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所変わりすぎ

ほぼ作者の為の適当な地図があります。スルーしてください。


暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 大きな食堂に幾人もの人が集まり長大な食台には様々な馳走が並んで、それらを囲む様に二十人程の人々が座っていた。


「フフ、相変わらず健啖の様だなドルアー」


「勿論で大団長。しかし、このドルアータダの大食らいから美食家の大食らいになりましたぜデュッホッホ」


 そう言うとドルアーは黄金色に挙げられた湖魚の切り身フライを三つ纏めて突き刺し其れを口に放り込んで豪快に咀嚼する。褐色のエールが入った硝子のビアマグの取手を握り締め口を付けると傾け逆さにして喉を鳴らし併呑した。


「痛快だな」


 清々しいと言わんばかりバウバもつられてフライを切り味わい麦で作られた琥珀色のドゥルグの火酒を流し込む。


「本当に、どれも美味い。機微に聡い技巧凝らした料理も勿論だが酒や果物の審美眼も素晴らしいな」


「そりゃもう。ウチ自慢の料理長でさ。確かどっかの王宮を追放されただかなんだかで随分と腕の良い奴が売られてたもんでね。解放してもう三年になりますよ」


「良い人材を見つけたな。流石は軍団長だ」


「そりゃもう大団長に人の見方は教わりましたんで」


「嬉しい事を言ってくれる」


 ドルアーとバウバが旧交を温める横で彼等の妻達は親交を深めていた。クーウンが誇らしげに言う。


「フュロン様、クーウンは鉄砲の匂いが苦手で槍を使っていたのですよ。外界の化物を華麗に捌く様が流麗で狼姫と呼ばれていたのです」


「まぁミャニャ様、ではクーウン様はクアトロ・コルヌを相手にしていたのですね。私などはコロシアムから漏れる咆哮で足が竦むのに......恐ろしくは無かったのですか?」


「ええ、まぁ父が猟団長だったから。それに役得も有れば稼ぎも良くてね。火薬の匂いはキツイけど肉が美味しいんだよ」


「まぁ」


 コロコロと笑うフュロン。


「そう言えば獣人の方は火薬の匂いを嫌う方が多いのでしたっけ?」


「男は兎も角ね。女でフッシャみたいに克服出来るのは珍しいよ」


 クーウンに話を振られフッシャは照れながら。


「私も慣れましたが苦手なのは変わりませんよクーウン様」


 更にその奥ではドルアーの子供達とバウバの子供達にラキが座る。


「何コレ美味ッ!?下の上で溶けるんだけど、牛肉じゃ無いのコレ?」


「はい。湖南の酪農場から送られて来た牛肉です。父がマニュス・メルセナリオがいらっしゃったので奮発したのですよ」


「マユスメンセナリオ?」


「マニュス・メルセナリオだよグゥクゥ。なぁにマニュス・メルセナリオって?」


 ゴニャとグゥクゥの好奇心に溢れた瞳に見つめられたフュアーはニコニコと。


「とある本がバウバ大団長、御二人の父上を評して記した物です」


 ステーキに舌鼓をうっていたラキは興味を唆られた。バウバが語ってくれる昔話は面白いし、彫像のプレートを見たので特にだ。


「フュアーさん。それ何て本です?」


「名の知れた傭兵達の伝記を集めた本の題名です。バウバ団長の渾名マニュス・メルセナリオを本の題名としている物でので興味が有るのでしたら此処にいる間はお貸ししましょう」


「おお、有り難う御座います」


 和やかな会食である。バウバとドルアーが家族の名前を紹介し合あってから、長大な食卓の上に食い切れるか怪しい程の料理が絶え間なく並べど言葉が途切れる事がない。

 各々の前にはパンを詰めたバケットと取り皿に光石の燭台が並び、首輪の有無に関さず従者達がバウバ一家やドルアー一家の世話をしていた。


 ラキは香ばしいパンにバターを塗って口に運び、新たに出された果実のジュースを飲み、その酸味と甘味の美味さに驚いて呷る。


「コレも美味しいなぁ。もう一杯頂けますか?」


 背に控えていた従者の若い侍女に言えば、少々ぎこちないが礼儀正しい所作で小さく頭を下げて、壁際の台に置かれた桶の中で冷やされた真鍮のピッチャーを取りに行く。


 ラキはタオルで支え水滴を垂らさない様にしながら戻って来た彼女が注ぎやすい様にと杯を置いたまま椅子ごと少し避ける。


 こういう状況に慣れてないラキが入れやすい様に使う必要の無い気を使った訳なのだが、それがいけなかった。若い侍女がズラした椅子の脚に躓いてしまう。


「あっ——」


 焦りを含んだ鈴の様な声を漏らし傾いていく彼女、ピッチャーから跳ね葛飾北斎の描いた波の様に畝るジュース、ビックリした顔のラキ。


 あわや食台にジュースをブチ撒け侍女が腹を打ち据えるかと言うところでハッとしたラキが魔法を使う。


 侍女、タオル、ピッチャー、ジュースの全てが空中で止まった。


「あっぶねぇ……すみません余計な事を」


 ラキがヒヤヒヤしたと言わんばかりの顔で謝る。だが謝られた侍女は目に涙を浮かべながら震えていた。その眼に浮かぶのは絶望と恐怖だ。


 ラキには意味が分からない。


 そりゃあそうだ。有り体に不幸な事故と言わざるおえない状況である。


 先ず、この侍女はラフィランに手酷く扱われた魔法使いという存在にトラウマを持っているのだ。そんな彼女はドルアーに恩を感じており今回の出直すつもりでいたバウバを引き止め久闊の間を埋めようと急遽開かれたお持て成しに張り切って手伝いを申し出た。


 で、唐突にトラウマ登場。


 辛い。


 それこそドルアーが旅疲れを気遣い挨拶もそこそこに客室に案内したのも、素晴らしい配慮のはずだが状況を悪くした。


 悪い者など居な……ラフィランだね、全部コイツのせいだね。


「死んでも祟りやがる。呪いかあの野郎」


 ドルアーがそう漏らしてから申し訳なさげに頭を垂れ謝意を示す。


「大変失礼を。加えて侍女の無作法をお詫び致します」


「あ、や、いえいえいえ。全然大丈夫ですけど、えっと、てか侍女さんの方が大丈夫じゃ無い感じなアレなんですけど……」


 同僚っぽい人に付き添われて下がって行く足取りの覚束ない侍女をチラチラ気遣わしげに見ながら答えるラキは焦りながら問うた。


「すみません。加えて失礼を加えますが何が拙かったんでしょう......」


「ああ、いやいや。坊ちゃんが何かしたって事はねぇんです」


 自分が何かしらの原因だろうと聞けばドルアーが言いにくそうに経緯を話しラキは凄い顰めっ面になった。


「アドウェルサだのラフィ何とかだの俺呪われてんじゃ無いの」


 そして憮然と言う。


 魔法使い何て人類と言う枠組みで見れば特別な存在な訳で増長する奴もいる。そう言うアホが余計な事をして他の魔法使いが迷惑を被るのは全魔法使いの頭痛の種だ。


 どっかの誰かさんみてーに片腕食われてモンスターや地主にビビり散らし、バウバに驚嘆してアダマティオス四世にドン引きする様な経験でもあれば跳ねっ返りも大人しくなるだろうけども。


 ……さて置き。


 多少持ち直したラキは、この微妙な雰囲気をどうするべきか悩んだ。この場にいる誰もが悪くないのに気不味いったら無い。しかしバウバが何と言う事の無い様に。


「まぁ、ラキは気安い。今回の事も本当に気にしていない。そうだろう?」


 ラキが笑にすがりつく様な思いでコックコク頷く。


「此の通りだ。その内慣れるだろうから出来れば隔意を持たないでやってほしい」


 サッパリと言ってステーキを一切れ口に放り込む。


「うん。美味い」


 バウバの言葉にコクコク頷くままのラキ。赤べこかな?


 主催であるドルアーが助けられてしまったと頭を掻いてから。


「改めてよろしく頼みますわ魔法使い殿」


「あ。はい此方こそ宜しくお願いします、はい」


 テンパりながらそう言うラキが空中に止まったままのジュースを自分の杯に吸い込ませ、手で払う様な動作をし魔法でピッチャーとタオルを元の位置に戻す。


 独りでに動く唯の物、ドルアー一家と彼に仕える者達は改めてラキが魔法使いなのだと吐息を漏らした。


「ラキ、折角のいい酒だ。私達に小さな氷をくれないなか?」


 バウバが助け船を出す。ラキは此れ幸いと卓を囲む皆の杯に真球の氷を浮かせた。ドルアー一家の幼子は目を輝かせ大人達は驚く。


 だが、ドルアーは空かさず笑って。


「デュッホッホッホ、賢者の御技見せて貰えるたぁ感謝しまさ」


 そう言って杯を掲げ呷る。それ以降は特に問題無く親睦を深めた和やかな宴が夜遅くまで続いた。


 そんな宴が開かれたのと同日、グルム内海海上ストア商船団旗艦イニティウム甲板で機人の魔法使いが欄干に張り付く様に凭れかかる魔法使いが一人。


「ウップ……拙い、本気で拙い。バウバ団長の部下の時に思い出してれば」


 クルスビーだ。若干のやらかしに対する憂という心の揺れと、船酔という物理的な酔いで死にかけてた。そんな彼の背にカモメっぽい鳥てか、九割九部九輪カモメが一羽着地して薄い笑みを浮かべた男に変わる。


「まぁまぁ、落ち着きたまえよ同僚クルスビー。ストア殿に此の船の伝書竜を飛ばして貰ったから私の弟子や宮廷魔導師は一先ず大丈夫さ。

 君がこの船に乗ってる事は喜ばしい事だが態々君が出張る程のことかな?」


 元王国魔導師長にして現王太子付きの魔法使いラバレロがそう言いながら海風で暴れる黒髪を美しい指で押さえる。


 クルスビーは億劫と言うか、酔いにやられながら糸目で振り向いて。


「魔道士は不安じゃねぇ。生粋の三厄嫌いを賢者として派遣しちまったってゴーレムが来たのを忘れてたんだよ。

 ラキの、と言うかアドウェルサの顔を見たら何するかわからねぇだろ。あいつ等が暴れ出して止められるか?」


 投げやりに答えたクルスビーの言葉が祖人と光人の半人メデュムに現れる独特な長さの耳に入ると浮かべていた笑みのままメッチャ汗を流す。


 冷や汗ナイアガラ。


「もしかしてだけど忿怒ダウダニオン・スラウグ=グンダール達かな?」


「そうだ」


「……刻印版工房長クルスビー、頑張ってくれたまえ。切実に」


 そう言って焦茶色の瞳を逸らす。


「オメッ、こういう時だけ同僚って呼ばねぇの何なんだコノ野郎……」


 クルスビーの力無いツッコミが波の音に消えていった。


 魔法使い達が話す船の船長室にてログラムとアーウルムが対面にて座し、アーウルムの背にガルグが立っている。船に揺られながらのんびりするでも無く彼らの顔は厳しい。


「宜しいですか殿下。実直に申し上げれば譲位が円滑に済む筈が無く、またそれが如何様な形で成ったとして波乱は起きます」


「だろうね。譲位は最低でもお爺ちゃん(大将軍バフィウス)との一騎打ちだろうね。それで譲位後はユグドラド帝国が攻めて来て一戦って処かな?」


 ログラムの予測に頷きながらアーウルムは即座に浮かんだ懸念を答える。領相は眉間にしわを寄せて。


「殿下、見通しが少々甘いですな。バウバ団長か竜目潰しを引き入れる様に言われる可能性も僅かながら有ります」


 アーウルムの背後に立っていたガルグが驚嘆して思わず眉を跳ねさせた。その主人の方は額を抑えながら。


「流石に無いとは思いたいけど……」


 息子ながら、いやだからこそ無いとは言い切れなかった。


 とは言えログラムは本当に最悪の最底辺な想定を挙げたに過ぎず、アダマティオス四世は軍事関連の事には聡いってか考えを放棄してない。例えばアーウルムに王位を継いで欲しくない者が居たとして、第一王子の失点を狙ってホザけば王の耳に届いた途端にブッ殺される。

 曲がりなりにも王、有り体に言えば何を言われても平気な心構えをさせる為にログラム突拍子も無い筈の最悪を話した。


 まぁアーウルムは割とマジで懸念しちゃってるけども。いや、お父ちゃん信用無さすぎだろ。ログラムは効き過ぎたと思いつつ調子に乗られるよりはマシと本題に入る。


「譲位の件はさておき問題は殿下が継いでからの話です。陛下は言わば武の王、殿下は紛う事なく文の王。グルム王国は豊か故に欲目に眩んだ国がどう動くか」


「南東のラブリュス王国と東北のリッキオ侯国は大丈夫だと思う。でもユグドラド帝国とユグドランド選帝侯連合は絶対に手を出してくるだろうね。程度は分からないけど」


「選帝侯連合はオケアノス選帝侯がどう出るかによって規模が変わりますが必ず海戦が起こるでしょう。

 ユグドラドも先ず確実に万の規模の派兵をする筈、下手をすれば選帝侯連合と帝国の同時侵攻も有り得ます」


 言っていてログラムは万一に備えようと。


「ガルグ殿バフィウス大老にお伝え願えますか」


「承りました。至急ストア殿に伝書竜を飛ばして貰ってきます」


 ガルグが敬礼して去るとログラムはカイゼル髭を撫でて咳払いを一つ。


「殿下、グルム王国の地図を思い浮かべて頂きたい」


「どうしたの?」


「王になられるのなら改めて伝えておきたい事があるので」


 アーウルムは疑問の答えが返って来ると素直にグルム王国の地図を思い起こす。


 グルム王国地図

 =========北=========

 ・・〓ーーーーーーー◇ーーーーーーーー

 ・・〓〓ーーーーーーー◇ーーー凸ーーー

 ・・・〓ーーーーーーーー◇ーーーーー〓

 〓〓・〓〓ーー凸ーーーー◇ーー〓〓〓〓

 〓・・・〓ーーーーーーー◇ー〓〓〓ーー

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 ・〓・・凸ーーーーーー◇ー凸ーーーーー

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 ・〓・・・・ーーー◇凸ーー〓〓〓〓ーー

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 ・〓〓〓ーーーー凸◇ーー〓〓〓〓〓ーー

 〓〓ー〓〓〓〓〓〓◇〓〓〓ーーー〓〓ー

 ーーーーーーーーー◇ーーーーーーー〓ー

 =========南=========

 〓:断界山脈

 ◇:ラタ大河本流

 ・:海

 ー:陸

 凸:州都

 凹:王都


「さて殿下。グルム王国は言わば道の交差地点である事は分かっておいででしょう」


「うん、それは勿論。僕等の国が栄えてるのは穀倉地帯や外界の素材なんかも有るけど一番の理由は五つの路が交差する場所だからだね」


「その通り。だが同時に我等の国は道が繋がる故に攻められ易い事を努努忘れないでいただきたい。

 殿下は足下を見る内務に関しては此のログラム絶対の信頼を寄せていますが、有り体に遠方を見る外務に関しては陛下より不得意だと考えています」


 真摯、故にこそ痛烈な言葉をログラムは述べた。王族に言うには少々刺々しい諫言だがそんな言葉を投げかけられたアーウルムは納得した笑みを薄く浮かべて頷く。


「戦に関しては勿論だし思い当たる節はあるよ」


「殿下は人が良過ぎますからな。無論、人としては各あるべきですが外交においては国家と臣民の問題ともなれなり得る。それこそ時に非情にならねばなりません。寧ろ我が国の状況を見れば恐れられるくらいで丁度いい。

 厳密に言えば殿下が即位し襲ってきた者が居れば例えオケアノス選帝侯であっても徹底して叩いて頂きたい」


「いやに具体的だけどヴァレス候かい?」


「御気持ちは分かりますが殿下の気質は皆が知る所、だからこそ即位に泥を塗った者への容赦は無用にして頂きたく思います。

 ユグドラドには徹底出来ましょうがオケアノス選帝侯相手では殿下は手心を加えるでしょう」


 オケアノス選帝侯ヴァレス=ウェル・ダダニューとアーウルムは仲が良い。アーウルムは文化人的な事柄を好む人との交流が甚だ多いのだが、オケアノス選帝侯との仲は特に良い事で有名だった。


「殿下の対処が甘ければ四つの道、最悪は五つの道から敵が来るとお考え下さい。グルムは数度の戦には耐えられますが万一甘く見られ、周辺国が魅力に抗えず連合ないし連戦を挑んでくれば抗いきれません。

 勝てたとても南北に長い我等が国はラタがあっても兵員物資の輸送を鑑みれば疲弊は免れずそう考えればこそ申し上げておきたかったのです」


「そうだね、分かったよログラム。そういう意味では父上を見習わなきゃいけないかな」


「ああーうん。まぁ、陛下みたいに反乱の証拠突き付けて処刑せずに兵を起こさせて戦争誘発させるとかはしないで欲しいですが」


「・・・・・」


 王太子主従が何時もの王もうちょい常識を弁えてくれ的徒労を感じしてる頃、そのアダマティオス四世はドラコー・コエメトリウム王城の一室で外交交渉を受けていた。


 何処か威圧的な黒と白のグルム王国らしい内装の大部屋で椅子に座り威圧感を撒き散らす王を合わせて12名の人物。グルム王国は王に宰相と大将軍、それと従者3名を合わせた6名。ユグドラド帝国側は外務官と従者2名を合わせた3名だ。

 残りの3名が何かと言えば仲介人である。魔導の円卓と呼ばれるユグドランドのイニティウム・ロクスに生える世界樹の根元に建てられた図書館を集会場とする魔法使い組織から派遣された賢者だった。


 尚、ここで言う賢者とは役職を持つっつーか持たされた魔法使いの事だ。世間一般だと役職を持ってる=偉いというイメージで魔法使いを敬って呼ぶ場合に使われるが、実際の所は図書館を好きに使える権利をチラつかされて面倒事を押し付けられたか魔法使いである。


 従者は兎も角も濃い面々だ。グルム側は言うに及ばずユグドラド外務官の老いた月の光人は名をローゥイン・クールソル。

 元元帥である。更に大元帥グレナリューを見出した前々宰相の弟で死んだ変態商人ストアの友の叔父にあたる人物。光人らしく整った顔だが剛直一辺倒たる厳しい表情で燻んだ銀の短髪は刃物のように輝かせている。


 また仲人の賢者は老剛人でダウダニオン・スラウグ=グンダールという領地の継承権を持つ貴族の出の魔法使い。燃えるような赤い体毛を持つ赤ら顔に忿怒の異名の元となった深い眉間の皺と豊富な髭をゼンマイみたいにしたカイゼル髭が特徴だ。魔導の円卓内で最強と呼ばれる三人の魔法使い樹下三天に迫る強さを持つと言われていた。


 濃い、マジで超濃い。料理ならデカい寸胴鍋に入れて水で薄めるレベル。


「御託は要らん。何の用だ」


 発した言葉の割に棘のないアダマティオス四世にユグドラド帝国外務官ローゥインは意志の強い瞳を向けて言う。


「陛下、我等樹聖ユグドラド帝国は最低三年の停戦協定を願いたく参上致しました次第です」


 続けろ、と視線で促す。


「今回の不幸な戦の発端となったドラコ地方の貴族達から停戦期間中の間、彼等の収入の内二割に相当する賠償を払い続ける事を約束します」


 グルム王国宰相ラクトアは疲労の浮かぶ陽の光人らしからぬポーカーフェイスのまま何を言う気かと辟易とした。規模は大きいものの言ってしまえばたかが小競り合いの賠償にしては少々払い過ぎだし金額を明言していないのも怪しい。対ピュトラション王国戦の傷が思いの外深いのか、それとも払う気が無いのか判別がつかない。


 ラクトアは心の中で溜息を一つ。


「陛下、宜しいでしょうか」


「構わん」


 王の了承を得てから。


「クールソル外務官、幾ら払うと明確に仰らない理由をお伺いしても?」


「建前の話ですので。実際に御支払するのは停戦期間中、潰した貴族達から毎月金板500枚を拠出しようと考えています」


「成る程、私達の講和を建前に上ドラコの元王族や貴族の力を落としドラコ地方の権力を皇帝に集中させようと言うのですか。だとすれば余りに金額が少ないと思いますが」


 言いつつラクトアは得心がいく。要はユグドラド帝国側は地固めがしたいのだ。言葉の通り表情を顰めながら、しかし心中では望外の幸運に燥ぎ散らかした。


 帝国にとってドラコ地方北方は他の地方と比べ皇帝の統制力が余り及んでいない。割と最近編入された上にまだまだ前の国の貴族自体の数が多くユグドラド帝国にとって指揮の取りにくさでは群を抜く。

 ただでさえユグドランド地方でピュトラションと戦いボロボロになったのに南方の上ドラコ地方とかってユルユルの足場に立ってグルム王国と戦いを続けるとかなったらマジで国が滅ぶ。


 そして王国にすれば何もせずに手に入る金板500枚は賠償金と敵国の強化を待つ代金と考えると少ないが、ここにグルム王国の譲位問題が絡んでくると意味が全く変わってくる。グルム王国側も王の交代という不安定な期間中に最も襲い掛かって来そうな国が静観を決め込む上に金がもらえるとなればメリットが過ぎた。


 アーウルムが文官肌の王となる可能性が高いという事も鑑みれば最高だ。ユグドラドが国力を増強すると言うのならグルムも同じように国力を増強すればいい。向こうの方が領地の広さで資金などは多いが、此方は王家の統制力が頗る高く成長の易さで言えば寧ろ有利に思える。

 戦争よりは内政が得意な新王の弾みとなり、その資金と出来る可能性が高い事も含めて考えればラクトアは靴ペロペロしてでも結びたい休戦協定だ。


 内心を隠してラクトアは不快だと言わんばかりに顔を顰めて。


「金をやるから敵国の強大化を指を咥えて見ていろ。そう言う認識で宜しいでしょうかクールソル外務官」


「有り体に言えばその通りだ宰相殿、そちらも内戦から立て続けの戦。下ドラコの事を考えれば互いに悪くない話だと思うのだが?」


 実直に言うクールソル。その表情で譲位の話は未だユグドラドは確定事実としては認知していない事を悟る。こう言う時だけは王の突飛な言動が有り難い。


 ラクトアはガッツポーズ欲を抑えて難しげな表情を作り。


「此方としては地主に備えていたので物資に余裕があり竜翼重騎兵は無傷です。大将軍閣下、兵力の方は」


 椅子に悠々と座し黙していた老将バフィウスは白髭を撫で細い目を薄っすらと開け。


「儂の第一軍は勿論、ドルアーの第三軍も抜かりはないのう」


「有難う御座います閣下。

 と言うわけでクールソル外務官、グルム王国としてはこのままドラコに攻め貴族達を粉砕しながら領土を獲る方が手っ取り早い話ではあります」


「ふむ、ですが上ドラコとユグドラドの境の断界山脈は山状です。防衛線は今の倍程度に伸びますが?」


「確かに、新たな軍団長の創設が必要ですか。しかし領土が増える事を考えれば安い物、幸い我が国には有能な将軍と優れた兵士が数多くいますから」


「ふぅん困りました。噂に聞く陛下の譲位を考えればお互いに悪くない話だと思ったのですが」


 流石は元元帥、胆力が尋常ねぇ。顔色一つ変えずに王の前で隠居しろと言ってるような言葉でカマかけてきやがった。ラクトアは片眉を上げて何言ってんのと言わんばかりの表情になりながら心中で思いっ切り舌打ちをかます。


「陛下に隠居しろと?失礼ながらクールソル外務官の方が大分御歳を召していたと思いますが」


「宰相殿、そう言う意味では無い。が勘違いさせた様だ。失礼した」


 渋味の有る苦笑いを浮かべ言う老外務官。この食えないイケメンジジイ引っ叩いたろかなと言うのがラクトアの抱いた感情である。フンと鼻を鳴らして。


「良いでしょう。千枚で手を打ちます」


「御冗談を。六百、これ以上は」


 侃侃諤諤、戦場の如く。下手な兵士がションベン垂らしながら逃げ惑う剣幕で停戦協定の大筋が纏められた。


 両国共に守備兵を残して全軍撤退、停戦期間中ユグドラド帝国はグルム王国に毎月金板300枚を支払う、ユグドラド帝国の私掠免許状所持船にグルム王国商船を襲わせない。


 こんな感じで。


 内容に合意した王は大将軍と宰相に後を任せ王城際奥の王の居館へ向かう。そこは王の資質横の食堂と言うには質素な一室である。


 アダマティオス四世が部屋に入り着席すれば食事の配膳が始まった。

 ピッチャーに入った乳清、鍋に入っているのは鶏の胸肉とササミを蒸し油分を除き解し野菜や豆と共に煮たスープ、そして大きな蒸し海老が盛られたサラダだ。

 配膳って言って良いんだろうか。鍋のままだしボールのままだし。


「大樹に」


 一言、黙々と食う。いや、喰らう。


 そこに娯楽は無く、料理人の手腕によって美味な物ではあっても目の真の物を己が血肉に変える事のみを主眼に置いた食べ方である。


 小さな寸胴の様な鍋を掴んで傾け飲み干してサラダを鯨の様に口へ。


 もう、なんと言うか王の所業では無い。品位など無く、唯在るのは飢えた獣の様。口に付けていたピッチャーを叩き付ける様に置いた王は大きく息を吐く。


 一拍の間をおいてノック。


「入れ」


 従者が入ってきて恭しく一礼し。


「陛下、蒸し焼きが出来たそうです」


 嗤う。獣か王か判別の付かない、それ程に身が求めて仕方ない代物。


「直ぐにお持ち致します」


 大きな皿に乗った大きな肉の所謂ローストビーフの様な料理だ。王が二股のフォークを突き刺し剣城の様なナイフで切ればほんのりと赤身の残った断面。


 齧り付く。


 飲み込み臓腑に肉の塊を流し込めば全身が歓喜した。新たな肉だ、新たな血だ。酷使された身体がそう喜んでいる。


「美味い」


 機嫌よさげに言い食事を再開すれば薪割が出来そうな肉の塊がみるみる内に消えていった。食後の酒を楽しむ王に従者が一通の手紙を渡す。それを開くとアダマティオス四世は、その激烈な威圧を撒き散らす顔に尋常では無い狂喜を浮かべた。


「フハハハハハ、来たかバウバァッ!!」


 従者は王が御機嫌麗しく何よりと微笑んでいた。


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