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アタマヤバス四世

 ラキは族証器であるサーベルを貰ってから素振りを始めた。便利な魔法を使って怠けてしまうので運動不足だと思っていたからである。


 そこに獣人という特徴を抜きにしても動くのが好きなゴニャとグゥクゥが混ざり、刃の一族として子供達にサーベルの振り方を教えようとしていたバウバが、空いた時間を見つけては指導してくれる様になった。


 因みに獣人であるが故か刃の一族故かラキよりゴニャとグゥクゥのが才能が有る。ラキは武器に振り回されてるような状況だ。


 ラキがサーベルを振り下ろす。


「オン!!」


「ラキ、腰が曲がっているぞ」


 バウバがラキの肩を掴み腰を押して姿勢を治す。その横でゴニャとグゥクゥが木剣ブンブン振ってる。コッチは背筋ピーんだ。


「さ、振ってみろ」


「はい。……ホン!!」


 バウバのお陰で風を切る音が変わった。ハァオン……みたいな音がちゃんとブゥンッ的な。バウバも頷いている。


 ただ掛け声何とかならんかな。


 そんな時、頭上から猛禽類の様な鳴き声が響いた。見上げれば空に伝書竜が円を描いている。バウバが犬の顔を人の顔に変えて口笛を鳴らし腕を伸ばせばデカい伝書竜が腕に降りてきた。


 伝書竜を初めて見たラキと子供達の目キラッキラだ。一通の手紙。


 手紙を見たバウバ曰く三日後にシルヴァ・アルターに昔の馴染みのが来るとの事だった。


 でその当日、朝食を終えた頃にドアノッカーが鳴り一家は客人を迎えようと玄関に集う。ラキも眠そうなゴニャにシャツを掴まれながらクーウン達に続いた。


 バウバが鍵を開け扉を開けば二人の獣人が立っていた。一人が自分の後頭部に手を添えて。


「お久——」


「バウバ団長ォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 もう一人が玄関で急に跪く。ガン泣きしながら。


 ラキは濃い二人の登場に何か、こう、ドッと疲れた。テンションが高い、高過ぎる。なんかリューネリン老と一緒に相手した自称外交官の影人を思い出した。


「迷惑だ黙れ」


「グホォッ!?」


 挨拶を絶たれた男が跪いてる男を蹴飛ばして首根っこを掴んで立たせる。人ん家の前で登場から騒乱っぷりが酷い。


 もう一回言うけど朝である。バウバは困った様な懐かしい様な顔で。


「グゥロア、ワングォ久しいな。ただ静かに頼むぞ」


「ハッ!もぉぉぉおしわけグヴォッ!?」


 客人の片割れが向う脛を蹴った。


「団長に言われてんだから静かにしろ。迷惑かけてんじゃねぇよ」


「あ」


 相方が落ち着いたのを見て溜息を吐いてから一歩踏み出した。


 見た目年齢30届かずで獣人らしく筋肉質で焦茶色の縮れ髪が肩まで伸びる大きな瞳を持った童顔の男だ。


「団長の群の皆様、騒がしくして申し訳ない。俺はキメラ傭兵団団長グゥロア・ビィア・クリンゲ・プロフォンドゥム=カムプス三等伯、団長の率いた王獅子傭兵団を継いだ者です。

 宜しくお願いします」


 グゥロアは右手を腰に、左手を鳩尾に添えて爾雅温文に一礼。


 そして自分の横に立つ暴走爆音発生器を指差した。鼻筋が通り猫の様な大きな瞳をしている見てくれは三十代中盤程の、黙っていれば落ち着いた勇将の如き雰囲気の偉丈夫だ。


「コッチの喧しいのはワングォです。うちの魔道士長で優れた魔法使い何ですが団長に会えるからって燥ぎやがって。

 ……すみません」


 そのワングォは心酔するバウバの群、家族に与えただろう悪い印象を少しでも払拭しようと胸と気を張り。


「バウバ団長閣下の忠実なる臣下ワングォ・ハァスキ・モルゲンシュテルンに御座います群の皆々さ——」


 固まった。グゥロアは急に言葉を切った同僚にどうしたのかと問おうと横を向けば蒼白。


「ど、どうしたワングォ!?」


 傭兵として郁枝の戦場を駆けた同僚が尾を丸めていた。万軍を前に満面の笑を浮かべる男が、だ。


「ア、アドウェルサ……な、何故」


 視線の先。サーベルを抱えた宵闇の如き長髪を後頭部に纏める色白長身の祖人。


 ワングォが一度、たったの一度だけ見た災厄。突如として魔導の円卓に乗り込み高笑いをしながら若く才気溢れた魔法使いの身体を奪うという事件があった。


 忘れもしない悍ましい光景。身体を奪われて、いや人の身体を奪い取り厭らしく笑った魔法使いが目の前にいるのだ。


 グゥロアも即時理解する。目の前の男がアドウェルサである事を。人攫、略奪どころか村を滅ぼし、街を滅ぼし、国を滅ぼす。


 そんな伝説を残す天災の魔術師が目の前にいる。


 理解したと同時にグゥロアは獣皮を纏う。首を小刻みに素早く震えば肉体が盛り上がり毛が生えて熊の顔が。


「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ラキは急展開に驚くも獣皮を纏うと同時に結界を展開した。驚き少し遅れてゴニャがラキの前に出てクーウンとフッシャが身構えミャニャとグゥクゥが身を竦ませる。


 一触即発。


「落ち着け二人共」


 そこにバウバの一言。


 グゥロアとワングォの背にヒヤリと氷伝う様な錯覚が。絶対的な強者の言葉に少しの懐かしさと恐怖を覚えて。


「は、はい団長閣下ァッ!!!」


「失礼致しましたァッッ!!!」


 背筋を逸らした敬礼と共に切迫した二人の声が揃う。腰を抜かしていたワングォは兎も角グゥロアも獣化が解けている。


「ラキはアドウェルサでは無い。

 知り合いの魔法使いに聞いて似ているといのは知っているが、かの魔法使いだと言うなら私の家でお前達を迎えないだろう」


 ワングォはラキの手元の結界を見て違和感を。


 言われてみれば。


 そう言われてみれば記憶と雰囲気と言うか印象と言うか、漠然とした感覚ではあるのだが余りに乖離している。


 何よりそうだ。あの魔法使いなら今の一瞬で殺されていたはずだ。それに自分達を警戒する目の前の魔法使いにそこまでの脅威は感じなかった。


「た、確かに奴特有の異様な雰囲気は有りません……」


 ワングォが未だ慄いたままだが頷く。目の前で人身を奪い魔法使い数人を殺した男の顔に警戒は解けないが、アドヴェルサに一度とは言え会った事が有るからこそ邪気の無い目の前の男をあの激烈に悪辣な男と同一人物だとは思えなかった。


 そこである事に気付く。


「族証器……」


 グゥロアもワングォの言葉で漸く気づきラキの抱えるサーベルに目を向けた。二人の問う様な視線にバウバは頷く。


 族証器は獣人にとって大きな意味を持つ。


 二人は座りが悪そうに。


「大変無礼を働いた、許して欲しい。私も刃の一族、何か力に慣れることがあれば言ってくれ」


 グゥロアに続いてワングォも。


「わ、悪かった」


 急展開が過ぎるし吃驚はした。が、まぁラキも経験済みだ。


 バウバの知り合いと態々事を荒立てる気も無いし、アドウェルサのヤバさもクルスビーの一件の時に調べクルスビーに聞いたので嫌という程に理解しちゃっている。


 アレは……アレだ。ビビられても仕方ないと思う。てな訳で特に気にする事も、まぁ無い訳では無いが。

 ただクルスビーがラキの事を、正確にはアドヴェルサに似ている魔法使いが居たと伝達すると言っていた筈だ。


「気にしないでください。でも魔導の円卓に俺の事が伝わって無かったんですか?」


「私は魔導の円卓にはもう何年も行ってないので……」


 その発想は無かった。いや、考えてみればそりゃぁそうだけども。


「まぁ二人共、気を取り直して上がるといい」


 バウバが促し一家が自己紹介をして雑談が始まる。


 まぁ流れが流れだ。互いに警戒が解けるまで時間はかかったが二人は最近のユグドランドの状況や戦いの変化などを話しバウバ達は此方の生活の事を話した。


 まぁ近況報告というヤツだ。


 ラキは二人の、特にワングォの話には一際興味を持った。まだ少し距離はあるがラキの熱心さに色々と教えてくれる。


「魔法戦は基本的に攻撃と防御で役割を別けます。大体は魔力消費の少ない結界を張り、その合間から砲撃や魔法の撃ち合いになりますな」


「成る程」


 頷ける話である。銃はあれど未だ剣や槍が現役の主力兵装なのだ。言っちゃえば戦国時代にロケットランチャーやビーム砲を持ち込む様なモンだろう。


 まぁ、例えばだがクルスビーに向かって前世の基本隊形である横陣を取り攻め寄せれば、外界で化物魚にやった様に冷凍軍隊が出来るのは想像に難くない。だからこそ敵魔法使いの攻撃力が弱まる迄は魔法使い同士でしか戦わせられないのだ。


「勝敗ってどうやったら着くんですか?」


「相手を戦闘不能、魔力酔いかその一歩手前まで追い込めば勝手に相手が退いて行きますな。此の部隊を故意に狙うのは戦の禁忌です、と此れは傭兵でなければ言う必要もありませんか」


「逃げる相手は狙わないんですね」


「ええ勿論、私達は力がある故に誇り高くなければ。自制を無くせば魔法使いなどただの災害と変わりません」


 納得出来る話だ。中世ヨーロッパでは同じ宗教を信じる兄弟を殺すべきではないと殺さなかった。

 まぁ大半は保釈金目当てだろうがそう言う騎士道に近い物なのだろう。


「と言いたいところですがモンスターと戦っていた頃の名残と、魔法使いを戦力にしたい王侯貴族の思惑と言うのが強いのですがね」


 ガクってなったよね。


「えーと、じゃぁ互いに魔法を打てる魔道士が居なくなったら?」


「そうなる前に背に控えた軍同士の交戦が始まる事が多いですね。魔法戦は自分の魔力量が減るに合わせて相手に近付いて行きますから。

 と言うか魔法戦の途中から砲撃戦が始まり投石と銃撃戦、続いて弓矢を撃ち合い最後に白兵戦が加わります。

 そうなると余裕があれば左右に避けて自軍の補助や敵軍への妨害が主な仕事になります」


 ワングォに言われバウバが戦儀盤を使って教えてくれた隊形を幾つか思い起こす。


「そう言えば基本は魔法使いを先遣隊に出すらしいですけど、先遣隊を出さずに本軍の中に魔法使いを組み込む場合もありましたよね?」


「ああ、小国やユグドランドの諸侯などが好む隊形です。軍中に魔導師を置き魔法による攻撃を捨て結界で敵の攻撃を防ぎながら無理矢理に白兵戦まで持っていく戦法ですね」


 ラキは必死に戦争と言うものを理解しようと頭をひねる。


 一方、ワングォはラキを複雑な思いで見ていた。先ず持ってラキがあの嫌悪すべき天才的天災たる魔法使いと違うのは痛感している。ただ外見が全く同じな所為でどうしても重なってしまうのだ。


 それこそ族証器の発する獣人だけが嗅ぎとれる匂い、成人の儀式に使う盾や毛皮に塗る精霊の垂涎の匂いが否定してくれねば今にも尾を丸めてしまいそうだった。


「てことは魔法を撃ちながら進んで行くとかはしないんですか?」


 やはり違うのだろうと思う。


「ええ、無いとは言いませんが結界を張る事が肝要です。大抵は魔道士の少ない軍の取る選択ですから」


「成る程、だからバウバさんは今は余り必要ないって言ってたんだ」


「まぁ五人も居れば安全策を取りますよ。万一結界が破られれば敵の魔法で一掃されますから」


「……思ったんですが魔法使いが個人で動いて敵軍に魔法をぶつけるのはダメなんですか?卑怯感では有りますけど奇襲なんかなら発見もされにくいと思いますし」


 ラキは本当にパッと思い付いた事を言う。強力な魔法使いを保持しているなら態々、隊形を整え軍の一部とするよりは散兵より更に小さな個として運用した方が良いのでは無いかと思ったのだ。


 それこそクルスビーやラバレロ程の魔法使いが居るなら、軍を用意せずとも魔法使いだけを敵の拠点まで行かせて破壊光線ブッパすれば良くない?的な。


 対陣して魔法使いだけを敵側面に行かせて敵軍壊滅とか。


「それは越えてはならない一線。古い記録が残る戦争で両軍がその戦術を使用し争っていた両国が滅びました。

 相互に有力者の暗殺と拠点に対する魔法の応酬によって王族に有力な家臣と軍そして首都が消滅した為です。

 最後には戦争を終える手段も無くなり第三国が全てを併呑し二国の愚かな名が残るのみ。

 私達獣人に口伝では更に古い時代に同じような事をやって一地方が地主の進行に抗えず消滅した事さえ有るそうです」


 ラキは思った。何、その地獄、と。


「それ故に、戦争という手段を選ばぬ場でさえも最低限の規定となっており、万一どこかの国が破った場合周辺国から袋叩きにされます。それこそ強力な魔法使いに襲われた国を周辺国が身の潔白を示す為に攻撃しない暗黙の了解が国家間で請じている程の禁忌。

 まぁ、そんな強力な魔法を撃てる魔法使いなどそう居ませんが」


 強力な魔法使いとはラキの元いた世界で言うところの核なのだ。古代中国で黄河での水攻め、中世欧州の同じ宗教間でのボウガン、現代の毒ガス。昔から最低限のルールはあるのに等しい。


 戦争であっても守るべき最低限の道義。そもそも、この世界での戦いは明確な人類の敵がいるので出来うる限り敵を捕虜にするのが基本である。


 ラキは自分が核である事に気付いているのだろうか。


「本当にあったんですかね。そんな事が」


 うん、気付いて無い。


「私達の口伝は兎も角、ユグドラド帝国の前身であるユグドランド大帝国の歴史を綴った大樹史に乗っている話です。

 それに似た様な事をして周辺国に徹底して滅ぼされるなどと言う結末を迎えた国は数知れません」


 まぁ、打てる手としては魔法使いさえ協力してくれれば安易な手である。有力家臣の代わり探しや軍の再編なんて数年で済む話ではない。王族なんて居なくなれば数年レベルで国が荒れるなんて当たり前。

 そんな敵国は餌に見えた事だろうが周囲の国がどう思うか。


 然もあらんって感じ。


「大樹史も読んでみようかな。一冊一冊が異常に高い上に巻数も異常にも多いんですよね」


「シルヴァ・アルターにはそんな物まで売っているので!?」


 ワングォの勢いに驚きながらも。


「は、はい。色んな国の史書やら説話やらが沢山ありますよ」


「はー、流石は一等級都市。紙の産出地とは言えそんな物が市井にまで有るとは。戦術書でもあれば買って帰りましょうか」


「あ、じゃあ良く行く何店か教えますよ」


 ラキはそう言うとヤグドゥアの本屋やミャニャの実家が経営している本屋、それと工場と提携している本屋を教える。


 一服、とでも言うべき雑談をしているとバウバとグゥロアがやってくる。


「おうワングォ。そっちはどうだ?」


「ああグゥロア、まぁ触り程度はだな。飲み込みが良バウバ団長閣下ァ!!」


 声に普通に返した筈のワングォは視界にバウバが入った途端片膝をついた。そんな同僚の頭を小突いてグゥロアが。


「団長、邪魔じゃなけりゃ俺も教えるの手伝います」


「そうか、私も時間に限りがあるし戦場を離れて長い。是非頼む」


「はい、任せて下さい。よろしく頼むぜラキ」


「こちらこそお願いします」


 出兵するまでの短い間だがバウバに加えて現役の傭兵グゥロアとワングォがラキの師に加わった。


 この後、巨人剛人が加わる訳だが。


 まぁ、知恵熱で蒸気機関車バリにラキの頭から湯気出たよね。


 彼等を始め傭兵達が雪解けと共に集い始める。それに合わせて市民達に向け領主アーウルムが直々に内戦の事を伝えた。

 シルヴァ・アルターの民はアーウルムを応援する者が大半である。と言うのも兵の大半は傭兵で住民は傷付かないのだから。


 後もっと言えばグルム王国国民はアダマティオス四世の突飛な内戦には慣れた事でもあった為である。


 内戦に慣れるって何?


 だが勿論、民全員が何時ものことかと感じて終わる訳では無い。数少ない戦争に行く者の家族などは例外だ。


 それはバウバの家族も然り。勝ちを確約されていない戦に出兵する家族を見送る者に明るい心地になる者などいようはずが無いだろ。例えそう見えなかったとしてもだ。


 クーウンは信頼だけを宿して言う。


「アンタ、ラキ。武運を」


 ミャニャは不安を抑えきれずに言う。


「気をつけてくださいアナタ、ラキちゃん」


 フッシャは信望と少しの不安を滲ませて言う。


「憲兵団の事はお任せください団長。

 ラキ、大丈夫だと思うが魔法使いとは言え戦場は何があるか分からない。気を付けてくれ」


 クーウンとミャニャ其々の子が己の母が足にしがみ付き、よくは分かっていないが不安そうな顔でバウバ達を見る。バウバはニコリと笑って子供達を抱え上げると家族に言う。


「案じるな。ただ武運を祈ってくれ。グゥロアにワングォに加えヤガーナートとカルコまで来てくれた」


 ラキに視線を向けて。


「それにラキも居る事だしな」


 あくまで容器に茶目っ気たっぷり言ってみせた。


「任せてください!!」


 ラキは喜び勇んで族証器を強く握り、逆の鱗の手で拳を作って答える。少し談笑した後バウバとラキは家族に見送られて家を出た。


「おう団長、ラキ。もう行くのか」


「あれ、爺ちゃん。その格好……」


 家を出るとリューネリン老が使い込まれた胸甲鎧を纏い灰色の王馬を引いていた。


「俺もログラム様の所の騎士だ。家督は息子に譲ってるがな」


 そう言って笑うと。


「さてラキ。お前さんが戦に出るって聞いてバウバ団長と相談したのよ」


 そう言って厩の扉を開く。ウンブラの横に見覚えのある白馬が。


 ラキはポカンと。


「まぁお前に懐き過ぎてたしな」


 ラキは二人に伺う様な顔を。リューネリン老はカラカラ笑いバウバは頷く。


「ありがとうございます」


 一言、白馬を撫でて跨った。


「さて行くか」


 バウバが声を掛け三人共、町の友人や知り合いに声を掛けられながら領主の館に向かう。


 憲兵団達が。


「団長、無事で帰って下さい!」


 工房仲間達が。


「ラキ叔父さんが心配してたからねー!」


 町人達が。


「リューネリン様ー!!」


 それぞれの知り合いや顔見知りが見送りに来ており一言投げかける。それらに手を振りながら領主の館へ向かっていった。


 バウバはふと考えた事がある。自分がラキに族証器を与えたのは失敗だったかも知れないと。

 此の優しい青年が自分に万が一があった時に困らなない様にと思い渡した物が、ラキを戦争に誘ったのではないか。そう考えてしまった事もあったのだ。


 だが、町の人々に受け入られたラキを見て違うのだと改めて理解した。それは正しい考えだ。同じ事があれば族証器など無くともラキはどの道戦に出ただろう。


 良くも悪くも恩人を見捨てて逃げる事などラキには出来無いのだから。




 さて、シルヴァ・アルターを治めている王太子アーウルムの下に着々と傭兵が集まれば同じように傭兵が集まる所がある。

 言うまでも無いだろうがグルム王国国王アダマティオス四世の下だ。


 傭兵が想定人数集まると王は即座に出陣式をする為の準備を済ませ儀式台から軍団と傭兵達を見下ろしてるのだが……。


 目ぇギッッッランギラン。黒い鎧を身に纏い眼光だけが輝く様はベタ塗りした人影に目だけが輝くようだ。


 もうね正直アダマティオス四世は三徹してる。いや、してるってか今日が楽しみ過ぎ寝れなかった。


 遠足が楽しみで寝れない子供かと問わざるおえない。いや遠足行くんなら楽しんで来てほしいんだけど、このオッサンが楽しみにしてるのは戦争だ。

 しかも下手をすれば自分の息子を殺す戦争だと言うのに溢れ出る歓喜に身を震わせ幻月の様に口を吊り上げる。


 そう。アダマティオス四世は確かに戦争の中で人生を歩んできた。戦わざる終えなかったと言っても良い。


 けど矢張り違うのだ。戦をしなければなら無い故に戦い続けたのでは無い。


 戦が好きで、狂おしい程に好きで、好きで好きで好きで好きで好きで堪らなかったから戦い続けたのだ。


 それこそ三大欲求たる睡眠、食欲、性欲より深い根元に闘争欲求がを持つのがアダマティオス4世、そんな王が溜に溜めた欲求が爆発しているのだ。


 ヤバくない?ヤバイって。もう歴戦の傭兵達も雰囲気だけでドン引きよ。


 略奪と殺戮を好み盗賊と渾名される祖人ダンアードは顔を蒼褪め言う。


「さて傭兵王と狂犬王を天秤に掛けようと思ったんだが……テメェの息子を殺す戦を戸惑うどころか楽しんでやがる。こりゃ下手をすると殺されるな、ドルアーまでいやがるし下手すりゃ使い潰される。選択を間違えたな」


 夜襲が得意で夜光と渾名を持つ影人トゥトゥトールは頭痛を堪えるように言う。


「噂に違わない狂戦士だな。敵にはすべきでは無いが主人とするにも度が過ぎるか」


 渾名を持つ彼等でこのレベル。十把一絡げな傭兵団長などは王の異様さに声を出せぬ程の恐怖を抱く者が大半だった。


 まぁ三つの傭兵団をたった一人で壊滅させた機人の老剣豪くらいだろう。アダマティオスの出陣式でビビらなかったのは。


 獣のように笑う老人が。


「ホッホッホ二十は若返った心地じゃァ」


 ……あの、このジジイはアダマティオス四世タイプだから、ガチのヤベー例外だから。


 さておき王は三本の剣を背負い臣下と傭兵団長達と共に杯を掲げて。


「大樹よ、我等が武運を願い給え!!」


 そう言って一気に呷り。


「進軍!!」


 出発した。


 先ず向かったのはラタ・セクンダミ一等王領。王都からラタを下りたどり着くオリエンティルミムス地方の中心部に建てられた大穀倉地帯と大河の巨大港を持つ都市でグルム王国が周辺の二国を併呑する迄の王都だった場所だ。


 此処で兵糧等の管理を行う。


 そこから更に自走船やガレー船で物資と共に移動してシルヴァアルター州の入り口である水上都市クアトアに入った。


 その報を受けた時アーウルムは既に陣中にいた。傭兵が集まった時点でバウバの提言に従い戦場と決めた場所に陣幕を貼って布陣していたのである。


 戦場はソロ県イヌンダーティオー郡。ソロ県はなだらかな丘陵が平原を囲んだ土地である。その平原の真ん中にポツンと聳え立つ県名の由来ソロ山がラタ大河を南北に分断し、山に沿うように蛇行したラタ大河が再度合流する場所がイヌンダーティオー郡となる。


 イヌンダーティオーとは古アールヴ語において洪水という意味だ。水量の多いラタが極端に蛇行して合流する所為で氾濫が多くアダマティオス四世の父オリハルコニス七世がソロ・インテルエッセ堤防を作った。

 しかし、それでも水捌けが悪く雨が降ると酷く泥濘み場所によっては雨が無くとも湿地を形成している。


 水人の多い漁村と機人が多い農村にラタの渡し場の村が少しだけあるくらいで、グルム王国のオリエンティムミムス地方の中では珍しく生産量と人口の少ない土地と言えた。

 即ち内戦とか言うクソ無駄行為をするなら此処だろう。無論、生活を営む者にとっては鬱陶しい事この上ないだろうが。


 さておきそんな地で見れる物と言えばシルヴァ・アルターがグルム王国とは別の国だった時に建てられ今は幾度かの疫病により放棄されているカテナ・トゥーリムフェルロ古城である。

 地盤の硬い丘陵部に建っておりラタ南岸に沿うように敷設されたラタ街道とラタ大河を封鎖する為の城で、巨大な鉄塔を河の両岸に建てその間に鉄鎖を巡らせた街道と水道封鎖目的で築城された城だ。その城がバウバの定めた本陣であった。


 先に戦場を定めた優位をもってバウバは地図を指差し宣言する。


「さて、では此処に陣営を築こう」


 開戦の時が迫っていた。

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