思わずその背から覗けば顰めっ面の剛人が睨見つけてくる。
剛人男性らしい屈強な体躯と立派な鼻に蚊取り線香の様な赤いカイゼル髭、眉間の皺が深々と溝を作り怒気に燃える様な瞳と赤い頭髪。
上質だが丈の短いローブの下にチュニックないしサーコートっぽいのを羽織り、肘まである厳つい皮手袋を付けている。下半身には厚手のズボンとこれまた丈の長い革のブーツ。
大きな樹がデザインされた紀章を胸部に付けていて、サーコートらしき服の上から腰辺りを留めてあるベルトには一冊の本が吊り下げられていた。
「傭兵王、恐ろしくてかなわん。サーベルから手を離して貰おうか」
ローブの下。金属の、それも魔法金属の装丁を施された本に手をかけた。所謂、魔導書の類である事に気付くと同時ラキは慌てて魔法陣を二、三生み出してクーウン以下バウバ一家を守る氷壁を浮かせて備える。
剛人の目が見開かれた。だがそれも一瞬の事、再びラキを鋭利過ぎる双眸が射貫く。
その視線の先はラキだ。
ようやく気付いて怯むラキ、ラキを守る様にバウバが立ち塞がった。
「もう一度問うが私の群に何用かな魔法使い殿」
「お主の背におる男に用がある。個人的に深すぎる因縁があるのでな」
バウバと魔法使いの対峙を前にラキは呼吸を忘れていた。視線は雷、気迫は豪炎、見る方は凍えるような恐怖を覚える。
ラキが族証器を鞘から抜いて剛人に切っ先が向く様に宙に浮かせた。眉間の溝を深めた鼻を鳴らし剛人が口を開く。
「儂は魔導の円卓が魔法使いの一人ダウダニオン・スラウグ=グンダール。御主が因縁有る樹下三禍が天災アドウェルサかどうかを確かめたい」
ダウダニオンと名乗った剛人の魔法使いバウバがサーベルの柄から手を離さないのを見て続ける。
「今、儂は魔導の円卓に派遣された賢者として此処におる。無体な事はせん」
そう言いながら魔導書を開き魔法を発動させた。しかし何かが目に見えて変わった訳では無い。バウバは警戒を怠らずにいたが発動に気付かない。そんな変化だ。
魔法使いであるラキだけが目の前の剛人が何かをしたのだろう事を感覚的に悟る。
剛人が眉間の溝を尚深く。
「驚いた。クルスビーの言うておった事は真であったか……」
フッと複雑で破裂しそうな感情を発露し、それでも畢竟に言えば悉く抑え込む剛人。
「邪魔をした」
そう言うと同時に霞の様に消えた。
「何だったんだ……?」
静寂に包まれた廊下にラキの言葉だけが落ちる。本当に何なん。
そんなよく分からない事が起きたが、以降妙な事が怒るでも無く夜の事、何か小さいながら歓迎の宴を開かれ、上機嫌に剛人の火酒をラッパ飲みし空の小樽を片手にした王がバウバに言う。
「分かっているだろうがバウバ、また血肉湧き踊る死合いをしよう。そろそろ老も我慢出来なくなる頃だろう」
「老、と言うと大将軍閣下の事ですか?」
「フフフ、違う」
バウバが直感的な危険信号に獣皮を逆立る程の動揺を見せ振り向く。横に座ってたラキがバウバの動揺に動揺した。
「ホッホッホ、なんじゃ詰まらん。気付いたのか」
いつのまにか現れたのは老機人。
デュプレックス・クルスティーワン・プロトが朗らかななのに妙に凶悪な笑みを浮かべていた。形状で言えば袴の様なズボンに上半身は小袖っぽいのを纏っている。大抵の場合、機人は四肢が変化するので袖口や裾口が広い物を好むとは言え、この老人の袖口の広さは異常だ。
そしてミイラの様にさえ見える筋張った身体は老いているのでは無い。無駄を完全に無くした濃密に鍛え引き絞った戦士の筋肉である。
変な魔法使いに会った為、万一に備えてバウバの横に座っていたラキは突如現れたヤバそうなジジイの登場に『この城ヤバいのしかいないのか』と思った。
そりゃ鉄城門を叩き斬って一軍を一人でブッ潰す様な爺だからね。しょうがない。
「古豪殿、一別以来です」
一瞬取り乱したがバウバは慇懃に頭を下げる。よく慇懃に対応できるものだ。ヤベー王とヤベー爺に挟まれてんのに。絶対ヤバいって。
王が言う。
「バウバ、二十日後コロッセオに出て貰うぞ。老も俺もお前と戦えるのを楽しみにしている」
そう言って心底愉快そうに笑うのだった。
まぁ予想通りだったよね、うん。




