修行回的なサムシング
雪の積もる大きな厩舎の一棟にラキはお邪魔していた。リューネリン老の経営していた馬牧場ないし馬産地でシルヴァ・アルターに隣接したもう一つの村だ。
正確にはシルヴァ・アルターの領域というか管轄内に入るのだが対空飛槍はあっても城壁がここまで伸びてる訳でも無い。広大な畑の外側にあり簡素な獣避け程度の木柵が牧草地を囲っているザ・畜産生業系村落である。
ラキがセミの死骸みたいに落馬したトコが最もシルヴァ・アルターに近い。まぁ、どこもかしこも今は一面真っ白で牧草地って何だっけって絵面だが牧草という意味のパストゥスと呼ばれる村だ。
ラキに分かりやすく言うとシルヴァ・アルター県シルヴァ・アルター市パストゥス村的な感じ。
ゴリゴリ話逸れた。
話戻してラキは鍛錬の為に厩に来ていたのである。
一応言っとくがどっかのシュミレーションゲーム化したら武力10億くらいありそうなヤベー王様のレベルでは無い。あってたまるか。
単純にコンスタントにやってる魔法の練習と後回しになってた乗馬できる程度の身体能力を欲してだ。
「よし。帯状魔法陣はこんな感じかな?」
ラキは手元に出現させた水晶っぽい結界を中心に回る赤い帯状魔法陣を確認する。
あのアレだ。マダム・リゴットが船守るのに使ってたヤツ。アレの掌サイズ。
ラキは二、三頷くと指揮者が曲の終わりを伝える様に掌を振り握って消す。そして両の掌を合わせてパンと一拍乾いた音。
厩を結界が覆い暖かくなる。室内のラキに見える訳では無いが範囲内の屋根や地面に積もった雪が溶けていく。
長くなったんで端的に言おう。
暖房。
「お、暖かくなって来やがった。いつもウンブラちゃんを見にて行ってるから寒いのは慣れてるが暖かいのが良いわな」
馬達に飼料を与えていたリューネリン老がニッコニコの顔で言う。年寄りじゃなくたって寒いのも熱いのも嫌なのだ。特に値の張る王馬達が冷えない様に暖房は付けてるが歳だかんね。
「俺も暖かい方がいい」
「だよなぁ。さ、好きに乗りなラキ」
「ありがとうリューネリン爺ちゃん」
ラキは自分を気に入ってくれている王馬の馬房を開けた。胸に頭グリグリされたので首を撫でてから跨る。
「おう、気を付けてな」
厩舎内の外周と馬房の間に小さな馬車が通れる程のレーンが有る。深雪や長雨の時に王馬を散歩させたり、その体躯と能力相応に必要な王馬達の飼料や藁を運ぶのに使うスペースだ。
そこを王馬を操りゆっくりと歩かせながら魔法発動し続けると言う鍛錬。
「ほ、ほ、ほ」
馬の脚の揺れに合わせて膝で揺れを抑えバランスを取りながら舵をとる。無論、室内なので速度は無く、ラキが指示を誤ろうとも利口な王馬は走らないが。
「ラキ、ちっと力み過ぎだぜ」
「あ、あーい」
デカさ的な理由で普通の馬より王馬は揺れる。そんな馬の上でカッチカチになってたらシェイクされてポーンだ。
足を懸架装置にして手綱を舵 に。合わせて結界を消し厩が冷える前にもう一度結界を張るという行為を繰り返す。
魔法の発動は想像を現実に変える感じなので魔力の消費がエグい代わりに誰だろうと併用発動出来るが、魔法陣を用いた場合は雑にいって魔法の規模に合わせた図形を覚え、それに英語とかローマ字の文を当てはめる行為だ。
どうしても慣れがいる訳で即ちラキは今、バイクを運転しながら計算式を即座に作れる様になろうとしている。
と言えば近い状態だと思う、たぶん。
意図としては片腕を持ってきやがった龍の様に迷い込んでくるモンスターが現れた時に固定砲台では無く戦車になろうとしてるのだ。
その前段階して帯状魔法陣で発動出来る結界を行使してる。図形抜いて文だけで発動出来る代わりに自分の魔力で調節出来る結界は普通の魔法陣より処理タスクが少なく併用しやすい。
とは言えそんな余所見運転的な事をして落馬しないのはクルスビーの方針で、ある程度図形タイプの図状魔法陣を覚えてたおかげだ。
「ラキー、夏みたいになってんぞ」
「あ、ごめんー!」
汗を拭ったリューネリン老に言われて慌てて魔力を調節する。
……あの、前言撤回っぷりがトドまらんけどマシってだけだから。
小春日和くらいの室温に戻すが、次は馬への指示が乱れて速度が遅くなる。あっちを立てればコッチが立たずって超絶もどかしい。
「難いなぁ。アドバイス聞こうにも師匠完全に引き篭もっちゃったし。いや、そもそもこんなの慣れるしかないか……」
てな感じで鍛錬をした後、魔法でリューネリン老を手伝い昼食にお邪魔した。リューネリン老の妻4人、子供5人、孫7人、義理の娘や婿6人の食卓にお邪魔する。
大家族ってレベルじゃねーなとラキは思ったが此の世界のリューネリン老レベルの家だとちょっと多い程度。
大家族故かドーンと巨大な鍋に新鮮な牛乳で作られたクリームスープと盛り盛りパンに焼鏝で溶かしたチーズ乗せたーノにヨーグルトという乳製品極めた極めて美味しい昼食を終えて魔法を使ってパパッと片付けを手伝い厩に戻る。
「名前半分も覚えられんかった」
鍛錬の為に厩舎を借りたお礼に馬の糞集めや寝藁の入れ替えなどを魔法で手伝いながら申し訳なさ爆発させながら言った。
「まぁ人数がなぁ。俺もたまに長男の次男のシャルントと次男の長男のルシャントを間違える」
人数的に良く話せた相手とそうでは無い相手が居るが二人は席が隣で話もしやすくラキもすぐに顔が浮かぶ。
何より見た目が瓜二つどころかコピペしたレベルで似てて名前も似てるという印象の残りっぷり甚だしかった二人だ。
「あの二人って双子じゃないんだ……」
もうね、お爺ちゃんの前で思わず言っちゃうくらい似てた。そんな雑談をしながら手伝いを終え鍛錬をしてリューネリン老と別れシルヴァ・アルターに戻る。
馬車や船舶が行き交う水と陸の路を眼下に飛んでいく。あの夢の国のピーターパ◯的な感で。
「空、寒。麦撒きってあんな感じなんだ。……なんか節分みたいだな」
春麦の広がる畑の横、堆肥が混ぜられた黒い畑には農家の人々が籠の中身から種をブチ撒いてる。もうざっくばらんに鷲掴んでバーッと、これから相撲でもとんのかって勢いだ。
「何植えてんのか知らないけど米作るより楽そうだな、なんとなく」
ラキはトラクターの無い農業ってあんな感じなんだーと休耕地を除く光景を眺めながら城門に並ぶ列の最後尾に降り立った。
木枯し、と言うとアレだが雰囲気的にそんな感じの冬の風が吹き前後の人々が身を震わせた。しかしラキは魔法を使って防御する。
ラキのコートどころか纏められた長っがい髪も微動だにしない。便利だけど風情がゼロ。
「お、お帰り竜目潰し」
「お疲れ様です」
門番と一言交わして街に、そのまま憲兵団の屯所へ。庭、と言うか練兵場に見慣れた背が。
「脚は移動したい方の足の膝の力を抜き、重心をずらして滑る様に移動する。予備動作無しに移動が出来、一瞬の隙を作れる種族問わず使える歩法だ」
バウバである。そう言うと若い部下達、服も新しいしおそらく新人の前で大仰に膝を曲げて右に倒れる様に移動する。
「体重を使うのに慣れたら力を抜くだけで出来るようになる」
続いて古い時代劇や漫画とかで相手と相対したまま横に移動しるのと粗同じ動きだ。古武術とかにもあるかもしれない。
ラキは思う。バウバさんなら◯式とか、なんなら◯王銃できそうだな、と。知り合いに借りて読んでいた超有名海賊漫画の敵が使ってた技だ。
「……考えてみれば近しい事してたな」
絹蜘蛛の巣を取りに行った時の瞬間移動思い出して言った。
「おおラキ、来てくれたか。少し待ってくれ」
声に気づいたバウバがそう言って。
「全員鍛錬を続けろ。筋は悪くない」
「はい!!」
たぶん新人のリーダー的なのが勢よく答え合わせて新人達が敬礼する。なんか知らんけどバウバを見る新人達の目の輝きっぷりよ。
彼らの目を背にバウバがラキを迎える。
「ラキ、では端に行こう」
「良いですけど、大丈夫なんですか?」
「勿論だ、頼んだぞ。それとすまないが隊員達が見学したいそうだ」
「それぐらいなら大丈夫です」
そんなことを話しながら練兵場の端に。バウバがラキから離れて腰に吊るしていた鞘から洋刀を抜く。
サーベルという形状と持ち方だが刀身が30パンドス以上あり幅も厚めだ。
対してラキは少し戸惑った後、鱗の腕に変えて魔法陣を展開する。頼まれた事とは言え恩人に銃を向ける感覚。
最も基礎的な正三角形を二重円が囲い、その円の中に文章が綴られている魔法陣。色は炎で作られた為に赤く、文字だけが回っている。
「いきますよー!ショット!!」
ラキが唱えれば人の頭程の大きさの火の玉がバウバに向かって飛んで行く。球は大きいがまるで野球の様な光景、丁度弾速のイメージはメジャーリーガーが投げる球だ。
「ふんッ!!」
バウバは右手で持った大きなサーベルを上から下に一線、刃の通った線に吸われる様に魔法の火が収縮して霧散した。
ラキは強めに目を擦る。いや、聞いてたし信じてたから放ったんだけども。
「え、魔法って物理的に防げんの?
土の壁とかなら分かるけどサーベルをブンって振っただけて。剣速メチャヤバくて見えなかったけども」
「ラキ、もう少し強力なのを頼む!出来れば炎以外の物も!!」
若干、混乱してるラキに追い打ち。
迷った末に魔法陣を展開して。
放ち、放って、放つ。
結果。
「・・・・・」
「ふぅーーー」
唖然とするラキと魔法を防いで呼吸を整えるバウバ。
岩の弾丸は鞘で叩き落とされ、雷の槍は地面に踏み込みを入れ畳返しで防がれ、氷の柱に至っては手首だけでサーベル振ってカキ氷にされた。
鍛治と魔法の師匠クルスビーや領主付き魔導師ラバレロ、薬師兼医師のマダム・リゴットが魔法で魔法を防ぐなら分かる。
ヤグドゥアの様に盾を持ってるなら、それも頷ける話。
いやもう剣て、力技て。
「マジでマジか」
そりゃ驚くて。
「ラキ、最後に強力なのを頼む!特に貫通力のあるものが良い!!」
バウバが深く腰を落としてサーベルを水平に脇構えになりながら言う。なんかラキは若干だけども麻痺しつつあった。
ラキが練習中の竜の鱗を貫く高威力魔法、氷で出来た文字入り二重円の中に六芒星を入れた正六角形、六芒星の三つの頂点を中心に三角形を含んだ土の魔法陣。
「フリーギドゥム・リーネア発動」
大仰な発動の割に物干し竿くらいの直系の氷の棒が飛んでいく。長さはあるがヒョロイったら無い。なんなら情けなささえある。
スッゲ雑に言うと鋭利に凍った硬く細かい砂粒のウォーターカッターだ。貫くと言うか削り取る感じ。
ラキは放ってから思った。
「やり過ぎたァッ!!」
遅いわ。
顔面蒼白通り越して白塗りみたいにしながら防御魔法を発動させようとするラキ。
一方バウバは更に腰を屈めて手を回しサーベルの刃と背合わせする程に引く。
まるで弓の様に全身を引き絞ったバウバ。
同時に魔法陣を完成させたラキ。バウバの足元に魔法陣が広がる。
「アレナラピス・アルカ発動!!」
忽ち硬質に輝く砂岩が現れた。1フェラリウス程の正方形である。
一切動じぬバウバ、握る刃が薄く蒸気のように揺らめく気体を纏う。
矢が放たれるように、一線。
残るはいつのまにか切り返されたサーベルを握ったバウバと土煙りを巻き上げ3枚に降ろされた砂岩。
ラキは立ち尽くした。そりゃフフン3世のコンニャク以外切れるやばい剣士リアルで見たら立ち尽くすて。
「獣人の人達ってあんな事出来んの?」
ラキの近くで見物してた獣人達がラキの言葉を聞いてバウバに向けていた感嘆と賞賛の瞳を驚愕に変えて、「イヤ無理、絶対無理、あんなん出来るわけねーじゃん」と言わんばかりに首と手を小刻みに超振った。
なんと言って良いのか分からないので仮の呼称としてムリムリ手振りとさせてもらう。
「てかファンタジー剣術パねぇ。剣士ってあんな事出来んのか」
剣術得意な隊員達のムリムリ手振りも加わった。
「むしろ戦える人は誰でも出来そうだな」
師匠クルスビーの兄リートニアを思い出して言った言葉だが、聞こえてるヤツ全員ムリムリ手振り。
「どうしたんだ?」
畳返しにした地面を平らにして他の隊員に指示を出そうとやって来たバウバ目の前の光景に問う。
そりゃラキが目を瞑ったまま顎に手を当て納得したように頷く周囲で、隊員達が一様にムリムリ手振りしてんのだからなんの儀式だって話。
ラキが行き倒れバウバに拾われ時にごった煮を持ってきてくれた獣人の団員が。
「団長、竜目潰しがドえらい勘違いを!」
彼に続いて。
「俺だって獣人だけど魔法をどうこう出来る獣剣術なんて使えねぇってのに!」
「そもそも俺ら光人はここ半年の団長の鍛錬に付いてけてねーです……」
「なんでしたら僕達、走り込みについて行くだけで死にかけましたしね!!」
部下の言葉に頷くバウバ。
「ラキ、今のは護身術の一つで師曰く、一振り目の飛ばした斬撃で勢いを殺し二振り目の刃で悉くを断ち切る。言えば単純だが難易度の高い技で私も習得に五年はかかった」
「奥義的な奴ですか!?」
ちょっと厨二心的な物を刺激されたラキは興奮気味に問い、バウバは微笑ましげに笑って答える。
「ああ、力技だが切り返しが難しい。斬撃を飛ばす程の一撃の後に腕を捻って即座に切り返すのは至難な上に負荷も大きい」
尚、バウバが説明してくれてホッとしたせいでツッコミ損ねた事情を知る団員に代わって補足すると今の技って普通は5年で習得とか無理な技だ。
幼い頃から……色々と有名な母親の腹の中から戦場にいた経験に才能と努力の揃ったバウバだから出来るのである。
さて、まだ仕事の有るバウバと別れて少し閑散とした市場へ。雪が降るので外に出る人が少なく露天は粗無い。
それこそ冬は店を構える飲食店が少し空いてる程度になり、収穫祭の時には露天がならび人がギチギチだった通りも何条もの轍の後しか無い物悲しげな光景が広がる。
そこへフワリ降りたラキは歩を進めた。樽と天秤の描かれた看板が吊るされている大きな建物の前で足を止めて扉を開く。
正面はカウンター、右に行けば食堂で左に行けば食糧棚が並んでいた。
役所から仕入れた穀物類、農村から仕入れた青果類、外界の猟士と内界の猟師や畜産家から仕入れた肉類、更に近隣のラタ大河や遠い海のある街から運んだ魚介類まで売ってる大店の一つである。
もっと言うとミャニャの生家で有る商館直営の販売場の一つだ。この店舗の周りは農民が多いので個々の食品は干し魚や干し肉など費用の抑えられた肉や魚が多い。
「おぉ竜目潰しの坊やじゃぁないか。御嬢様は元気かい?」
影人のちっこい老婆がカウンターからシワッシワの顔の細い目を開いて言う。ラキは笑みを浮かべて。
「元気ですよ。ゴニャやグゥクゥに算術とか教えてます」
「あらまぁまぁ。で竜目潰しの坊やは何が欲しいんだい?」
「干し魚か干し肉か。それと子供達が喜びそうなモンがあればそれを」
「そうだねぇ、今年は外界の狩が上手くいったみたいで肉が少し安いね。子供が喜ぶってんなら豊作だったから麦芽糖がとっても安いよ」
「んじゃ干し肉と糖蕪の糖液お願いします」
銀版五枚を出して。
「これで良い感じに見繕ってください」
「何言ってんだい。多過ぎるよこれじゃあ、箱買いでもするのかい?」
「あ、はい箱買いです。ちょっと孤児院に行くんで御土産に」
「孤児院。って事は竜目潰しの坊やとゴニャ御嬢様とグゥクゥ坊っちゃまが守った子かい?」
「ええ、とりあえず部屋から出れる様になったみたいなんで。何でも礼を言いたいって」
ラキは今日、片腕を持って行かれた日にゴニャとグゥクゥが庇っていた子に会いに行くのだ。
孤児院の経営者は忙しい中、何度か礼を言いに来てくれていたのだが、助けた子供は孤児院から出られなくなっていた。
最初の頃は職員が離れただけで泣きだす程で徐々に症状がよくなって来ても、部屋から出ようとするとドラゴンに襲われた時の事がフラッシュバックし硬直してしまう程だったのである。
所謂PTSDという奴だ。
ラキはそういった事に詳しく無いのだが従軍医だった老人が曰くモンスターショックと呼ばれる症状である。
ラキのいた世界で言えばシェルショックと呼ばれ此の世界でも戦場で起こる症状はそう呼称される物だが、此の世界の場合では外界のモンスターと戦った猟士達の方が多く、そして重い症状が現れる物として知られているのでモンスターショックという方が有名であった。
そのモンスターショックの症状の緩和が見られ、幼子が助けてくれたラキに礼を言いたいと言い出したのだそうだ。
「まったく嫌なドラゴンだよ子供を狙うなんて。これ、少しだけど持ってきな」
影人の老婆がそう言って糖蕪の糖液をおまけしてくれた。
「ありがとう御座います」
年齢相応な太ましい祖人のオッちゃんが三つの木箱をズンって積んでくれる。ラキはポンと手を添えて浮遊させると一礼してから退店した。
さて孤児院はシルヴァ・アルターの領主の館近くに建っている。領主館という重要施設に隣接しているのに違和感を覚えるかも知れないが、モンスターなんてヤバイ外敵がいるせいか為政者は人口を増やすことを重視する空気の強い世界なのだ。
そして孤児院は疫病対策の風呂以上に重要な都市、延いては国家運営における政策である。大きな街には孤児院の一つや二つ絶対に存在するし、小さな領地なら領主や村長が村の孤児を預かるのが決まりと言って過言ではない。
何故そこまでかと問われれば単純な話として国や王族貴族に仕える魔法使いは孤児院出身の者が多いと言えば行政側が力を入れるのも納得しやすいだろう。
てな訳で、バウバ邸を飛び越えて館に向かって飛んでいく。
領主館と堀を隔てて建てられた対空飛槍を乗せてる大きな時計塔の鐘バージョンに、大きな学堂のついたドイツかどっかのヴィース教会に似た建物。コレが孤児院兼ゴニャとグゥクゥが通ってる学校的なトコである。
孤児院の経営を任されてる爺さんが開いた私塾がハゲ領相ログラムのお父さんの政策で援助を受け学校になったのだ。
雪が積もり静かな校庭、校庭?
……校庭として使用されてるだだっ広いだけの広場を学堂を横目に抜けて奥の子供達と職員の居住する屋敷の方へ。低位置に傷の多い扉のドアノッカーを鳴らす。
「どちら様で、御座いますかな?」
渋く重みのある声と共に扉が押し開らかれる。長身のラキを見下す程の背丈をもったロマンスグレーの頭髪とカイゼル髭を携えた初老の祖人だ。
正直言って何て言えば良いのか分かんない雰囲気の男性である。肩幅があり大柄な体型であるが落ち着いていて背筋を始め悉く真っ直、姿勢の整い方や所作の逐一が異様に洗練されていた。
服装は一般的な町人と同じで強いて言えば少し質がいい程度だというのにイケメン老執事っぷりが凄い。そう、老人では無くナイスミドルないし老執事と評すべきだ。
「おお、魔法使い様。いらしてくださいましたか。さぁ、どうぞ御上りください」
ニコリと温和な笑みを浮かべて穏やかながら所作極まった温文爾雅レベルのヤバイ礼で招き入れた。
「お邪魔しますバルバトラさん。
あと、これ皆んなで食べて下さい。糖蕪の糖蜜は店のばーちゃんがオマケしてくれたヤツですけど」
ナイスミドルがラキの出した大き過ぎる三つ+αの御土産に驚きながらも嬉しそうに礼を。
「此れは……感謝いたします。例の事の所為で今年は節制を余儀無くされていたので皆喜でしょう」
バルバトラは元々ログラムの生家ペイード家で騎士長兼執事として働いていた老人だ。故に箝口令擬きの地主関連の話を知っていた。
急に外界への調査が必須となり急な財源の確保が必要になり孤児院も少しだが影響があったのだ。
だからこそ。
「あの子達は何か有ったのだと察した様でしたが、それでも不平を漏らさないで居てくれました。
ですがやはり楽しみにしていた収穫祭で落胆させてしまったのは事実、理由を伝える事も出来きず心苦しく思っていたのです」
尚、財源確保の為にモグモグ領主もあんまりパイ食えなかったのだが、駄々を捏ね倒してログラムに結構強めのゲンコツくらってた。
さておき老人は木箱三つを軽々持ち上げて食料庫に入れる。それも片手で一切バランスを崩さずにだ。
糖蕪の箱はともかく他二つは腕力的な意味でラキなら両手使って蟹股で一個ずつ運ぶような物である。それを軽々と持ってく様は老いて尚益々盛んと言う言葉を体現して有り余っていた。
土産を倉庫に置いたバルバトラは軽く手を払って振り返る。
「では魔法使い様、連れて参りますので座ってお待ちください」
「はい」
ラキが頷くと執事じゃ無い老執事は一礼して古ぼけてはいるが手入れのされた扉から出て行く。食卓の背の低い椅子の一つに腰掛けたラキは待つ間、興味深く周りを眺める。
小さな20と少々の椅子と大きな卓が二つ。調理場と食料庫が隣接しており年季が入った木と白い壁紙の貼られた壁に囲まれた大部屋だ。
工房や商店を除けば他者の生活空間におじゃまするのは珍しい。だが同じシルヴァ・アルター内の為か規模の差などはあるにせよバウバ邸とほぼ同じ様な作りであった。
ただ壁紙は少々痛みや汚れが激しい。いくら紙の生産をしているシルヴァ・アルターの孤児院と言えど部屋の大きさや人手を鑑みればおいそれと変えれないのだろう。
と、そんな感じの部屋を中世ファンタジーっぽいと10文字ちょいの感想を浮かべて眺めているとバルバトラが見覚えのある子供を抱えて現れた。
「お待たせ致しました」
バルバトラの服を強く握り締める幼子は白みの強い銀の短髪に褐色の肌をした月の光人である。年相応に幼く愛らしい。
「えっと……初めまして」
ジーっとラキを見る幼子。
「さ、魔法使い様に御挨拶を」
空気を読んだバルバトラに促されて頷いた幼子は床に降ろされ己が足で立つ。彼にとっての親のズボンを強く握ったままだがラキを見上げて。
「ラスアス、です」
ラキは緊張を和らげようとニコリと笑って視線を合わせ。
「ラキだ。よろしくな」
そう返して思わず撫でる。頭を優しく撫でられた幼子は少し戸惑った様に。
「たすてくれて、ありがとう。よろしくおねがいします」
言いたい事と返事がごちゃ混ぜなった言葉にラキは出来うる限り優しい顔で返す。
「どう致しまして。あんな思いしてよく頑張ったな」
途端、ラスアスはビクリと肩を震わせる。巨大なドラゴンに追い回された記憶が呼び起こされた顔は怯えに歪んでいて何とも痛ましい。完全に失敗した。口が滑っただけだが、とは言え浅薄。実直に言ってもう大丈夫なのだろうと発した言葉だが軽挙妄動と言わざるおえないミスだ。
ラキはPTSDの事など詳しくないのは仕方ない。しかし、心の傷が簡単に治るはずもなく、それを他人が理解できるわけもないだろう。なんか言わねばとは想うのだが正直ラキには荷が重過ぎだ。
それでも此の儘ってのだけは絶対にダメだと捻り出す。
「あの、あの、アレ。あ、あんなん空飛ぶ蜥蜴だからな。怖がる事なんかねーよ」
ピクリと幼子が希望を見出した様に。
「本当に?」
「あ、おう勿論!あん時は負けたけど今なら魔法二、三発撃てばワンパンよワンパン。マジで」
意外な反応に此れしかねぇ、と慌てて答えるラキ。二、三発撃ってたらワンパンじゃねーから。
「あの、ほら師匠に色々習ってんだ。すっげ魔法」
いやもうテンパりっぷりよ。目が泳いでるけど、もう下手なバタフライみてーに泳いでっけど、しかし目の前の幼子の為にすべき事は分かった。
相手の事を想うのは存外に簡単だ。だが相手の事を考えるのは存外に難しい。だがやるべき事を分かったのなら迷わずに。
不敵な笑みを浮かべて。
「次に来た時はあんなトカゲ如き俺がボコボコにすっから安心して遊びなよ。何なら外について来てくれるなら最近覚えた新しい魔法でも見せようか?」
こんな嘘を吐かざるおえないとしても。
頷くラスアス。
「よし、任せときな。外に出れるか?」
「……うん」
「良いですか?バルバトラさん」
「是非」
バルバトラが全てを理解した表情で願う様に頷く。まずラスアスの頭を一撫でして浮かせる。
「わ!」
「バルバトラさんも」
ラキの差し出した手を取る老執事。三人がフワリと浮いて一人でに空いた扉を抜けて外に。結界を張り中を温めて空を飛ぶ。
ラスアスの目には驚きと、恐れと、好奇心が混ざっていた。眼下に流れる街々が木々となり断界山脈の壁の様な岩肌を登っていく。
雪も積もらぬ山の上、ラキが毛布の中に引き篭もった師匠と魔法の鍛錬をする場所に降り立つ。
「見てなラスアス。ビビる事はねぇさ」
ラキは最も大仰で最も高威力に見える魔法陣を空に向かって展開する。二つの正十二角の星を覆う二重円を根幹に、円正八角形を覆う二重円を支柱に広がっていく魔方陣。
「機人式魔法」
広がる。
「昇天焦」
魔法陣から赤い熱線が見る見る間に伸びていく。
「発動!!」
言うや否や熱戦を辿る様に上空目掛けた激烈な爆裂が連鎖した。その余りの勢いにラスアスはバルバトラに支えられ、ラキのコートと黒い艶やかな髪が棚引き。
静寂が支配する中でラキは傲慢にさえ思える様なドヤ顔で振り返る。
「どうだラスアス。次にドラゴンが出てきたらバーンだバーン。あんな蜥蜴もう怖くねぇだろ?」
ラスアスは呆然と頷いた。代わりにバルバトラが言う。
「感謝いたします。魔法使い様」
「どういたしまして。さて、此処にはあんまり来れないから少し景色でも眺めてゆっくりしてから降りようか」
そう言って座ったラキは今メッチャ魔法酔いの予感に震えてる。たぶん下に降りたら寝ないとヤバイ感じがビンビン。
正直、ラキが撃ったのは見せ魔法だ。
魔法陣の展開は遅いし命中精度は余り高くなく魔力消費量も大きい。敵を爆殺するのでモンスターに使えば素材も手に入らないし戦争で使うには威力は過剰。
ただ見た目は派手だ。熱線が空の果てまで進んだ後あの紅茶な感じの国が作った対空火炎放射機的なノリで爆発するから。
で、精一杯のドヤ顔を浮かべてるラキは決意した。
明日から魔法の練習量増やそうと。
まぁ、気合い入れすぎて初日ゲロったけどもラスアスが外で遊べる様になったのはゲロってる魔法使いのおかげだろう。
「ちょ、無理、オヴォロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!」
御冥福をお祈りします。




