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大きい 以上閉廷

 さて、漸くバウバ一行は王都に着いた。ラキ達から見れば王都の玄関である港を有する広大な湖には四つの翼を持っていただろう巨大な竜の遺骨が腹這いに鎮座してその半身を湖面の底に沈めている。竜の身体に沿う様な沿岸の平地に港を内包した都市が建ち台地へ続くなだらかな斜面に並ぶ屋敷街へ続いてその先にコロッセオを横に並べ森を背にした巨大な王城が鎮座していた。


 何もかもが混乱しそうな程に大きい。


 上空から見れば王都はラタ大河と二つの支流に両端を吊るされた厚めの三日月の如き湖に囲まれた雫型状の広大な土地に建てられている。

 北東から南に流れるラタと西の港街カリスト・トロヌスへ流れる巨大な支流を分断する巨大な雫の先端から中部付近までを領する扇状の台地の上には毛管現象かなんかで出来た王都全ての水を賄う広大な湖とそれを覆う大規模な森が広がっていた。

 坂から雫の底まで広大に広がる平地は城下町でマス目だ。坂は城の下から家臣の住む巨大な屋敷と兵士達の宿舎が並び、平地には小さな家々と数回建の借家を中心とした居住区になっている。沿岸部は大商会の屋敷と倉庫が大半を占め繁栄して相応と思える光景だろう。

 竜の沈む湖は目算で全長100フェッラリウス(500㍍)以上はあろう竜をすっぽり収めて尚余りあり、おそらく面積で言えば|百数十イーテルトーリム《約5百数十㌖》は有る。もう海と言われても信じるほどの規模でラキなどは思わず「琵琶湖かよ、見た事ねーけど」などと言えば想像しやすいかもしれない。


 説明なげぇ。


 ラキはシロナガスクジラの様な大型ケートゥスの尾を視界に入れて尚も王都に釘付けのまま思った、ってか言う。


「デケェ……」


 何もかもが、だ。


「王都など何年振りだろうか」


「私達は初めてだね」


「ここが十万人都市……」


 バウバが懐かしげに、クーウンが期待しながら、ミャニャが関心して言う。ゴニャとグゥクゥ、フッシャは目を見開きポッカリと口を開け見入るばかりだ。

 それこそ船上から見える範囲でさえ数階建ての建物と大規模の倉庫群が並び船と人と物の出入りの忙しなさで言えばこれまで訪れた港町を易く上回る。城壁も無い港街は大小の通路と凡そ一定感覚で敷設された大規模な水路で区切られており途方も無い。様々な物資が集積さ其れ等の売買がなされていた。

 西の商業港と東と北に位置する穀倉地帯を繋ぐ集積場にして軍団長率いる精兵の駐屯地たる王都の港、故にこそグルム王国の数ある湖の港としては最も大規模で広範囲に広がる代物だ。


 様々な人種、出身、身分の者達が集う巨大都市。そんな都市の船着場に到着し橋板がかけられ陸地に戻る。岸に降りたラキは熱波迸る様な街の風情にいっそ呆れさえ浮かべて。


「港ってどこも活気が有りますけど此処は特に凄いですね」


「人口を数える桁が十万を越える都市と呼ばれていますが実際に王都の住民は50万人を超えるそうでね。

 それに二つの支流の向こう岸には広大な農地が広がって、ラタの対岸には牧場が広がっていますし日雇い労働者も何かあれば王都に来るので……」


「想像も付かないね」


 ミャニャが豆知識を教えてくれ、クーウンが皆の考えを代弁する。皆んな同意せざるおえない感想だ。無論それはバウバとて同じだが少し早く感嘆の感情を引っ込めて。


「まぁ、先ず風呂と食事だな」


 船から降りたらコレ。乗ってきた船の水夫にバウバが記憶との齟齬が無いか尋ねれば慣れた様に浴場と食事処を教えてくれる。


「ああ、場所はあんたの言うトコで変わってないよ。港の真ん中の広場にあるデカイのがそうだ。ただ今はストアの大浴場って呼ばれてて、だいぶ大きくなってるから通り過ぎない様に気を付けてくれ」


「感謝する。」


「おう、王都を楽しんでくれ」


 岸に沿う様に敷設された馬車道に丁度、客を街中まで運ぶ箱馬車が停まっていた。それに乗り込み言われた通りに港街を進めば小さな城壁みたいな壁に囲まれた巨大な邸宅の集合体が如き代物が現れる。

 公衆浴場テルマエは何処も変わらずドゥルグ建築で、左右対称の大きな石をくり抜いた様に見える建物。此処もその類なのだが目の前に広がるのはそんな規模じゃない。

 何と言うか雰囲気的に宮殿らしさのあるドゥルグ建築だが、公衆浴場と言われるよりは本物の宮殿と言われた方が納得出来る絵面だ。


 もう何でもかんでも王都はデカくしすぎである。いや公衆浴場はデカくても良いってかデカくないと都市の規模的に衛生面ヤバい感じするけどラキとか王都に付いてからアレもデカいコレもデカいで感覚おかしくなってきた。


「大きいな。……こんなに大きかっただろうか……?」


「もっと小さかった?」


 ゴニャがバウバの呟きに問いかける。


「ああ。昔に訪れた時も大きかったが少なくとも城壁の様な代物は無かったな」


 長方形の浴場を覆う城壁の内側は言わば大文字のHの様な形で建物が並ぶ。

 中央のパンテオン神殿みたいな入り口から円形のドームに入れば受付や屋台が有り、左右で男女に分かれ浴場施設などの内包された巨大な館内の運動場と風呂場に続く様である。


 受け付けを終わらせたバウバが札を渡しながら。


「ではクーウン、ミャニャ、フッシャ、ゴニャ。後でな」


「後でね。グゥクゥ、走るんじゃないよ」


 クーウンがそう言うと女性陣が一言残して風呂場に向かう。


「うぅ」


「そろそろ慣れような」


 相変わらず頭から水を被るのが苦手なグゥクゥに苦笑いを浮かべながらラキは服を脱ぐ。


 そんな兄弟の様な二人を微笑ましげに笑うバウバに続いて浴場に入ればテニスコートみてーな浴槽が八つも並んでやがって足を止めてしまう。

 てか入っている人の数もおかしい。何人居るのか数えようとも思えない、元の世界で例えるなら残暑日のプールと同等レベル。


 ラキはアレよ、もぉねデカイって言うのに疲れた。もう当分言いたくない。デって発音したくない。


 見れば人種も多い。十数の巨人が並んで体を洗い流す様など瀑布をも連想させるし水人が鰭を撫で洗う光景はシュールだ。


「おお、凄いな。毛繕いまであるのか!」


 ラキと同じように浴場を眺めていたバウバのテンションが上がる。彼の視線の先には獣皮を纏った獣人達が並んでいた。獣顔、犬系や猫系は勿論の事だが狼、虎、熊に加えコヨーテやリカオン、豹やマーゲイみてーなのもいる。

 彼等は毛皮部分の手入れをして貰っているようで、垢落としを請け負う係員と同じ格好をした人が散髪屋みたいな感じで、全身の獣皮に櫛を通したり切ったり何かを染み込ませてる。獣の顔にそれぞれの獣の特徴の体毛を人体に生やした野郎共なのだが何というか……トリミングっぽい。


 まぁ巨人の髪や剛人の髭の手入れなどは大変な物として有名だが獣皮を纏った状態の獣人の毛の手入れが最も手間がかかる。獣皮を纏える時間は個人によって疎らな上に手入れで切る量も頭と顔どころか四肢まで含む訳で尋常ならざる量があるのだ。

 そもそも獣人達とて普通は伸ばしっぱなしにするものだし、浴場の方も手入れをしていても排水溝が詰まるので獣皮を纏った状態で風呂に入るのは厳禁である。


「俺がグゥクゥの事見てるんでバウバさんは毛繕い?して来て貰ったらどうです?」


「そうか、うむ助かる」


 尻尾を振るバウバ、そんな訳で体を洗った三人は別れて進む。


「どうするグゥクゥ?バウバさんが終わるまで風呂か運動か」


「走る、ラキ勝負」


「おっしゃ!今日は俺が勝つ」


「負けない」


 屈伸するラキにフフーンと胸を張るグゥクゥ。獣人は元から身体能力が高く幼子のゴニャとても運動能力並程度のラキとは良い勝負ができた。

 なんならグゥクゥのが勝っており運動関連でラキが勝ち越してんの水泳ぐらいだ。


 二、三回勝負して毛繕いの終わったバウバと合流し浴槽に浸かる。巨人や水人用の水深の深い浴槽や、剛人用の沸き立つのではないかと言うほどの浴槽も気になりはするが普通の浴槽に。


 ボーっと湯に浸っているとラキの前を他の客達が横切り、彼等の着けているある物を見て旅を始めてからふと思った事を呟く。


「そういや首輪を着けるのをよく見るけど流行ってるのかな?」


 ファッションとして流行ってるなら先輩であるディキアナへの土産にどうだろうと考えた所で驚いた様な顔のバウバがハッとして。


「ああ、ラキは知らないのか」


 そう納得してから。


「アレは奴隷の証だ」


 ラキは固まった。何というか心理的な衝撃にブン殴られた心地だ。そりゃあ居るのは知ってたが目の前にいる人が実物だと言われればさもあらん。


「鎖を繋げる輪の付いた首輪は奴隷の証だな。よく見る首輪のみの者は専門知識や技術を持つ技能の者達だ」


「え、種類があるんですか?」


「ああ、技能に一般と犯罪の三種となる」


 この世界に生きるバウバにとっては普通の事だ。寧ろ彼の出身地はユグドランド地方であり大規模な奴隷の出荷元である。そんな場所を出身とするが故に事もなげに言うがだからこそラキには衝撃が強かった。


「旦那、あんたバウバの旦那じゃねぇですか!?」


 よくわからない、強いて言えば負の多い感情に沈みそうになっていたラキの意識が戻る。輪っか付きの首輪を付けた祖人の男が何というか懐かしさと喜びの感情を発露しながらバウバに声を掛けたからだ。


「お前は……キーロンか、酒場の」


 バウバも驚いている。


「ええ、ええ旦那。物乞いキーロンですよクィトナ村の酒場で旦那の傭兵団に仕官した。懐かしい、お元気そうで何よりでさ旦那ァ!!」


「お前ともあろう者が奴隷になっていたのかキーロン」


「ええ、ええ。いやぁ、この物乞いキーロン戦でドジ踏んで人売りに捕まったんですが運の良いことにオリエンティムミムスに売られた上にドルアー様に買って頂いたんで」


「ドルアーにか。それは運が良かった」


「ええ本当に、その通りで」


 なんか昔話や近況報告が始まった。ラキはバウバとキーロンを見て思う。なんか想像してた奴隷の感じと違うな、と。


 何せキーロンは良く笑うし目が死んでないを通り越して輝いてる。バウバと会えたのもそうだろうが、話を聞けば寧ろ今の自分の立場に喜んでいるからこそだろうと思える。


「昔みたいにドルアー様の軍団で計理なんかを任せて貰ってるんですがね。

 大変な事もあるが、いやはや。ユグドランドに居た頃ぁいつ死ぬハメになるか不安で仕方なかったが此処じゃ毎日が天国でさ」


「うむドルアーも相変わらずの様だ。お前もドルアーも元気にやっている様だな。私の方は今シルヴァ・アルターで憲兵団を指揮している」


「それって境界都市ですね。カトロクゥーヌだかクアトロコルクだかってアノおっ恐ろしい闘技場の主のいる」


「ああ、流石に私がクアトロ・コルヌを相手にする事はほぼ無いが」


「ほぼってこたぁ何度かあったんで?」


「ああ、猟団を手伝っていた時などに数回程度だが」


 キーロンは感嘆してから不貞腐れた様に。


「それにしてもドルアー様も忙しいのは分かるが旦那が来るなら教えてくれりゃぁ良いのに」


「ああ、いや今回は急な出発で手紙を出せていないんだ。ドルアーにも顔を見せる気ではいたんだが」


「へ?じゃぁ旦那は何しに王都へいらっしゃったんで?」


「王に呼ばれてな。明日辺りドルアーに取り次ぎを頼もうと思っていたんだ」


「そりゃあ良い!なんなら今から案内させて貰いますよ」


「そうか、それは助かるな。せっかくキーロンに会ったのだからドルアーにも顔くらい見せておこうか」


「ドルアー様も喜びまさ」



 その頃ドルアーと言えば自分の屋敷に篭っていた。必要になった己の軍団の兵站の補充などを漸く終わらせての久々の休養である。


 外に出る際に使う馬車や服装やらと比べて余りに質素な服を着て広い部屋でクッションの豊富な寝台の様な椅子、ソファベットっぽいのにデップリと寝転び頬杖ついて小さな台に置いた菓子を摘んでいた。


 何だろう。あんま言いたくないけど白目むいたブッ細工なトドみてーだ。


「ゲェ〜〜ッフ」


 汚ったねぇゲップ。横っ腹をボリボリ掻いて上質な砂糖と良質な小麦に濃厚なバターを使ったクッキーを口に放り込む。


 バロンバロン贅肉を揺らしながら顎を動かし何気に整った綺麗な歯でモッサモッサ砕き飲み込んだ。


 二、三贅肉揺らして頷き。


「うぅーん。これぁ随分ウメェな、料理長の野郎やりやがる。デュッホッホ、アイツらにもくれてやるか」


 ニチャァ……と笑って幾分、と言うか見た目の割にやたらと機敏に立ち上がる。菓子を載せていたトレーを抱えて部屋を出た。ドルアーがのっしのっし歩けば首輪を付けた従者らしき者達が恭しく礼を。


 ドルアーは立ち止りまたニチャァ……と笑う。


「お前らは食ったか?」


 端的だがドルアーに忠誠を誓う従者達は直ぐに察して。


「はい。美味しく頂きました」


「デュッホッホッホそら良い事だ。所でアイツらは?」


「今は奥方様と共に裏庭に」


「おおフュロンちゃんが世話してくれてるのか助かった、すまねぇ」


 従者達の一礼を背にドルアーは歩みを進める。心なしか足取りは軽、か……いや見えねーわ、物理的に重過ぎて気持ち的な軽さが全然見て取れん。


 まぁ兎も角、スキップは下手すると床が抜けるのでしてる様な、乃至してておかしくない雰囲気でドルアーは裏庭に出た。扉を開ければドルアーの大切な妻子達と、ラフィランの屋敷から没収(救出)した奴隷達が日向で小さな子供達の面倒を見ている。


「まぁドルアー様の足音」


 そう呟いて一人、小柄な美女が振り返る。陽の光人の血を継いでいる黄金色の髪をフワリと広げ、動きやすそうな淡い色のドレスを翻す。顔はどれほどの物かと思えば目に黒い帯を巻いていて見る事は出来ない。


 だが絶対美人だ、確実に。長い杖を振り振りドルアーの元へ近付いて行く。


「私が先導しますので」


 数歩歩いた辺りでそう言ってスラリとした長身の男が手を取った。理知的で涼しげで優しげな瞳をしていて顔立ちは何というか甘い。雰囲気はマスクを付けていても美しい事が良く分かる美女に良く似ていて二十代には届かないだろうが凡そ其れくらい歳だ。

 たぶん兄弟、身長を鑑みれば兄だろうが雰囲気的に言えば弟の線が濃厚っぽい。


「母上」


 おいマジか。


「デュッホッホッホ、フュアーは気を遣える良い男に育ったモンだ。フュロンちゃんに似たな」


「まぁ、この子の優しさは貴方似ですよ」


「父上、母上、こそばゆいです」


 マジか。


 美女と野獣的な意味合いで妖精と怪物という言葉がこの世界には有るけどマジでか。


 まぁ……この美人母子はドルアーの妻フュロンと長男フュアーで有る。


「フュロンちゃん。アイツらはどうだ、少しは元気になったか?」


 グニっと顔を歪めたドルアー。妻として夫の感情を理解しているフュロンは悲しげに。


「大分良くなったとは思うのですが夜泣きする子が大半で。まだ前魔導師長から受けた心の傷が残ってるみたいです」


 突如ドルアーは振り返って妻子達に背を向けた。憤怒に歪む顔を見られない為だ。脂肪に覆われた顔が恐ろしく悍ましい顔に変わる。般若でももうちょっと優しい顔ができるだろう。


 ブルブルと怒りに震えるドルアー。彼の縦にも横にも大きな背に妻の気遣わしげな手が添えられた。


「……すまねぇフュロンちゃん」


 そう言って振り返るドルアー。


「アイツらの事、頼むぜ」


「はい。お任せを」


「フュアー、お前もな。コレ、料理長が良い仕事をしやがったからアイツらに毒味させといてくれ」


 ドルアーがそう言って既に半分ほど食べた菓子の皿を渡すと息子は苦笑いを浮かべながら。


「ええ、承りました父上。ですが父上が持って行った方が彼女達も喜びますよ」


「ンな訳あるか」


 マジで何言ってんだコイツ。そんな顔で言うドルアー。この軍団長は自分の外見から他者が受ける印象をよく理解している。しているからこそ他者、いや彼に心開いた者がどの様な印象を持つかを理解出来ていなかった。


 そりゃもう全くと言っていい。


「俺みたいなのが面を出したら夜泣きが悪化するわ」


 そう言って踵を返す。ドルアーは全然気付いて無いがラフィランの元から助けられた奴隷というのは、まぁ最悪の話だが処分という凡そ人に対して使うべきでは無い処遇の可能性もあった。

 何せ彼等彼女等は仕事が出来ない程に心身を衰弱させていたので有る。処遇に関しては惨たらしい事に助け出された者達も十二分覚悟していた事で、仕事の出来ない者を養う訳が無いと言うのが悲しいかな道理なのだ。

 そんな状況下で引き取ったのがドルアーである。となればもう言わずもがなメッチャ感謝されてる。嫌いようが無い、なんなら幼くして売られた者達からすれば実の親より感謝してる存在となっていた。


「父上にも困ったものだ」


 愛息にそんな事を言われてるとも知らずドルアーはのっしのっし歩く。妻子が面倒を見てくれているのなら鍛錬でもしようと屋敷の再奥に建てられた鍛錬場に向かう。鍛錬場と言っても井戸と器具を置く倉庫が端に立つだだっ広い小さな体育館とか道場的な代物である。


 何をいうでも無く立て掛けていた全長半フェッラリウス(約2.5㍍)直径2パンドス(約10㌢)の長大な鉄の棍棒を右手一本で握り振るう。恩人は何があろうと鍛錬は欠かさなかったが故にドルアーも鍛錬を欠かさない。


 素早く、しかし超重たる一振り。


 淡々と繰り返す。


「ん“ん”」


 1,000回目で少し痩せたドルアーが唸り声を上げる。左手で握り直し同じ様に降り出した。


 何度振ったか。ゴトリ、そんな音を立てて鍛錬器具を立て掛け井戸で水を浴びる。


「あぁ“身体が軽い。また痩せやがった」


 確かに気持ち細くなったドルアーが苛立たしげに吐き棄てる。水に濡れたままドルアーは次の鍛錬を始めようとして足音に気付く。何事かと一先ず井戸の横で佇んて待ていればバタンと音を立てて愛息が。


 なんかイケメンが凄い顔してる。目をカッ開いて歯を食いしばり手をワチャワチャ振りながら。


「ちちちちち、父上ッ!!」


「お、おう。どうしたエラい剣幕で」


「だ、だだだ団ちょ……」


「団長?……新しい軍団長でも決まったか?」


「バ、バウバだ——」


 フュアーが言い切る前にドルアーは駆け出した。動けるデブ、ドルアーが贅肉をダバダバ上下させながら残像を残して走っていく。


 廊下を走る。私生活用の館を抜け、中庭を抜け、公務用の館の広い玄関に。


「団長!!」


「ドルアー久しいな」


 変わらず。いや少々の渋味を加え、玲瓏にして壮美、絶美偉観たる英雄が穏やかな笑みを浮かべて立つ。

 彼だ、ドルアーにとって彼こそが唯一絶対の英雄である。後光が射す様に眩しげに、大いなる懐かしさと万感を持って目を細めたドルアーはハッとしてブルブルと顔を振る。首と頬の贅肉もバルンバルン。


「団長、バウバ団長。王都で別れて以来お久しぶりです、お懐かしい。ああ、御家族もささ、どうか上がってくだせぇ」


 嬉しさ抑えきれずに何かヘコヘコお辞儀に加えて手揉みまでしながら先導するドルアー。申し訳ないが小物悪徳商人っぽさが凄い、凄過ぎて尋常じゃない。


 この人、この国の軍団長。即ち軍事的に言えば国家の上から数えた方が早い立場の存在で数千の常備兵を率いてるってのが嘘みてーだ。つーか統率能力が有るんで率いる兵の数が最も多い人材なんですけどねドルアーって。


「さぁさ、どうぞどうぞ」


 ……見えんて。


 ドルアーが客間に先導しているとフュアーが来て足を止め。


「父上がマニュス・メルセナリオと話してる……」


 何とかマンやら何とかレンジャーとか何とかライダーだのを目の前にしたヒーロー大好きな五歳児みたいな顔で言った。……ラキの世界のとある国的に言えば。

 尚、マニュス・メルセナリオとは偉大なる傭兵という意味で、とある文人が記した傭兵達の伝記を集めた本の題名であり、その本の中でバウバの事を評した物である。


「団長、旦那は今日王都に着いたばかりですぜ」


「あんだとキーロン。マジでか」


 邸宅街を案内してきたキーロンがドルアーに言えば顎を擦り。


「バウバ団長、是非是非ウチに泊まって下さい」


「気持ちは嬉しいが流石にそれは迷惑だろう」


「なぁにを言うんですか団長、迷惑なんてこたぁねぇですよ。お願いします、王に伝えたら昔話をする暇も無くなっちまうかもしれねぇ」


 ドルアーの若干拝む様な言葉で一先ずこの屋敷で世話になる事になったのだが、まぁ数日は厄介になるだろうという事で屋敷の一部屋を宛行わられたラキはソワソワする事になった。


 マナーハウスだかカントリーハウスだか、要は西欧の貴族が住む屋敷みてーな代物の一室なのだがいかんせん豪華なのだ。

 勿論の事、下品でケバケバしい訳では無く落ち着いた過ごし易い部屋では有るのだが泊まり慣れない質の高いホテルに泊まった時の様なソワソワ感が拭えない。

 そう、言うなれば分不相応な場所にいる様な、俺ってここに居て良いんですか的な感覚の所為でとても良い雰囲気の部屋に居るはずなのに居心地が悪いので有る。


「王都でも見て回ってみようかな……」


 少しすれば慣れるだろうけども。そんな思いも有るが折角の旅行だ。室内でソワソワするより夕食の時間まで周辺を見物するのも良いかもしれないと部屋を出た。


 扉を開ければ白を基調とした長い廊下に絨毯が敷かれ、縦長で頭の丸い大きな窓から中庭が見える。壁には風景画や彫刻が飾られておりラキの想像する貴族の屋敷とは変わって落ち着いた雰囲気だ。

 何というか、ラキの想像する屋敷がどんな代物か気になるけども。


「なんか来た時も思ったけど赤色も金色も無いのに何かこうアレだな……ヤバイな」


 廊下を眺め、妙に親近感を覚える矢鱈とイケメンな青年の彫像をチラッと見てから述べたラキの抱いた感想は閑雅、ないし瀟洒くらいな感じだろうか。茶室なんかに対して審美眼の有る人はラキの気持ちに近い物が想像できるだろう。

 てか金と赤って何そのバッキンガムじゃねーと許されない内装、どんなイメージ?


「・・・・・・」


 さっきから視界に入る青年の彫像が気になって仕方ない。


「これバウバさんじゃね?」


 語尾疑問形になってるが確信を持って言った。細長く四角い石柱の上部を彫った胸像と言うやつだ。視線を落としてみれば像の説明が記された鉄のプレートが嵌め込まれており。


「やっぱそうだ」


 凄っげぇビッチリとバウバの事が書いてあった。そりゃあもう金属板にギッチギチ。


 勝手にバウバの過去を勝手に覗くのに若干の後ろめたさを覚えつつも好奇心に勝てず読む。先ずバウバの名と出生年と地が記され、抜粋されたユグドランドでの戦果が書いており、最後に如何に英雄で有るかが詩的な文面の賛辞が続く。最後に彫刻師の名前らしき物が刻印されていた。


 ラキは思う。やっぱアノ人ヤベェわ、と。


 例えば軍の統率、武勇、知略に優れたカリスマ溢れる人格者扱い。何だろう、バウバの全てを知る訳では無いが頷けるラキが読んでも本当の事を書いてるのか怪しくなる様な感覚を覚えるレベル。

 いや感嘆ってのはこういうモンだと改めて感じ入る次第だ。


「てかバウバさん以外の像って誰だろ?」


 配置としては廊下の壁側に彫像の左右に絵画を配置している。バウバの彫像を挟む左右の絵は金色のデカい木の絵とバウバらしき人物が戦ってる絵で、少し歩いて他の彫像を見てみれば軍神や古の時代の英雄とかだ。


「軍神マース、古代剛人の友ハゥニカル、人類を統べた皇帝コルネリウス、神話とか古代の偉人と並べられてんじゃん……」


 確かにバウバの戦場姿を思い起こせば納得出来てしまう。特に素人であるラキからしたら赤べこの首部分を機械化したレベルで頷ける。


 そんな事をしていると随分と時間が経っていた様で夕食の時間になっていた。


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