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弱肉強食の震えと焼肉定食の震え

 蒸し暑い密林の中に立つ砦の中央で猟師や魔法使い達が車座になって座っていた。ただ沈黙だけが世界を支配し鳥や獣の声どころか虫の動く音さえ無い。


「......ヤバくない?アレなんなん」


 皆がいる前で臆面もなくラキは顔面蒼白っぷり甚だしい顔で言う。そして身を震わせるこの感情はラキだけの物では無かった。拠点近くの大河を凍らせ地主の住処に入って行った者全ての感想であり感情だ。


「怖かった」


 誰が言ってもおかしくはない思わず吐いた言葉、皆が明確に見た光景を思い起こす。


 密林の中を進んでいた筈が急に陽がさし、猟師達の目が光に慣れた先には凡そ外界という異常な場所であっても異様な光景が広がっていた。全ての木木が薙ぎ払われ密林の中にポッカリと開いた穴の中央で二匹の化け物が暴れていたのだ。


 方や周囲に拳を浮かせた宝石の如き単眼で卵みたいな岩の身体に大森林を背負った二足歩行の短足長腕の化け物。


 方や六つ眼を持つダンクレオステウスの様な顔にイタチザメの様な長い尾を持つトドの如き化け物。


 岩の化け物の方は大木の倍程、トドの化け物の方はその半分ほど。そんなのが木々を操り水を操り、ビーム撃ち合って噛み付き殴り合ってる。それも遠近感というものが完全に機能しなくなる様な大きさで。


 その光景は正に世界の終末を語る神話の様な光景。


 大地は裂け巨木が蠢き、空を水が覆い水が畝る。地震と津波が起き石柱と水柱が相殺しあい、衝撃が幾度となく交差して世界そのものがぶつかり合う。比喩でもなんでもない、天地が鳴動していた。


 その光景を見た途端、人間達は脱兎置き去る様に逃げ出した。


 一日、僻遠の地で恐怖と疲労で消費して野宿をし、翌日に拠点に戻って各猟団と魔法使いが集まった。老巨人が心身疲弊し切った車座の面々を見ながら口火を切る。


「あの巨大な岩のゴーレムみたいなのがここの地主へカントケイルじゃ。戦っていたのが巣立ちして縄張りを奪いに来た地主だの」


「あーなら攻めて来る可能性は低いんじゃないか?所見を聞かせてくれ魔法猟団長」


「ああ、クルスエー殿。少なくともヘカントケイルが勝てば問題は無いはずだよ。勝敗はいつ着くか分からないがね」


「なら此処で見張りを継続するのが正解か。ドラゴンは追い払っているし」


 老人、武人、騎士、猟師が肯く。


 て事で大体10日後。


「シルヴァ・アルター寒ぶッッッ!!?」


 港でカッタカタ震えてラキが言う。そりゃそうだ薄っすら雪積もってんもん。


 さっきまでクソ暑い場所に居たのに他の魔法使いや猟団達と別れてイジスから出た途端一気に冷え込んでこのザマ。振り分けられた自室に放置されて若干埃被ってたコートの袖から手を出せない。


「アブッブルル」


「い、いや師匠、寒がり方独特過ぎでしょ」


 ラキも大概の震えっぷりだがクルスビーはその上を飛び越え空に向かって行く。


 魔法使って自分の周囲メッチャあっためてんのは兎も角、アホみたいに金版でクアトロコルヌの毛皮買って身を包み毛玉になってる。


 てか、いっそ暑そう。毛皮のボールの真ん中から顔と両足だけが出てる状態だ。


「こ、光景が寒い。しし白過ぎんだよ……て、ててかお前肩どうした」


「え——ん?」


 ラキは己の肩に目を向けると真っ白い鳥達と目が合う。見た目はシマエナガにそっくりで尾羽含めず体長20㌢くらいだ。丸っこい身体に長い尾羽、何よりチョコンと円らな瞳と嘴は究極にして至高、天上天下森羅万象を悶え殺すだろう。


 その愛らしさに対して湧き上がる心情は萌えという言葉で良かったのか。いや良いのだとしても違う、萌えなる言葉では凡そ足りぬ、燃えだ。クソ語彙力にて例えれば赤通り越して青い烈火にて何か、こう、悪い物が浄化される勢い的なアレが凄い。


 何言ってるか分からんけども。


 そんな感じの可愛い鳥がラキの肩に二、三モコモコと押し競饅頭するかの様に止まってる。


 ラキは余りに可愛すぎて今此処で八寒地獄に落とされても後悔は……無いとは言えないけどまぁ、いいんじゃないかな。と思った。


 この世界に八寒地獄あるか知らんけど。


「可ワァィ……」


 万感、いっそ嘆くかの様に、噛みしめるが如く発したラキの言葉。もう一度己が肩に眼を向ければ気持ちは頗る分かるけど野郎のトロけ……液状化蕩け顏なんざ誰も見たかねーから。


 てか、さっきまで割とドラゴンを倒した勇士の一人相応の引き締まった顔してたのに垂れ目垂れ過ぎだろ幾ら何でも。


「オ、オメェ。きき気持ちは分かるけど、か、顔、ブフォ……ッ。溶けかけの銅だってもうちょっとシャキッとして、ブッハハハ」


 クルスビーの言葉に慌てて顔を引き締めるラキ。余計ツボったクルスビーが腹抱えて爆笑ブチかました。


 そりゃ笑う。


「ダハハハハハハハハハッホゲッホ!!」


「いや師匠、笑い過ぎでしょさすがに」


「ヴォッハ、いや、だってオメ、ブフッ」


 若干ふて腐れながら笑う師匠を見ていたラキは溜息一つ魔法発動。すごい悪い(わっるい)顔で師に向けてニヤリと笑った。


 即座に察したクルスビー。


「あ、ちょ待て。悪かったから冷気送ってくんな。ようやく暖まってきてん寒ッブッァア!!?」


 巫山戯て歩いていれば開いた門の先に見覚えのある街。雪のせいで全部白いが、それでも帰って来た実感がラキに押し寄せる。


「ギリ二ヶ月も経って無いのになぁ」


「俺も工房を此処まで開けたのは久々、でも無かったわスマン」


「ちょっ感慨ブッ飛んだですけど」


「ハハハ、悪い。さて俺は荷下ろしが終わるまで風呂だな、久々に」


「ああ、魔法で綺麗には出来ますけど流石に湯船が恋しいですね」


 そう言って二、三言葉を交わし別れてお互い馴染みの公衆浴場(テルマエ)に向かった。


 街の人々に時折声を掛けられながら歩き、たまに話しかけられながら風呂に向かう。時間的に丁度良い。一番風呂とは言わないがそれに近い風呂に入れる筈だ。


 テルマエに着くとまだ人は少なくカウンターへ。


「おお、バウバさんトコの魔法使いの兄ちゃん。久々だな!」


「お久しぶりです。やっと風呂に入れますよ」


「あー旅でも行ってたのか?ゆっくり垢と疲れを落とせよ」


「はい。そうさせて貰います」


 番頭って言って良いのかカウンターのオッチャンに金を払って脱衣所に。


「ちょい待ち」


 向かえなかった。


「フユハコビはこっから先に入れちゃダメだぞ。てかどうやったらそんなに懐かれるんだ?幾ら何でも止まりすぎだろうに」


「・・・・・?」


 オッチャンが察した顔で。


「肩と頭が鳥の巣になってんぞ」


 ラキは両肩を見てビックリしてるけど肩どころか頭も白い鳥でギッチギチだ。勿論シマエナガ擬き基フユハコビ。


「……いつのまに?」


「よくあるこった。冬になると何処からともなく現れて気が付いたら肩や頭に止まってる」


 ラキは肩のモコモコを指でモフモフ撫でながら。


「へぇ〜……。で、どうやって退かせば良いんですかこの子ら。てか手とか近づけても全然離れないんですけど本当に野生?」


 ラキが掌で掬い上げて肩から離し、放る様に軽く腕を上げれば、飛んでは行くが舞い戻ってくる。


「マジでどうしよう」


「好かれ過ぎだろ。気合?」


 可愛いから退かし難い的な意味で悪戦苦闘して数分、コートを預けて漸く脱衣所に入れた。


「あ“〜〜〜ぎも”ぢえ“え”〜〜〜〜〜」


 浴槽ほぼ独り占め状態のラキは湯船ド真ん中に浮かびながら濁声を発す。バウバ一家とも早く再開したい所だが外界のお土産の荷下ろしを待たねばならないし今の時間は家に誰もいない。


 だから一先ずメッチャ満喫。風呂とは何故ただの温度の高い水に身体を浸してるだけなのにこうも気持ち良いのか。


 身体中の肉の詰まりの様な物が熱がしみるに合わせて解されていく様な心地。


「あ“〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」


「おーい魔法使いのにーちゃん。でっけぇ変な声出してどうしたー?」


 巨人用の浴槽から窘めると言うほどでも無いが一言。


「あ、すみません」


 ラキは思ってたより声が出ていた事に驚きバチャと音を立てて起き上がってペコっと頭を下げる。巨人のお兄さんは笑いながら気にするなと軽く手をあげる。


 そりゃ公共施設だ。喋ったりが許される場だが大きな声はグレーゾーンであるし今は人少なく響きすぎる。続いてサウナを楽しみ汗を流してもう一風呂。


 で、凡そ一鐘(一時間)


 港に戻ってきたラキは大きな木箱を受け取りに気の良い水夫に案内され広場に。


「コレが義手の兄ちゃんのだな」


 そう言ってムッキムキの祖人水夫、あの麦刈りの時のモジャ髭おじさんが、ラキが四人くらい入れそうな細長い木箱を片手で担いで持ってきてくれる。


 流石は海の……海じゃなかったわ。河……流石は船乗りだ。筋肉モリモリっぷりたるやガレー戦とか漕ぐ仕事もしてるのだろう。たぶん。


「有難うございます麦さん!」


「いや、祭りで麦刈ってたけど麦さんって俺の本職船乗りなんだが」


「麦の水夫さん!」


「うん。まぁいいや、持ってけ」


 ブンブン手を振りながら荷物と共に宙に浮き飛んでいくラキ。麦の水夫さんは軽く手を振って仕事に戻った。


 長い黒曜石の様な髪を一条に伸ばして空を掻っ捌きバウバ邸に着いたラキは服の埃を払う。


「やっと帰ってきた」


 感慨深く呟いて急かされる様に敷地に踏み入った。


 扉をノックする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 鍵を開けて中に。広く静かな玄関に開閉音が響いた。


 誰も居ない。そろそろ帰ってるだろうと当たりをつけてた子供達さえ。


 ……ラキを尋常じゃ無い物哀しさが襲う。そりゃね、まだ皆んな働いてる時間だからね。ラキも急ぎ過ぎたし……。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 こう、無性にドンマイって言ったげたい。


 ラキは遠い目した無表情、黄昏たチベットスナギツネみたいな顔で台所兼食卓から食料庫に行き御土産の入った木箱を置く。


 で、自分が座ってた食卓の椅子に着席して大変だったな、と一息。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ラキは思った。超寂しい、と。


 たぶんラキの症状はアレだ。長期旅行とか海外留学、あと長期出張とかで無性に家族が恋しくなって、いそいそ家に帰ってきたら買い物とかで誰もいなかった感じのヤツ。


 自嘲的な溜息一つ、ラキは魔法を使ってコップを取り出し水を注ぐ。少し温め口をつけた。風呂で汗をかいたのもあってか、ただの水が妙に美味い。


 気を取り直すと言うと大袈裟だがラキは笑って立ち上がる。船や寝袋で寝ていた為にベットが無性に恋しい。祖人にしては長身なせいで狭かったのも有り余計にだ。


 久々にベットに寝転がろうと魔法でコップを洗って棚に戻す。


 自室に向かおうとして音、ドアノブに手を伸ばそうとした瞬間に扉が開き。


 ラキの身体がくの字曲がった。


「おごぁぁあああああああああああ!?」


 奇声を発しながらべチンって床に倒れるってか、中途半端に座るかのように尻餅を。


 ラキに人間魚雷ブチかました二人がバッと満面の笑みをかたどる顔で見上げて。


「にーちゃん、お帰り!!」


「り!!」


 ラキは耳と尾をパタパタさせる二人の頭に手を乗せ朗らかに。


「ただいま」


 尚、子供二人分追加した体重を乗せて床に叩きつけられたケツがメッチャ痛いのは内緒だ。こう、尊厳の為に。


 立ち上がろうとするがゴニャとグゥクゥはなかなか離れない。

 子供の時間感覚は長いのだ。それに獣人は情が深い。気に入ってる相手と一月以上も逢えないのは多感な時期には辛いものだったのだろう。


 二人の学校的なトコの話や遊びの話を一鐘《一時間》ほど聞いてやれば満足してんだろうけど離れ、はしないな。……まぁ、子供だし可愛いもんだ。


 追加で十数分ほど構ってから、子供達と共にリビングで空を泳いで遊ぶ。ラキは背泳ぎ、ゴニャはクロール、グゥクゥは犬掻きっぽい。


 高価そうな花瓶とか暖炉の上に飾ってる皿とか絶対に落とさないで欲しいものだ。高価っつったけど暖炉に並ぶ皿の列中央の小さいのに関しては程度的に言えば素人目で分かる程だし。

 白磁器に威風雄大たる黄金の葉を付けたデッカい木の絵、んで金縁で何か皿にダイアモンドっぽい宝石散りばめてるカンジ。


 素材の割に主張せず気品を感じる佇まい。そんな印象の品だがいかんせん存在感あり過ぎて部屋ん中で若干浮いてる。……主張せずに存在感とか例え無茶苦茶だけども。


「グゥクゥ、ダメだよ。暖炉近い、落としちゃう」


 ゴニャが暖炉に付かずき過ぎた弟に声を掛けて止める。


「あ、ごめん」


 グゥクゥも少し焦った様で慌てて離れた。


「そう言えば醤油差……その小さい皿凄いよな。何が凄いのか分かんないけど凄いのは分かる」


 ラキの気持ちは分かるけど語彙力。あと大きさ的に最も近いけど醤油差しって言いかけたよね。


 ラキの言葉にゴニャがスイーと寄ってきて答える。


「アレはお父さんが昔のブコーで貰った物だって言ってた。昔馴染みとの思い出だって」


 ラキは上半身だけ起こして首を傾け。


「ブコー……?ぶこう、あ、武功」


 武功なんて言葉は一般的に使われる言葉では無く戦略SLGをやってたからギリギリ浮かんだ。


「そういやバウバさん、布取りの時に昔は傭兵だったって言ってたな」


 突き出す様に出した両手を広げスイーと平泳ぎの要領で暖炉の前に。なんか宇宙船乗組員さん達の通信見てる気分だ。


 そんな風に空中水泳してると物音が。


「ラキ、帰ってるのかい?」


 クーウンの声。足音がして直ぐにミャニャがリビングの扉を開けた。


「何とか帰りました」


「無事で何よりだよラキ」


「お帰りなさいラキちゃん」


 バウバ家のオカン2名が無事を喜び安堵と笑みを浮かべる。ラキは丁度良いと御土産を渡す為に床へ降りた。


 バウバ一家の好物をラキは知っている。絶対の自信を持ってして言う。


「外界の御土産を持って帰ったんで見ておいて貰えませんか?」


 若干、ドヤ顔で。


 で、食料庫。皆を引き連れ魔法を使って木箱を寄せる。蓋を開けた途端、獣人四人の耳と尾がメッチャ振られブンブンと音が。


 尻尾とか思いっきり残像残してるからね。感情の表れっぷりたるや論じずともって言葉使うしか無いもん。


 水運に使う木箱から箱がズッポって。それを開ければ肉が出て来た。魔法で固く凍らせた生肉だ。


「一応、俺の魔法で凍らせてますんで結構保つと思います。帰る間際に四つ角の群が伐採場に出て来たんで皆で沢山狩ったんですよ。なんか希少部位とか新鮮じゃ無いと食えないトコ貰って来ました」


「舌に、肩、テールの筋……これは!!」


 ミャニャが震えながらラキの取り出した肉を見て声をあげた。


「あ、それ猟師さん達が教えてくれたんですよ。あの有名な面白い昔話の肉です」


「クニホロボシだね」


 クーウンが涎を拭いながら言う。


 その肉は一つで木箱の4分の1を占領していた物で、美しい桃色の直角三角形の斜辺を丸く膨らませた三角柱の様だ。中々に太くラキと同じくらいの太さと長さである。


 凄く雑に言えばシャトーブリアン的な美味かつ希少な部位にして、遠い昔の時代にシルヴァ・アルターを含む土地を支配していた王朝が滅んだ理由の一つである。


「って言ってもこの肉の焼肉パーティー呼ばれなかっただけで国ひっくり返すって」


 呆れた様に言うラキ。


「パーティー?」


「くにひっくりかえす?」


 ゴニャとグゥクゥが首を傾ける。ラキが文字を覚えるのに使い、内容を覚えた昔話を掻い摘んで話す。


「えーとパーティは宴だ。んで昔の王様が四つ角の群れを倒してな」


「四つ角!?」


 ゴニャとグゥクゥの尾と耳のパタパタ速度が上がる。


「ああ、この肉は四つ角の美味しい部位だぜ?

 で昔の王様が宴を開いて四つ角の肉を振る舞ったんだが、この部位は王族しか食えないものだったんだ。でも王様が独り占めしようとして他の王族を呼ばなかったんだ。


 そしたら後で話を聞いた王族が怒って国を乗っ取ったんで国滅ぼしなんて呼ばれるんだよ」


 ……如何様な世界にも羊斟の恨み的な話はあるようだ。食いモンの怨恨は恐ろしい。


「食い物で国が滅ぶなんて凄い話だよな」


 子供達は変なのーとか独り占めはダメなどと感想を言う。


「まぁ、それだけ美味しいって事だろうけど。仲良くしなきゃダメだよな?」


 ゴニャとグゥクゥは頷く。


「じゃ、俺たちは仲良く美味しい肉を腹一杯食おう」


 ラキがそう言うとクーウンが。


「じゃ今日は腕によりをかけなきゃね。と言っても焼いて塩ってとこだと思うけど」


「そうですね。やはり強火で短く焼き塩で食べるべきです」


 ミャニャが断固たる表情で言い、子供達も楽しみにしている。ラキは我ながら良いセンスだとちょっとドヤ顔になった。


「パパとフッシャママ早く帰って来ないかなー」


「楽しみだねグゥクゥ」


「うん!!」


 で、そのパパはと言うと領主アーウルムの館に呼ばれていた。

 会議室に居るのはバウバを含めて五人。領主アーウルム、領相ログラム、魔導師ラバレロ、騎士長ガルグだ。


 騎士長ガルグってのは殿下殿下言ってたトゲトゲ鱗鎧の獣人である。

 外見的には30には届かないはずで、大きなアーモンド型の目に鼻筋が通った凛々しくも雄々しい顔立ちだ。髪は燻んだ金色の長い癖っ毛で獅子の様。


 鎧を着てるが首の太さやらでムッキムキのパワータイプですと言わんばかりの屈強な体躯なのがわかる。だが、ゴッリゴリに鍛え鎧まで着込んでいながら足が長く無骨な印象は薄かった。


 そんなガルグが断首の懇願をしながら。


「バウバ殿、俺だけでは勝てないのです。どうか万一の内乱の時は全軍の指揮官として力を貸して頂きたい」


 彼は、いや彼らはグルム王国王太子アーウルム麾下の中心人物達だ。だが誰もがガルグと意見を同じくしていた。


 バウバは四人を前に閉眼したまま黙して語らず、ただ苦い表情を浮かべる。その内心を知りながらも後には引けぬログラムは頭を垂れる。


「傭兵王とまで呼ばれたバウバ殿が永乱の地の政争に辟易しグルム王国にいらっしゃった経緯も存じている。だがしかし、その上でどうか」


 バウバは大きく深呼吸を。


「私は一族を守る為ならば傭兵王として戦場に立つのを厭う気は在りません。全軍の指揮も執りましょう。ですが直接仕える事は断らせて頂く」


「おお、感謝致しますバウバ。殿感謝します!」


 ガルグがそう言って断首の懇願を辞め、バウバの手を掴む。四人揃って露骨に安堵の溜息を。


 さて状況に違和感があるだろう。なんたってグルム王国の権力機構から見れば一都市の憲兵団長であるバウバはこの五人の中で最も身分が低い筈なのだ。それなのに王太子で領主のアーウルムまで懇願する様ば思いであったのは明明白白。


 てな訳で雑に説明する。


 先ずバウバはユグドランドという延々と戦を繰り返してる土地で名を挙げた傭兵であった。細かい説明を省くと選帝侯と呼ばれる諸侯が休む事なく戦国乱世してるヤバい土地だ。


 そんな中で最も勢力を持ちユグドランドの七割を併呑しかけていたユグドラド帝国を相手に連戦連勝し世界に名を知らしめた。


 だが、そんな傭兵王を傘下に置こうとしたり暗殺しようとしたりと面倒な政争が嫌になり、流れ流れてシルヴァ・アルターに根を張ったのがバウバの過去である。


 そんな傭兵王などと呼ばれるバウバと比べればアーウルム達四人は将軍としての名声など鼻で自嘲レベルだ。


 グルム王国の軍編成は一般的に国の管理する兵と傭兵の混成で七割から九割は傭兵である。主人を選ぶ彼等を集めるのに傭兵王と言う名声が何れ程効果的かなど論ずるまでも無い。


 それに相手は武名……武名ってか悪名、いや蛮名?轟くアダマティオス四世だ。ラキの元いた世界で例えばほぼ同じ料金のスポーツ教室のポスターが二枚並んでいて片方の教育者が現役プロ選手みたいな状況。

 誰だってプロ選手の開く教室へ習いに行くに決まってる。


 下手しなくとも命の掛かった戦でそう言う状況たり得た訳で、そりゃ必死にもなるだろう。


 てな訳で何とか協力の言質を取れたログラムは安堵しながら髭を撫で。


「勿論、憲兵団長さえ無理を言って就任してもらったのですから。さて契約を」


 そう言って木紙を出す。外界の、あのデカイ木を使って作られた薄く丈夫な紙だ。半年ほど蒸し茹でて繊維ほぐし紙にした最上級品である。


 公式文書などに使われる物であり薄く丈夫で偽造しにくく契約を交わした後、透明の防水防魔の液に浸けて保存すると言う手順を踏む事で魔法さえ跳ね返す一品だ。


 バウバは視線を滑らせ全文を。役職柄、手馴れた動きでサインを記し、全く同じ内容の紙に同じくサインを。


「署名はさせて頂いたが本当にこれ程の金と物資が出せるのですか?それに傭兵は集まるでしょうが開戦を春と見ればシルヴァ・アルターまで来れるかどうか」


 バウバが言うのと合わせる様に扉が開きパンイチ変態商人のストアが。左右に控えていた者達に指示を出すと。


「うぅーん、勿論そこは賤しき私の領分さぁバウバ殿。

 何てことは無い、私の財の集積地一つを空にすれば十二分。傭兵達の運搬も私の商船団37隻を使うさ。


 んぅーん隣国に置いてある艦も有るが、なに周りの国からすればグルム王国の内乱は願っても無いだろうからね。寧ろ戦狂いを鎮める為に援助さえしてくるんじゃないかな?」


 バウバはストアが異常なまでの財力を持っているのを知ってはいたが絶句した。

 軍艦の種類と言うものもあるので一概には言えないが、海軍戦力の指標として30隻で並、50隻を超えれば強国と呼ばれる。バウバも数回ほど海上戦に参戦した経験があるが両軍合わせた艦数だって30隻に届かない事の方が多かった。


 この世界の商船と戦艦の違いは大砲を乗せたかどうかなので、パンイチ商人は船の数だけで言えば一般的な国の海軍軍事力を超えてるって頭のおかしな事実が出てくる訳だ。


 そりゃバウバだって絶句する。


「私は、主を守る為に手間を厭う気は無いよ、バウバ殿」


 そう言って笑うストア。バウバは余りに心情察して有り余る彼の言葉に思わず笑って。


「ストア殿とは気が合いそうだ」


「ぅん?よく分からないが傭兵王にそう言って頂けるのは大いに嬉しい事だねぇ」


 バウバはアーウルム達との会談を終えてフッシャと合流し家に帰る。既に暗くなった空の下、愛馬ウンブラの上で顎に手を添え思案にふけった。


 十中八九は戦争は起こる。これは絶対だ。


 アダマティオス4世は英雄ではあるが戦争を好む為政者って言うクソ傍迷惑の極みたる存在。


 そんな彼でも地主の侵攻が有れば流石に内戦などしなかったろう。だが猟師達の調査で危険が薄いと判断された今、戦いを放棄できる様な王では無い。


 ともなれば名将や故知との戦いになる。


 王を除いて正式な軍団を持つのは四人、海軍を除けば大将軍バフィウスか傭兵将軍ドルアーが来るだろう。


 負ける気は無いが強敵だ。


「うぅむ」


 シルヴァ・アルター側の選択肢は少ない。対王戦の全権を任されたが取れる戦略が限定されている上に戦術的にも強敵を相手にするとなれば流石のバウバとても思わず唸った。


 しかし戦略の決まった状態で戦うのは傭兵にとって慣れたものである。そもそも傭兵は戦略的決定権など無いに等しい。有ったとしても雇主の利益の為に制限がかかる。


 そして故にこそ傭兵に最も必要な技能とは負けない側、即ち情勢と戦略を判別する眼だ。傭兵王とまで呼ばれた男の眼ならば負け戦をひっくり返す事も出来るだろう。


 地勢、時期、兵力。ある程度の想定が出来る所からバウバは思案を続けた。


「はぁ〜〜」


 で、そんなバウバを惚け切った顔で眺める新妻フッシャ。数年来の夢が叶いラキも無事に帰ってくる事が分かっている為に存分に、と言うとアレだが凛々しく悠然と思案を続けるイケメン過ぎる旦那を眺める。


 フッシャはバウバの代理をしていたので今日の会議の内容を知らない。ただ邪魔をしない様に大人しく馬を並走させていた。


「はへ〜……あ、バ、バウバさん。お家に着きましたよ」


 フッシャが溶けたアイスみたいな顔を凛々しい気品漂わせる感じに戻……せてねーな顔真っ赤だな。一月以上経ってんだから敬称抜いて名前呼ぶくらいい慣れれ。


 ……閑話休題、家を過ぎそうになったバウバを呼び止める。


「ああ、すまない。……装備の更新と練兵をどうするか考えていた」


 バウバは無駄に不安にさせる事も無いだろうと思いながら答え、ウンブラを馬小屋の馬房に入れる。フッシャも己が馬を入れ干し草を用意して馬と別れた。


「お帰り二人共、みんな待ってたよ」


「ラキちゃんも無事に帰ってます」


 クーウンとミャニャが二人を出迎える。バウバは人の顔に戻りながら。


「ただいま。ラキは無事か、それは何よりだ」


「帰りました両義姉様」


 バウバとフッシャがコートを脱ぎ大人組四人で食卓へ向かう。


「パパお帰り!!」


「り!!」


「お帰りなさい」


 クーウンがバウバを迎える間にサラダや食器の用意をしていたラキを見て、耳で聞くよりも目で無事を確認できた事でバウバは改めて安堵を覚える。


 ラキは良くも悪くも頑固で気負い過ぎるのだ。今回の偵察任務も仕事柄街を離れられなかったが外界に出向きたかったくらいだった。


「ラキ、御苦労だっ——」


 嬉しそうに言うバウバは言葉を切り俎板の上にドンと置かれた肉に視線を奪われる。


 尚、フッシャも同じだ。


「ふふ、皆んな待てなさそうだし先に焼いちまおうかね」


 クーウンが5㌢程の厚さで切られた8枚の肉を、炎を出す刻印版に熱された鉄板の上に。


 ジュゥっと音を立て食欲が香る。鼻の良い獣人は勿論、祖人たるラキでさえ身魂狂いそうな程の欲が迸る。


 サッと焼いた肉が食卓に並ぶ。全員が自分の肉をガン見したまま。


「さて、ラキの無事を大樹に感謝しながら頂こう。万象の霊と糧を凝らした者達に感謝を」


 バウバが言い料理を作った代表のクーウンが頷くやいなや皆がナイフを握りフォークを突き刺し切る。


 ほぼ同時に一切れ目が口に。肉が発する湯気さえ味がする。口を閉じれば肉は下の上で解ける様に消えていき、続いて肉汁が津波の様に広がり旨味が爆発する。


 ただ美味い、圧倒的に美味い。脳が舌の刺激以外を無視して狂った様な歓喜に似たものだけを分泌した。


 誰も声を発さず、誰も腕を止めず。


 激烈な旨味に酔いしれる。


 溢れて止まぬ満足感と充実感。呆然と一切の食べ物が消えた食卓の上でナイフとフォークを握ったままのバウバ一家。


 彼等の意識が戻ったのは食後から二時間経ってであった。

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