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旅にハプニングは付き物って言いたいけど目的地のがヤバそう

 バウバはムッダム・リベリタスが迎えにくると海賊達の処理を始めた。

 ラキが魔法陣をこれ見よがし展開しながら縛り上げれば反抗なんてゼロで、御通夜みてぇなテンションの海賊達を船底に押し込んむ。

 だが、海賊達の目に一縷の望みを察したバウバは口吻を撫でてから溜息を一つ。


「兵長、海賊供の目が死んでない。面倒が起こる前に釣果を見せた方がいい」


 兵長が頷きムッダム・リベリタスに戻ってる頃、海賊船の船底にギチギチになるほど押し込められた海賊達は外の音に耳を澄ませながらも小声で話し合っていた。ドゥットレーは言う。


「安心しろお前ら、まだ負けてねぇ。

 潜った奴等がグルムの船を沈めりゃいくら船走りや魔法使いがいたって船を動かすのは無理だ。そうすりゃ俺達の縄をとかなきゃなんねぇ、そんで寝首を掻いてやれば元通りよ」


 海賊達には勝算があった。何せ敵は唯の商船である事は間違いない。水面上の戦力には想定外の化け物がいたが水面下の戦力に負けるとは思ってなかった。

 思ってなかったってか思いたくなかったってのが正しいけども。


 だが確かに船を沈め操船員を殺せば海の上では操船技術を持った海賊を頼らざるおえない。バウバの感じ取った一縷の望みとはこういう儚い物だった。


「船長、誰か来ました」


 マンドレイが言えば海賊達は顔を伏せて項垂れたふりをする。


 そんな海賊達の前に海に潜ってた仲間の水人が放り投げられた。屈強な強面達が顔ア◯パ◯マ◯みたいに腫らし簀巻きにされた状態でベシャァってブン投げられたのだ。


 海賊ドゥットレー達の顔は笑顔だった。何処を見てるか分からない、目の前の縛られた顔を晴らした芋虫みてーな仲間という現実なんて見れないのだから。ハイライトの消えた、若干泣きそうな目であった。

 もう口角を上げるしかなかった。口角上げるってか引き攣ってるてのが正しいけど。


 海賊達の心を風の前の塵どころか微粒子レベルに粉々に砕きちらしたムッダム・リベリタス一行は、襲われていた商船に横付けし縛られた船員を救出し見張りの海賊達を降伏させた。


「助かりました。アギ・ダンラーム海運商会長アギ=ウェル、この恩は忘れません」


 襲われていた商船の船長がムッダム=フィンに縛りを解かれると共にそう謝辞を述べた。命の危機、そしてその危機から脱したというのに慌てるでもなく慇懃に。

 明るい青の髪を持つ四十には達しないだろう歳の水人で温和で涼しげな面長顔だが威厳と言える風を持ち、船乗りらしい格好だが服の質が良く腰に下げたカトラスなどに装飾が施されている。


「ん?アギ=ウェル……南方航路海運ギルド議長の不沈のアギ=ウェル殿じゃないか!!」


 ギョッとするムッダム=フィン。何せグルム王国にある三つの巨大海運ギルドの一つでグルム王国南航路に強い影響力を持つ若き俊英。端的に言えば彼女の所属する……

 グルム王国水運業の天辺だ。


「不沈。ああ、まぁ……お恥ずかしながらそう呼ばれています」


「会えて光栄だ。私はムッダム=フィン。いつも世話になっている。それに父と陛下の合間を取り持ってくれた方だったと思うが?」


「いえいえ、危うく奴隷になりかけたところを助けていただい御恩返しです。

 貴女の御活躍のお噂はかねがね、南方航路で女だてらに海賊を返り討ちにしたと。いやはや父君に加え御息女にまで救われるとは」


「縁とは海流の様に不思議な物だ。だが今回は私達よりあっちの御客人に感謝して欲しい。私達が相手にしたのは十人にも満たない泳戦者だ」


 てっきり彼女が救ってくれたと思っていたアギ=ウェルは彼女の後ろで船員の拘束を解いている人物を見て目を見開く。


「バウバ兵長では無いですか!!」


 バウバに駆け寄るアギ=ウェル。バウバは記憶に無い男の勢いに少し面食らったが、顔の面影と勢いに昔の記憶を刺激され直ぐに思い出して驚く。


「アギか、懐かしい!グルムに来る船に乗せてもらった事、今でも感謝している。少し痩せて逞しくなったな」


「ハハハ、それは勿論。船乗りは肥えていられる仕事では無いですから。嵐にあった船から放り出された私を助けて頂いたお礼にグルムにお送りしてもう10何年になりますか」


 彼等はこの広い海で不思議な事にある程度の繋がりがあった。

 アギ=ウェルの不沈という渾名は4ヶ月に一回は不運な目に合うが、必ず無事に戻って来る事から付けられた渾名だ。そんな不運に見舞われながら生還する彼をバウバやムッダム=フィンの父ピレ=ウェルは駆け出しの頃に助けた経験を持つ。


 ラキは拘束を解かれた商船の船員達に水を配りながら思った。バウバさん顔、広すぎん?


 アギ=ウェルの申し出でそれぞれの船で海賊船二隻を曳船しカリスト・トロヌスの港へ到着した。


「でっけぇえなぁ……」


 お気に入りの船首に立つラキは、いっそCって言った方が近い三日月の様な港を眺めながら感嘆と共に一言を漏らす。


 古アールヴ語においてカリストの玉座という意味の地名でありアダマティオス四世の即位時にちょっかいかけて潰されたカリスト王家の玉座を支え続けた港である。

 ピーラータ・ポルトスが軍港として有名な一方で此方は王都に近く、元より一国の財源の大半を古くから支えた商業港な為に巨大な建築物と船、そして人の数が尋常では無い。

 城を背にした街の方は色を地味にしたポーランドのグダンスクっぽいだろうか。まぁ何と言おうがラキの感想としては相も変わらず実在する中世ファンタジーという程度だ。


 水先案内人の水人に事情を話し海賊船を引き渡す。その後はマッコウクジラ似の大型ケートゥスに引かれて荷降ろし用の岸に並べられた。ラキは着岸しタラップが接続されるといの一番におり身体が斜めに。


「おっとと」


 船から数日ぶりの陸地に上がれば薄っすらと身体が揺れている感覚が纏わりつく。ラキは揺らめく身体に妙な気分になりながら港町を見れば、海沿いに並ぶ建物は何れも高く大きく巨大な倉庫や造船所の建物が並んでいる。


 更に接岸した岸には大型のクレーンがいくつも並び引っ切り無しに積荷の出し入れをしていた。整然と並ぶ彼等の周りは馬車と水夫が忙しなく働いており活気という熱量は海の水さえ乾かすのではないかと言えるほどのものだ。


 好奇心が止まらないラキは踏み出す。


「おっとととと」


「大丈夫かラキ。さて先ずは海軍に海賊の事を報告しなくてはならないのだったか」


 獣人特有の身体能力で陸に上がっても整然としたバウバがラキの腕を掴み支え、これまた平気で陸に上がる家族を引き連れながら言う。そう、陸に上がって若干とは言えどフラついてんのはラキだけである。

 この世界に外洋できる代物など無いが蒸気船とかに乗って旅をしたら陸酔いで死ぬんじゃねーかなラキ。あと基本的に波が無くコンスタントな休憩があったとは言えガレー船(デカイ手漕ぎ船)が平気だったのは何故だろうか。いや、どっちのが揺れるかとか知らんけど。


 ……閑話休題。


 アギ=ウェル達と合流したバウバは少し硬直してから。


「さて、先ずは風呂に入りたいな」


 困った様な犬顔で首筋を掻きながら言う。ラキがいたので水浴びは出来たが獣人にとって清潔である事は重要だ。それこそノミなど涌こうものなら死活問題。


 超、痒い。


 マジ痒死ぬ。


 そして獣人ではないラキも長髪だし潮風は浴びている間は心地よいが気にしだすとベタついて仕方ない。

 それもそうだろうと頷いたアギ=ウェルが近くにいた水夫を呼び止め。


「ああ、君。済まないが馬車を一台回してくれないか」


 アギ=ウェルの鶴の一声によってゴリゴリの豪華な馬車がやってきた。なんか茶色っぽい赤のダービー・タンのボディに少々の金の装飾を施されたシックな馬車、更にそれを引く六匹の馬は王馬に違いない。

 馬車本体の形状は馬車鉄道、大きな車輪が前後に付いた古い路面電車を想像してもらえれば近いだろうか。


 ラキは『何か高そう』と、そうだねとしか答え用の無い事を考えながらアホみたいな顔でポケーと眺める。


「ささ皆様、どうぞ御一緒に」


 アギ=ウェルの言葉で意識を引き戻されたラキは馬車の後ろに付いたステップを踏み乗り込む。

 デカイ馬車だ。さすがに巨人が乗るには足りないだろうが40パンドス(2㍍)かそれを越える背丈のラキやバウバが乗っても余裕がある。そもそもバウバ、クーウン、ミャニャ、フッシャ、ゴニャ、グゥクゥ、ムッダム=フィン、アギ=ウェル、それにラキを加えた9人が乗っているのだ。元いた世界で言えば相乗り馬車レベルの乗車人数で内装は左右にカバー付きのベンチだ。


 馬車が走り出すとバウバが口吻に添えていた手を離した。


「そういえばムッダム=フィン船長、アギ、二人に聞きたいのだが海賊討伐の褒賞取り決めは昔と変わらないのか?」


 船長二人が“あっ”て顔した。その表情で昔と変わらない事を理解したバウバはラキに視線を送り。


「話とかなければな。

 海賊を討伐した場合、その一切は討伐した者が所有権を得る。基本は軍に全て丸投げして報奨金を貰うと言うのが一般的だが今回は規模が大き過ぎる」


 アギ=ウェルが頷き。


「確かに北方軍では船二隻に海賊70人ともなれば持て余すでしょうな。

 此方の海域ではユグドラド帝国も南方航路での交易の為に戦間期の合間は海賊を雇わない程度には大人しい。資金は豊富でしょうが蓄えまでが有るかどうか」


「海賊の引き渡しは問題ないだろうが船二隻は造船所に売った方が手っ取り早いだろうな」


 ムッダム=フィンが続けた。


 ラキは長い髪を揺らして首を傾け。


「えーっと。要は海賊船の報奨をどう分配するかって事ですか?」


「その通りだ。船長、曳船代は幾らになるだろうか 」


「「えっ?」」


 バウバの頷きに船長二人が意外そうな顔をした。二人からすれば守って貰ったと言う意識が強く報奨金を貰う積もりなど無かったのだ。


「流石にそれは頂けません」


 アギ=ウェルが言えばムッダム=フィンもその通りだと頷いて同意する。バウバは口吻を撫でてから。


「ラキはどう思う?」


 窓の外の光景を眺めて『首輪や腕輪を付けてる人が多いな。流行り?』とか考えたたラキは『え、此処で俺にですか?』とは思ったが表情を取り繕って。


 ……ちょっと待ってなんでコイツ此処で無関係だと思えるのか、船一つ降伏させといて関係無いわけねーじゃん。


 当事者意識ゼロの魔法使いは長い艶髪を撫で付けながら少し考えて。


「じゃぁ、手間賃込みって事で船を一隻ずつ譲るってのはどうです?捨てるってなら俺が燃やしちゃいますよ勿体無いけど」


「そうだな……どうだろう両船長、船を売るにも相場など私達には分からない。売るなり使うなりして貰えれば助かるのだが」


「ならば船の売った代金を」


 ムッダム=フィンの言葉を遮りバウバは首を左右に振る。


「不要だ。あの船が金になるとは思えないし二人が居なければ沈めていたのだから。それに停泊料や改修費の事を考えれば代金など貰えない。それこそ私達ではどうしようもないのだから手間賃だと思ってくれると嬉しい」



 で、此処から少し端折るが風呂の後で軍の屯所に行ったところ海賊が出ないはずの場所での事件。端的に言うと敵国との開戦の可能性という特殊な状況の為にここの提督に会ったり、両船長と船の事で色々と話したりする必要が出て足止めを食らった。

 しかし毒鼠ドゥットレーと首斬マンドレイとかいう有名な海賊だったので銀板10枚もの懸賞金が出た為この港での宿泊費を稼げたと言うには稼ぎ過ぎレベル。


 諸々を終わらせ両船長に別れを告げてから港街を後に王都へ向かう船に乗った。


「北方提督……凄かったですね」


 中型ケートゥスが牽引する艀船に乗ったラキが染み染み言えば皆が頷いた。


「巨人や巨人との半人ってのは力が強いのが多いけど飛び抜けてたね」


「水人との半人とは聞きいていましたが大きかったですねぇ。大型のケートゥスの様でした」


「帆船を重りに鍛錬を成されるなんて目にしても信じられません。あれは……鍛錬なのでしょうか」


 三人のバウバの嫁さん達が感心と呆れを混ぜた、呆れ寄り感情と共に言う。


「船持ち上げるの凄かったね」


「ね」


 子供達も燥ぐってよりビックリしたって感じで有る。バウバも感嘆おくたわずと言った表情で。


「流石は一方面軍を滑る提督だ。巨人の体躯に水人の尾鰭があれば戦艦をも沈められる。加えてあの膂力が有れば艦隊さえ相手どれるだろう」


 そう言いながらウンウンと頷くバウバ。


 何が有ったかと言えば北方の海域を預かる提督に会いに行ったらトレーニングしてたんだけど、なんか小さいキャラベル船を両手で持ち上げながらスクワットやってたのだ。


 ……いや、うん。まぁ実際見たから、と言うか見たからこそ信じられない事実。マジで弾丸を受け流す世界でアレコレ言うのは無粋だけどでも飲み込めへんって。

 バウバだけよ、飲み込んだ(理解した)上で感嘆して感想言ってんの。


 それこそラキに至ってはブイヤベース的なのやプッタネスカっぽい海鮮パスタにパエリヤ的なの、それとアドボっぽいのも含めて海の幸の美味い料理の印象ほぼ提督に掻っ攫われた。


 とは言え遠出の旅路であれば話題には事欠かないと言う事だ。随分とグルム王国らしい提督の話題も冷めれば海の如き人波や、それこそ食を含め港の生活と言うものへと話題は移る。


 特に街を散策したバウバの嫁さん達は話題が尽きない。


「あの刺突剣みたいな口の魚(カジキっぽい魚)の像は凄かったねぇ。時期が合えばあの魚の祭りをしてるって聞いたよ」


「確かその魚はルーツァ魔法言語でブラックレイピアと呼ばれる魚ですね。お祭りは夏に開催される物で、銛を持った水人の方々がケートゥスと共にブラックレイピアを狩るのだとか」


「えと、ミャニャ姉様。あの石像、フェッラリウス半(約7.50㍍)は有りましたよ?」


「魚市場のおじ様が言うには五年前に現れて港を荒らしたケートゥス殺しと呼ばれるブラックレイピアだそうです。普通はフェッラリウス(約5㍍)程度の大きさらしいのですが。

 なんでも異名の通り大小問わずケートゥスが襲われて、その年のお祭りで勇者に選ばれた方が討ち取ったそうですよ」


 一方で子供達はピレ=ウェルに貰った木片をラキに錨の形に整えて貰い、バウバにペンダントにしてもらいながら。


「タンキング!」


「タンキング!」


「ああタッキングね。めっちゃ言うねタッキング」


「今回タッキングは余りしていないが語感を気を入ったのか?」


 ラキとバウバの言葉にグゥクゥがコクコクがタッキングと返す。そんな感じでラタの大きな支流を遡り王都へ向かった。


 その頃、グルム王国王都。


 王城のドラコー・コエメトリウムの城下には大きなコロシアムがある。

 王都の観光名所と言われれば真っ先に上がるアダマティオス四世の価値ある三つの浪費の一つで、名をアールヴ古語で軍神の庭という意味のマース・ホルトゥス円形闘技場と言う。収容観客人数は10万人程で闘技場の広さはクアトロ・コルヌが暴れられる程度に広い。


 それはもう取り敢えず無駄にデカく、血の気の多い国民の捌け口にして国営の賭博場である。観客も武人肌ってか筋肉の者が多くコロシアム内の人々が平均筋肉量は凡そ78%。


 観客の三人に一人はシックスパックで暑苦しい。そんな熱い闘技場の玉座にアダマティオス四世は座っていた。眼下の巨人が声を張る。


「この人肉屋さえ突破できねぇかァ!!」


「嫌だっ!!聞いてねぇぞこんなバケモノが相手だなんて!!」


 狂騒する男めがけて巨人らしからぬ太鼓腹の男が振り下ろす巨大な槌、罪人を砕いて闘技場の床を蜘蛛の巣状に割る。


 例えでは無い。巨人以外は持ち上げる事さえ出来ない槌の頭からベットリと落ちる人だった物。


「ゴミが」


 太った巨人が吐き捨てれば巻き起こる罵声は死者への追い討ちだ。並べれば腰抜けや卑怯者といった代物、あまりに不甲斐ない有様に観客と同じ思いを抱いたアダマティオス四世は苦い顔で言う。


「目が腐りそうだ。なんだ奴は、アレで名の通った男なのか?」


 横に佇んでいた男が答えた。


「今のは前回の戦いからの御帰還の際、陛下が捕らえた賊の一団です。確か村人への殺傷と家畜などの強奪に放火の罪状にて投獄された火付け蜥蜴とかいう盗賊団の頭目だったかと」


「戦わせる価値さえ見出だせん。万一に望もうとも残りの盗賊団には鎖を断つ機会など与えるな」


「申し訳ありません。断鎖の赦を望んでおきながら前哨戦で会場が冷めきる様な戦いをするとはとんだ見込違いでした」


 アダマティオス四世の発布した断鎖の赦とは雑に言えば減刑ないし恩赦制度だ。罪人が望めば正式名をポルタカルケル・オクトカテーナと呼ばれるコロシアムの看守兼死刑執行人に挑むことが出来、彼等を倒すか観客に強さ等を認められれば刑を減じられる事が出来る。


 この看守兼死刑執行人は一般に獄門八鎖と呼ばれるコロシアムに内蔵された罪人用の地下牢を管理する8人の門番達で構成されている。

 武功のあるグルム王国の軍所属者の再就職先の一つで、竜の目と鎖をあしらった腕章を付ける憲兵組織でもあり、腰に囚人拘束用の鎖付きの手枷をぶら下げた凶悪犯を震え上がらせる猛者達なのだ。

 何よりコロシアムでのパフォーマー。


 そんな彼等の残り七名がゾロゾロと出場。

 祖人ルーツァ獣人ヴェルグ巨人ギガンテ機人マキナー水人シレネス剛人ドゥルグ光人アールヴ影人スヴァト、全人類が揃う。


 全身に古傷の走った身の丈程あろう大剣を背負う祖人、巨人に迫ろう身の丈の白熊の獣人、小柄な機人弓を握る隻眼の機人、銛と銃を握る南方の翡翠のような海の如き髪の水人。


 槍斧と握り砲を背負った岩の如き剛人、大振りなナイフを曲芸の様に躍らせる月の光人、全身を黒一色の布に包む曲刀を二本背負う影人。


 珍しい事に全ての人種が揃う彼等が今の看守達。何時もならばコロシアムの歓声は彼等の物で挑戦を受けるのも彼等だ。だが、しかし今日の彼等は声援を贈られ挑戦を挑む者達。


 盛大なドラムロール。


 ポルタカルケル・オクトカテーナの現れた門と対する門が開く。白煙を纏いながら一人の老人。


 両腕を白煙から出せば現れる白と青の虎柄毛皮と金属の腕、排気口から白煙を排して長い太刀の様な刀から鞘を取り払う。


 半裸の上半身の鳩尾に光る宝玉と皺の刻まれ顔に付く双眸が煌めけばコロシアムから歓声が溢れ轟いた。


 古の剣豪、軍滅だの門斬りだのという渾名で知られるデュプレックス・クルスティーワン・プロトは白い髭の合間から太く真っ白な歯を覗かせ笑う。


「ホッホッホ楽しいのォ」


 一変、緊迫。


 構える門番。


 どこか静かに進む老人、独特の歩法と服の所為で足捌きが全く分からない。


 警戒しながら機を伺う門番達。


 禿頭で鍛え抜かれた鋼の如き引き絞られた細身の肉体に機人の袴の様な服だけを纏った老人の圧に押しつぶされそうだ。


「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 ヤベージジィが範囲に入るに合わせ巨人が気合と共に振りかぶる。


 老人は楽しそうに笑いながら巨大なハンマーを潜り握る刀の峰で足を払った。


 交差した次の瞬間には巨人が崩れ落ち老人だけが立っていた様にしか見えない。


 歓声。


 このヤベージジィが何したかを理解出来てる者などほぼ居ないが雰囲気で観客のボルテージは天井知らず。


 唐突に振り返るヤベージジィ。突き出された腕、掴んだのは曲刀を二本握った影人の首。


「惜しい、気配が消えとらんよ」


「御助言。か、感謝します」


 ヤベージジィが優しげに頷くとヤベージジィの腕と影人が消えた。


 大きく広げた機人の腕が現れれば遠く離れた掌の先で噴煙が巻き起こり、更に6フェッラリウス(約30㍍)程離れた位置にて構えていた門番の方の機人が巻き込まれて吹っ飛ぶ。


「さぁ気を抜くな若人よ。儂を楽しませてくれ!!」


 大体、一鐘の三分の一時間(20分)かそこら。門番達は全員崩れ落ちていた。地に力無く伏せる彼等に送られる感嘆と声援は健闘を讃えたものだ。


 門番達は手加減有りとは言え軍を壊滅させるマジでヤベージジィ相手に大健闘。


「フハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 観覧席から我慢出来なくなった王が飛び降りた。黒い剣を握り現れる王と言うよりも武人っていいたいけど実際のトコ狂人。


「ホッホッホッホッホッホッホッホ!!」


 ヤベーのが笑う。互いにその強さと言う絶対の価値観をもってして認め合った狂った強者供が。


 相対して構えた。血肉湧き上がる様な興奮に狂気的笑みを浮かべて、龍虎相対するってレベルじゃねーんだけどナニコレ。


 気が付けば粉塵、二ヶ所。唐突に陥没を始める金属の悲鳴をあげる広場。


 歓声、いや声かも怪しい。闘技場を迸る熱烈にも度がすぎる熱戦、熱波は王都を覆って尚収まらず。


 風切音が響けば金切り声が郁枝交差して止まる事を知らない。戦う二人も観客達も大いに強者同士の相対が齎す熱を噛みしめる。


 老機人が笑いながら振る刃は豪風一線。


 王が消えたと思えば石柱から破砕音。


 濛々と土煙を纏いながら柱が崩れた。


 霧散した粉塵からアダマティオス四世。


 その顔は笑顔、また老機人もだ。


 刃を振り近場の石柱を斬り担ぎ上げる。


 そして王目掛けて投げた。


 石柱の断面を追う老機人。


 向かってくる追撃の石柱を凶暴喜悦な笑みを浮かべた王が剣で斬り砕き刻む。


 空中でバラバラになった石柱だった物の中で王が剣を振り上げれば頭上より直下する老機人の刃。


 鍔迫り合いと言うにはあまりに激しい。


「楽しいぞ国王陛下、儂と討ち合える者が王とは口惜しいわ。

 しかし楽しい!!今この時この一瞬、死合(試合)うておる間は若返る心地よ!!!」


「フハハ古豪、傭兵王が来れば一段と楽しめるぞ」


「バウバ!!それは楽しみな事よ!!!」


 一言一振、激戦が再開された。


 激烈な力の衝突、交差する刃の残光、立ち昇る熱気と戦塵。


 終ぞ斬撃が飛び人が空を走り出す。


 残るは宰相がガチ泣きするだろうコロシアムの修復費。


 有り体に少年漫画のテンションだ。


 ……。


 ……そういえばラキ達、このヤベー場所に向かってるんだけど大丈夫なんだろうか。


 てか王都一の観光名所、怖い。

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