藪を突いて蛇が出たを藪蛇と略す事を ふと突くって言う余計な行動の過程がねぇじゃんって思ってたけど 考えて見れば藪の中に蛇がいる可能性のある場所に不用意に近づいてる時点で薮蛇なのだろうか
この世界における地域、地方とは地主の縄張りである断界山脈で土地を区切った呼称だ。その大きさも様々で気象条件は地主や隣接する、ないし過去していた地主によっても変わる。グルム王国が治めるオリエンティムミムス地方の陸は外界に接している外地だが、海は外界に接しておらず内地の海たる内海だった。
まぁ、内海と言っても隣接する地域の外界に繋がる断界山脈の割れ目が近く極稀に突貫魚が紛れ込んでくるが……。
さて置きピーラータ・ポルトスに隣接する広大な南方航路たる地域は風と水を操る地主を討伐して開拓された。結果、オリエンティムミムス地方の内海南方には断界山脈に沿って強風が吹く斜面風ならぬ壁沿風と言う現象が存在する。
午前に南風、午後に北風が吹く妙ちくりんな風で船舶の移動に使われるのだ。
そんな午前の風を受け止め全ての純白の帆を大きく広げたムッダム・リベリタスが海を割っていく。船体は鮮烈な赤に白い線が入り海賊船だった面影を残す無骨に洗練されたガレオン船だ。
竜骨が波を割いては先陣を切る。その船首からのびる|バウスプリット《船首から伸びる角みたいなの》の上に位置する手摺を握ってラキは海風を全身に感じていた。
翻る衣服、跳ねる潮水、轟く壁沿風に響く波音と軋む綱の音。今、その全てがラキの物。
「おお竜目潰し、本当に此処が好きなんだな!」
一人の水夫が三角帽子を抑えながら声を掛ける。ラキは豪快な海の男に勝るとも劣らない勢いで喜色を浮かべ。
「ええ、こんな経験そうは出来ませんからね!!なんか此処にいると全部独り占めしてる様な気分です!!」
「ハッハ、魔法使いだから大丈夫だろうが落ちないでくれよ!!」
「はい!!」
答えたラキは唯、目に焼き付けた。三角帆で隠せない程に高く聳える断界山脈と己の背に流れていく波飛沫を広々と広がる青い空の下で堪能して。
何がそうも魅了するかラキも分からない。だがしかし恋い焦がれた様な、染み渡る様な何とも言えない顔で雄大で美しく煌びやかな光景を独り占めにした。
飽きる事なく流れ変わる光景を時間も忘れて堪能する。
「ニャッハハ飯ニャ、飯時ニャ!!」
すると何処からともなく声がした。子供の様な声で小生意気さと愛らしさを合わせた様な声だ。ラキが振り向けばいつのまにか海賊のコスプレした二足歩行の猫が手摺に立っていた。
クリっとしたオッドアイのノルウェージャンフォレストキャットっぽいモコモコ灰色猫だが何処か逞しさみたいなものがある。
「ささ同胞の友たる愛し子。是非是非、兄弟と同胞達に水を頼むニャ」
気が付けば足元に五匹の猫。一般的な家猫より大柄な事を除けばラキの記憶から見ても完全に猫だ。ニャーニャー鳴いてて可愛い、猫可愛い。
二足歩行の猫が手を合わせ……肉球……前足を合わせてポスと音を立てれば猫の水入れ盥と杯が一つ何処からともなく現れる。
ラキは水を生み出す。海の上だからか何時もの何倍も楽に。
「ニャハハ水、美味い水ニャ!!」
ニャーニャー鳴いてる猫達と一緒に嬉しそうに水を飲むのはアールヴ古語でフェーレースニュンパと呼ばれる存在だ。早い話が猫の精霊、ケットシーとでも言った方が分かりやすい人も多いだろうか。
ほぼモンスターをハントーするゲームの猫を想像してくれればソレ。
ラキがこの世界で見た全て、その中で最もファンタジーな存在である。
この世界には万象須く年月経てば精霊へ変ずという言い伝えが有り、その唯一の証左とされる動物精霊の一種で魔法使いと同じかそれ以上に稀有な存在だった。
因みにこちらの猫精霊の役職は副船長だ。名前はペリプルスと名乗る長靴を履いた猫ならぬ三角帽を被った猫。
「生水は3日で腐るし長持ちする水は変な匂いニャ。うちの船員に欲しいニャー」
猫特有のチュ◯ル欲しそうな、されたら箱買いしてしまいそうな顔で見上げてくる。
いや、まぁ猫飼った事ねーけどラキは困った様な笑みで。
「副船長、そんな顔されても困りますよ」
「ニャー、喋れない頃の方が効果あったニャ。ニャんとも世知辛いニャ」
手摺に腰掛け耳を前足で掻きながら尾をユラユラ揺らして笑う。
「ニャにはともあれ愛し子、感謝するニャ。最近は綺麗な球ころと板のおかげで少しは美味しい水が飲めるけど、好きニャだけ飲めるのは嬉しいニャー」
そう言って有りったけ水を飲むと満足そうにパッと消えた。たぶん物陰で昼寝してるだろう。
ラキは足元の猫達を撫でてから朝食を受け取りに行く。バウバが乗るという事で奮発した上、3日程度の短距離航行である為に食事は大分豪勢なのだそうだ。
水を出した時に料理長に聞いた話では今日の食事は煮込んだ乾燥野菜と塩漬け薫製肉のスープにパンと緑色の拳大柑橘類の砂糖漬け一つ分。船長以下、客人も同じ内容である。
普通の船や航路だと同じ条件でもカチカチ小麦粉の塊と、ほぼ塩の薄い肉に酢漬けキャベツらしい。王族や貴族を載せたり軍艦なんかだと一斗缶の様な缶詰をハンマーと鑿でこじ開け食べる魚か肉の油漬けが何よりのご馳走だと言う。その缶詰も基本的に超高級品の部類だと言うのだから推して知るべし。
まぁ何せ大半の部品が燃えるし帆船で刻印板と料理室が無ければ火使えないから基本的に火を使わない料理を想像して貰えれば……。地獄みてぇだな。
嫌な現実はともかく、それに比べてこの船はグルム国内の航路だけだが旅客も担う。と言っても限られる船内において小さな船長室が女性部屋になっている程度の話だが、曲がりなりにも客として人を運ぶので珍しい事に確りした調理室が有る。
その調理室も刻印板と水晶球儀の置いてる漆喰を塗りたくった防火部屋にパン焼き釜と鍋が有るってだけだが。
まぁこの船でも長期航海となれば万一の時に刻印帆や水の刻印板を使える様に、おいそれと魔力を消費出来ないので火も水も安易に使えないが一般の船に比べれば……。
閑話休題。
甲板には既に船乗り達が飯を手に食事を始めていた。大砲に腰掛けゲラゲラと豪快に語らう者が多く、そんな彼らはラキが歩けば厳つい顔を和かに軽い会釈や一言をくれる。
「兄ちゃん。後でまた水の配給を頼む!」
「船の上で何も気にせず目一杯水が飲めるなんて長生きするもんだな」
「魔法使い様様だ」
そんな彼等の勢いに若干押されながら大きな水晶球儀のある調理室へ。小さい船だと水晶球儀を載せられないのでこの世界で船の大型化が進んだ理由の一端だそうだ。
さて置き両開きの扉が全開にされ水夫達がピューター製の深めの仕切り付きワンプレート皿を持って料理長と当番の者から渡される料理を今か今かと待ちわびる列に並ぶ。
あの、学校給食の光景を思い浮かべてくれればその通りだ。トレーみたいな皿は外国ので。
此処でも真水をくれる神の様な扱い。船乗りにとって水の価値ほど高い物は無いのだろう。航海中の食料全般を管理する料理長からすればそれもひとしお。
「これは水の礼だ」
そう言って気持ち大きめの肉を盛られる。ラキと、その意思を尊重したバウバによって水は好意の返礼と言う形を取ったので水夫達のせめてものサービスだった。それこそ普通は船の上の贔屓は控えるべきだが今回の場合は誰も不満がない。
「ありがとうございます」
それでもちょっと申し訳無い感じはするが受け取りはする。好意の投げ合いを超えてドッヂボールにならない事を祈るばかりだ。
ラキは食事を持ってバウバ達と船長のいるだろうミズンマスト、いわゆる最後尾の帆柱の元へ。樽や紐に腰掛けた一家が船長と食事を前に座っていた。
「お待たせしました」
ラキもそう言って近くの欄干に腰掛け樽の上に皿を置いた。
「万象の霊と厨長に感謝を」
バウバに続き一家とラキが感謝をと続けると間を置いて船長が。
「水と風の霊達よ今日の糧に有り付ける事に感謝する」
「それって昨日も言ってた。水人のお祈り?」
ゴニャが問うと口に含んだ匙を引き抜きスープを飲み込んだムッダム=フィンが頷いて。
「ああ、そうさ。でも今では船乗りは皆んな言うね。なんせ一昔、って言っても親父が子供の頃くらいの話だけど、船乗りってのは大抵が私ら水人だったらしいから」
そう言うと流し込む様に食事を終えて船長自慢のピューターの杯、ジョッキ的な物を期待した目で突き出す。
「頼めるかい?」
「ええ、勿論」
そう言うとラキは大小の水球を生み出して周囲に浮かせる。下から見えたのだろう船の上とは言え随分と遠くからも歓声が響き足音が。
ムッダム=フィンは冷たい水を呷れば上等な酒でも飲んだかの様な顔だ。
それはそうだろう。水だって意外と味があるし、船乗りは基本的に肉体労働な上に酒の飲み過ぎで水が足りない訳で、運動後の水を常に飲んでる様な物となれば美味いに決まってる。
更に言えば船乗りにとって美味い真水といえば陸に上がった休暇時しか手に入らないある意味で何より希少な代物だ。余計に美味い。
「皆んなもどうぞ」
ラキはそう言って一家にも水を。バウバやクーウンにミャニャは船乗りとは逆に酒だがフッシャや子供達は水を飲む。
そのうち船員達も列を作って水を受け取っていく。食事が終わり手が空けば船乗り達は大らかで野卑、何より陽気な曲と共に歌いだした。
暇なら歌い何かあれば歌う。それが彼等船の上で生きる者達の唯一の娯楽である。
航海最終日、壁沿風の風域から出ようとしたところでけたたましい鐘が響く。ラキはハンモックを片付けていたのだが一気に船の空気が変わった。
さっきまでケラケラ笑って話したり欠伸をしながらハンモックを畳み丸めていた水夫達が途端、機敏な動きで怒号を上げ始めて銃やカトラス、短槍や小盾を握り甲板へ駆けて行く。
槍と盾を握った水人の水夫が。
「これァ警戒の鐘でさ、客人は急いで調理室に。あそこが一番安全だ!!」
「わかった」
先程まで楽しそうにハンモックの片付けを手伝っていたゴニャが不安そうにバウバのズボンを握った。
そんなゴニャをバウバが優しく抱え上げ、出来る限り水夫の邪魔にならない様に調理室へ。一家が揃い何が起きたかと話していれば船長ムッダム=フィンが足早に入室してきた。
「すまないね、状況を説明すると海賊だ」
単刀直入に紡いだ言葉。バウバの目が細まりラキが青筋を浮かべ、クーウンが不敵に笑いフッシャが凛々しく族証器を握った。
ミャニャとゴニャにグゥクゥは不安そうではあっても気丈で有る。
ムッダム=フィンは流石は傭兵王の群れだと笑って。
「どうやったかは分からないがオリエンティルミムス内海に入り込んだ海賊船に同業が襲われている。……ナメた事を。
それで敵船2隻が北東の風を背に向かってきてる。私達が死守するから絶対に出てこないでくれ」
バウバがズイと掌を。
「この船は大砲は左右合わせ50門、しかし荷を積むために十数門と対空飛槍四門しか載せていないはずだ」
「その通りさ傭兵王の旦那、この船の武装は12門ぽっちだ」
「ならラキ、敵船まで道を作れないか?」
「任せてください。何だったらバウバさんが手を下さないでも船の一隻や二隻くらい俺が魔法でパーンしてやりますよパーン」
バウバ一家に危害を加える外敵に対する怒りと共に答えるラキ。外界の化け物やアダマティオス四世の竜翼重騎兵に比べれば海賊とか脅威と思うに余りに不足。
恐怖が無ければラキにとって最も大事なバウバ一家の外敵に対する殺意……と言うと過剰なので。
……えーと。
……。
ブチ食らわせ意のが強くなる。
バウバは、そのある種の戦意を頼もしく思い笑う。
「フフ、ラキ頼もしいぞ。だが魔法の結界を張ってくれた方が安全だし私も憂いなく戦える。余裕があれば後続の船が先頭の船を追い越そうとした時に威嚇してくれれば助かるな」
そう言ってから族証器を腰から抜き船長に向かって。
「見ての通りラキもやる気だ、私達も手伝わせてもらおう。積荷に万が一があれば事だし火薬も勿体ないからな」
「傭兵王の頼もしさは親父に何度も聞いたがその通りだね。助力、感謝する」
感嘆してそう言うとムッダム=フィンは足早に甲板へ。ラキとバウバは一家に。
「クーウン、フッシャ。万一の時は頼む」
「行ってきます」
二人に家族達は頷き。
「無いとは思うけど万一の時は任せな。二人共、気を付けてね」
「御無事をお祈りします」
「お任せください団長、御武運を」
「頑張ってね」
「ね!!」
甲板に出ればムッダム=フィンが命令を下し水夫達が足早に動き回る。北から南に向かう壁沿風の風域の外から敵船が迫って来ていた。
ーーーーーーーーー北ーーーーーーーーー
壁壁壁||||||/////◯////
壁壁壁||||||//////////
壁壁壁||||||//◉///////
壁壁壁||||||/◉////////
壁壁壁||||||//////////
壁壁壁||||||//////////
壁壁壁||||||//////////
壁壁壁||◎|||//////////
壁壁壁||||||//////////
壁壁壁||||||//////////
ーーーーーーーーー南ーーーーーーーーー
|南から北に吹く風
/北東から南西に吹く風
◎ムッダム・リベリタス
◉敵船
◯襲われていた商船
「敵は私達の船首に入り込んで来る気だ。戦闘準備、迎え撃つぞ!!」
「「「オォッッ!!」」」
武器掲げ粋良く答える70名程の船員達。
「水戦長、船底の見張りだ!」
「へい姉さん!!行くぞオメェら!!」
水人の男たち八人が頭上に盾を掲げ、同じく槍を突き出す様にし水面に飛び込む。砲に弾を込める水兵たちの合間を縫ってバウバはラキと共に船首に向かい。
「先陣は私が貰おうか。ラキ」
「はい!!」
ラキは答え魔法陣を展開する。周囲は海、水に関する魔法の使い易さはこれ以上ない状況だろう。
小さくたった一つの魔法陣、瞬く間に宙に浮く敵船へ向かう氷の橋が出来た。船員たちの動きが一瞬止まる。
「ラキ、船は任せた!!」
答えを発するより早くバウバが消えた。また船員達の動きが止まる。気が付けば氷の橋を走っていた。
フリッグ・スループ船と呼ばれる種類の海賊船の上では海賊、いや正確に言えば国家から敵国船への攻撃と略奪を許諾され特許勅許状を拝受された海の傭兵達が二隻目の獲物に目を輝かせていた。
ゴチャゴチャ言ったけど海賊とそんなに変わんない。ただ彼等にとっては国家と言う後ろ盾があり海賊とは一緒にされたくはないというだけで。
彼等は復讐者だ。実際に狙うのはグルム王国の船ばかり。そんな一団を率いるキャプテンが船首にてカトラスを掲げる。
「さぁ次の獲物だ!縄張りから遥々遠出してクソ危険な海路を夜間航行したかいがあらぁ!!グルムの糞供をブチ殺してやるぞ野郎供!!」
血気沸き立つ蛮声。
海賊らしい格好で三つの銃を下げた義足の厳つい水人はユグドラド帝国から私掠免許状と復旧免許状を受け取った元海賊、毒鼠ドゥットレーだ。海賊共和国の出でグルム王国の船を襲い逆にボコボコにされ砲戦の時に片足を吹っ飛ばされて失った男だ。
彼等の部下も70人中57人が同じ様にグルムの王国にボコられた経験を有し光石も灯さず座礁の危険のある航路を夜間に押し通ってここまで来た。
「船長、また尾鰭の仇取ってやろうぜ」
「たぁりめぇだマンドレイ!!」
水人は下半身をイルカやクジラの様に変える。だが片足を失うと変身できなくなるのだ。雑な瓶をひっくり返した様な木製の義足をガタガタ鳴らして振り返り。
「勿論、奴等を殺したらさっきの獲物も皆殺しだが——」
略奪を終え、残った船員達を殺し復讐を成そうとしたところへ来た新たな獲物を見据えて言う。
「先ずはあの船の人間全員を殺す」
皆の想いを代弁して血を吐く様に船長が言った。威勢のいい返答が無く顔を顰めたキャプテン・ドゥットレーは怒鳴ろうとして船員達の顔が土気色になってる事に気が付いた。
振り返れば復讐の炎が地の底……光も届かぬ海底の奥底に落ちて消える。
なんせ、あの……魔法見えてん。
ミョイーンって氷伸びてん。
いやマジで帆船の戦いの勝利条件ってのは敵の継戦能力を奪う事である。戦端が開けば先ず持ってノーガードの殴り合いの如き砲撃戦から始まるモンだが、対空飛槍も届かない長距離の攻撃ができるだろう魔法使いとか水上でどうすれば良いんだって話で、もう大規模な結界でも張られようものなら対処出来んて。
いやホント無理だって、ホント。
味方に魔法使いでもいれば変わるけど普通はどうしようもねぇから。
一方的に沈められる未来を有り有りと想像させる光景だ。
ただ船は風に押されて進んでいき、何だったら後続の帆船もいつも通りに付いてくる。
そんな彼等の前からタンと響く足音。
船長の前にいつのまにか立っていた犬の獣人は洒脱で渋味を帯びた唯ならぬ風体で、長大なサーベルを背負い海風を受け止める様は尋常ならざるものを感じさせる。
犬の獣人は海賊達へ視線をやると。
「さて、海賊であれば覚悟は出来ているだろう。群を守るのが族長の務めだ。バウバ・ドゥーベル・クリンゲ押し通る」
「な、何もんだテメェッ!!」
いや、バウバ言うてるやん。
船長の混乱を極めた言葉に答えるでもなく一歩。
同時に払う様に振り上げた拳が船長の顎に一撃。
「パァオォン……」
割と名の知れた船長が象さんみたいな呻き声を残して糸が切れたマリオネットの様に崩れた。
海賊達が怒号と共に侵入者に目掛けて向かっていく。
先ず船長の横にいた男マンドレイが襲いかかる。
バウバは振り下ろされたカトラスを裏拳で払い、余りに呆気なく己が一撃を対処されたたらを踏んだ男の腹へ蹴りをいれる。
「おゴオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ——」
そんな呻き声を残し数人を巻き込みながら飛んでいく。
「——ベェゥッ!?」
マストに叩きつけられた。
ドッゴォってぶつかってベチャっと甲板に。
兵長として二人の仲間のクッションになってるトコは褒めたほうがいいだろうか。
海賊からしたらアレよ。自分の横を何かが過ぎ去って恐る恐る振り返れば兵長が甲板で潰れてんのよ二つの意味で。
バウバは海賊達が唖然とする中、族証器のサーベルを抜く事もなく散歩でもする様に歩を進めていく。
慌てふためく海賊、蜘蛛の子を散らす様に。
気にせず歩を進めるバウバ、殺戮マシーンかな?
バウバに目をつけられたってかまぁ近くに居たから追っかけられてるだけの海賊が腰を抜かして転け、恐怖に振り返って両足をバタバタさせながら下がっていく。
淡々と進むバウバ。
海賊は下がり続け、られなかった。
船の淵、端に置かれていた火薬樽が下がる背中を止める。
「ヒッヒァ」
ちょ、なんか不憫になってきた。
「ここここ、こっちくんあ“あ”あ“あ”あ“あ”!」
パァンと乾いた音、恐怖によって発射された弾丸を軽く顔を傾け避ける。
バウバは蹴り飛ばそうとして気付く。
海賊、全力で漏らしながら気絶してた。
「なぜ私が申し訳ない事をした気分になるのだろうか」
ため息一つ吐いてから視覚外から振るわれた刃を摘んで止める。
「ヒッ……」
カトラスを握った海賊の恐怖に歪む顔面に拳をメリ込ませて反対側まで飛ばして船外に落とす。
「か、かか囲めェッ!!!!」
取り囲まれるバウバは焦りなく銃を避けて顎に拳、刃を避けて腹に拳。
一歩進む毎に崩れ落ちていく海賊。
もうなんか第三者視点だとどっちが悪者か混乱しそうだ。
ガタガタと震え銃を握ろうとしていた海賊の足を払って同時に頬を引っ叩き、その場で風車の様にその場で回転させた。
その場で回ったからね。グルグルーって。
戦闘中にこんなこと言うのアレだけどトム◯ジェリーの、それもブルドックのオジサンとかが出て来る時でしか見たことない光景だからねコレ。
もう笑えば良いのだろうかコレ。なんか欠片も同情出来ないはずの海賊が妙に不憫になってきたんだけど。
三回転半して甲板に叩き付けられた仲間の惨状に海賊達の勇しい筈の心は恐怖に心胆寒からしめた。寒からしめるってか冷凍保存しめてる。
今の一周回って笑えるような光景がトドメとなって砕け散る通り越して粉末。
氷漬けにされた様に震える一人が気づいた。
「ま、まさか、バウバって傭兵王……いや三隻の艦隊を一人で潰したって言う空翔バウバか!?」
ギョッとする海賊達にバウバは今なら面倒なく降伏させられそうだと一つ演じる。
ヌラリと長大なサーベルを抜き。
「懐かしい呼称だ。さて、海賊諸君には降伏の機会を与えても良いが、勇敢に抵抗しても良い」
そう言って一振り、軽やかに。
バウバを囲っていた海賊達のカトラスの刃が、槍の柄が、盾が、銃が、半ばから斬れた。
握っていた者達さえいつのまにか切られたのかも分からない。
気が付けばサーベルが振り切られていたのだ。
甲高く響く武器だった物、悲鳴さえ出せない海賊達。
「そう。抵抗すれば良い」
やけに響く波と船体の音は海賊達の耳には届かない。
「だが、その場合は船ごと沈める」
「あ、あああああああああああああ!!」
思いっきり股を濡らしながら恐怖に叫んだ海賊が思わず引き金を引く。
響く銃声、漏れる吐息。
抜き身のサーベルを振るバウバ。
刃の切っ先から刀身を沿って半分に別れた鉛玉が勢いを殺され落ちていく。
獣人ゆえに聞こえる船首から響く小さな二つの音。
「仕方がないか」
バウバの散歩の様な前進が再開される。
ゆっくり淡々と歩きながら目にも留まらぬ速度でサーベルを振るう。
薄膜の様にさえ見える刃の煌めきを周囲に齎しながら淡々と進んで行く。
動けぬ者、逃げる者、抗う者。
反応はそれぞれ。
だが、結果は同じ。
そんな感じで大体30人程を瞬く間に制圧したバウバは血の一滴も付いてないサーベルを鞘に仕舞い鼻を抑える。
「元から臭いが酷くなってしまったな」
バウバが海賊旗を降ろそうと船首に向かうのに合わせて、もう一隻の海賊船が追い越していく。
旗信号で状況報告をするように伝えており同時に「何やってんだ!!」とか「様子がおかしい」とかの困惑気味の大声が。
バウバが飛び乗って殲滅できてしまえる距離だがバウバは旗を下ろす作業を優先した。何せ手を下す必要が無い。頼もしいバンデ・クリンゲがヤル気満々なのだから。
追い越していった海賊船がムッダム・リベリタスの船首に砲撃を食らわせようと大きく弧を描けば空に広がる巨大な黄色い魔法陣。
次の瞬間には轟音と水柱。
水面を迸る雷が輝く残痕。
二隻目も旗を下ろした。
そらもう必死に。
そりゃ……降ろすよ。




