どうしようもねぇ
明けましておめでとう御座います。今年も暇つぶしにでも見てってくれたら幸いです
憲兵団の正装を纏う凛然とした新郎が悠然と立つ。シルヴァ・アルターの憲兵団所属者の住む兵舎、その一室の扉だ。
秋祭の喧騒が入り込み陽気な音楽と子供達の笑い声が聞こえる。如才なく見えるがバウバは私も笑いたいものだと他人が、特に獣人が聞けば鼻で笑う様な事を考えながらノックを三度。
食い気味で扉が開く。てか、なんだったらバウバの手にぶつかりそうになった。
勢い良く扉を開けたのは頼りになる副官フッシャである。バウバの送った婚礼衣装を纏い、平時ならば気品漂う顔を真っ赤にして。
「よよよ、よ、よ、よろしくお願いします団長!!」
バウバは笑う。思わずだ。
微笑ましい彼女を見て自身が緊張するのは無礼だと姿勢を正し己が胸に右手を当て。
「切り裂く刃の部族バウバ・ドゥーベルが貴女を見初め我が二妻二子の血族に加えんと欲す。願わくば手を取られたし」
そう言ってバウバは手を差し出す。
「射抜くゆ、弓の部族フッシャ・シャムは、願いにか、歓喜する」
辿々しく答えバウバの手を取るフッシャ。
「わ、我が族名は、こ、此れよりボウ=クリンゲ」
「ならば我がユエトゥに連れ往く」
フッシャを抱え上げて兵舎を出るバウバは花嫁を馬に乗せて家に帰る。家では広間ではフッシャの家族とバウバ一家が円座になって待っていた。
「族長バウバ、両族の前で宣言す。
我、今ここにフッシャと契りを結び万難辛苦を払いのけ一族を守る決意を新たに大樹へ告げる!」
随分と簡略化はされているが獣人が草原で生きていた頃から続く伝統的な婚礼作法を済ませて婚礼の宴を始めた。
何をするかといえば美味い物を食べて騒ぐのだ。布集めの終わったシルヴァ・アルターは一斉に家族が増える。
豊作と婚姻を祝う宴、豊穣祭の楽しげな喧騒は止まるところを知らない。
凡そ同刻、グルム王国首都ドラコー・コエメトリウムの中央に立つ王城では収穫祭に沸く城下と打って変わり、空間が凍った様に静かだった。
緊張が肌を刺す様に漂っている。
大きな硝子が窓にはめられ黒いカーテンが連なる白と黒の王宮で臣下達が並び陽に照らされているがただ一人の男によって極寒に立たされている様だ。
彼らを見下ろしていた男は鼻を鳴らして、交差するハルバードを背にした王座に腰掛けた。
巨大で強大な体躯を持った祖人だ。獣人や水人程もあろう巨躯は筋骨隆々、鍛え抜かれた鉄の様な筋肉に包まれている。
ドス黒い瞳は憤怒を込めた様に鋭く、ドス黒い髪と髭は一直線に垂れ下がり威圧感を撒き散らす。
身を包むはグルム王国でも一人しか身につけられない古の竜の白鬣を素材にした黒い外套と竜の鱗で出来た黒に銀縁の鎧。黒い鞘に入った剣を腰に吊るし、竜の頭骨を正面から象り両眼に宝石を埋め込んだ装飾の黄金の王冠を被っている。
この男はグルム王国国王ケルヒィオ・エケェス・グルム=レクス・アダマティオス4世だ。
睥睨すれば臣下達は身を竦ませた。数少ない慄かぬ者、老将へ視線を固定して。
「金が足りぬ。シルヴァ・アルターを直轄領とするとアーウルムと伝えろ」
「陛下、では殿下にはどの領をお与えになるのでしょうか」
老将が顔を上げる。白髪白髭で顔は皺に覆われ細い目が眉に隠れている小柄な出で立ちだが機敏な動きと伸びた背筋は老いを感じさせない。
グルム王国大将軍バフィウス老である。老いて尚盛んで軍略と武術に優れており、グルム王国の軍を統括する最高位に座る老人だ。そしてアーウルムの事を孫の様に思う元教育係であった。
老の問いに王は顔を顰めて言う。
「ユグドラドとの国境城塞か山岳城塞にでも赴任させろ」
白い眉の下で目を見開くバフィウス老。
「お待ちを王。彼の地は戦乱の地、万一があればグルム王国が乱れますぞ!」
王は威圧的な視線を。元よりその様に感じる目付きであるが、今回は内包する感情さえその通りで暴力的なまでの視線だった。
「黙れ」
苛立たしげに。
「弱者に価値などない。まして奴は俺の後を継ぐかも知れぬのだ」
吐き捨てた。
このアダマティオス4世は悪い意味で脳筋である。初陣は13の時で首級を三つ取り齢19にして父王が亡くなると反逆した弟達7人を誅殺し、続けて弟達を煽動していた隣国二国を撃退し一国を併呑。
反逆者の首を己が手で断つ事12回、隣国に攻め込む事8回と武によって栄え武によって生きて来た戦場の男である。
言ってしまえば息子であるアーウルムと対極の気質だ。己が子の優く慈悲深い性格を弱さと見て嫌悪し、武人としての才の無さを唾棄していた。
寧ろ三人目の息子が生まれた事で自身と王子を対立させようとする姦臣の計略にこれ幸いと乗ってさえいたりする。回数的に言うと2回くらい。
「陛下、お伝えしたき議がございます」
一人、粗野で野卑な大男が粗暴で暴虐な声を張る。贅も筋も含めて肉厚な身体で四肢は細身の女性の腰程の太さがあり赤い軍服を纏っている祖人だ。顔は厚い脂肪で覆われ脂ぎって、首と顎に境界が無く醜悪な蛙様だった。
傭兵蛙や醜悪将軍などと散々な渾名を付けられている。だが傭兵として活躍し王の目に留まり王直軍の第三軍団長に抜擢、戦意の無い傭兵や徴兵された兵を最低限の兵として統率出来る稀有な才能の持ち主だ。
肥えた蛙が嫌らしく笑う。王は口は開かずとも威圧的な瞳で早く喋れと見返した。
一瞬、大鷲に睨まれた蛙の様に身を震わせてから。
「ピュトラション王国外交官がシルヴァ・アルターへ行った事はご存知かと思いますが王にお預け頂いたラタ・セクンダミの関所にてこの様な書簡を見つけて御座います」
従事が第三軍団長の出した書簡を受け取り王へ手渡す。王はそれを睥睨して、鼻で笑う。
「読め」
そう言って従事に投げ渡す王。
「承りました」
そう答え深々と礼儀極めた一礼をし書簡を開いた従事は内容を速読し身を固めた。滝の様な汗を流しながら震える声で言う。
「陛下、こ、これはピュトラション王国とオケアノス選帝侯との密約で御座います。王位簒奪の意あれば両国共にアーウルム殿下を援助すると」
王は獰猛に笑って。
「奴め、この程度の気概は有った様だ。よくやったぞドルアー」
「あ、有難き幸せ。しかし臣下として申し上げます。先ずは詰問の使者を——」
第三軍団長ドルアーはそれ以上口を開けなかった。王の目に竦み身を凍らせたのだ。
王は立ちあがる。
「春だ。王軍を率いラタを下りアーウルムを討つ」
「——!!」
バフィウス老が慌て立ち上がろうとするが肩に手を添えられ止められた。
「大将軍閣下、お待ち下さい」
ローブを纏い陽の光人の魔法使いが好む陽杖を持った男の手である。抑揚に富みつつも涼やかな、穏やかながら心踊る歌の如き声。
アールヴ的な物言いをすれば木漏れ日の様な、即ち心穏やかで落ち着いた温和と表すべき雰囲気を持った男だ。
王が評せば悪い意味で優男、貴婦人が評せば細身で長身の何を着ても似合う体系で通った鼻筋と涼やかな瞳の良い意味で優男。
一般的な光人である。
「ラフィラン王直魔導師長、止めてくれるな」
バフィウス老はそう言って手を払い立とうとするが身体が動かない。いや、体を操られた。
王が退室し他の臣下も去ると身体を解放され、即座にラフィランが軽やかに膝をつき頭を垂れた。
「失礼をお許し下さい大将軍閣下。ですが今、王に国忠に富んだ諫言を為しても叛逆者として切られましょう」
「それでも言上せねばならぬのだ。そこを退け、直言しに行かねばならん」
「閣下、御冷静に。状況を鑑み最も良き手を打つべきです。此の国は武人は多いですが将軍は少ない。
軍を率いられるは大将軍閣下と三人の軍団長のみ。内二人は海軍指揮官です。国家を思えばこそ王の不在と国憂を突いて攻めよせるだろう外患に備えませ」
「……どう言う事だ」
バフィウス老は気付かぬ内に一筋の汗を流していた。王位継承者の粛清と言う国家が混乱して然るべき事態を見過さざる終えない様な異常事態が起こると言わんばかりの言葉に。
「今、ピュトラション王国が最も願うのはユグドラド帝国の沈静化、更に言えば他国との戦は殊更に望ましいでしょう」
「……うむ。あのジンジニーアが手を打たぬ訳も無い、と?」
ドピュトラション包囲網は当初、三帝国、一王国、一諸侯連合国と五ヶ国による包囲であった。
その窮地をジンジニーアの提言で北方の小王国を速戦にて徹底的に撃滅し、その武威をチラつかせてユグドランド選帝侯連合を内部崩壊させ包囲網から離脱させたのだ。その才と手腕は此のグルム王国であっても有名な話で、彼の策動の標的になっていたとて何ら疑問を抱けない。
「考え過ぎとも思えますがグルム王国を内紛にて弱体化させ、周辺国の領土欲を煽りユグドラド帝国が手を出さざるおえない状況を作ろうとしているのでは無いかと愚考いたします」
ラフィランはバフィウス老が黙ったのをみて続ける。
「それが無くとも大将軍閣下もご存知の通り先の戦で大国に外征を成す力無く、小国には余力が御座います。
その時、勢力を伸ばしたい小国にとって内戦が起き戦神たる王が居ないグルム王国はさぞかし美味に見えましょう」
バフィウス老は大将軍として近しい情報を得ていた故に否定が出来なかった。優位に立ちたい小国の心理としては当然の物だ。
「その時こそ閣下が国を守る必要がある。外敵有ればさしもの王とて停戦を為しましょう。しかし兵と物資を乗せた巨大軍船であればラタは下るは易く、上るは難い。その間に国を守るは閣下の役目。
王は頑なであらせられる。しかし武功には厚く、戦功には必ず報いてくださる御方でございます」
理路整然たる正論を滔々と流れる様に、しかし力強く。
「ええ、王の御気性を思えば今は堪え戦果を得て後、王太子との和解を進めるべきで御座います。
自国の後継問題を望む者は居りません。将兵が声を上げれば王とても頷かざるおえますまい」
「うむ。良かろう」
バフィウス老はそう言って堪える様に拳を握って溜息を一つ。逐一正論は才故に理解出来るが王太子を孫の様に思っている大将軍には辛い選択だった。
「閣下、王太子が為堪えてくださいませ」
ラフィランはそう言って深々と頭を垂れると霞の様に消える。気配が消えたいのを確認し一人残ったバフィウス老は白眉の下で眼光を鋭くする。
「ラフィランめ」
老体から憤怒を轟かせる。郁枝の軍と政、両方の戦場を70年以上生き抜いてきた老将の勘が鼻の良い獣人の如く奸臣の匂いを嗅ぎ取っていた。
そしてそれは正しい。
荘厳過美な部屋の中央に黒い霞が集っていく。それが人の形状をを型取るとラフィランが現れた。
此の部屋は城下に有るラフィランの屋敷の一室である。お気に入りの絵画やら彫刻などの美術品と大きな酒瓶が大量に置いてあった。美術品は眺めやすい置き方で酒瓶は部屋を埋め尽くさんばかりだ。その中から酒瓶を取って栓を抜くと呷り飲み干す。
「プハァーーッ漸くかまったく。奴め、王太子に取り入りやがって、お気に入りの太子もろとも葬ってくれる。王直魔導師長は私だけで良いのだ」
光人とは思えぬ程に暗く異常なまで欲深い瞳を愉悦に潤ませ浸る。その欲によって極度に歪んだ顔はイケメンだけどキモい。うん、端的に言ってブン殴……ボコボコにしたくなる様な顔。
流れる様な勢いでラリアット、ジャーマンスープレックスからの純粋に顔面蹴飛ばししたいレベル。マジで。
「ゲロ臭い下郎共め、偉大な魔法使いたる俺の下で跪いていれば良かったものを」
尚、プライドで記憶から消してるがバリバリこの自称偉大な魔法使い(笑)のコイツもゲロってる。あと逆にゲロってないと自分の限界が分からない訳で、必然的に半人前である。
「フフフ、春が待ち遠しい」
手に持つ酒など関わり無しに酔う。自己に陶酔して言う。
没落貴族の出自であるラフィランは悪い意味で貴族的な思想を持っていた。選民思想と言えばその通りで、更にある教えの狂信者である。
その教えを体現するかの様に魔法を使えず権力の無い者をイネトス、無能と呼んで蔑視する事を隠さずにいた。有り体に言って地位を渇望する危険思想の持ち主なわけで何処の国へ行こうが長続きする訳がない。
魔法使いなのに何処にも士官できず唯一仕官出来たのが戦争、いや正しく言えば人を殺す才能を好むアダマティオス4世の統治下にあるグルム王国であったのだ。
グルム王国中から掻き集められた魔法使い十余名の所属する王直魔導師隊。そこでラフィランは常に二番手であった。才はそう変わらないのに次席に甘んじる屈辱。
何年も耐え忍び戦功を重ね、時には謀略を巡らしたが常に次席であった。
だが、ある時その魔法使いは王太子を気に入り、いとも容易く王直魔導師長を辞めたのだ。ラフィランにとって熱望し渇望し切望した地位を目の前でゴミの様にあっさりと捨てたので有る。
侮辱で、恥辱で、汚辱であった。故に策動を巡らせたのだ。そのお気に入り諸共、最も不名誉な死を与えてやろうと。
「王直魔導師の人数は10を超える。奴を戦場で殺さぬ様にしなければなァハッハッハ!!」
ドヤ顔ですんごいワロてるけど人、こーゆーヤツを小物と呼ぶ。
その三日後くらい。
シルヴァ・アルターから離れた断界山脈の天辺、魔法で即席で作った円状の広場。薄い紺色の空を黄色い魔法陣が回りながら覆っていた。
「トールハンマー発動」
クルスビーの声、光の柱が落ちる。
圧倒的に絶望的な威力。
広場に落ちた其れ等は巨大な草木さえ一瞬で炭化させ、その炭の塊さえ次の瞬間には雷光に飲み込まれて消えていく。
雷の柱が世界を滅ぼす様な光景にラキは言葉を失った。
ほんの一瞬の出来事だが異様に長く感じる間降り注いでいた雷の柱が消え、大地を円状に赫く染め上げ余った雷が迸る光景を残す。
激烈な爪跡に掌を伸ばしていたクルスビーはラキへ振り返った。相変わらずの細目に薄い笑みを浮かべて、たけども直ぐに顔を青く染め冷や汗を流し口を手で押さえる。
「ウップ、ちょっと待って、やっぱりムリ吐きそう」
「・・・・・」
クルスビーが魔力酔いの兆候から回復すると何時もの服に冬毛のクアトロ・コルヌの尾で作られたコートを纏ったラキは師の為に水球を出した。
「どうぞ師匠」
「あぁ、すまねぇな」
そう言って啜る。
「まぁ、ってな感じで大技は魔法陣を作って撃つのが主流だ。刻印版で発生させた雷で魔法陣を作り射出する。時間はかかるがコレが一番酔い難く発動しやすい」
「いや、大技ってコレどんな状況を想定した魔法ですか。威力エグすぎでしょ更地のっぷりが尋常じゃないんですけど」
「あぁ?まぁ昔は大型モンスター、特に地主って呼ばれる様なのに対しての魔法だったのは本を読んでるし知ってるだろ?」
「はい」
「今じゃ攻城戦や軍を壊滅させようと放たれるくらいだな。大概、大した成果は出ねぇが一発逆転を狙った輩がよくやるんだ。
ま、そんな事はともかくラキも魔法を打ってみな。お前さんはどうにも災難に見舞われる体質みたいだし、なんかあった時に備えて直ぐに撃てる様にしとかねぇと」
「……うっす」
「意外に気にしてたのな。悪い」
クルスビーの何気ない追撃に打ち拉がれたラキは水の刻印版から生まれた水で魔法陣を作り津波を起こす。
小物の趨勢や如何に。




