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狂喜と浅薄、辟易と決意

「フハハハハハッ!!!」


 新たな年早々にグルム王国の首都に立つ城で笑い声が轟く。狂気的な喜びに、まさしく狂喜が喉を揺らし発すれば、王城さえ鳴動する様な錯覚を覚えた。


 アダマティオス四世が歓喜に塗れた顔で左右に座す臣下達へ羊皮紙を掲げ。


「聞け皆の者、シルヴァ・アルターが地主によって被害を受ける事は無いとの報告が来た!!」


 臣下全員が意訳すると「あ、ヤベ」と思った。倍する敵に勝利した将軍から財政を一手に担う宰相まで。


「今これよりピュトラション王国とオケアノス選帝侯との共謀罪の疑義によってアーウルムの懲罰を行う!」


 もうね、みんな汗ダッラダラ滝の如しよ。


 そりゃ普通に反乱起こされて既に拠点を占領されたとかなら即刻ブッ殺しても何ら問題無いが、現状王位継承権第1位で反乱起こす意味も意義も全く無い王太子に反乱の疑義があるって名分として微妙なラインの話である。


 万が一、億が一、京が一反乱をすると言う意思があったとして、変態商人(資金源)がいるつっても廻葉祭まで地主の対処をしてたのだから人材の問題で起こせる筈が無い。


 状況的に見て詰問の使者を出して内容によっては脇が甘いと叱責をくれてやれば済む話。


 それを。


「バフィウス第二軍を残し、我が第一軍とドルアー第三軍でシルヴァ・アルターへ向かう。即刻傭兵を集めい!!」


 これだもん。


 もうね、誰がどう聞いても無茶クソ言ってけどこれがアダマティオス四世のデフォ。なんだったら言ってる本人が一番アホなこと言ってるのを理解して、その上で断行してるあたり本気でタチが悪い。


 内乱なんて国家の傷口を広げる行為。


 一応ね、征伐とか討伐(ブチ殺す)じゃなくて懲罰(オシオキ)って所で一線引いてるけどそんなんで良いわけねーじゃん。


「バフィウス!アーウルムに春の訪れと共に向かう伝えておけ!!俺に勝てたのなら王位をくれてやるともな!!」


「はは」


 この王様とんでもねぇ事立て続けに言ってんだけど。おじいちゃん大将軍もう慣れちゃってるから普通に返したけど他の臣下ポカーンよポカーン。


 よく国が成り立ってんなオイ。


 ……としか思えなくなるんでグルム国王アダマティオス四世の建前……一応理由を羅列しとく。


 一つ、将官と兵の実戦経験稼ぎに不穏分子の炙り出し。


 一つ、自分は気に食わないがやたら人気のある王子の資質の見極め。


 一つ、戦争特需で無理矢理経済を回すのと合わせて豊作過ぎる穀物の消費を促進し農家の保護。


 まぁ、主なと言った物だが大体こんな三つだ。政務でクソ忙しいのに建前考えさせられた隈酷い宰相ラクトアは泣いていいと思う。


 否定意見だけだとアレなんで肯定意見も挙げれば、グルム王国はクソ金持ち国家であり軍事力と武名が必要不可欠。

 各地域に経済的に余裕があるが為に反乱が起こりやすい下地があり、内乱というある意味何事にも代え難い戦争の経験が積めてしまう訳だ。


 経験。それは陸路と航路の主要道を握っている他国にとっては垂涎の地勢を持つグルム王国を守る大きな盾の一つ。飢えた狼も歴戦の竜の群が相手となれば二の足を踏む。


 てか経験豊富な軍を率いる戦狂いのアダマティオス四世なんて竜を率いた地主みてーなモンだ。そんなもん前にすれば誰が争おうなどと考えるか。

 二の足踏むどころかタップダンス通り越してコサックダンスよ。


 同時にグルム王国も経済の損失を抑える為に街道封鎖の必要な他国との戦争はおいそれと出来ない。

 無論、攻め込んで来たんなら嬉々としてブチ食らわせに行くが、然りとて攻め込まれるのは好ましく無い。だからこそ外と戦わぬ軍の武威を保持する為に不穏分子を敢えて焚きつけ、国の根幹を成す軍事経験と言う信用と畏怖を錆びさせ無いようにしなければなら無いのだ。


 ……言うて後継者の首絞めるんかって問われたらグウの音も出ねぇけども。


 さて王の発言に最も目ん玉見開いたのは王直魔導師長ラフィランである。

 アダマティオス四世が負けるとは思わないが譲位の宣言=王直魔導師長の地位喪失を意味した。そりゃ王太子アーウルムからしたら才能的にも信用的にも自身直下の魔導師ラバレロを長にする。


 王が負けるというのは薄い薄氷の如き可能性だ。だが自身の地位に固執するラフィランには想像する事さえ狂おしい程に耐え難い未来であった。王の号によって国軍の出征に向け臣下達が動き出すと足早に……魔法早に消える。


イネトス(無能)共がァッ!!」


 お気に入りの壁に絵有り床に酒有りな部屋に戻ったラフィランは霞から戻るなり喚いた。


「オイッ!!」


 扉に向かって怒鳴り散らす様に。まぁ怒声つって良いだろう。そんな声に反応して扉が開き、現れたのは首に鉄輪を付けたやせ細った女だった。

 容姿は愛らしいかったのだろうが片目には青痣があり身体の所々に生々しい傷が滲んでいる。正直に言って目を覆いたくなる様な惨状で、恐怖と諦念によって濁った瞳は何より痛々しくマジで主人であるラフィランの品性と知性と人格を疑うものだ。


 実直に言ってこのド畜生主人は縊り殺されれば良いのにと思う。マジで。


「あの薄汚い傭兵蛙を呼びつけろ!!」


「……はい」


 小さく返事をして逃げる様に部屋を出ようとする背に。


「ッチ辛気臭い。これだからイネトスは!」


 いや、辛気臭くしたのお前。この有様は奴隷と言う立場の残るこの世界でもストアの提唱した主人の五箇条エンケイリディオンとか関係なしに眉を顰められる行いだ。


 不快な言い方をすれば物使いの荒い、ないし物に当たる人物として見られる。エンケイリディオンを受け入れてない者でさえコレ。


 控えめに言って死ねば良いと思う。


 ラフィランは足元の酒瓶を握り呷る。喉が焼ける様な酒精を流し込みソファーに座って口を拭って。


「狂王め……。次子が生まれたというのに何故あの阿呆を」


 涼やかと言うか寒々しく冷たい目と筋の通った鼻と言う整った顔を不機嫌に歪める事数(時間)。傭兵蛙こと第三軍団長ドルアーがズンズンと足音を立てて訪ねて来た。


 ラフィランは見た目は良いのに対してドルアーの見た目はヤバい。服装は双方ともに貴族的でグルム王国の正装だ。

 あのチョハみたいな服なのは変わらないが左肩に腰までの短い片側外套に、少し盛り上がった腕章代わりの肩パット。地位故に服自体に凝った刺繍がなされており、軍関係は交差す剣で魔法使いは杖だ。


 何というか二人共、下品な程にゴテゴテと豪奢なラフィランの屋敷にいると凄い。


 どー見ても悪役の溜まり場。


 なんか全体的にテラテラしてるし髪の毛は長めの髪を後ろに流して整えてるけども三歳児が描いた似顔絵みたいにハゲ……散らかっててヤバイ。


 ……あのバーコード禿げの縦バージョンつったら近く、頭皮が髪の隙間からしっかりと見えてる。


 頬の左右にこびりつき首を隠す贅肉を弛ませながら客間で待っていたラフィランに頭を垂れ。


「デュッホッホッホ御機嫌麗しゅう王直魔導師長殿」


 頭を上げニヤァ……ってより正確に言うならニチャァと笑った。ラフィランは悍ましさに背筋を震わせながら取り繕って。


「ああドルアー軍団長、お越し頂き感謝する」


 全く悪びれる事なく言う。まぁ王直魔導師長は軍団長より立場は上だが、同じ王を主人とする同僚に向けるには侮蔑と嫌悪を合わせた暗い瞳であり、立場には相応の振る舞いと言うものがあると考える事もなければ取り繕う事もしない様は傲岸不遜。


 そんなんだからグルム王国でしか評価されないし評価されて尚もハブられるのだ。王直魔導師長ってか王国ハブられ長やぞコイツ。


 しかしドルアーは慣れているかの様に笑み崩さず。


「いえいえ御構いなく。国一の魔導師様に呼ばれますれば王馬を潰してでも参ります所存。さて、御用件は何で御座いましょうか?


 王国ハブられ長を前にドルアーは和かってかニチャやかな笑みを崩さず元傭兵らしく急か急かと本題を問う。


 花が無いことだ。そう思うと同時に嫌悪感が強過ぎて長々と話す気にならないラフィランは相変わらずの瞳のまま笑顔を貼り付けて抑揚に。


「あぁ、我が国家の支柱たる貴公の耳に入れときたい事があってな」


 そう言って一度言葉を切り深々と長嘆息。


「アーウルム殿下が例の密書を発見した貴公を酷く疎んでいるようだ」


 ドルアーの太い眉がピクリと跳ねた。


「あくまで噂だと思っていたが念の為そう万が一が有ればまずいと一応探ってみた。

 ……でだ、ピーラータ・ポルトスの海賊へ送られた手紙だ。見ろ」


 いつのまにかラフィランの手にシルヴァ・アルターで多用される外界のモンスターの皮紙が握られている。放る様に手を開けば解放された事を喜ぶ様に紙が広がって内容を読む事が叶う。


 端的に言ってドルアーへの誹謗中傷と侮蔑が。何より妙な手紙を王に渡した事に対する増悪が直筆で記されており、王位に就いた際にはドルアーを処刑するとまで書いてあった。


「どうやって、いえ。何故こんな物を?」


 憮然とドルアーが問う。


「なに、王直魔導師長に不可能は無い」


 今度はドルアーの方が長嘆息、筆跡は確かに王太子の物だ。額を擦りながら眉を顰める。


 ラフィランはそれを見て組んだ手の裏で口を孤月に。しかし目は案じる様な瞳で。


「私は些かアーウルムを王とするのは不安だったのだが、この手紙を見て確信したのだ。貴公の様な優れた将軍を気に食わないからと殺す様な者は王になるべきでは無いと。

 最近生まれたアルゲントム殿下を奉戴すべきかと思うよ」


 ラフィランはサラリと斜に構えて己が金の前髪を払ってからドルアー見据え。


「ドルアー軍団長、アーウルムの征伐戦で王太子を殺さないか?」


 目を見開き滝の様に汗を流しながら目を見開くドルアー。


「なに戦場で死ぬなど有り触れた事であるし貴公の用兵術なら偶然に見せかける事も容易い。そうなれば私の王直魔導師長としての地位も貴公の軍団長の地位も盤石。


 降りかかる火の粉は払って然るべしだ。どころか国家にかかる火の粉など燃え広がればどうなるか」


 何も言わずただ驚愕に目を開いていたドルアーが広角を上げた。


「ああ、それどころか王直魔導師長である俺が働きかければ貴公相応の役職を、そう大将軍の地位も用意できる。

 どうだねドルアー軍団長、いや……ドルアー大将軍」


 ニヤァァと笑い、ニチャァと嗤う。


「いい顔だ、大将軍閣下」


 ラフィランの粘ついて声を最後にドルアは退室した。


 屋敷を出て王都の貴族や重臣の屋敷街を王馬四頭が引く馬車が進んでいく。豪奢だがその実、酷く堅牢な作りで銃どころか小口径の大砲の弾さえ通さない一級品だ。


 そこに乗るのは第3軍団長ドルアー。彼は辟易としながらボヤいた。


あんな雑なモン(筆跡だけ真似た手紙)出しゃアーウルム殿下に謀反の疑いをかけたって自白してる様なモンじゃねぇか。殿下があんなクソ面倒な(礼法に則った)手紙なんざ書けるかよ」


「団長、そりゃぁ」


 対面の斜め前に座っていた傭兵団だった頃からの部下である副団長が驚いた様に。


「ああ。お前の予想通りだ」


「屑野郎だと思ってましたが阿呆って評価も必要ですかね?」


「傭兵だった頃も自分を智恵者だと思ってる阿保はよくいたが、ありゃ徹底したどころか底抜けだぞ。しかも阿保の癖に勘違いして俺を巻き込もうとしやがった……面倒くせぇ」


 副団長はギョッとして。


「ま、マズイんじゃねぇですか!?」


「ああ、死ぬ程マズいから王と爺さんのトコに行くぞ。そもそも俺はアーウルム殿下と文通してんだぞあのマヌケが。

 ったく奴隷の扱いも悪いし魔法使いでさえなきゃ直ぐに処理出来るんだがなぁ。


 ……宮仕えする様になって生活は安定はしたが旦那とユグドランドで気ままに傭兵やってた頃が懐かしいぜ」


 ドルアーはこの後、お爺ちゃん大将軍バフィウスと戦大好き王アダマティオス四世と密会した。おじいちゃんを抑えるのにメッチャ疲れて少し痩せたと名言しとく。


 さて大将軍バフィウスから送られた事実上の父親(戦狂い)からの宣戦布告(俺と戦え)文を読み終えたシルヴァ・アルター首脳陣は全く同じ感想を抱いていた。


 実直に。


「まぁ来ると思ってた」


 と言うのが正直な感想である。


 まぁね、皆んなよく知ってっからね。あんな戦争定期的にしてないと死んでしまう病の王が戦争勃発の名分を逃すわけねー。


「ハァー……」


 とは言え息子として、王太子として溜息の一つも吐きたくなる。


 アーウルムとしては憲兵や私兵を戦場に立たせるのは、その為に集めた者だとしても抵抗があった。理屈では無く感情って意味だ。


 摘み食いを庇ってもらったり、怒ったログラムから庇ってもらったり、オヤツを貰ったりと親しくしている。皆、言葉を交わした事もあれば大半の者の顔と名前は覚えていた。


 普通の感性があれば、それだけ仲の深い相手が傷付くのを良しとは言えない。


「戦わない選択をした方が被害が出るのは分かってるんだけどね。父上だし」


 城攻めなんてされて住民にまで被害が出たら堪らないとアーウルムはボヤく。


 シルヴァ・アルターの住民達もアーウルムは顔見知りだ。

 子供達とは屋敷を抜け出して遊ぶし、商業区のオジちゃんオバちゃんにはお忍びで買い物をすると偶にオマケしてくれる。工場に行けば自分の不注意でよく拳骨を食らうが面白い話を聞かせて貰え、農村に行けば脱穀なんかを経験させて貰えた。


 そもそも領主の仕事は裁判ないし調停が仕事、仕事でも私生活でも民とは密接な関係を築く物だ。


 そう領主として自分の治める地で戦争とか御免被る。そりゃ内戦なのだから畑を荒らすなんて事はしないだろうが、どうしたって物流は止まるわ無駄金(戦争資金)は必要だわと頭を悩ませる。


 彼等が自分の所為で傷付き損をすると言うのは、それこそ理屈でも感情でも義務でも許せない事だ。


「軍費も幾ら必要だろう」


 地主の縄張り争いが済んで外界の一件が無事済んだので、近々その資金を道路ないし水路の舗装に回そうとしてたのにパーである。ラキに相談して新しい道を作っても良いなー等と割とウキウキしてたのに。


 憂鬱そうなアーウルムの横で手紙をグッッシャグシャにしたカイゼルハゲ領相ログラムが。


「ぁあんの戦ボケェ……ッ!!」


 と漏らした。


 思わずだった。ログラムにとってみれば故郷での戦なのだ。それが確定すれば怒って当然の事。


 小刻みに震え、だが髭をひと撫でして大きく深呼吸して落ち着くと眼光を輝かせて。


「だがこれは好機、此処で王に認められれば殿下の王位は揺るぎない」


 ログラムはアーウルムの能力を正確に見ていた。突発的にアホな事をするが人垂らしであり出来ぬ事を人に任せられる王の才。

 臣民を思い政治を得意とし戦は嫌えどいざとなれば勇敢、何より定期的に戦をしないと不機嫌になる何てワケワカンネー事が無い。


 無論、現グルム王もなんだかんだで王として認めてはいる。……仕えたくは無いが。

 だが元宰相として現王のやり方では長期的に見て国体の維持に無理が来る事を理解していた。


 ログラムの見立てでは現グルム王国はアダマティオス四世の武威と言う威光が眩し過ぎて、王が怪我をしたと言うだけで他国が一斉に攻めてくる危険性さえ孕んでいる。


 いくらアダマティオス四世が強くともいつかは老いるし、王が威光を得るのは何があるか分からない戦場だ。現状アダマティオス四世とグルム王国の趨勢が余りに直結し過ぎており、ログラムは現状のままで良いと楽観でき無かった。

 だからこそ此のアホみたいな内戦に価値を見出す。


 いや、根本的に未だ継承権一位のアーウルムが後継として微妙な扱いってのがおかしいんだけども。


 ログラムの決意を滲ませる言葉にパンイチ商人はギリシャ神話のイケメン神様の様な顔を恥に赤く染めて。


「ゥログラム殿。ぅお恥ずかしい話、大言壮語を発しておきながら二千少々しか集められていないのです」


「いや十分、たしか戦う相手を明言せず契約していたはず。いくら待遇が良いとは言えそんな数を集められる方がおかしいでしょう」


 呆れと感嘆を合わせてログラムがツッコんだ。


 そりゃ傭兵つっても命あっての物種。誰と敵が分からないと言う戦いにおける姿勢として最悪の状態で雇われるなんてのは大概は唯のバカか契約者との相当な信頼関係が無いと有り得ない事。

 そしてシルヴァ・アルターに相手を暈して雇われると言う事は十中八九が狂犬王だ。其れこそ狂犬王を同タイプないし相当自身の有るの傭兵団だろう事は疑いようが無いだろう。


「ぅうーん。とは言え有名どころで言うとバウバ殿のおかげで雇えた三つ程だ。

 潰門のヤガーナート率いるヘカントケイル傭兵団、小さな断界山脈カルコ率いる岩盾竜傭兵団、そして傭兵王の後継が率いるキメラ傭兵団。」


「それ……ユグドランドの勢力図が変わりませんか。御爺様に伝えた方が良いのだろうか」


 騎士長ガルグが唖然と言った。ムッキムキ体躯に似合わず燻んだ金髪縮れ麺髪の下の顔を痙攣らせて言う。


 ユグドランドは広大な土地で、肥沃な土地である。加えて地方へ続く道路や航路まである要衝で周辺国の影響がとても強い人類発祥の地にして最後の砦。権威と歴史を合わせて故にこそ戦乱絶えぬ土地である。


 もちっと分かり易く言うと金を持ってる選帝侯や領主が他国の武力を背景に互いに軍事力を持って睨み合っており、傭兵の需要が高く陸の傭兵の大半はユグドランドにいると言われる程の質と量が揃っていた。

 そんな場所で名を挙げた彼等、上げられた三つの傭兵団は三人の選帝侯の主力といっても良い者達だ。

 勢力如何によってはグルム王国にも影響が出かねない話である。


 ログラムは髭を撫でて。


「まぁ、したほうがいいでしょうな。ユグドラド帝国の勢力が伸張する事も否定できません。閣下は城に控える事になるでしょうしユグドラド国境と海域には注意を払うべきかと」


「んぅーん、もう少しユグドラド帝国と契約していた傭兵も重視しておこうか」


 パンイチ商人がそう言って己が顎を撫でるのを見たアーウルムが案じる様な顔で顔で問う。


「ねぇセルス、そんなに契約して大丈夫なの?」


「ん?ああ……フフフ、我が主。このセルス・ストア率いるトトゥム商会がグルム王国の中央商会議に参加できたのは殿下のおかげで御座います」


 掌を上に肩を上げヤレヤレと言わんばかりに。


「そぉれに比べれば傭兵を雇う端金など万分の一の返礼にもなりません。なにぶん信用とは、特にがめつく卑しい商人の物ともなれば金如きで買えぬ物の筆頭で御座いますから」


 まぁ国外の大商人、それも国を跨ぐ程の者が自分達の縄張り(商圏)に紛れ混んで来て喜ぶ商人は居ない。アダマティオス四世がストアの才能と伝を有用と見て無理矢理ブッ込んだ所為で色々拗れ、ハブられ気味だった所を王太子の信用と人柄で何とか交渉の席を用意したのがアーウルムであった。


「無理はしないでね。少ないけど僕の……私の私費なんかも渡しておくから」


「ぅんでは、御気持ちだけ頂きましょう」


 てな訳で廻葉祭後にグルム王国のおかげで凄い事になった場所がある。言うまでも無いがユグドランド地方だ。


 大抵の場所から見える世界樹を中心に広がる広大な大地にて東西南北がグッッッチャグチャのグチャ。


 どんな者でも。それこそ盗賊から皇帝まで廻葉祭は休む為、傭兵の契約延期や新規契約はこの時期に相談されることが多い。


 ある者は言う。


「困る!!今、お主らに抜けられては戦線の維持が出来なくなるでは無いか!!」


 ある者は言う。


「グルム王国の戦狂い共め!!今年の戦略計画がおじゃんになった!!」


 ある者は言う。


「助かった。グルム王国が内戦をすると言うなら敵の兵も減るはず。我が領の防衛も叶うぞ!!」


 ある者は言う。


「文句があるならグルム王国行かないって選択の出来る給金じゃねぇと部下供の統制がとれねぇぞ?戦場で敵に寝返って良いってんなら話は聞いてやるが」


 ある者は言う。


「契約違反?未払い分の金を払ってからほざきなァ。こっちとしちゃぁ、この領地一帯を略奪して回っても良いんだ」


 ある者は言う。


「傭兵王のと戦神の戦い、老骨に染み渡る響きじゃ。戦況如何によっては顔を出すかのう」


 グルム王国は傭兵への待遇が良く栄達も望める。故にユグドランドの傭兵達は挙ってアダマティオス四世やアーウルムの元へ向かった。


 更に数年前までユグドランド最強の傭兵と呼ばれ世を席巻した傭兵王バウバと、軍事に於いては声望名高い軍神アダマティオス四世の戦い。

 連れて行ってくれればタダでさえ参戦したいとまで言う傭兵が現れる始末である。


 一方、雇う側の大半は対処に追われる羽目になった。


 傭兵の質と量と言うのは戦略を考える上で何より重要な物である。特にこのユグドランドではその比重は大きい。


 戦略とは遠大で慎重に検討すべき物。故に冷静で無いか余程の阿呆でなければ領地の税収から生活費や領地経営経費を差し引いた金額で戦争をする。だが常に戦国乱世ブチかましてるユグドランドの御偉方は長い事戦争を続けている所為でちょっと面倒な思考回路になっているのだ。


 端的に言うと感情と収支の所為で戦の止め時がわからなくなってるのが居る。

 前者は分かるだろう。大事な者を殺されたり面子を潰されたりした所為で不利益の方大きくなって尚もが争いを止められずに続けている状態だ。

 後者はギャンブル依存症に近い。戦争が何故起きるか、感情論を抜きに答えれば利益の有無だ。即ち掛かった経費以上の物を求め、又は失った物を少しでも取り戻そうと更に戦争に金を使って後に引けなくなってるアンポンタンがいるわけである。


 そして前者後者が混ざれば戦など止めようがない。


 まぁ多かれ少なかれそんな思考が平常化しちゃってんのだ。特に勢力を伸ばせない小領主なんかに多い傾向として。


 ……とは言え当事者であるのに冷静に戦争出来る者なんて稀代の天才か気の触れた狂人あたりの稀有極まってる存在だろうが。


 さて、シルヴァ・アルターに話を戻す。その希代の天才の一人に数えるべき男が家族に告げた。


「春頃に戦が起きる事が確定したそうだ。アーウルム殿下の率いる全軍の総指揮を請われた」


 クーウンとフッシャは肝の座った顔で頷き、ゴニャとグゥクゥは良く分からず首を傾け、ラキとフッシャはモノッッッ凄い狼狽えた。


「やっぱりねぇ。いつかはこうなるだろうとは思ってたよ」


「私も麦の収穫状況と王の悪癖の周期から察してはいました。ラタの恩恵を受けた肥沃で広大な農地を持つ故にグルム王国は農家の保護は必要です」


 強い瞳、バウバの事を理解している二人の言葉に。


「有り難う。彼の思惑は兎も角、ログラム殿にはシルヴァ・アルターに住む時の恩がある。王太子の境遇も思う所が有るし戦場から離れて随分と経つが腕を振るうつもりだ」


 一切、一欠片も気負う事なく将の将としての威風を身に纏い。それは何時ものイケメンなイクメンっぷり甚だしい落ち着いたパパ感はでは無く傭兵王としての威厳というものなのだと思う。


 雰囲気、ただそれだけでラキとフッシャの不安を吹き飛ばす。だからだろうか、ラキはゴクリと大きく音を立て唾を飲み込み。


「なら俺も連れてって下さい」


 大きく目を見開くバウバ。意思は尊重したいし気遣いは有り難い。だが戦場を知るが故に。


「ラキ、気持ちは嬉しいが……」


 ラキは抱えていた青鞘のサーベルを突き出し。


「烏滸がましいのは分かってますが恩人が戦争行くってんなら心配しちゃいますよ。人ですから」


「気持は嬉しいが、それこそ気持だけで良い。確かにラキの使える魔法は強力で心強い、だが危険だ。万が一があってからでは遅いのだ」


「戦争の描写のある本じゃ魔法使いは重要な役割として出てきます。そりゃあ物語なんで誇張も多いでしょうけど、あれだけ出るって事は戦争じゃ一定の必要性があるんじゃないですか?」


「それは否定しない。戦術における魔法とは戦争の趨勢そのものを決定づける大きな要素だ」


 バウバはそう肯定しつつも。


「ラキ、お前は優し過ぎる。戦争の凄惨さに耐えられないだろう」


「俺の精神面についてはグゥの音も出ません。けど、それでもバウバさんが心配してくれるように俺もバウバさんを心配してるんですよ」


 ラキは笑みを浮かべ強い意思の篭った目でバウバを見返して。


「幸いと言って良いのか、貰い物ですが俺には助力出来る力があります。邪魔はしませんよ家長」


 ふてぶてしく言いのける。バウバはその表情に思わず笑って。


「表情が硬いぞ?」


 ラキの瞳が横に逸れて顔が赤く染まった。


 バウバは若人の決意を踏み躙る事は出来ない。人とモンスターと言う違いはあるが戦いと言うものをラキは知ってしまっている。知ってしまっている上で手伝わせてくれと言ったのだ。


「良いだろうラキ。私を助けてくれ」


 ラキは恥ずかしさに赤らめていた顔を決意に紅潮させ頷いた。


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