テンションが上がると大体ブレーキ外れるってかブッ飛んでく
一等級都市シルヴァ・アルタ。古アールブ言語で深い森の意を持ち、古い時代から人類と怪物の住処を分ける境界都市として反映してきた。住民は祖人に次いで光人と獣人が多く林業と狩猟に端を発する事業が盛んで、水深は浅いが幅が広い大河ラタが街中を畝り流れている。
数10年程の間に渡って怪物テルミヌ・モストゥルの縄張り争いや広域化も無く平穏と繁栄を謳歌する地だ。
都市の衛兵長を務める獣人のバウバ・ドゥーベル・クリンゲは言葉の通じない青年を衛兵の馬小屋に預けて、屯所の料理長に飯を分ける様に頼んでから自分の家に向かった。
商業区の大通りを抜け数階建ての集合住宅の密集する居住区から小さな庭付きの一軒家が建ち並ぶ居住区画へ入る。赤土煉瓦の屋根と珪藻土で塗られた白い壁は変わらないが一軒で一家族の住む家が建つ区画だ。
其の中でも奥まった屋敷と言うべき二階建ての建物が彼の家だった。馬を馬丁の老人に預けると家に入る。
「あぁ、二人とも帰ったぞ」
玄関に入ると二人の愛妻クーウンとミャニャが待っていた。差し出された二人の手にクーウンには腰の剣を、ミャニャにコートを預ける。
「蹄の音がしたからびっくりしたよ。今回は随分早かったね、お疲れ様」
「お帰りなさいませ旦那様、城外の村々は大丈夫でしたか?」
二人を前に顔を激しく小刻みに振る。犬の長い鼻と顎いわゆる口吻が縮み、毛が薄くなって渋みのある壮年の男が現れた。黒々とした短髪で目付きは鋭くも涼しげな瞳、鼻筋の通った秀麗壮健たる顔が愛妻達を前に微笑んでいる。
手足が長く細身だが獣人特有の筋肉質な身体で若々しくも大人の魅力に溢れているが、顎の終着点から頭上程の高さまで上に向かって伸びる毛の生えた耳介、分かりやすく言って獣の耳がピコピコと揺れて其の踊る感情を表していた。
「危険といえば青狼の群れ程度だ。領域の森に入らなければ問題はないが一応狩猟組合に通達しておいた。……ところで、今日は二人に相談があってな」
「どうしたんだい?」
泣き黒子のある貞淑な見た目ながら肝っ玉カーチャンと言うべきのクーウンが笑って問う。愛する旦那が相談など珍しい事で、この玄関という場で聞く程度には興味が湧いたのだ。
「最後の村から帰る途中で妙な青年を見つけた。行倒れていたのだろうが、おかしな事に言葉も通じない」
「旦那様は其の青年を助けたいと?」
吊り目で勝気な見目ながら慎み深いミャニャが伺う様に問う。其の表情は夫の心情を理解して慈愛に満ちており地母神とでも評すべき優しさが滲み出ていた。
「うむ、どうにも放って置けなくてな。不思議な存在だが少なくとも悪い輩には見えないしまだ若い。せめて言葉を覚えるまでは、な」
困った様に言うバウバにクーウンは堪らずに、ミャニャは一層優しく微笑んで。
「はっはっは、好きだよアンタ!やりたい様にしたら良いさ、この家の主はアンタなんだからね」
「私も賛成です。旦那様のそいうい所に私達は惚れたのですから。グゥクゥもゴニャも兄が出来たと喜びますよ」
夫の人を見る目は確かだ。でなければ衛兵長など務まらない。面倒見の良い夫に惚れて結婚した二人の妻からすれば断る理由は無かった。
翌日の朝。黒い長髪に黒目の優しげな男が玄関に立っていた。バウバが背を押す。
「昨日言った青年だ」
「イッツ……ヘゾミメソチ」
青年はそう言って頭を下げた。
約一ヶ月後。
バウバ宅の調理場兼食事処にてクーウンは朝食を作っていた。煉瓦製の竃にフライパンを乗せて厚切りの薫製肉を焼き卵を落とし大きな窯にてパンを焼く。もう一つの竃の上では鍋が温められており、蓋を開けて木匙で一回りかき混ぜれば濃厚な牛乳と小麦の香りが弾けた。
「あ、おはようございますクーウンさん。俺、水を汲んできますね」
匂いにつられた様に現れる男、寝ぼけ目で後頭部から垂れる纏められた黒髪を揺らして欠伸一つ。だらしのないその顔にクーウンは思わず吹き出す。
「ふふ、頼むよ。ついでに顔を洗ってくるんだね。それにしても随分と言葉を覚えるの、早かったねえ」
「いやぁ、皆さんのお陰ですよ」
照れたのを誤魔化す様に笑った男はバケツを二つ握って水小屋に続く扉に手を伸ばす。
「にーちゃん俺も行く、バケツ貸して!」
「お、偉いなゴニャ」
声に振り返った男は獣人の女の子に鉄のバケツの一つを渡し別のバケツを持つ。此の獣人の少女はバウバとミャニャの子ゴニャで、友達の兄の話し方を真似て男っぽい喋り方をするクリンクリンの癖っ毛を持った人懐こっい元気一杯っ子だ。
「肩車してくれよ!」
「え、この距離で?いや、良いけど」
しゃがんで肩に乗せてやり水小屋への扉を開け十歩も歩けば、上水道の上に建てられた井戸が有りドゥルグの水組み筒が設置されている。
手押しポンプ、ト◯ロの水を組み上げるのと同じ物だ。男も覚えたての言葉で「ヤベェ、ト◯ロのやつを使う時が来るとは」と感動余って呟き、不思議な顔をしたバウバに「ト◯ロ?……此れは剛人の作った水組み筒、ドゥルグ・パイプだぞ」と訂正された。
井戸の前でゴニャを下ろし水汲み筒に呼水をいれ、注ぎ口の下にバケツを置き取っ手を上下させれば水が出始めた。二つのバケツに並々と注ぎゴニャのバケツに半分程注ぐ。続いて顔を洗ったりする為の盥とタオルを棚からコップを残して取り出す。
「ほら、ゴニャも」
「うん!」
タオルを渡してやり水の勢いが無くなったのでもう一度取っ手を上げ下げし水を出しす。溜まった水を両手で掬って目脂を取り顔を拭いて歯を磨く、バウバ曰く怪物の骨と毛を使ってるらしいブラシだ。
自分の歯を磨き口を濯ぐとゴニャの歯も磨いてやる。
「ファファファファ……」
「ほんと好きだな歯磨いてる時にへんな声出すの。ほら、口開けて。歯、見えねって」
「うぁい」
ニッと歯を見せるゴニャの獣人特有である鋭く長い犬歯を仕上げに磨いて顔を洗わせ髪を手櫛で整えてやる。
身嗜みを全て整え終えればバケツの取っ手を握りゴニャもバケツを両手で抱えた。
「気をつけてな」
「はーい」
調理場に戻り大きな樽に水を注ぐ。
男は魔法を使えれば楽なのにと思う。しかし魔法的な物がこの世界でどう言う認識なのかが未だに分かっておらず、自己保身といえば聞こえは悪いがバウバ一家との関係崩壊を恐れて隠していた。
思い起こすのは言葉を教えて貰った時に聞かされた昔話の一文。
〔魔法使いは国を一つ炎に沈めて滅ぼしました。残ったのは更地だけです(意訳〕
うん。無理、更地て。更地は無い、言える訳ねぇ、と黙ってバケツを傾けた。
魔法といえば不思議な道具は幾つか見た。だが、人が自身の使う様な魔法と言うべき何かを使ってるのを見た事がないのだ。加えてそれらしい物で言えばバウバ達獣人が何とか古語における獣皮纏う者という意味の、ヴェルグと呼ばれるに相応しい変身だがあくまで身体機能であると言う。
人面が犬面に変わり前面は鎖骨まで、背は腰まで獣の体毛に覆われるファンタジー的光景だが少なくとも魔法とは別の事象として区別されているのだ。だがこのままで居ようとは思わない。漸く言葉を覚えたのだから魔法という物に関しても近いうちに聞いて調べてみるべきだと考えた。
『魔女狩りとかなきゃ良いけど......』
まぁ、そんなテンションの下がる妄想は兎も角、水を入れ終えたラキは逸る気持ちを抑えて食器を並べる。白磁器の平皿や二股の鉄製フォークとナイフに木匙、最後に小さな樽に取っ手をつけたコップ。
「おぉ、うぅむ……皆、おはよう」
朝食を並べた頃、丁度バウバがミャニャとグゥクゥを引き連れ食卓に現れた。この三人は朝にとても弱く、特にバウバは夜勤という理由も有って早く起きるのは苦手であった。
「ふぁ〜〜あ」
「あ〜ふぅ、おはようございます」
「あふぅ……おはようごます」
バウバの欠伸に吊られミャニャとクゥクゥも欠伸をする。
「おはよう。さ、寝坊助達も朝飯食べてシャキッとしな!」
クーウンの鶴の一声で朝食が始まった。シチューとチーズの乗ったパンにベーコンエッグ、それと水々しいサラダだ。飲み物はミルクティー。
「万象の霊とクーウンに感謝を」
バウバが食前の言葉を述べて皆が続きクーウンが頷く。そして漸く食事を始まった。
男はチーズの乗ったパンをムョイーーンと腕を全力で伸ばしながら嚙みちぎり、伸びて口から垂れるチーズを吸い啜る。
「ふぁ、マヒホヘ美味い」
塩気の効いた濃厚トロットロのチーズを乗せただけの香ばしいパン。単純と言えばそうなのだが此れほど美味い物はそう無い。思わず笑み浮かべてモッチャモッチャ噛みしめる程度には費用対効果最高の絶品だ。
その様子を見ていたバウバがミルクティーの入った子樽のコップを口から離し嬉しそうに言う。
「ラキは本当に美味そうに食べるな。そんな食べ方をされては私も食が進んでしまう」
「ははは、私としちゃ作った甲斐があるってもんだね」
クーウンが嬉しそうに二人へお代わりのパンを渡しながら笑えば皆つられてお代わりを求める。
男、いやラキは幸せを噛み締め食事を続けた。ただでさえ、あの一日以上続いたの空腹以来、食欲という物の心における比重が随分と大きくなっていたのだ。
その上でこの心根の優しき家族との美味な食事、正に幸せ。最高の娯楽と言える。
酸味の強い柑橘類の汁が掛けられたレタスっぽい何かと玉ねぎのサラダ、クリーミーな何かの乳の香り放つホワイトシチュー、厚切りの熟成された柔らかい薫製肉のハムエッグ。この香る品揃えであれば朝とは言え食が進まない訳が無い。
食後のティータイムにラキは常々考えていた事をバウバに言う。
「バウバさん。俺に何か手伝わして貰えませんか?一月も世話になってるのに、このままじゃ気が引ける」
一月も身知らずの、どころか言葉も通じない己を世話し受け入れててくれた此の一家にラキは恩を返したいと常々考えていた。その一貫として街を守る仕事を生業とする為に帰りが遅くなる事が多いバウバの手伝いを願い出たのだ。
バウバは驚いた様な顔で言う。
「ふむ、ラキには家事を手伝って貰っているから十二分に助かっているのだが。何せ雇おうと考えていた家事手伝いが不要な程だ」
「でも馬の世話役のリューネリン爺ちゃんは家に帰ってるのに俺は飯や寝床まで用意して貰っちゃてるし……」
ラキは自分に名前をくれた馬の世話をする気の良い老人と自身を比べて申し訳ない思いさえ抱いていた。
「欲の無い事だね。私達は少しだけど給金も出した方がいいんじゃ無いかって考えてたんだよ?」
「手が足りない時なんて、とても助かっていますしねぇ」
しかし妻達もバウバに続く。
「えーっ、にーちゃんは俺達と遊ぶんだからいいよ」
「いい」
更にはゴニャに続いてグゥクゥも眠たげながらコクコクと頷く。ラキとしては身悶える程には嬉しい評価だがそれで良いのだろうかと言う思いも消えずにいた。その思いとは裏腹にバウバ一家にとっては物腰柔らかく家事もそれなりにでき、更には子供達に懐かれているラキは有難い存在なのだ。
だがやはりラキとしては最低限の事をしている感覚でしか無い。まぁ、実際そうであるし気分的なものと言えばその通りだが一月も続けば正に気に病むと言うもの。バウバはこの一月でラキの良く言えば頑固さを知ったが故に顎を親指で擦る。
「うん。まぁ、良いだろう」
チラリと。見るからにラキの意思は固そうで。
「明日にでも屯所に連れて行く。ラキは余り外に出ないし丁度いいな」
そう言ってラキの心意気を買った。その日一日のラキは気合の入った働きっぷりであった。衣食の世話に言葉まで教えて貰った恩を返すのに燃えていたのである。
翌日、朝食を終えたラキとバウバは四人に見送られて玄関から出でて馬小屋に入った。バウバは仕事の為に衛兵の装備に身を包んでいる。隊長格の黄色い腕章と細い剣を腰に吊るした立ち姿は頼り甲斐のある勇士と言って相応。横に並ぶラキはバウバのお下がりである白っぽいチュニックを纏い、幅のあるズボンを履いて裾を長いブーツに入れている。
玄関を出れば直ぐに馬小屋だ。横に鋭く伸びた大きく長い耳を持つ男が、大きな馬の艶やかな青鹿毛の毛並みを撫でている。白い耳を震わせ物音に気付いて振り返った矍鑠としつつ何処か気品漂う老人。
「おうバウバの旦那、ラキの小僧。おはようさん」
燻んだ金の長髪をラキと同じ様に後頭部でまとめた光人、アールヴ。老いで細められた目には透き通ったアパタイトの様な瞳、その美しい青い瞳に似て表情は静かで優しげだ。
皺のある顔だが光人の多分に漏れず整い切った顔立ちで、若い頃はどれ程の美男子だったのか想像もつかない。誰もが着ている上下服も此の明るく上品な老人が着れば何処か洒脱に思えた。
「おはようリューネリン老」
「おはようリューネリン爺ちゃん、相変わらず早いね」
「ははは、年取ると太陽より早く便意が目をこじ開けやがるからなぁ。ソー・アールヴとしちゃあ悲しい話だ」
「ハハハ、未だに馬を乗り回しておいて冗談を言う。ではゥンブラを借りるぞ」
「おう、今日はウンちゃんの機嫌がいいから良く走るぜ。俺の耳が言ってらぁ。
時間が無さそうなら壁の外を軽く走らせてやってくれ」
笑って耳を撫でながら言うリューネリンはラキを見て気になっていた事を問う。
「……で、その格好って事はラキも乗るのか?珍しいな、外に出るなんて」
「え、ああ。いや、俺も世話になってばっかりだと悪いから仕事とか手伝えないかと思ってさ」
ラキはそう言って恥ずかしげに後頭部に手を添えた。この親しみやすい老人にはどうも心を開いてしまう。
リューネリンは闊達に笑う。
「あぁ、そりゃ偉いな。俺が若い頃は大人の手伝いなんざサボって一日中馬を走らせてたよ。だが、今でも十二分に役立ってるだろうによ。若いのがあんまり無理はするモンじゃねーぞ?」
「老の言う通りだ。ラキ、気持ちは嬉しいが無理はするなよ?」
「わかってるよバウバさん」
「ま、お前さん等はもう少し周りに頼るこった」
リューネリン老はそう言うと二人乗り様の鞍を黒馬ウンブラに乗せる。バウバは一吠え獣皮を纏い軽やかに跨った。
「さ、手を」
伸ばされた触り心地のいい犬の毛が生えた手を頷いて握れば、一気に引っ張り上げられた。
「では老、行ってくる」
「じゃーな爺ちゃん!」
「気ーつけてな」
黒馬ウンブラは蹄で軽妙な音を蹄で奏でて進む。上刻6鐘半と早めの朝でチラホラと眠たげな人が歩いている。ラキも欠伸を噛み殺し眠気を飛ばそうと考えたがふと気付いた。
「……意外と揺れないな」
「それは前に乗っているからだ」
ボソッと思わず呟いたが距離が距離、背に乗り手綱にぎるバウバが答える。
「後ろの方が揺れるから経験が無い者は出来るだけ前に乗せる。……助けた時に後ろへ乗せたのは急いだ方がいいと思ったからだぞ?」
「あ、いや気にしてないですよ。街見せて貰ってテンション上がりましたし」
「……テンション?ルーツァ魔法言語の様な響きだ。ラキは魔法使いだったのかもしれんな」
笑って言うバウバ。口角上げた笑みのまま豪雨の様な汗を流すラキは、いっそ此処で聴くべきではないかと思い直す。
「魔法使いって。……そんなの居るんですか?」
ラキの問いを此の都市に居るのかと言う問いだと思ったバウバは頷く。
「あぁ、此のシルヴァ・アルタにも数人いる。私も一人親しくさせて頂いている方がいるぞ。機人、マキナーでとても気さくな方だ」
「へー魔法なんて見た事ないですよ」
後ろめたさと喜びを混ぜて吐く。そこそこ大きな此の都市に数人と言うのは少々希少性が高いが、一応は魔法を使っても問題は無さげに思えたからだ。さすがに今使おうとは思わないが近日中に、それっぽく使えば家事手伝いが捗るなとラキはほくそ笑む。
うん、思考が主婦。
一方でバウバはその魔法使いにラキの事を相談してみるのも良いのではないかと考えた。魔法については戦闘用の物を除いて詳しく無いが一度訪ねてみるべきだと。何処の物とも分からぬ言葉と記憶が欠落した様な常識の無さは、おそらく外界から何等かの要因で飛んで来てしまったのだろう青年。
人柄を気に入った故にこそ少々力になってやりたかった。
大きな通路の真ん中の馬車道を進めば屯所に着く。門と街の治安を守る衛兵の屯所は五つ有り、其々四方の門の大通りと中央に一つだ。それぞれの屯所は独り身の衛兵の宿舎もある為大きな作りである。特に門と隣接された屯所は特に大きい。
それは月に一度、城外の村落の見回りに行く為の馬達を飼う馬小屋が有る為で、その馬小屋のラキが一日を過ごした場所にウンブラを入れた。
「あ、バウバ隊長。おはようございます、相変わらず早いですね」
ラキがおぼつかない所作でウンブラから下馬しているとそんな声がかかった。
「ああフッシャ。おはよう」
漸く地に降りたラキを見る馬を引く猫頭の女性。銀に見える様な白い毛並みは艶艶でたぶん若い。バウバと同じ様な格好であるが唯一腕章の色が違う。
「そちらの祖人は前に隊長が助けた青年ですね。元気になった様で何よりです」
「あぁ、ラキだ。名前を覚えてなくてリューネリン老が名付けた」
バウバがフッシャにラキを紹介する。ラキは一先ず頭を下げた。
「助けて貰った時に顔は見た事あるけど初めてまして。その節は助かりました。ありがとうございます」
「いや私は何もしていないさ、バウバ隊長がやった事だ。私はフッシャ・シャム。よろしく」
「よろしくお願いします」
フッシャは自身の馬を引きウンブラの横に入れ、そのまま三人で屯所に向かう。
「……珍しい名前だな。あの御老人の事だからアルヴ古語かな?」
「えーっと何でしたっけ。なんか神様の名前から取ったとか?」
「アーディン神話の名しか判らぬ神ラキだな。名前を忘れてたラキと名前しか知らない神、お互い判らぬものを補えて丁度いいだろうと言っていた」
「あ、そんな理由だったんだ。物知りだなぁ爺ちゃん」
たわいも無い話をしながら歩いて行く。




