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質と量の戦い

また長いです。それでも良いよって方は暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

「何度見てもスゲェ……」


「最強だな」


「全くだ。こんなモンみせられたらよぉ」


 猟士達は言う。滲む感情は感嘆か、賞賛か。


 周り回る。


 猟団員達が皆、口を揃えて言う。


「最強の主夫だ!!」


 山の様な野菜を宙に浮かせて切ってたラキは喜べばいいのは確かだけども。


「あの、微妙に喜び難いですけど……」


 曰く通りの微妙な困り顔で鍋を温めたり食器の準備をしながら燥いでる調理当番の猟士達に視線を。もーなんと言えば良いのか、ラキとしてはこんな反応に困る称賛ってこの世にあったんだ的な思いだ。


 しかし、んな事を言いながらノールックで肉の処理してんだから余計にだ。


「やっぱ最強の主夫だな!」


「蜈蚣といい家事といい頼りになるぜ」


 何て周知だろうか。ラキはゲロったのを思い出して赤面だ。


 その初見デカ蜈蚣ゲロ事件から一月と数日が経ち地主の住む最深部に建てられた砦まで道筋を開き終えた。しかしラキのいる場所はその最後の拠点では無い。寧ろ来た道をガンガン戻っていた。


 理由は単純、物資補給の為に一度イジス大要塞に向かっているのだ。訳あって物資の運搬と護衛などと言う地味ながら重要な仕事を任す部隊にラキしか魔法使いを割けず、お陰さまでラキの調理などの仕事も増えて渾名がこの部隊に限り竜目潰しから最強主夫が定着しつつあった。何せ慣れてるから掃除上手いし、飯もそこそこ美味いし、て言うかドンドンと家事能力が上がっていってるし。


 更にラキの成長というなら密林行軍の結果による身体能力の向上と、何よりと蜈蚣と遭遇しても速攻で魔力酔いになる様な魔法を発動しなくなった。


 ……威力過剰ではあるけど慣れのおかげで。


 そう言った訳で少々だが逞しくなったラキは船長を見かけて声をかける。


「船長さん、行きより時間がかかったけど明日はイジスに付けるかな?」


「おう、明日の昼頃には着くだろうさ。今日の晩飯はなんだい?」


「肉団子のスープ予定です」


「そりゃぁ良い。楽しみにしてるよ」


 深部行きは川の流れ的に9日か早ければ8日で付くが、帰るにはおよそ航路で3日と陸路で7日、即ち片道が10日ほど掛る。今回は3隻を使って足早な帰還をしているがそれでも寝食の為に拠点に寄る必要があった。


「ワイズマン。四つ角の群だ、魔力に余裕はあるか?」


 オグタの所の戦鎚を背負った副団長が猟士を数人率いてラキを見上げながら言う。中肉中背に見えるムキムキのオジさんで手入れのされた口髭が特徴だ。猟士らしい獣の皮と毛の服で、逞しさとともに学者の様な雰囲気を持っている祖人だった。


 ラキは指揮者の様に手を振り肉を鍋に投入すると。


「全然大丈夫です。行きましょう」


 黒髪揺らして振り向いた。


「そりゃぁ助かる。ついて来てくれ」


「はい」


「よし、お前らは他の団員を集めて準備を頼む」


「へい」


 猟士と別れ先導されて進んでいくと拠点のすぐ近くにクアトロ・コルヌが六匹屯しているのが確認出来る。小さな個体が数匹木の根元に齧り着きトリケラトプスっぽい嘴の様な様な口を開いて木を削り取り食べていた。


 既に巨木の三分の一ほどが削られており一際大きな個体が距離をとると根元を齧っていたクアトロ・コルヌが離れる。そしてデカイのが突撃して巨木が雷の様な音を立てて倒れた。するとクアトロ・コルヌの群は木の葉を食べに移動する。


「副団長、良いところに」


 偵察していた猟士の一人が言う。副団長は頷いて


「ああ今の内に包囲。ワイズマン、指示をしたら群の真ん中に一発頼む。


 お前らはいつも通りに、だ」


 副団長の指示に皆が頷き動き出した。


 長大な槍等を持った前衛が中央、その左右に銃や弓を持った後衛。後衛全員が巨大な木を盾にしながら半月の様に群れを囲んだ。


 ラキは魔法陣を展開しながら副団長と共に中央に立った。副団長が左右を見れば部下の準備ができたとハンドサイン。


「ワイズマン頼むぜ」


「了解です」


 魔法陣から生み出された火球が放物線を描いて木の葉を食らうクアトロ・コルヌの群の中に落ち爆発する。直撃した一匹が倒れ、その左右にいた二匹が驚き逃走、三匹が角を揃えて猛然と突進してきた。


「撃って散れ!!」


 長柄のハンマーを肩に背負った副団長の命令、響く発砲音、白煙と硝煙の香りが一気に広がる。


「こっちだワイズマン!」


 前衛部隊を引き連れた副団長がラキの手を取り後退する。出来うる限りクアトロ・コルヌと自分達の間に巨木が存在するように移動する様はさすがだ。


「撃て!」


 再度、射撃。


「ワイズマン、俺達が足止めをする。次の魔法の発動準備を」


「はい!」


 ラキの言葉に答えるが如く測ったかのように白煙を貫いてクアトロ・コルヌが二匹が現れる。だが一匹が巨木に長い角が刺さって抜けなくなった。

 白い硝煙からでたクアトロ・コルヌは周りを確認しようと一度足を止める。その最後の一匹に猟士達が駆けて行いき先陣を切った副団長が掬い上げるように戦鎚を振り上げた。大きくカチ上がったモンスターの顔。


 角を振り下ろすが副団長は軽やかに横に飛び退き避けてみせる。回り込んでいた猟士達が足を切りつけた途端、身を振り回して尾で薙ぎ払う。


「パズパニーア、ギルヴァ無事か!!」


 副団長が吹き飛ばされた影人と剛人に。


「ああ!」


「余裕よォ!!」


「よし前衛後退、撃てッッ!!!」


 副団長の号令に合わせて一斉射。戦闘可能な最後のクアトロ・コルヌが崩れ落ちた。


 ラキは額の汗を拭って魔法陣を消す。


 で、木に刺さって残った一匹。なんか可哀想なくらいバフォとかフゴシューとか鳴きながら踠き目が血走ってて怖い。暴れるクアトロ・コルヌを副団長が急所に一撃。


「さて安全確保完了だな。お前ら、食える所の解体だ」


 嬉しげに言う副団長。久々に食べられる貴重な鮮度ある肉、最近は深部での行動ばかりで余り食べれていなかった御馳走だ。


 何せ深部は地獄。四腕猿クアトア・ブラキウムは当たり前の様に居るし、下手をすればこの前の水晶蜈蚣マギア・ケンティペダが出てくる。

 そんな状況だ。実直に言って態々、食糧を得る為に拠点外に出れる様な状況では無くなってしまう。


 副団長は其れはもうイソイソと首の皮を丸く切り取り剣を刺して血を抜き、腹を割いて臓物を取り出す。手慣れたモノで巨体を解体したと言うのに返り血の一滴も浴びてない。


「頼むワイズマン!!」


 そんな声があちこちから。魔法で臓物と血を引っこ抜き凍らせ服に付いた血や木屑や泥を落としていたラキは、氷で魔法陣を作りクアトロ・コルヌを一瞬で凍らせる。


「さすが最強主夫、団長に匹敵するぜ。おかげで何処でも獲物が狩れて無駄にならねぇ」


「団長や魔法使いが居ないと先ず水場を探すのが大変だもんな。何より血抜きも魔法の有無ってなぁ大事だし」


「モンスターの肉は元から臭みが少ないけど魔法使いの血抜きした肉は群を抜くよ。普通ならデカ過ぎて確り血を抜けないし」


 ラキは猟果を浮かせながら何か微妙に面映い様な事を言ってくれる猟士達の言葉を務めて無視する。下手すれば10㍍近い凍ったクアトロ・コルヌを担架っぽい板に乗せ神輿の様に猟師達が20人足らずで運ぶのだ。魔法とかいう凄いは凄いがよくわからない力を使う自分よりも、今までの研鑽と経験で得たであろう其の身体能力のが凄いとつくづく思うのだ。


 猟士達の言葉は嬉しいんだけど素直には喜べないとでも言えば良いのか。どう考えてもアンタ等のがスゲーよ的な思いのが強くなっちゃって寧ろツッコミ入れたくなるから。


 そんな感じで夕食にデンとステーキが追加された翌日、予定より少し遅れ昼過ぎにイジス大要塞へ到着した。


 湾内に入れば巨大な丸太を担いだ巨兵猟団の巨人達が列をなしている。其の中から巨兵猟団団長ヨルティオ・ヴァディオが出てきてラキと副団長達を迎えてくれた。相変わらず哲学好きそうな顔して他の巨人が二人がかりで運ぶ長い丸太を平然と担いでパねぇ。


「無事で何よりじゃ、が思っとったより早いな。前回の補給から10日も経っとらんがついぞ儂等の出番か?」


「ああ、また補給線ができてないが精鋭だけは来てもらいたい。最後の拠点、蒼鱗竜が出て来やがった」


 そう、ラキしか来れなかった理由。


 出ちゃったのだ。最深部付近の拠点近くにラキの片腕を持ってったヤツと同種のドラゴン、カルエラワイヴァーンが。しかも街に飛来したのよりデカいのが。

 ヨルティオは事の重大性を即座に理解して頷き。


「そらぁ盾がいるわな。……そう言えばグレヴァ坊の指揮で対空飛槍に何ぞ施しとったな」


 そう言った。ラキはとても、いやメッチャ嫌な予感がする。もう一人の師の技術は素人目でも感嘆と賞賛をあげる物だが、基本的に勢いで作るので出来の質も経費の量も差が激しすぎるのだ。


 まぁ色んな意味で見境が無い。


 そんな事を考えながら新しい艀に積荷の搬入作業をしている猟士達を魔法で手伝ってたラキの背に。


「おうラキ。猟団長も一押しの対空飛槍を見てくれんか!!」


 グレヴァが弾む声で言う。振り返れば完全な満面の笑みだ。だが予感と打って変わって何となくだが頼もしい、職人が良い仕事を終えた様な笑みだった。


「ちと付いて来い!」


 そんな職人に有無を言わさず拉致られた先は繋がれた艀の接岸側。この位置にあるとと言うことは即ち航路では船の防御の為に、陸路を行く際は持って行き拠点の防衛設備とする其れの内の一機。


「さぁ刮目せい!!」


 グレヴァが雨避けの布を取っ払う。


 違いを一言で言えば、太い。その為か砲身の数が減って上下3本に、そして小さな変化として砲尾には砲身直系の倍ほどの手回し機付きの長い箱が付いていた。そのせいで砲の一つ一つが細長いフランキ砲の様な造形になっていた。


「この砲尾、最初はラキの籠手に組み込もうとしてた案なんじゃが上手くいかんでな……。腹がったったんでコイツを作ったのよ。まっ端的に言って火薬だけ後装式に変えてみたんじゃ。思った通り発射速度も、貫徹力も、そして飛距離迄もが上がったわい!!」


 対空飛槍は捕鯨砲みたいな物だと思ってくれれば近いのだが費用とか耐久性とか整備とか諸々の問題で未だに前装式の物が多い。前装式、即ち次弾以降は砲口内部を掃除して砲口から火薬と飛槍を込めるのだ。


 グレヴァは砲に近づき砲尾に付いた手回し機を回せば箱がスライドして行く。砲身の外にはネジの溝がありフリントロックの付いた長い箱が回って離れていった。


 取れた長方形の箱には筒が入りそうな穴が開いており、その外側に砲身を入れる為だろう溝がある。


「この箱にコイツを詰めるんじゃ!」


 積み上げられた木箱の一番上からグレヴァが取り出した物を見てみれば木紙の円柱。火薬と弾を、グレヴァが持っているのは火薬だけだろうが、木紙で包んだ早合っぽい物だ。拠点や船で見た対空飛槍に常用される物の三倍くらい太い。即ち、火薬の量が少なくとも三倍。


 そら飛ぶよね。と思いながら木箱の山を見てラキは思った。



 見つからない様にコッソリ作ってたんだろうな、と。




「いやぁ〜我ながら良い物を作ったわ!」


 新型、というか試作対空飛槍に手を置いて言うグレヴァ。クルスビーが居れば苦笑いを浮かべ新型兵器(こんなモン)が一月そこらで作れてたまるかと小言を言ってるところだ。


 しかし現状では有難い。


「心強いです。使い方を猟団の人に教えといて貰えますか?」


「おう、そうじゃな。猟士連中に知ってもらうべきじゃった。行ってくるわ!」


 威勢良く応と答えたグレヴァを見送り荷物を積の積み込みに戻る。武器を少々に弾薬は艀一隻分、食料は積めるだけ積む。ラキがいたとしてもやはり時間はかか作業だ。


「竜目潰し。私も手伝うわ」


 女性の声、横を見ればコテコテのエルフ。


「ああ有難う。えっと——」


「ロニアよ」


「有難うロニア。俺はラキ、よろしく」


「よろしくね」


 ロニアの差し出した手を身長の関係で少し腰を折って握る。二人共魔法を使いながらの握手だ。勝気そうな顔に優しげな表情を浮かべて笑う彼女は気付く。


「やっぱり魔力が多いのね。こんな量の物を浮かせられるなんて。私なんて大きな木箱を何個か浮かせるのがやっとなのに」


「ああ、師匠……ギアードロコ工房長にも言われたよ。有難い事にそうみたいだ。お陰様でアレになると……すまん」


 半分戯けて半分ガチで口を抑え答えてみせたラキに笑うロニア。ラキは感嘆の言葉をくれた少女に微妙な感情を表にしないために話を変えた。


「そう言えばロニアはここで何を?やっぱり薬とか作ったりしてるのか?」


「ええ、今回の物資に私の作ったポーションを入れておいたわ。魔力酔いになり難くなるやつよ。マダム・リゴットの物程の効果は無いけど気休めにはなる筈。後は料理とか荷物運びを手伝ってるくらいかな」


 ラキは余りにも重要な情報が出てロニアの言葉を半分以上聞き逃してしまった。


「え!?魔力酔いに効く薬あんの!?

 え、様とか敬称付けた方が良いですか、有難うございますロニア様ァッ!!」


「ちょっと恥ずかしい事言わないでよ。シルヴァ・アルターの英雄に言われても困っちゃうわ」


「それ正直、アホやっただけなんだよなぁ俺……」


 なーんて感じで補給して。


 で、9日後。


 密林の中、荷物を背負った猟士達に囲まれながら箱を漁り小さな樽を傾けるラキは、匂いがニガイ薬を一切の躊躇無く呷る。


「ング……ング……」


「だ、大丈夫かワイズマン」


「余裕な感じで、す、ウップ……急ぎましょう」


 凄く苦いポーションを飲みきって尚も調子の悪そうなラキ。副団長に答えはしたが真っ青な顔に余裕は無い。


 副団長は己の無力さに歯を噛み締めた。


「畜生、前線に何があったんだ。伝達部隊も来やしない」


 焦る猟団員達を見ながら巨兵猟団団長ヨルティオは無言で己が白い髭を撫でる。状況が計画と合わないのは仕方がないがまずい状況だ。


 水路、即ち船を使えるところまでは物資輸送は容易だ。航路上のモンスターを狩っておけば念の為に魔法使いを一人用意すぎるだけで十分可能な範囲。


 しかし陸路となると話は変わってくる。


 魔法使いがいる為に本来の状況よりはマシだが其々が荷物を背負いながらの行軍になる。馬でも使えれば良いのだが深部となれば馬や馬車の通れる道を作るのも難しいのだ。


 更にモンスターとの戦闘が考えられる以上は運べる量に限度というものがあった。しかも輸送を遅らせる事は出来ない。


 だからこそラキが船で物資を持って来るに合わせて魔法使いと猟団の半数を後退させ陸路の物資運搬を終わらせる計画だった。


 即ち最後の拠点付近で目撃した竜と残った魔法使いと猟士でが戦っている可能性がある。


 皆も声に出さぬだけで分かっている。巨人の老人は最悪を想像出来るが故にラキの負担を減らそうと追加で背負った荷物がやけに重く感じた。


「まぁラキ儂も歳じゃ。少し休もう」


 一先ず無理のしすぎなこの魔法使いには休んで貰わなければならない。若さゆえの気力か無理を押して荷物の大半を浮かせ歩みを進めている。

 心配なのは分かるし急いだ方がいいのは確かだが、最も潰れてもらっては困る魔法使いが無理をするべきではない。


「魔力酔いになってはいかん。少しは寝ておくんじゃ、クルスビー刻印工房長にも言われとろう。寝れずとも目は閉じておけ」


「……はい」


 それから次の拠点着いたのはもう日も暮れた頃だった。水路の道は朝昼夜と各拠点に着く距離で建てられているが、陸路はこじんまりとした砦が一日歩いて漸く着く距離だ。


 即ちラキは起きている間ほぼずっと魔法を使っていた事になる。


 二日間も続けてその様な苦行を成したラキの顔は見るからに辛そうで到着して荷物を置くと死んだ様に眠りにつく。一度、猟士が飯の為に起こしたが食欲もあまり無いようだった。それを見てヨルティオは魔法猟団副団長と相談する。


「のうポーダン明日は一日休むべきじゃと儂は思う。ラキもそうじゃが猟団員も無理をしとるぞ」


「同感だ爺様、モンスターも追い払ったが万一を考えるとそうした方がいい。そもそも急行軍過ぎだ。下手すりゃ全滅しかねない」


 翌朝起きたラキは方針を聞かされ頷いた、というか頷かざるおえなかった。魔力酔いにさえならなければ一日寝れば体調は回復する筈だが疲労の所為で芳しく無い。


 一日休んで回復したラキは荷物を浮かせて進む。ここまでくると木々の大きさも密度も高くなり、根っこを避ける為に蛇行しながら進む事になるのだ。


 進めば進むほど道は狭く、拠点は小さくなる。このまま進んでいいのかと悩んだ老練な巨人狩人が思いついた。


「……儂がラキを担げばラキが魔法に集中できるのではないか?」


 魔法猟団副団長のポーダンがその手があったかと言わんばかりの顔で振り返る。


「その発想は無かった。ワイズマン一人ならそんなに重く無いしな」


 巨人の身長は4㍍近くでラキは大体2㍍だが巨人のパワーは人類で最も優れている。既にデカイ樽とか木箱とか背負ってるが荷物を一つ下ろせば十二分に可能な範囲だった。


 で。


「最良の選択なのは分かるけど背負われるのが子供の頃以来でちょっと恥ずい」


 ヨルティオの背負う荷物を一つ降ろして木箱の上に座り樽を背凭れにして座るラキ。


「てか大丈夫ですかヨルティオさん」


 自身の代わりに降ろされた荷物よりは軽い自覚があるが気分的に。


「ガッハッハ任せい!!」


 呵々大笑、身体の前後に荷物を固定したまま軽々と立ち上がる。巨人ってだけで力があるのに何年も猟士を続けてる男のパワーは並の物では無い。


 行軍速度は一気に上がった。根っこを避け登りながら。


「もう少し早く気付いてやれればよかったのう」


「いや凄い楽になって感謝しかありませんよ。この感じなら少しは魔法も使えます」


「それは頼もしい。四つ角でも見つけれれば夕食は良い物が食えそうじゃな」


「じゃぁ義手(コレ)でも使って蒸し料理でも作りますか?」


 そんな事をヨルティオと話していると巨兵猟団がガハハと豪快に笑って言う。


「腹が減る話だなぁ」


「俺ら巨人の腹を満たせるかねぇ?」


 昨日までと打って変わって軽々と進む。巨人五人が交互に先頭を進み蔦や草などを薙ぎながらだが、明朝に出たのは変わらずとも夜半に着く様な事も無くラキにも余裕がある。


 そう余裕が出来たからこそ駄弁るのだ。予断を許さぬ状況に変わりは無いが援軍と物資が無くては意味が無い。

 余裕は焦りを生み、焦りは失態を生み、失態は死を意味する。故に笑うのだ。


 その後は一度、クアトロ・コルヌが出た程度で大した問題もなく順調に進行した。


 深部でも奥の方に入り道は根の丘陵を進む様な有様だ。この道とも言えない道の先に皆の待つ拠点が現れ西日に照らされる。


 ラキも覚えのある巨大な根の中から顔を出す小じんまりと見える砦、魔法使いが土を硬化させた版築の様な壁と周囲の木を使って建てられただけの拠点。


 その拠点にせよ周りの見上げるも難しい巨木の樹皮にせよ、大き過ぎる爪跡と炭化した焦げ跡に代表される戦闘跡が目立つ。


 近づけば克明に継ぎ接ぎの様な城壁は砕け、崩れ、欠けている。


 惨憺、との言葉が浮かぶ光景だ。


 クルスビー達を案じて正座の様な格好で拠点の方を向いていたラキも、猟士達も言葉が出ない。


 焦燥からか足早に門まで辿り着く。


 嫌に静か。獣も鳥も声を潜めている。


「おい生きとるか!巨兵猟団団長ヨルティオじゃ!!」


 ギィ……と軋んだ音、厚い木の扉が重量故に重々しく開いた。


「待っていた。すまんな、迎えに行く事が出来なくて」


 扉を開いたのは薄っすらと疲労を滲ませたリートニアだった。悠然と立ってはいるが兜を脱いでグレイブを杖の様にしている。

 クルスビーと同じ銀髪は全て背に流しているが汚れきっており、無精髭まで生えて目の下には隈まであった。


「こっちだ」


 心なしか足取りの重いリートニアに付いて行けば地べたで泥の様に眠る猟士達。まさか死んでるのかと思ったが時折、鼾や寝返りをうつので安堵する。


 その視線に気づいたリートニアは辟易と。


「すまんな。昨日、三度目の襲撃があって一昼夜戦ったんで皆疲れている」


「三度?」


 魔法猟団副団長ポーダンどころか老練なる狩人さえ驚きを持って言葉を返す。頷いたリートニアは状況を語った。


 端的に言えば予想通りこの拠点が竜の縄張りの内に入っており、ラキが物資補給に行った翌日に襲われ撃退したは良いが数日おきに攻めてくる様になったのだ。


「竜種は頭が良いのは聞き知ってたがアレは餌を欲して来てる訳じゃ無いな。俺達を食うくらいなら四つ角を食べるだろうさ」


「好戦的な個体じゃった訳か」


 苦虫を噛み潰したような顔でヨルティオが言う。ラキも建国物語の一つで読んだ事があって察する事が出来た。その内容と言うのが執念深く幾多とも攻め込んでくる地主の竜のしつこさに、当時の境界都市の領主がブチギレて軍隊を率い討伐して興ったとかって話だ。


 端的に言うと竜種とは戦闘を娯楽と捉える種が生まれる程度に知能のあるヤベー生物というわけである。ラキに分かりやすく教えるなら少なくともシャチくらいには頭の良い生物という事だ。


 ンなわけで逃げるも儘ならずジリ貧の状態で防衛を行なっていたのだ。その防衛戦を仕切っていたリートニアは援軍と新たな物資に安堵して。


「野郎の襲撃は大体四日に一度だ。物資は……一先ずここら辺に置いといてくれ、はあぁ……」


 話してる途中に耐えかねた様で大きな欠伸を。


「悪いが一旦寝かせてくれ」


 そしてボリボリと頭を掻きながら言う。と言うか耐え切れずに目を弟の様に細くしてるあたりから睡魔に勝てなくなったのだろう。


「ああ、ゆっくり休んでくれい。さて儂等も少し休もうかの」


 ヨルティオの言葉で一先ず休憩となった。


 翌日は急ぎ物資の分配整理と怪我の手当てに対空飛槍の追加設置。


 翌翌日に作戦会議を開き竜の襲撃を待っての討伐を決定。士気と食料を鑑みて狩猟部隊と城壁修復部隊に別れ行動。


 翌翌翌日には久々に酒を飲む。


 翌翌翌翌日……翌の字がゲシュタる。四日後の昼、砦を巨体の作る影が覆った。


 武器の手入れをしていた者、料理を平らげていた者、訓練をしていた者。須らくが見上げ得物を握り配置につく。


 枝葉から漏れる後光を背に竜が皮翼を広げて降下してきた。


「ってぇーーーーーーっっ!!!」


 真っ青な鱗に包まれた傷だらけの体躯が見える程に十二分に近づいたと同時、対空飛槍が白煙と轟音と共に飛槍を飛ばす。


「さて、私達も」


 領主付き魔導師ラバレロが言う。事前に取り決めていた作戦で魔力の多い彼と技術のあるクルスビー、更に魔力だけは多いラキが強力な一撃を叩きつける為に動き出す。


 杖を掲げ、両腕を変え、義手を突き出す。氷と雷と火、三色の球が刻印版から流れて広がり回り廻って魔法陣に変わっていく。


 硝煙が竜の翼の一振りが生み出した暴風によって散り晴れる。


 青みの強い青銀の刺々しい鱗を生やした体躯と凶悪で威圧的な顔。大きな翼と一体化した前足に鷲の様な毛と鱗の鎧に包まれた太く鋭利な爪が生えている後足。末端が斧のような余りに長い尾。その全身は少なくない古傷と生傷が浮かび戦歴と獰猛性を叩きつけた。


 その全長は街に飛来した個体より一回り、いや二回りは大きい、思い起こすに十二分どころかそれ以上の威容。


 その身体には大半の槍が弾かれる中で6本の飛槍が刺さっていた。しかし——。


「ガァアアアアアアアアアア!!!!!」


 轟く咆哮は世界を揺らす。表情の変化とは分かりにくいが待っていたと歓喜に笑うような。


 ラキは震えた。身慄い、そして同じかそれ以上の武者震いが迸る。


 同時に完成する二つの魔法陣。


「グラキエスの大柱」


 ラバレロが掲げた杖のその先で回る魔法陣から巨大な氷の円柱が三本射出された。膨大な質量と冷気がドラゴン目掛けて飛んでいく。

 竜の口から吐き出された灼熱の炎に一本は消されたが二本が胴と翼に命中し大きく仰け反った。


「トールハンマー、発動」


 続けてクルスビーの拳が振り下ろされ体勢を立て直そうとした竜の頭上、いや空に大きく広がった魔法陣から眩いばかり極太の雷が落ちて迸った。


 そして漸く。


「エレプトカノン」


 ラキの土と炎の魔方陣が完成する。鱗の掌で地面を叩きつければ廻る魔法陣、大地が盛り上がり亀裂が入る。その合間から覗くのは赤い熱波と共に輝く岩漿。


「ショット」


 ラキの作った小さな火山が鳴動し、幾度となく鳴動する爆発音。


 対空飛槍ではない。火山より出でたマグマを纏う灼熱の岩石が放物線を描いてドラゴンに降り注いだ。高仰角にて射出された榴弾砲の様に降り落ちたそれは熱と重量を伴って降り注ぎ弾け飛ぶ。


 クルスビーの一撃で耐え切れず墜落しかけるも大きく広げた翼で勢いを殺していたがラキの攻撃で大地に叩きつけられる。


 即座に大木の幹に前足を食い込ませて起き上がった。


 ダメージはあるはずだ。全身至る所の鱗が焦げている。が心なしか嗤うかの様に咆哮を上げて、尚口を開く。


 竜の顎門の間に混交と集約されていく炎、球となり射出された其れはただ青く蒼い。


「まずいですな、ハァッッ!!」


 魔導師の付き人、年上の方が結界を張ると同じく口から青い火の柱が迸り結界に入れ損ねた城壁の木を焼き払って土を固めた壁が崩れる。


 突如現る竜の顔。


「ガァアアアアアアアッッッ!!!!!」


 火の後ろに隠れて竜が四つ足で駆けて来たのだ。


「構えろ!!」


 銃を持った猟師達が再装填した銃を構えて並ぶ。銃の扱いに最も優れたコォンケが中央に立ち号した。


 迫る竜。


「てぇーーーーーーっ!!」


 硝煙、轟音を裂いて竜の顔と右前足が。一条の焦りたる冷汗がコォンケの狐顔を伝い地に落ちる。


「退避ぃーーーーッッ!!」


 城壁に左前脚で掴みかかり、猟団達を翼を広げた右前足で薙ぎ払った。逃げ遅れた者達が吹き飛ばされる。


「おりゃっ!」


 若い方の付き人魔法使いが水を生み出し大きくして落ちたものを受け止めた。


「ポーションを飲ませとけ!!」


 リートニアはそう言うと城壁を越えようとする竜目掛けて階段を足場に飛び上がる。後ろに続くのは大きな身を隠すほどの盾を持つ巨兵猟団と魔法猟団。


「魔法猟団団長ギアードロコ・クルスエー・リートニアが一番槍を頂く!!」


 一線、竜の顔に大きな傷を。


「ガァアアアアアアアアアア!!!!」


 怒号、竜の咆哮。振るわれる前脚にリートニアが飛ばされる。


 だが己に構わず。


「撃てッッ!!」


 付いてきていた者達の銃撃、龍が怯み間に魔法猟団長オグタが魔法陣を展開し城壁と同じ高さまで城壁内の地面を押し上げた。


「助かったぞ!!」


 リートニアは着地し、瞬間移動の様な踏み込み、一瞬で竜の顔面をグレイブで薙ぎ払う。ほぼ同時に銃を持った猟団員達が竜から距離を取り六本木の飛槍の装填が完了する。


 竜はリートニアに弾かれた顔を首の筋繊維を総動員して止め、お返しにと言わんばかりに炎で薙ぎ払おうと。


 同時に着弾。


「ガァアッ!?」


 対空飛槍に怯んだ隙にリートニアと立ち位置を入れ替わった巨人達。ヨルティオに率いられた巨兵猟団はオグタが押し上げた大地に盾を打ち立て一列に並び炎を防ぐ。


「足場のお陰で戦いやすいわァッ」


 炎が過ぎれば巨人の投擲、対空飛槍の如き勢いで飛ぶ巨大な槍が竜の肩に突き刺さった。リートニアが咆哮を無視して前右足に一撃を入れオグタが魔法を使って上を取り翼膜を傷付ける。


 猟団員達は団長達の邪魔にならぬ様に銃に弾薬を込める。近接戦闘を得意とする団長達が引き巨人達の盾に隠れるとコォンケが号令して発砲。


 鬱陶しさに竜は翼を広げて飛び上がった。


 蚊だ。人で例えれば眠ぎわの蚊の鬱陶しさにイラついたのだ。いっそ殺虫剤をブチ撒くように上空から火を降らせてやろうと。


「逃がしゃしないよ」


 マダム・リゴットの言葉、周囲の大木達が畝り捻れてドーム状の檻を形成した。発動と同時に両膝を地に打ち付けるように崩れ落ち、老いを感じさせない老婆の顔は真っ青で口元を押さえている。


 しかし空を覆う巨木の檻に竜は慌てて止まり火の雨を降らしながら再度降下した。反撃も許さぬ火球が降り注ぐ。なんとか付人二人にオグタ三人の魔法使い達が一斉に防御魔法を展開して防ぎ崩れ落ちた。


「無茶しやがったな。どいつもこいつも」


 ラキとラバレロと共に宙に浮いて次撃の魔法陣を展開していたクルスビーがマダム・リゴット達を見て言う。


「師匠、展開完了しました!!」


「私もだ同僚クルスビー」


「よし発射さ……同僚になる気は無ぇ!」


 ラバレロに突っ込んだクルスビーは顔を振って雑念を払う。


「合わせろ、3、2、1、極寒獄、発射ッ!!!」


 声と共に巨大で郁枝重なる魔法陣三つが発動し絶対零度の柱三本が降り注いで竜を覆う。この熱さ絶えぬ大地で一帯を極寒に変え着弾地点を凍りつかせた。


 氷の大地の中央に竜の氷像が出来上がる。


 其れを見届けてから降下した三人。クルスビーが真っ青な顔で口を押さえて崩れ落ちラバレロが杖を握り締めて少し気持ち悪そうに口を抑えて。


「ウゥ……竜目潰しは魔力が多い様だ」


 クルスビーはか細く。


「オップ……クッソ羨ましい」


 魔力だけはあるラキは急いで二人に魔力酔いポーションを渡す。ひったくる様に受け取り呷る二人は魔力酔いは嫌だ!!!って全身で言ってる。


「ああ、助かったよ」


「ずまん」


「どういたしまして」


 多い自覚はあるが技術的に二人には及ばないので反応に困って苦笑いを浮かべるラキ。自分の場合、その無駄に多い魔力でごり押ししてる……せざるおえないってだけなのだから反応に困るのだ。


 ラキは立ち上がり城壁へ飛ぶ。丁度リートニアが竜の氷像の首を絶った。


 その日は一先ず飯を食い、翌日はラキの持ってこれなかった物資を運びに魔法使い達六人と巨人が出発、猟士達が竜の解体と矢弾飛槍を拾い一応周辺地域の確認。


 ラキはマダム・リゴットと共に拠点の防衛と整備をしながら物資輸送部隊の帰還を待った。


 で、三日後。


「早っ、そして多っ……」


「まぁ魔法使いがこれだけいればねぇ」


 凄い量の物資が運び込まれるのを眺めながら料理を作っていたラキの言葉にマダム・リゴットが答える。

 まぁ俺あんなに苦労したのにってラキの気持ちも凄い解るが、ドラゴン何てのが襲って来る可能性が高い場所から防衛の要たる魔法使いを移動させ過ぎる事は出来ない。


 マダム・リゴットも苦笑いを浮かべて労う様に言うのが精一杯だった。

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