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ラキのお仕事

 アルブトニトゥルスを右端の馬借を管理する剛人の馬丁に預け「おう竜目潰し、良い馬だな!」と、がなる様な声で一言もらってから歩いてく。


 そう時が経った訳でもないのに懐かしい心地で工房の扉を開ければ、銀髪を広げながら目付きの悪い細目な面長顔の機人が振り向いた。


「ようラキ、なんか此処だと久し振りに会った気分だな。少し逞しくなったか?」


「いや師匠は実際に年明けてからも完全に引き篭もってたじゃないですか。工場で会うのは、そりゃ気分じゃなくて本当に久しぶりですよ」


 苦笑い気味に答えたラキに戯けてそうだったと笑い返すクルスビー。注ぎ終えた刻印版を仕舞い次の刻印版を取り出す彼に続いてラキは仕事を始めた。


「土産、美味かったぜ。で、戦はどうだったよ?」


「だいたい結界張ってる感じでした。正直言って気付いたら始まって、気付いたら終わってましたよ。なんていうか今でもそんな感じで……」


「そんなモンか。ま、これでお前もラバレロに勧誘される仲間になる訳だ。フフ、覚悟しとけよ」


「え?」


 魔力を込めながら振り向けば悪戯小僧の様な顔でクルスビーがニヤニヤと。


「俺も昔、兄貴を手伝って傭兵紛いの事をした時に目を付けられた。以来、しつこいったらねぇ。

 と言っても、お前の事だ。もう何度か誘われてんじゃねぇか?」


 クルスビーとしては中々に自慢の弟子であるが、ラキには全くと言っていい程に心当たりが無かった。自身の実力という意味でも、実際に勧誘されたという意味でもだ。


「俺は勧誘とかされて無いですね」


「あ?」


 不思議そうなクルスビーにラキは何を当たり前の事をと笑いながら。


「そりゃぁ魔力が多いだけの奴なんて要らないでしょ。師匠や領主付き魔導師長とか猟師の人達と比べれば魔法陣の展開なんてクッソ遅いですし」


「んな訳あるかよ。鏡に写るは外面のみなんて言うがもう少し自分を客観視するんだな。……と思ったけどシルヴァ・アルターにゃバーさんやオグタも居るから客観視できねぇか。

 まぁ兎も角、自分を大きく見ても小さく見てもいつかは痛い目見るぞ」


「そういうモンですかね?」


 クルスビーが勧誘されてラキが勧誘されないのには幾つかの訳がある。


 一つは単純にバウバの庇護下に有る為だ。ラキだけでも十二分に機嫌を損ねたくない相手だが、ラキを勧誘して万一にもバウバが腹を立て別の国に行くのは取り返しがつかない事。


 次にクルスビーが面倒見の良い大らかな魔法使いだとラバレロが知ってるからだ。割と社交的な方で才能もあれば伝手も多く、ラバレロにしてみれば尽くしたい相手の為にもガチで引き入れたい相手だった。


 大きな理由で言えばこの二つが大きい訳だが、まぁ正直言ってクルスビーも自分を客観的に見れてない。似た者師弟といった所か。


「にしても貯まりましたね充填待ちの刻印版。コッチは急ぎじゃ無きゃ俺らが貯める必要が無いとは言え水晶球儀を全部使っても終わりますかね。板なのに山ですよ、山」


「まぁ寒い間は輸送も大変だしな。それに公共の刻印版と水晶球儀はこの時期に点検の依頼が雪崩れ込んでくる。てか街のヤツは今日の午後から始めるから覚悟しといてくれ」


 てな訳でラキはクルスビーに付いて公衆浴場テルマエを始めとした公共施設の刻印版の点検を手伝う事になった。昼食の後グレヴァと喧嘩を始めたクルスビーをディキアナと共に待つ。


「そういえば先輩は水晶球儀に詳しいんだっけ」


「ええ、叔父さんやラキみたいに魔法を使えないから刻印版が機能するか試せないじゃない。それに魔法が使えたとしても今やってる事は暴発したりするから危ないから刻印板には近付けないし」


「……暴発?」


「ラキの腕の射出機構って自走船から転用してるじゃない?」


「うん」


「それに近い機構を極力、外界の素材を減らして作りたいのよ。正確に言うと自走船を安く作れないか試してくれってヴィルヴィアさんに言われてね。

 試しに汽缶(ボイラー)を銑鉄を使って試作したんだけど船を動かす程の蒸気圧だとやっぱり強度が足りなくて」


「あぁ、それで爆発」


「ええ、色々試して見たけど最低でも鋼ね、細かい部品も少なくとも銅は欲しい。それでも爆発するし、まだ試して無いけど鋼や銅を使ったら汽缶(ボイラー)の大きさが自走船の何倍もの大きさになりそうで」


「だったら汽缶(ボイラー)そのものを小さくするのは置いといて爆発しない様に火力落として、何だっけ、俺のには付いてない自走船には付いてるヤツあの汽缶の中の熱を通す部品」


「焔管?」


「そう、それ焔管の方を小さくして数を増やしてみたら?要は火力が低くても蒸気が多ければ良い訳だから、一先ず鋼や銅で今の馬力に近付ける感じでやってみたら良いんじゃ?」


「火力を落とすね。確かに爆発してたらオチオチ実験も出来ないもんね。意地になってたかも。行き詰まってたから助かったわ」


 光明と言うと大袈裟だが気分転換ににはなると思い晴れやかに言うディキアナ。どっかの剛人の所為で爆発くらいなんて事ない様に感じてる二人。小さい頃からグレヴァを見てたディキアナは兎も角、ラキの方の感覚麻痺っぷりは不安になるレベルだ。


 ちょうど彼女の肩越しに顔を腫らしてアンパンなマンっぽい顔になったクルスビーが歩いてきた。


「ふぁはへはな」


 待たせたなって言ってるのを察してラキは一先ず吃驚し硬直してしまった先輩の肩を揺すって正気に戻す。


「どうしたの叔父さん!?」


「えーっと、大丈夫じゃ無そうですけど仕事出来ます?休んだ方が……」


 首を振ってから行くぞと手振りで示すクルスビー。


 基本なんかフガフガ言ってよくわかんなかったので腫れが治ってから聞いた話を要約すると喧嘩中に溢れた酒で足滑らし熱々のシチューに顔面突っ込んだらしい。


 尚、仕事はしっかり済ませた。公衆浴場とか牢屋兼下水施設とか灯台とか。勿論、明日も続くけど。


 仕事終わりの帰途にて街中を歩きながらアンパンなマン状態から戻ったクルスビーが言う。


「そう言や昼飯食って……グレヴァの野郎をボコボコにしてた時に小耳に挟んでるんだが、どうも工場に白い王馬が預けられてたらしいぜ。

 それも団長の王馬に並ぶ程の良い馬でな。たぶんリューネリン様のトコの王馬だ。どんな上客かって皆んな予想してんだよ」


「いやアレ俺の馬ですよ」


 なかなかの間をもって師匠クルスビーが驚愕しながら振り向く。何を驚いてるか分からないラキとディキアナは首を傾げる。


「え、どうしたんですか……」


「いやラキ、お前そんなに金貯めてたのかよ」


 ディキアナは叔父がそこまで驚く事に興味半分。


「ラキが出兵の時に乗ってた馬ってそんなにするの?」


「最低でも金板30枚だな……」


 全員無言。


 さて、おさらい。


 銀板1枚で人一人がちょっと裕福な一ヶ月を送れる。1ヶ月ってのは廻葉祭を除いた12ヶ月の内の一月の事を言うので日で言えば30日間の事だ。


 その銀板5枚で金貨2枚。


 金板30枚=金貨300枚=銀板750枚って訳で。


 だいたい六年分の収入。


 もっかい言う。


 六年分の収入。


 ……単位、年収。


 因みにクルスビーは産地直送で原価価格をこの値段と見てる。即ち王都などで競りにかければ幾らになるか想像も出来ない。

 昔、ラキとリューネリンを困らせたどっかの外交官が金板数十で足りるかどうかってのは正しい目を持つ証左だ。


「……師匠。給料から引き抜いて何枚か刻印版譲ってくれません?」


「ああ御礼か、良いぜ」


「ねぇラキ。馬に乗った事ないから私も乗ってみていい?」


「ああ、アルブトゥット……アルブトニトゥルスが認めてくれないと相乗りになるけどいいか?」


「ええ、勿論。でも馬って自分で主人を決める動物なの?」


 ディキアナの問いにクルスビーが。


「……まぁ王馬だからな。てか馬の名前トニトゥルスじゃねぇのか?」


 クルスビーの何気ない疑問にラキは頷く。


「何となく響きが気に入ったんで。そんなに変ですかね」


「変ってか珍しい感じはするな。さておきラキ、大丈夫だとは思うが大事な姪っ子に怪我させんなよ?」


「気を付けます。んな事したら師匠にブッ飛ばされそうなんで」


「否定はしない」


「……してよ叔父さん」


 そんな感じで馬小屋……規模的に厩舎のが正しいだろうか、へ。

 がなる様な声で「おうクルスビー、嬢ちゃん、竜目潰し。よく来たな!!」と剛人の馬丁に迎えられアルブトニトゥルスを連れ出す。


 で、ラキは。


「先輩を乗せたいけど良い?」


 アルブトニトゥルスは少し目を閉じ考えてからブルルッと嗎ながら首を横に振った。


「俺と一緒なら良い?」


 まぁいいだろう的な感じで頷いてラキに腹の横を向けて乗る様に促す。


「王馬にしても利口過ぎねぇか?」


 クルスビーが冷静に突っ込んだ。いやクルスビーも王馬が頭良いのは知ってるけど、動物可愛い錯覚とかそう言うレベルじゃないんだ目の前の光景。


 意思の疎通っぷり、喋れる口あったらペラッペラ喋ってるって絶対。


 尚、動物可愛いとか飾り綺麗とかの感性より鉱石の融点とか粘性や硬度の話の方が盛り上がる彼の姪っ子はホヘーと「賢いわねぇ」とか言ってる。


「先輩、手を」


 ヒラリと馬上の人になったラキは手を差し出しディキアナを引っ張り上げる。複数人が座れる鞍では無いので先輩を座らせ自身は半分はみ出して座る。


「うわぁ、高い!」


「でしょ?んで鐙に足を」


「こう?」


「そうそう。んで鞍についてる取手握って貰って。ちょっと失礼」


 ラキはディキアナの腰から手を回して手綱を握った。


「ちょっとラキ、恥ずかしんだけど?」


 見上げてくるその表情を見れば分かる。揶揄ってるのだ。


「いや先輩。気にしちゃうから言わないでくれません?馬って前の方が乗り易いし俺は手綱握んないと操れないから仕方ないんですよ」


「へぇ〜。絵なんかだと後ろにお姫様が乗ってたりするからちょっと意外」


 ラキを見上げながら話していたディキアナは正面を向いて感嘆した。どこか子供の様に「わぁ!」声を弾ませた先輩の微笑ましさにラキは笑って。


「んじゃ、ゆっくり進行〜」


 ディキアナとアルブトニトゥルスが頷けばラキは軽く愛馬の横腹を足で叩く。パカパカと軽快に蹄鉄を鳴らして進みだした。


「二人共気を付けろよ」


「はーい」


「行ってきまーす」


 背にかかったクルスビーの声に返事をして敷地の外周を沿って進む。少々ディキアナは身を硬直させ。


「高いし意外と揺れるわね」


「大丈夫、最悪魔法があるから。緊張する方が危ないから力抜いて。アルブトニトゥルスに身を任せてれば良いですよ」


「ええ」


 笑って言うラキ。さりげなく魔法で操る鉄の腕でディキアナが落ちない様に腰を支える。


「あ、ありがとう」


「なんのなんの」


「魔法に対して言うのもアレだけどラキって器用よね」


「と、言いますと?」


「本当の腕みたいに動くから。て言うか手綱持たなくて良いの?」


「手綱は、まぁ魔法で。てか断言するけど冗談抜きで俺が手綱握って指示出すよりアルブトニトゥルスに任せた方がいい。

 なんせ都市の外を適当に走らせて迷った時にコイツが連れて帰ってくれたんで」


「本当にお利口ね、この子。って何でラキが偉そうにしてるのよ」


 アルブトニトゥルスが同意する様に首を振って嗎く。


「そりゃ俺の愛馬ですから」


 ラキはフフンと鼻を鳴らし胸を張って答えた。先輩も愛馬も苦笑いだ。


 敷地内をゆっくり一周、ディキアナの自走船の構想やらを聞きながら厩舎に戻る。


「ありがとう。良い気晴らしになった」


「そりゃ何より。んじゃ師匠、先輩、また明日」


「おう、お疲れさん」


 ディキアナとクルスビーに手を振って工場を後に。


 さて、仕事終わりは風呂と言うのが今までの基本ルーティンだったが愛馬の手入れが必要になった。

 蹄に詰まった塵を掘り出し微温湯で顔を拭い、全身をブラッシングして尻尾の塵を取る。まぁその程度だが意外と汚れるし慣れないと大変な仕事な訳で風呂に入る前に家の厩舎で手入れしてから風呂って流れになったのである。


 シルヴァ・アルターの城下を馬で進む。偶に手を振られたりしながら石畳を蹄鉄で子気味良く鳴らし進んだ。歩くより高く飛ぶより低い視点、風に纏めた長い髪を揺らされながら帰路に着く人々や風景を新たな視点で眺める。


「風が強いな」


「待てーーーーーーーーーーー!!」


「ん?」


「退けぇッ!!」


 砂塵に目を閉じた途端に声。音を辿ればフードを被った賊が走ってくる。その後ろには見覚えのある騎馬隊。


「退けっつってんだ!!」


 男達が剣を抜く。


「え、チョ、え?」


 発砲音、一本の剣が宙を舞う。


 驚くラキ、撃たれた者を除き賊は走りながらも素早く身を屈めた。アルブトニトゥルスが嘶き前足を振って威嚇する。


「おお!?」


 思わず足を止めた男達にラキは魔法を発動させ賊二人を宙に浮かせる。


「なっ!?」


「魔法使いか!!」


「戦場にいた魔法使いじゃねぇか!!?」


「ヒィ……ッ」


 気付いた所でもう遅い。どう暴れた所で人外の力である魔法の前にはどうしようも無く掴まれた蛙の様に脱力し諦念の瞳になるしかなかった。


「無事か!!」


 銃を握ったフッシャが率いる憲兵達が到着し逃げ散ろうとした賊を紐に鉄球つけたボーラや投げ縄で捕縛する。


 内一人、ボーラが足に絡まって顔からいった。ズザァァ……って超痛そう。


「あ、フッシャさ……副団長。コイツが助けてくれましたよ」


 一応、フッシャが仕事中なのでラキは家の素を出さない様に気をつけながら愛馬の首を撫でながら。


「ラキ、無事で良かった。良くやってくれたなアルブトニトゥルス」


 安堵の溜息を漏らすフッシャ。礼を言って愛馬を撫でるラキは久々にフッシャの仕事着を見た気がする。


 猫頭の女性憲兵。銀に見える様な白い毛並みは艶艶毛並みをバウバと同じ制服でコートを纏い下には革鎧の胸当、細剣を腰に吊るして乗馬用だろう腿の部分が広がったズボンと膝まである丈の長い鉄のグリーブ。


 猫の頭を振って目付きの鋭い凛然たる女性の顔に変えてラキを見上げ確認し、安堵と共に凛々しく笑う。


 肩にかかるかどうか程の灰色の短髪が風にたなびく様は随分と絵になる物だ。家でバウバに熱い視線を向けたりラキの魔法に目を輝かせているフッシャと同一人物とは思えない。


 ちょい失礼な思考を搔き消しラキは憲兵団の面々にも礼を言ってから。


「フッシャ副団長、コイツらは?」


「物盗りをしていた傭兵崩れだな。全く何人目だか。皆、団長の知り合いの方々の様に自制心があれば良いのだが」


 そう言って嘆かわしいと首を振る。傭兵などと言うのは大抵が食い詰め者の集まりで盗賊と変わらないのが大半だ。街側も警戒して当たり前であり、その分憲兵の仕事が増えるのは必然だった。


 忙しいだろうフッシャの仕事を手伝おうと水を生み出し盗人の胴と腕に纏わせ凍らせる。ラキは何も考えず唯手伝おうと魔法を使った訳だが身動き取れないどころでは無いヒデェ拘束っぷりだ。


「つ、冷てぇっ!?」


「う、動けアブ、ブルルルね」


 震える盗人達の手首を憲兵達が結んだ。


「それじゃ気を付けて」


「ああ、ラキもな。どんな強者も不意を突かれれば後れをとる。それは魔法使いでも変わらない」


「肝に命じて置きます」


 フッシャと別れて帰路に。馬小屋の前でアルブトニトゥルスから降り鞍や馬銜を外し棚に仕舞う。期待に耳と尾を振る愛馬に笑って大量の水を作り出せば待ちかねた様に飛び込むアルブトニトゥルス。


 ホールケーキ的な円柱状の水から顔だけ出して水の中で歩きながら顔を入れたり出したり。全身を濡らし自慢の鬣と尾を水の中で掻き回して入り込んだ塵を追い出す。


 飼い主に似て綺麗好きの愛馬である。


 タオルで顔を拭き目脂を取って鬣と尾に丁寧に櫛を入れる。特に尾は確りと。


 そして毛並みをブラッシングし、蹄鉄の奥に詰まった塵を取って終了。


「お疲れさん」


 そう言って愛馬と別れたラキは飛び立つ。夕焼けに染まりつつも、未だ青い空を煙突の煙を避けながら。アレな例えだが水中を悠々と自由に泳ぐペンギンの様に。


 何時もの様に風呂に浸りポ〜と。明日にはここの湯を作る為の刻印板や水晶球儀の手入れだ。そんな事を浮きも沈みもしない様な頭で考えて湯に浮かんでいたら完全に茹だり何時もの様に出る。


 井戸水を一杯飲んで屋内プール……大きな丸い穴に水を入れた場所で泳いでから、再度風呂に浸かって水を浴びてから家に帰ろうと思いふと思い立つ。


 家でミャニャが子供達に勉強を教えている事を。ならば三人にお土産でも買って帰ろうと。


 此処で買うお土産と言えばやはりアイスだろう。丁度、懐には余裕があるし外界に行った時に思い付いたのだが、魔法を使えば帰りの遅いバウバ達の分の持ち帰りも可能だ。


「我ながら刻印板の保存方法を見るまで気付かなかったのアホだよな」


「ん?どうした竜目潰し」


「あ、いや。何でもないです。ありがとうございます」


 アイス(箱入り)を受け取り店員さんに変な顔されながら公衆浴場を出た。


 馬は素晴らしいが身一つで空を飛ぶのもまた素晴らしい。甲乙つけ難い心地良さに身を浸しながらラキは家路(空路)を急いだ。




 時期は前後してドラコ地方ラタ・フラーテル州グルム王国ファッテ要塞近くの野原で累々と積み上げられた屍の山の中に返り血に染まる黒装の騎馬隊が佇んでいた。


 折れ落ちた旗はユグドラド帝国ドラコ地方の貴族達の旗。喜色と愉悦に浸る王が報告を受けて満足気に笑う。


「勝ちは勝ちか。しかし流石は静寂な雷シレンティウムトニトゥルス。老いて尚もその神速に衰え無しか」


 グルム王国とユグドラド帝国の戦に決着がついた。


 辛勝、王から見れば引き分けである。


 ドラコ地方元帥を捉え相対したアダマティオス四世は、元帥に引っ付いてきたドラコ地方貴族連合を粉砕。貴族連合のやる気のない兵士達が味方に向かって逃げた所為で元帥軍が混乱。

 後は流れでボコした。厳密に言うと勢いのまま無能な味方の所為で陣形崩れた元帥の軍の側面へ突撃し敵を敗退させたのだ。


 ここまでなら勝利だったが敵主力である元帥軍を追撃しようとした最中に、後方より大元帥グレナリューが現れたとの報告を受け今に至る。


「グレナリューとは戦えんか。大元帥も元帥も無く間抜け供を鏖殺するだけでは割りに合わん。退くとする」


 軍が帰還するのに合わせて伝書竜がシルヴァ・アルターに向かって飛んで行った。正確に言うと幾つかの都市を経由するんでアレだけど。

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