アーフロ アフロ ア・フ・ルゥオッ!!
バウバ宅の小さな書斎で二人の男が相対していた。方や本を片手に戦儀盤と呼ばれる地形再現の出来る将棋やチェスみたいな物を弄って見せ、方や山積みの本を左右に山積みにし一冊を穴があきそうな程に読みながらウンウン唸ってる。
バウバは正方形の戦儀盤の上に乗った駒を縦から横に並べ変えながら。
「まず戦闘とは戦場に着いて即座に始まる事は少ない。無論、奇襲などの例外はあるが基本は移動する為の縦隊から敵に向かって横隊を組む間が生まれるものだ」
先ずは基本的な事を、ラキの持つ本と戦技盤を使って説明を終える。続いて戦儀盤の天辺と底辺に横陣を引いた駒の合間に杖の様な駒を置く。
「魔導師の数と質が高い敵と対陣した場合は密集しているのは危険だ。敵の魔法撃の一斉射や範囲攻撃で部隊どころか軍が壊滅する危険がある。
同時に敵魔法使いの情報が細かく手に入る事は稀だ。だからこそ相対した軍同士は凡そ300フェッラリウスから400フェッラリウスの距離を取って陣を整え、大抵は魔法使いを編成した数十程の部隊を散兵として先行させて様子見をしながら陣を上げるか下げるかを計る。
その様子見と言うのが魔法使いを含んだ部隊が干戈を交える魔法戦闘だ。この先遣隊同士の魔法戦で決着が着く事も多い」
等と一通り魔法戦について説明をすると今度は駒を変え陣形をいくつか作り。
「戦場で複雑な陣形を取ったまま移動するのは難しい。特に傭兵を集めた軍では尚更だ。だから難易度の低い、例えば白兵戦に移行した時に横陣の一部を厚くして突破し側面包囲と言うのは常道だ、これは戦力集中を意図した斜傾陣だな」
「バ、バウバさん、バウバさん。ちょ、ちょっと待って」
茹で蛸みたいになったラキが頭から湯気を出す。知恵熱が焼き石に水を掛けたように湯気の出る物だとは思わなかった。
「あ……」
露骨に、それこそ「やってしまった」と声を発するよりも思い露わな表情のバウバがバツ悪がそうに顎を撫でた。
もう知恵熱で湯気出てるから湯気、シュゥゥゥ……つってるからねラキの頭。
「すまんな。物覚えが良くてつい熱が入り過ぎてしまった。少し休憩にしよう」
申し訳なさそうにバウバが。ラキはカラッと笑って。
「いや習いたいって言ったのは俺なんですから。むしろ忙しいのにすいません」
とは言えキツかったらしく、そう言って本を閉じるラキからは吐息が漏れてるし顔は赤い。まぁ、ラキも大分燥いでしまい自己管理が出来てなかったのだ。
ラキは漫画やゲームが好きだった。シュミレーションゲームも簡単で有名な部類の物はやった事もある。
バウバが語る戦争や戦略戦術の話はそのものだ。例えであると同時に退屈しない実体験。傭兵だった為にアホな雇い主の所為で戦略的に劣った状態から地形等を利用して戦った話などは英雄譚と言えるものだ。
そりゃ、そんなん聞かされたら興味湧くて男の子だもん。もっと言えば興味ある事を面白おかしく話されたら脳味噌のキャパ自己管理なんぞできんて。
ラキは後頭部で結んだ紙紐を解きパンと手を合わせて水球を浮かせ、そこに頭を突っ込む。締まって熱が篭ってた髪を水球の中に突っ込み流れを作って髪の合間の熱と汗を水で流す。
……なんだろう、よくわからないが凄い光景で。ウォーターアフロ?
「ヴォフッ……!?」
バウバが吹いた。ラキの光景が絶妙にツボったらしい。ラキは珍しい光景に驚くと同時に口に手を当て少し考える。
バウバの方を向いて、フニャっと気を抜いていた顔を追撃にキリッと引き締め髪が水の中でウニョウニョするのに合わせて蛸のように腕をくねらせた。
くだらない。
「ハハハハハハハハ!!」
だがバウバは決壊、普段から冷静で落ち着いたバウバが爆笑とは珍しい。無論、笑う事はよくあるが呵々大笑通り越して呵々爆笑はフッシャ辺りが羨むレア度だ。
笑い疲れて、度々思い出し笑いをしてからクーウンが淹れてくれた茶を飲みながら休憩を。
世間話を交わす。
とは言え話はどうしても戦いの事になる。それだけラキにとっては大きな事だしバウバにとっても絆名を与えたカメラートの初陣と考えれば自然な事だ。
「やっぱり俺は初動の魔法戦が気張りどころですよね。会敵から敵の魔法使いを疲弊させる形になりますかね?」
「状況によるとしか言えないな。陛下の軍は魔法と砲撃の魔法砲撃支援を受け、王自身が率いる重騎兵が軍を引き裂くのが絶対の戦術だ。
常の戦い方では先ず勝てないだろうな。魔導部隊も抗えずそのまま陣形を分断され間隙を突く。そいういった実例が幾度もある部隊だ」
ラキは目を見開く。
「魔法使いの居る部隊が負ける?って事はアダマティオス四世ってメチャクチャ強い魔法使いなんですか?」
「いや。魔法は使えない」
気持ちは分かると頷きながら言うバウバの返答に首を傾げた。
ラキは魔法使いだ。そして騎馬隊の突撃という物のイメージと言えば長篠の戦いの鉄砲三段撃ちに崩れるイメージが強い。
それにバウバの話を踏まえて少し考えてみれば、例えば土や石を操り馬防柵を作り強力な遠距離魔法で攻撃すれば勝てるのではないかと思ってしまったのだ。
バウバはラキの違和感を覚えた反応に再度深く頷きながら。
「普通はそうだ。重騎兵という物が戦場から消えて久しい。
残った戦場で活躍できる物と言えば王の重騎兵を除けば後は機人の重弓騎兵くらいの物だからな。それも対騎兵様の部隊、魔法部隊や並んだ銃兵に対して突撃できる類の物でも無いのだ」
ラキはハッとして。
「あ!もしかして外界の素材ですか?この前、外界鉱石用の高炉でアダマンタイト鉱石の鎧を作りました。それでしょ!?」
「フフ、答えの一つだ。
黒鋼アダマンタイトを使った全身鎧と小盾を装備し、主武装の1フェッラリウス半を超える長槍斧と三梃の馬上銃に手斧を二本と長剣を一本。
馬もアダマンタイトの馬鎧を纏い小型の大砲の弾さえ弾く絶対的な防御力と突破力を持って迫ってくる」
「え、大砲の弾……てか戦った経験が有るんですか?」
「いや、見た事があるだけだな。しかし印象は強烈だ。あの軍団は異常だと憚る事無く明言できる。
剛人の抱え大筒を持った重装歩兵が突破された時など信じられない光景だった。拳程の弾丸による一斉射撃を受けて尚、一人も脱落する事なく陣を貫く様は恐怖して然るべき物だ。さておき他に思いつく事はあるか?」
「え、まだあるんですか?うーん。……あ、それだけの装備で走れるって事は馬が凄いとか?」
「おお察しが良いな、当たりだ。全員が王馬の中で選りすぐりの名馬に跨っている。王の選別した精兵と王の選別した名馬が揃ったグルム王国最精鋭だ。
さて、これだけで十二分の戦力だが最後にグルム王家が持つレガリアの三剣がある」
「レガリアの三剣?」
「ああ、エケェス王家に伝わる古代の遺物アーティファクトと言うやつだ。代々の当主が背負う三つの長剣。一本は振れば雷を落とし、一本は掲げれば結界を張り、一本は突けば道を作る。
まぁ今迄の王は人に向ける物では無いと遺産として、あくまで王権を示すものとして飾り封印していたのだが現王は剣は装飾品では無いと戦場で振るうからな。
どの剣も効果の出る時間は短いが先程教えた堀や馬房柵も意味がない。
結果は最強の騎馬軍団の誕生だ。地形や障害物を無視して王率いる騎馬隊の為の道を作り、敵の攻撃は魔法だろうが砲撃だろうが一切受け付けず、突撃と雷で将兵諸共薙ぎ払う」
ラキは思った。定期的にこの世界はファンタジーで思考回路ブン殴ってくるな、と。
障害物を無視するという事は馬房柵や堀を無効化される訳だ。堀は戦場の防衛用に掘った長い穴で馬房柵は突っ込んできた敵に尖らせた丸太が刺さる様にした冊である。
それを無視して騎馬隊が平然と突っ込んでくる絵面を想像さえ出来ない。
「……それ勝てるんですか?」
バウバは茶に口を付け。
「戦争の結果を確約する事は出来無い。だが負ける気も無い」
ラキは息を飲む。抑揚も薄く淡々と涼やかに発された言葉、バウバらしい泰然と発された言葉。それでもバウバに尊敬という物とは一段違う、それこそ畏敬とでも言うべき印象を出会ってから初めて覚えた。
ラキは平和な世界で生きてきた。突発的にドラゴン殴っちゃう程に軽率で、外界の危険を見て尚も理解せずに飛び込んでいく蒙昧さを持ってしまう程に平和な世界。
ある種、善良で純心で青臭い男が出来上がる程の世界に居たラキが、戦争に対して一切の不安無く武者震いした。
「バウバさん。魔法戦について詳しくお願いします」
「……フフ、任せてくれ」
バウバの数多ある経験から魔法使いの戦闘を、その結果による戦場全体の推移と結果を頭に叩き込んでいく。
「相手魔法使いを消耗させる遅滞戦闘、前進する味方を援護する支援戦闘、土塁ないし堀を作り結界を張る防御戦闘、魔法使いの無力化を狙った襲撃戦……」
まぁ、また頭から湯気が出たよね、バウバ止めたのに張り切り過ぎちゃったからね、しょうがないね。
その頃オリエンティルミムス海、トトゥム商会移送船団旗艦六等級50門戦列艦ゼラテン甲板。
「やっとか、やっと港か……ウップ、団長ォ今行きますッ」
顔真っ青の獣人が口を押さえて船首の手摺にしがみ付きながら言う。彼の眼には岩礁の上に建てられ海上に浮かぶ対空飛槍に大砲を設置している灯台や塔と、巨大岩礁に建てられた波除の意味も込めた海上の大要塞が写っていた。
その大要塞の裏側に回れば並びに並んだ巨大な船達と大砲が並ぶグルム王国最大の軍港に着岸だ。
獣人は安堵と共に手摺に寄り掛かって。
「オヴォヴォロロロロロロロロロ……」
超、吐いた。
此処は海賊提督に預けられた軍事的な要港である。
示威行為として見える様に停泊している船達は10隻程であり全てが三等から一等の巨艦ばかりだ。これ見て掛かってくるんならブチ殺したるわと言わんばかりの異様。
「オエ……この国、本当に軍事力の質が異常だな」
船酔いで顔面がゲッソリで潮風で全身がベットリしてる獣人は名をグゥロアーという名だ。歳は30届かずで細身ながら獣人らしく筋肉質で焦茶色の縮れ髪が肩まで伸びる、涼しげだが大きな瞳の整った童顔であった。
服装は真新しいが傷の多い胸甲を纏い、背に銃を二丁交差させて背負って、腰によく手入れされたサーベルと手斧を二本ずつ吊るしている。服装だけ見ればヒラヒラの少ない、そう飾り気の無い野卑な三銃士とでも評したい所だ。
彼のフルネームはグゥロア・ビィア・クリンゲ・プロフォンドゥム=カムプス。
奈落の原野だか地底の荒野だか言う意味のクソみたいな土地の若き小領主である。
領民分の農業生産さえギリギリな為に官民皆傭兵って経営で凌いでる土地で、この地の者の大半が獣人の猛者であり引く手数多の強力な傭兵団、キメラ傭兵団の団長でもあった。
「本当に団長がいるのか?あ、マズ、吐きそ」
フラフラしながら船の荷降ろしを待っているとまた検問を受けた船団が着港する。
「それにしてもこの港は一際荒々しいな」
この港町は造船所に隣接した軍港だ。元から軍人や船大工と言った荒くれムキムキが多いが、更に言ってしまえば提督が元海賊なので同様に元海賊の海兵がいる。
そんな訳で港って時点で十二分な暑苦しさがマグマ通り越して太陽フレアの如くなのにムサ暑苦しさ5割増し。
もうね右見ようが左見ようが厳つく野卑な雰囲気を纏う野郎供。モリモリ筋肉マッスルマン達が雪の降る様な寒さガン無視して無骨な武具を背負い、ないし腰に下げ威圧的な笑みを浮かべている。
海賊港などと言われる港だが、この光景を見ると比喩とかでは無くマジで海賊港だ。
ファンタジー版トルトゥーガって雰囲気。
しかし海賊にせよ海軍の人材は大半が水人である事が多いのだが、今の港には剛人や獣人に加えここいらでは数少ない筈の巨人が多かった。
「おい見ろよ。傭兵王の後継者だ」
「ちょっと体調悪そうだな」
「あんな若造がか?」
「死ぬぞお前」
グゥロアが立ち上がると傭兵達が思わず視線を向ける。畏怖する者から不思議がる者と様々だが皆、名の知れた男の出で立ちに興味津々だった。
メッチャごっつ顔青いけど。
「ヴェェ……ぎぼぢわ“る”」
「無理すんなよ団長」
何なら口抑えてえずいて横の獣人の団員にツッコミ入れられてっけど。
そこへ鉄柱と鉄球が地を鳴らして近づく。通った鼻筋とドームの様な眉を持ち無精髭を生やした細目の超長身の巨人と、団栗瞳と毛量の多い逆立つ炎の様な眉と髭を生やした恰幅の良い剛人だ。
両人ともに中年から老年期に入ろう歳だが心身鍛え抜かれ若々しく、其々が歴戦の傷を身体中に持つ猛者だ。
巨人の方は全身、特に下から攻撃を想定し脚部から股間部を厚く保護した巨人様の全身鎧を纏っており、胴と背を守るキュライスには地主ヘカントケイルを模した装飾が為されている。武装は腰に吊るした八個の鉄球と長大な戦槌だった。
剛人の方は左肩を守る巨大な肩当ての鎧を纏って厚みのあり過ぎる岩盾竜を模した装飾の入ったタワーシールドと2フェッラリウスはあろう斧付きパイク、更に抱え大筒二門を背負っている。
彼等はへカントケイル傭兵団団長潰門のヤガーナートと、岩盾竜傭兵団団長小さな断界山脈カルコである。
両人、モサモサの猛者さ。
「モハハハハハ!久しい、であるなグゥロアの小坊主!!」
と巨人が。
「サハハハハハ!貴様なら飛んで来ようとわかっていたぞ!!」
と剛人が。
「ウップ、お久しぶりです」
声デカい旧知のオッサン二人。船酔い中のグゥロアにはキツいが気心の知れた相手である。バウバの名を知らしめた十年余りを友軍として轡、此方の世界風に言うなら共に切っ先を前にした仲だ。
「そう言えば狂信の童は何処であるか?」
「あやつなら直ぐにでもシルヴァ・アルターに飛び行きそうなものを」
そんな二人の不思議そうな言葉に憮然と親指を立てた握り拳を背に。グゥロア越しに帆船の最後尾のマストのクレーンによって荷物が降ろされる。
「ふぅふふんふぉーーーーーーーー!!」
で、その荷物の上から声。木箱の山の上にグルグル巻きにされた獣人がいた。
グゥロアにそっくりな格好に鎧の上からローブを纏い、腰にウニみたいな丸いトゲトゲ付きの棍棒を括り付けてる。顔は正面から見た狼の様に鼻筋が通って、猫の様な大きな瞳をしており中々の偉丈夫だ。
ただ絵面がね、充血した目かっ開いてて怖い。布で縛られた口とかもね、涎ダラダラでどう見てもヤバい人。
彼はキメラ傭兵団の魔道士長。渾名を狂信の大魔道ワングォ・ハァスキ・モルゲンシュテルン。
基本は冷静な男だ。……基本は。
ただキメラ傭兵団、特にバウバをコケにされるとヤバイ。本当に、ワングォの前で冗談でもバウバを貶してはいけない、何があっても。
何時もなら頼りになる男なのだがバウバの事が絡むと周りを振り回す。振り回すってか吹き飛ばす。物理的に。
「まぁ、あんな感じだ。ゲロ吐きながらシルヴァ・アルターに行こうとした挙句溺れやがったからな」
「相変わらず、であるな」
「寧ろ安心したわい」
笑って言う昔馴染みの二人に憮然とした目を向けて溜息一つ。
「まぁ、久々に友軍としてお願いします」
そう言ってから笑った。
「サハハハハハさて、では剛人として酒でも奢ろうか」
「モハハハハハ確りと飲ませてもらうであるか!」
「良い酒屋が有りますかね?」
「サハハハハハ!!まぁ剛人の鼻に任せい」
そうして傭兵達は昔話に花を咲かせた。
彼等を皮切りにストアが出資しアーウルムに雇われバウバが指揮する傭兵達が続々とシルヴァ・アルターに向かった。




