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終戦

 往々に圧がかかった。

 余りに重い、過剰なる重量感を撒き散らして黒い重騎兵が無言で整然と戦場に立つ。数千とは言えたった1部隊が現れただけで戦場の空気が轟々と荒れ狂い、戦慣れしている者ほど回避することの出来ない破滅の訪れを感知した。


 味方でさえ慄き身を震わせる。


 誰かが、言った。誰もが、思った。


 勝敗は決した、と。


 魔法使いさえ押し退け己が横に、ソレ(・・)が並んだ傭兵が全てを震わせて漏らす。


「こ、これが竜翼重騎兵……」




 グルム王国第一軍団は竜翼重騎兵と呼ばれる騎兵五千五百を中核とし、其れを支援する千の部隊からなる全員が王馬に跨った騎馬軍団である。全員が黒一色に銀縁の軍装に身を包むグルム王国の陸戦に於ける至強にして不敗の決戦兵器だった。


 精兵から更に選りすぐった兵達に支給される外界の素材を使用した装備。

 絹蜘蛛の軍服を始めアダマンタイトの全身鎧と馬鎧、長斧槍一本、小盾一つ、剣三振り、馬上筒三丁、戦棍三本、手斧三本を纏う。


 選ばれた者は隊に入ると共に一兵卒まで貴族として扱われ王と共に王と同じ朝食を取る事が許される。グルム王国の軍団の中で最も兵が少なく最も軍費を割いている軍団だった。


 馬の鞍に固定出来る黒竜の翼を模した翼飾り二本を背に挿し、王家に伝わる黒竜の鬣の外套を模した短い外套を左肩に止め主兵装であるフェッラリウス半(約7.5㍍)程の長い槍斧を握り構えてランスレストに乗せ突撃するのだ。


 襷掛けの紐で身に固定され支えられる黒い斧槍は良く見れば円錐状で鍔が着いて、先端の斧と鉤の部分は美麗な細工を施された銀の装飾がなされている。

 柄から石突きには硬く何より重い鉱石が使われており、この長さで円錐状の槍と小さな斧と鉤爪の部分はアダマンタイト製故に弛むこたとない程の硬さの割に軽い。

 その硬さと長さ故に力を逃せない代物だが竜翼重騎兵の騎士にこの長槍斧を使えぬものは居ないのだ。


 そんな長大な槍斧を握り巨大な軍馬達に跨る重騎士達が横に半フェッラリウス(2.5㍍)縦に20パンドス(1㍍)の間を置いて横に25列、縦に80段。


 王の背に侍る最前列の一騎がグルム王国第1軍団の旗を掲げる。対を成す黒い竜の翼と三本の交差する剣が刺繍された三角の豪奢な軍旗だ。彼の左右は既に長大な槍斧を敵に向けており、続く者達は天空を貫かんばかりに穂先を空へ。


 その左右には縦陣の銃騎兵二百騎が並び、対空飛槍4門を有する砲兵隊を前に置いた巨人投石隊四十人が五段八列の横陣を敷く。Tを逆さにした様な陣形だ。


 尚、銃騎兵は言うまでも無いが対空飛槍も巨人も騎兵である。対空飛槍の方はナポレオンの頃の馬に牽引させた大砲を載せる砲車に対空飛槍を載せた物で、巨人は既に降りているが王馬二頭によるチャリオットだった。


 優れた兵士、優れた待遇、優れた装備。


 無論、こんな代物の維持は並大抵の物では無い。実際に国庫の九割は軍に消え、その内九割は第一軍団に使うと言われて誰も疑問に思わない程で、財政的に手痛いが出費な必要な時に酒場でボヤく文官が必ず竜翼重騎兵に例える程。


 まぁ酔っての誇張が過ぎる冗談と評すべき物だが、いかんせん真顔も真顔で言う文官達。それどころか宰相が真顔で言う。


 何が言いたいか。即ち国家の威信をかけた負ける事の出来ない軍である。




 黒の一団の先頭で他の王馬より更に大柄な黒い馬鎧を纏う愛馬に跨りアダマティオス四世は笑みを浮かべる。


 彼もまた震えていた。

 ただそれは歓喜、言葉で表せぬ高揚という方向性のみが理解出来る感情。陸に上げられた魚が水に戻れれば同じ様な感覚だろうか。退屈で反吐が出そうな日常から身魂の根底から沸き立つ様に刺激的で危機的で享楽的な戦場への歓喜に身を震わせていたのだ。


 己が一挙手一投足が逸り惜しく思うジレンマ。もっと、もっともっと、もっともっともっと濃厚に戦場の深淵を感じたいが手を抜けば味を損なう。


「ああ、堪らん。お前達もその筈だ、我が絢爛にして唯一の至極の宝達よ」


 兵は微動だにしない。だが彼等の全てを王は理解しており、彼等は王の全てを理解している。


 故に王は剣を抜く。王の愛馬専用の重厚な銀縁馬鎧にのみに付けられた前足の上で、人間の鎧の肩当ての様に三本の宝剣を収めるための鞘より一本を。


 レガリアが一振り、王道の剣。上から下まで銀の装飾を除けば黒一色。柄は6パンドス(30㌢)程で絹蜘蛛の布が巻かれ柄頭の先には水晶球儀と呼ばれるものが浮いていた。

 水晶球儀とはその名の通り魔力の宿る水晶を中心にミスリルなどを代表する金属を液化させ原始時代魔法言語で文字を作る。魔法使いの使う結界に似た形状だ。向こうは結界の円を巻く様に文字の帯で出来た輪が浮かぶが、こちらは土星の輪の如く垂直に立つ文字の輪だった。ロストテクノロジーというヤツで現代では不可能な数の文字の輪が計五つ直径パンドス(5㌢)の水晶の周りで周る。


 柄は籠手を着ける為か銀縁が目立つ程度の至ってシンプルな物。逆に刀身は真っ黒で先端が丸く一応切れはするだろう程度の直剣であり14パンドス(70㌢)程で幅がパンドス半(7㌢5㍉)程。そこまでは良いが刀身に刻印版の様な溝があり幾何学的な魔法陣らしき物と文字が銀色の金属で埋まっている。


 宝剣の刃は水晶球儀が集めたのか発したのか知らないが、魔法銀の装飾を伝って刀身に流れ込んだ魔力が混淆と迸って。


 其れをいよいよ影に潜む化け物の様な好戦的で猟奇的な笑みで眺めアダマティオス四世は突き上げた。


「突撃ッッッ!!!」


 轟く、そして伸びる。


 広がる沼沢に神々しく輝く宝剣、地面が唸り声をあげて浮き上がり王率いる至宝が為に道が獲物を目掛けて拡がり征く。


 王道の名を冠する由来。


 敵陣地まで続く道が出来ると凡そ同時、それを伝う黒い重騎兵の織り成す川が砲声と石の飛来音と共に駆け出した。


 対空飛槍と巨人の投石が馬防柵と土壁さえ守る様に展開した結界を粉々に。


 騎兵達の竜の黒翼が威圧的で鋭利な音を立て収縮していく。敵に近付くにつれ速度を上げて横の幅を鋭利に狭めていく黒い重騎兵。濁流が収束する様に実際以上の速さを感じさせながら黒い騎士達は槍を強く握り長斧槍を固定する。


 結界を砕かれた敵魔導師が魔法を放つ。王は王道の剣を仕舞い兄弟剣たる王護の剣を抜き掲げて応えれば、魔法使いの使う結界の様な物が現れ一直線に飛んできた爆裂する火球の雨から兵達を守った。


 火柱が終われば馬防柵と壁は目前。蒼鱗の腕を持つ魔法使いが巨大な氷壁を生み出した。


 王は矢継ぎ早に最後の兄弟剣を抜き振る。


 王雷の剣、雷鳴と共に閃光。王の眼前に居座る敵に雷が降り注ぎ氷壁諸共砕き馬防柵と土壁の残骸を消しとばす。


 陣に穴、宝剣達の役目は終わりだ。鞘に戻して鞍の握りを掴み股を締め槍斧を更に強く握り姿勢を低く。


 アダマンタイトの馬鎧が敵の砲弾鉄球矢礫を弾き受け止めせせら嗤う。


 速度を上げ先行した左右の銃騎兵が一射撃って敵を牽制し引き返す。倒れる敵、続け様に現れた敵を目掛けて突撃した。


 雪崩れ込む様、正に黒の濁流。


 腑を内より食い荒らす様に駆け抜ける。


 敵兵達を貫き、銃を撃ち、斧を投げて突破して気が付いた。


 異臭、足元の粘性の液体、そして陣営内側の大きな堀と囲う様な二つ目の馬防柵に堡塁。その奥に並ぶ銃兵に火矢を番た弓兵達と彼等の合間に鎮座する重砲。


 アダマティオス四世は笑う。


 三本の宝剣は1日に一度しか使えない。正確に言うと半日前後の充電時間が必要だ。


 銃は突撃と共に撃ち尽くしていた。


 即ち目の前で火の玉を握る蒼鱗の腕の魔法使いを止める術が無い。


 丸焼けになろうが竜翼重騎兵はこの状況を物理的に突破出来る。その確信も実績も十二分過ぎる程にはあるが同時に、その損害は計り知れないのも変えられぬ事実。王馬は脚を焼かれ軍馬として死に、騎士も十や二十は戦死者が出るのは想像に難くない。


 竜翼重騎兵は内戦如きで此処までの損害を出していい部隊ではないのだ。


「フハハハハハ!!!」


 面白い。


「フハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 笑わずにいれようか。


 城壁、陣営、軍中央の突破とは勝敗を決定付ける物。

 中央を突破した時点で戦争の九割の工程を終え後は敵を挟撃粉砕し、下手をすればその必要さえ無く逃げる敵兵を執拗に追いかけ磨り潰し被害を拡大させる。

 特に傭兵などと言うものが兵の半数以上を締めており、その心を掴めていない場合は自軍にとっての勝利の一手にして敵軍にとっての敗北の一手。


 それを最初から軍中央を突破される前提、即ち敗北一歩手前と言う状況を見据えて戦争の準備を始め、剰えその状況に罠を仕掛けるなぞ予想外だ。

 傭兵王なら可能だろう。可能だろうが、しかしだからと言って些事一つで軍が瓦解する様な事を実際に実行するなど慮外と言っていい。


 負けた。


 負けたが、可笑しくて、楽しくて、嬉しくて堪らなかった。


 だから笑う。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 一頻り笑うと満足げに上機嫌な顔で。


「アーウルム、傭兵王、居るのだろう。出てこい!!俺の負けだ、顔を見せろ!!」


 そう声を張り後続に伝令を発す。


 伝令と入れ替わる様に現れる相変わらず軟弱を極めた息子と、今でも鮮烈に残る印象のままの悠然英邁たる獣人が。


「傭兵の王よ、久しいな。完敗だぞ!!」


 敗者とは思えぬ顔で王は言う。アーウルムもバウバも微妙な顔だ。こんな歓喜に歪む愉悦の表情をされは勝った様な気などしよう筈もない。


「アーウルム。来月だ、傭兵王と戦功有る者を連れ王城に来い。お前には約束通り王の位をくれてやる」


 そう言うと王は笑いながら馬首を返し竜翼重騎兵を引き連れ悠々と自陣へ。敗北を認めた者とは思えない勇ましく王たる背であった。


 王が陣営に向かえば傭兵達が困惑した様に足を止めている。しかし晴れ渡る空の下、澄んだ湖の様な水溜りに写る重騎兵は凱旋の如く勇ましく整然と。


「え、本当に負けたのか?」


 誰かが言った誰もが思う問い。そんな声を聞きながらも王は平時には見せない陽気な笑みでテントに戻った。




 玉座にて上機嫌に葡萄酒を傾けた王は、ふと思う。戦術的には頗る楽しかったが試合ならぬ死合できてねーな、的な事を。


 こう、何というか。確かに戦闘はしたのだが剣を交えた訳でも無く、そこまで斧槍を振ってもいない所為で身に力残り淀んでしまいそうだ。


 素晴らしい戦術を見た後だからこそ余計に身に残る熱を発散したい感がある。

 どう例えるべきか。良い菓子の供に良い茶を欲し、良い試合の観戦に良い酒を欲し、良い風呂の後には良い牛乳を欲する様な。そんな素晴らしい物にほんの少しの、しかし合わされば至高の物を欲する感覚。


 このままでも良いが、しかし勿体ない。アダマティオス四世が考えていると、とても途轍もなく好ましい空気が天幕の外から入って来た。


「老人の楽しみを奪っては、申し訳が無いな。どうだ古豪、俺と一戦死合わんか?」


 古豪ことデュプレックス・クルスティーワン・プロトは不満そうな皺まみれの顔を一瞬で罅割れた笑みに変え太刀を抜く。


「あー陛下、爺さん。外でやってくれねぇですかね。俺はラタに入れてた水人の傭兵達を撤収させなきゃならないんで」


 陸の傭兵達に給金が払われる事を伝えて帰ってきたドルアーが疲れた様に、いや元から傭兵を落ち着かせたりするのに疲れてんだけどそれにも増して疲れた様に呟いた。


 王側の陣地で大地を裂く様な剣戟の音が響いてる頃、王太子側の陣地。


 ラキは緩急、実際の感覚で言えば急緩の落差に気と腰が抜けていた。何せ初陣を経験した翌日にこの世界でも最強の一角を占める重騎兵の突撃を見て、よくわからない内に勝っていたのだから。


 大股開いて脱力してるのも頷ける。髪を束ねていた紐を解き空気を入れながら鮮烈な光景を思い起こす。


 突撃位置へ飛距離のある対空飛槍と巨人の投石による支援砲撃で傷を作り、そこに銃騎兵でカラコールで広げ、最後に竜翼重騎兵で軍を断つ。


 羅列すれば端的な。しかしその実、どれ程の鍛錬をすればあの様な事が整然と、美さえ感じさせて出来るのか素人のラキには分からない。


 なのに勝ちは勝ちらしい。


 ポケーと、よく分からないと言わんばかりに一息吐く。どうにも立てそうには無かった。


 そこへ撤収の指示を終えたバウバがやって来る。


「さ、疲れたろう。一先ず帰ろうか」


 ラキはその一言で何故か終わったのだとストンと納得し差し出された手を握り立ち上がる。


「あっ......」


 バウバが何かに気付いて気まずそうにする。視線を追って振り返れば。


「殿下、気持ちは分かりますが王になる者が何時迄も地べたに座ってては格好がつかんでしょう。ほら立てって」


「ごめんログラム。腰が抜けて立てないや」


「......」


「殿下、ログラム様。お任せ下さい」


 なんかトゲトゲの鎧着た獣人に担がれてる腰抜かした王太子は出来うる限り視界に映さない様に努めた。


 王太子ってあんな樽みたいに運ばれる物何だろうか......。

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