かり(麦じゃ無いよ)
上手く締められず長いです。それでも良いよって方は暇つぶしにでも見てってくれたら幸いです。
「蜘蛛っすか……」
蒼銀の腕を浮かせたラキが微妙な顔で言う。それはそれは同情さえ禁じ得ない様な悲痛で散々たる表情だ。
「気持ちはわかりますよ。私も慣れるまで辛かったですし」
「見た目はマシな方だけど大きいし虫が苦手だってなると辛いねぇ……。まぁ、蜘蛛自体はいやしないよ安心しな」
ミャニャとクーウンが慰める。ただラキも着心地のいい己の服を撫でて。
「やたら良い布だと持ってたらよりによって蜘蛛の巣か……」
諦念と共に呟いた。
そう、今日は布集めの日である。夏の終わりから冬の始めにかけて断界山脈の向こう側、即ち外界にて大規模な生息域の変動が起こるのだ。
断界山脈の麓、ラタの支流と山脈に挟まれた森に絹蜘蛛セレス・アラネと言う種の巨大なハエトリグモの様な見た目のモンスターが群生しており、彼等もまた人類生存圏側から漏れる冷え乾いた空気を嫌って巨木の間に大量の巣を残して移動する。
その巣というのが木時の間を交差する透明な反物の様なのだ。丈夫で防水性も良い絹の様な布として活用出来るがベタベタする。その粘性液を取り白くする為に一回茹でる必要があり、更に生息域全体に広大な巣を作るという訳で猟団が合同で警護し抽選に当たった住民二百人ほどで収穫すると言う行事だ。
一帯のモンスターがいなくなるとは言え危険だが、報酬として身長に応じた量のバカ高価な絹蜘蛛の布を貰えるので当選を願う者は多い。権利の譲渡は基本的に不可で脅しや奪ったり等は当たり前だが売ったり競なんかするのさえ裁かれる様な法が必要な程だ。
何せ価値について言えばこの絹蜘蛛の布はシルヴァ・アルターでもトップクラスの価格を有する輸出品である。浮浪者みたいな格好だろうと大体の国の姫様方が絹蜘蛛の布を使ったドレスを送れば話しはしてくれるレベルで実際に故事としてもそんな感じの話がある。
さすがにシルヴァ・アルターのあるグルム王国や、その他紡績産業の強い国はそこまではいかないが基本的に上流階級が欲しがり着る物で、特に王族貴族の嬢ちゃん達が優れた男性に絹蜘蛛のドレスを贈られ求婚される事を夢見る。
んで、それらを踏まえてもう一つ。シルヴァ・アルターの布集めに於いては抽選より優先される参加権という物がある。それはこの収穫祭で結婚する者だ。
「安心しろラキ、絹蜘蛛は基本温厚だし猟団が見張りをしているからな。万が一があっても私が守ろう」
バウバがイケメンな面でイケメンな事を言う。ラキは気を失ってて見れたわけではない。だが竜の首に剣を突き刺すとかいう芸当が出来るイケメンの守る発言とか野郎だとしても頼もしすぎる。
「はい!……師匠、大丈夫ですかね?」
バウバは目を逸らしてノーコメントだ。ラキも同感だった。何を憂慮しているかと問われればディキアナも布集め参加に当選したつったら分かるだろうか。
で、工房。
「団長っ、頼む姪を!!!姪をどうか頼むぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「任せてくれギアードロコ殿。それに貴方の兄上殿も居るのだから不安に思う事も無いだろう」
「そうだけど、そうだけどよう」
ウンブラに跨るバウバに縋り付くクルスビー。早めに家を出て正解、遅くなるのは想定通りだ。
「一鐘は予想外だった」
まぁ、三人して溜息を、遅くなるのは想定内だが長さは想定外だった。バウバとラキにディキアナは恥ずかしさと申し訳なさを混ぜて頭を下げる。
「何、族子を思うのは当たり前だ」
城門を潜り港の厩戸にウンブラを預けながら言うバウバ。ラキも少しからかう様な色はあるが苦笑いで同意する。それでも銀糸の如き艶髪から覗く白い肌を赤くしたままのディキアナ。
ラキは話を逸らそうと片眉あげて笑い言う。
「それより先輩、予想通りだったぜ。見てこの超兵器」
技術屋として興味があった様で渡された義手に興味津々のディキアナ。ラキの思惑通りである。
「こんなに竜の素材まで使ってる。でも回転式弾倉とか聞こえてた割にはまともな——待って、この砲身ってもしかして施条?凄い気の入れようね……」
いや、寧ろ失敗したっぽい。何言ってんのかわかねぇ事メッチャ呟き出した。コウソウシキハアキラメータとかルルアーティ式魔法陣とか何の事かサッパリだ。
片腕持ってかれたラキは気になっていた事を先導するバウバに問う。
「バウバさん。結構人が居るみたいですけどどうやって外界まで行くんですか?俺らも船を漕いで行く感じですかね」
「いや、自走船に人を乗せる用の艀が繋がれているからそれに乗る形だ。丁度アレがそうだな」
バウバの指差す先には屋根付きの客車ならぬ客艀とでも言うべき物を5隻も接続した蒸気船が二隻並んでいた。この前のグレヴァの作った物とは違う蒸気船だがそれでもこの世界の巨人が乗れる船、即ち4メートル程の高さがあり相応の長さがある艀船を引ける力を持っている様だ。
技術知識、特にその変換と歴史に疎いラキとて魔法やモンスターの存在や、そもそも論として全てが大きい此の世界とは言え違和感を覚える光景である。しかしバウバに促されたので深く考察するでも無くラキは乗船する為の列に並んだ。
当選券を渡して乗船する。
旅客用の艀は剛人や巨人の乗船率によって変わるが一隻につき乗客定員30人程である。広い船内にベンチが置いてある形で、平時は猟団員達を最古にして最硬の前線要塞アエギスへ送るのが仕事だ。尚、巨人が座れる様にただの板みたいなベンチなので背凭れも無くメッチャ座り心地悪い。
「腰と尻イテェ……」
体感で二時間程そんな椅子に座り続けたラキの感想である。船旅って感じじゃ無いから仕方ない。
「ちょっと外出てきます」
「私も」
「ああ、気を付けてな」
バウバに見送られオープンデッキの扉を開けた途端、痛みを完全に忘れ立ち止まった。
「……スゲェ」
左右をラキも見たことがない様な高く巨大な断崖絶壁で囲まれた水路。イメージとして近いのラキの元いた世界で最強の国にあったグランドキャニオンと言う巨岩の合間を大河が流れている様な光景は、偉容と言う言葉さえ陳腐に感じる雄大な自然の力をこれ見よがしに叩きつけてくる。
「どうしたのラキ?」
「あ、ああゴメン。いや、何つーかスゲェなって」
「ああ確かに」
扉を閉め手摺りにもたれかかるディキアナ。
「初めて観ると、何て言うか圧倒されるわよね」
微笑ましげに言う彼女にコクコクと機械的に頷き返すラキ。ただ心地よく酔いに浸る様に眼前の光景に魅入っていた。子供の様なその表情に困った後輩だと言わんばかりディキアナは笑う。たぶんクルスビーがいたらラキ蹴り飛ばされてるだろう。
岩間の大河を進み行けば壁に囲まれた要塞港が現れた。シルヴァ・アルターの港の数倍は堅牢な作りで壁は尚高く尚厚い。その壁上には大量の対空塔や大砲の砲口が整然と並んでいる事は港の一部を埋め尽くす兵器の山を見れば想像に難く無い。
自然の雄大さとは別の方向だが、またもラキは圧倒された。素人目にもこの要塞港の重防御ぶりは感嘆に値する。大量の費用と時間、何より命を捧げ人類を守る為に作られた城砦の偉容とはそういう物であった。
圧倒されっぱなしのラキにディキアナが笑って言う。
「ラキ、到着したし船内に戻りましょう」
「ファブロッシャ?!」
完全に慮外で変な声出た。メッチャ爆笑かまされたのは言うまでもない。
船内に戻ったラキとディキアナは直ぐに港に降りる。湾内に浮かぶ木材をクレーンが持ち上げるのを眺めながらバウバに着いていけば大きな広場へ。大量の兵器に丸太や木材が並び、それらを背にモンスターの毛皮や鱗を加工した鎧を纏う猟師達が待っていた。
「何このモ◯スターハンター」
ラキが呟くと同時に、その猟師の中から一際大きな体を持つ機人が現れる。
肩にグレイブ、いや西洋風の装飾だが大長巻と言いたくなる様な形状の全長3㍍、刃渡り半分程の大き過ぎる武器を乗せ握っていた。なんか戦国武将風な鎧が似合う体躯と見目で上半身は片肌脱ぎの着物っぽい衣装だ。年頃は三十後半から四十代程で厚く引き締まった体躯は歴戦の武士を思わせる。
しかし何処か既視感のある顔だと思っていると。
「パパー!」
先輩が両手メッチャ振って言う。
「おおディキアナ、運が良かったな!」
豪快な笑いと共に手を振り返す機人。
ラキはようやく察した。目が二重だったり体系の差で気付けなかったが、ディキアナの父にしてクルスビーの兄であると。細マッチョなクルスビーに比べて巌の如き屈強な体躯なので印象違いすぎて気付くのが送れた。
そんな武士機人は愛娘に手を振り終えると顔を引き締めて広場中央の台へ。今年は御馳走だのあの子の為にだの浮かれてる住民の注目を引き付ける為にか大きく角笛が鳴った。
「おう幸運な皆の衆、鉄腕猟団団長ギアードロコ・クルスエー・リートニアだ!
先導は俺ら、警戒は獣騎猟団と巨兵猟団、後衛は魔法猟団だ。俺達も万全を喫したし、もう数も減ったが四つ角が居なくなる事は無い。そこだけ注意してくれ!!」
彼に先導されて住民達が移動する。大体二百人から三百程だ。さらに各猟団が50から100人近く居て人酔いしそう。
駐在猟団員の為の宿舎を抜けて港とは逆側の門へ向かう。
見渡して気付いたが、この砦の背は剥き出しの岩山の岩肌だ。それだけならば大して驚きはしないが、その急斜面に沿う様に中国の懸空寺っぽい感じで防衛設備なのだろう対竜塔などが建っている。
寺が立っているならホヘーと眺めるところだが無骨な防衛拠点となれば威圧的に過ぎると言うものだ。ラキが岩肌に建つ塔や砲をしげしげと眺めているとバウバが口を開いた。
「ラキ、ディキアナ、そろそろ門を出る。リートニア殿が居るとは言え気を抜かない様にな」
「ウッス!」
「はい!」
バウバは二人がしっかりと頷いたのを確認すると自身の腰に吊るした曲刀をチラリと視線をやる。ラキの方腕が食われた時に二度と悲劇を起こらぬ様、憲兵の正装である細剣から己の血に馴染む曲刀へと装備を変えたのだ。
柄が手に馴染む。犬のおまわりさんは少しの高揚を抑え警戒しながら大きな自信と共に城門を潜った。
ラキが巨樹多い茂密林を眺めて言う。
「今頃だけどアッツい。船から降りた時点でムワッとしてたけども門を出ると酷いですね」
「ああ、断界山脈の外界側は気象変異帯だからな」
「気象変異国ってこんな一気に変わるんですね。急に亜熱帯みたいな感じだし……何シックパーク、コレ」
……取り敢えず言わせて、ジュラぐらい言え。バウバはまたよく分からない事を言ったなと思いながら頷く。
「南方の気象変異国などは国土の半分以上が肌を焼く様な気候で、逆に北方のピュトラション王国はほぼ全域が刺す様な極寒の地だ。その地にいた主によって天候は変わるが確かに極端だな」
「南方、南方って砂糖の輸入先ですよね。どんな所なんですか?」
「南方へは傭兵だった頃に船に乗って数度行った事ある程度だが、出来うる限り行きたくない場所だ。何せ暑過ぎる」
「へぇー。私も聞いた事はあるけどそんなに暑いんですね」
「美味い飯、陽気な人々、美しい海、見たことも無い砂の海、それらの記憶を凌駕し霞ませて有り余る暑さだった。日中など地肌に金具を着けたら火傷をする程だ。南方の兵が鉄具に布を巻く理由を痛感させられたな」
異国の話を興味深く聞いていたラキはとある物が視界に映り二度見した。
「どうしたラキ?」
「え、いやアレ」
ラキの指差す先には化物が倒れている。水牛とトリケラトプスを足して2で割った様な顔にタワーシールドの如き額を支える短く太い首、四つ足で後脚の発達した犀の様な身体はヌーの様な黒い短毛を生やし一直線に伸びた長い尻尾が伸びていた。
だが何より注目するのは角だ。盾の様な額と眉間の中心から生える長く太いランスの様な一本、それを中心にして左右に生える曲がった鋸の様な大角が二本。最後に鼻先から小さい角が一本サイの様に生えている。
で、ラキの目測だが全長8㍍くらい全高4㍍くらいはある感じだ。ランスの様な角だけで少なくとも1㍍あり、一気に動物園の猛獣エリアに放り出された様な気分になった。
「何ですかあの化け物」
指をプルップル震わせてその化け物を指差す。バウバはそちらに視線を向けて成る程と頷いた。
「アレがクワトロ・コルヌだ。繁殖能力が高く外界なら何処にでも居る上に気性が荒い。が比較的に倒しやすく美味いぞ」
続けてディキアナが。
「工房では安定して手にに入る質の高い皮と骨の素材って印象ね。服や武器防具、尻尾なんかは冬毛になれば高級な毛皮のコートになるわね。あとお肉がとってもおいしい」
「うん。取り敢えず肉が美味いってのはわかった」
誰がとは言わない、いや言えないがもうヨダレ・ヨダレ・ヨダレ。まぁ美食って物ほど古今東西、凡その人類が簡易的に得られる喜びは無いから気持ちは分かるが想像で垂らしてるロン毛男なんなん。
そんな雑談を交わしながら城塞から出て断界山脈の断崖に沿って進んでいく。
草木の凡そが刈り取られ片側を断崖、もう片側に鬱蒼とした密林に挟まれ、広い道だと言うのに酷い圧迫感があった。
木々の高さはラキの見立てではアマゾンと同等レベルだ。アマゾンなど行った事ないしなんだったらアマゾンに映える様な木を直で見た事もないけど。尚、気になって聞いてみたところディキアナ曰く高めの木が16フェッラリウス前後の高さ、ラキの元いた世界的に言うと80㍍くらいだと言っていた。もうアマゾンのレベル超えてる。
毎日水路を木材が満載の船が通るわけだ。そんな馬鹿デカイ木々と岸壁に挟まれた道を歩いて半鐘程、温泉街にでも行った様に湯気が濛々と上がっているのが見えてきた。
「さぁ、着いたぞ!」
湾曲した川が流れ森を分断する道の終末で旅団員が声を貼る。そこでは既に先行した猟師達が人数十人が入りそうな巨大な鍋を刻印版で熱していた。
で、それは良いとしてその奥だ。
木々の合間を交差するピンと張った透明に近い乳白色の反物が木々の間を幾重にも交差し森一つを包み込んえで白く染め上げている。張り巡らせられた巣はハエ取り紙という古遠い昔の八百屋や魚屋の店先に吊るされていた物に近く、半透明なこの巣に獲物が触れれば小さければ引っ付いて取れなくなるのだ。
わかりやすく言えばガムテープでぐるぐる巻きにされた状態になる。特に大きな獲物は気にせず進んでいくので身体中に巣がこびり付いて動けなくなり食われると言う寸法だ。
外界のモンスターの生存競争として中々効果的な様で、巣の下には何の物か判らない骨と毛が山の様に盛られていた。先ほど見たクアトロ・コルヌっぽい骨が比較的に多いが様々な生物が蜘蛛の餌となっており綺麗に毛と骨を残した骸の山は端的に言って、怖い。
「何このモンスター墓場。骨ヤベェ、超怖ェ……」
「うぁー、あんなにモンスターの骨素材があるなんてお宝の山ね」
「今年は良く食べたのか巣の出来がとても良いな。喜んで貰えそうだ」
上から意見的な意味で一般代表ラキ、職人代表ディキアナ、新郎代表バウバだ。この世界で言えば感性的に最も異世界なラキが最もノーマルな感想ってどうなんだろう。
「よーし確認が取れた!各自道具を受け取って作業に掛かってくれ!!」
ディキアナの父の声で住民が動き出す。ラキもバウバとディキアナに続いて柄の長い鎌を受け取る。バウバが10㍍程の梯子、ディキアナは籠だ。
だがラキは此の前の麦狩りから学んでいた。階段を登る様に宙を登る。
「ラキ、あまり上に行き過ぎると飛行系するモンスターに襲われる。気をつけろ!」
「わかりました!」
バウバの注意を聞いて巨人が採取しているあたりの高度で宙を登るのを止める。通常は梯子を登って鎌を使い布の両端を同時に切って収穫するがラキは交差する布の壁に近づいて。
「斬れろ」
一言で一丁あがりだ。布は空中で留まっており泥が付く事は無い。と言うかそのまま上から順に鍋に向かって飛んで行く。ラキの生み出す布の流れは魔法の絨毯って言いたいところだが一反木綿の群れって言った方が理解しやすい光景だろう。
木の間の巣の壁を数十剥がしたところで一休みしようと降下する。
「えぇ……?」
で、なんか凄い光景を目にした。
バウバが木の下で巣の端目掛けて曲刀を振る。そして気が付けば対になっている木の下に居て、曲刀をまた振った。
結果、巣の壁が落ちる。
落ちた布を拾って籠に入れている集団から籠を受け取り背負ったディキアナを発見し、ラキも籠を浮かせて運搬を手伝いながら横に並ぶ。
「あの先輩、もしかしてバウバさんって魔法使い?」
「え?」
「いやサーベル振っただけで巣が落ちたし。てかバウバさん瞬間移動してない?」
「あー、憲兵団長って慎ましいもんね。あんまり昔を語らないって聞くけど、元は最強の傭兵って言われてのよ」
「最強の傭兵、そう言えばさっき言ってたな」
「ええ。傭兵バウバと言えば戦場で知らない者は居なかったそうよ?パパの受け売りだけど。実際、どんな破落戸が相手でも武器を抜かずに倒しちゃうからね」
「いや、その新情報は興味深いんだけど瞬間移動とか刃届いてないのに切れるとか普通なの?」
「まぁ獣人だしね。何だったらパパも似た様な事が出来るし」
「・・・・・」
魔法というものが使える自分も大概だが周りはその上をいく。あのドラゴンの件でなんとなく感じていたが自分はとんでもない世界に迷い込んだのだなと半ば呆然とした。
ボソッと。
「飛ぶ斬撃ってバトル漫画すぎる……」
ツッコム人がいないので代わりに言うが平然と空飛んでるお前が言うな。何ゴンボールの何空術だ。武術ってか魔術だけど。
「よっと」
巨大な寸胴鍋の列にディキアナが籠を置いた。ラキも併せて置く。
「ラキじゃぁねぇか!」
上からかかる声、見上げれば面長で団栗眼に鉄の義足の巨人、本屋のヤグドゥア・グレイオスだった。
「ヤグドゥアさんも当たったんですね!」
「ああ、丁度服が欲しかったところだ。運が良かった!!」
そう笑って答えながら籠ごと布を茹でる。ラキにとって既視感が酷い、ラーメン茹でて様にしか見えない。それからは相変わらずな巨人のマンパワーに感嘆したり、王馬の馬車を引く馬力に愕然としたりして布を収穫していたら昼になった。
配られたパンとスープの昼食をバウバとディキアナに加えてヤグドゥアと雑談しながら済ませて作業に戻る。
中刻6鐘頃、警鐘がなった。猟団員達が声を貼って。
「山の麓に待避しろ、四つ角の群れに防衛網の一部が突破された!!」
バウバは鐘の音がなって直ぐ慌てているラキとディキアナの元へ駆け寄る。
「二人共、落ち着いて猟団の指示を良く聞くけ、少し匂う範囲が広い。ラキ、避難中の万一の時はお前が頼りだ。ヤグドゥア殿と共に皆を砦へ護衛するのだ」
「う、ウッス!!」
ラキは住民の防衛を任せられた事でバウバの思惑通り城塞へ帰る事を了承した。ディキアナも怯えながらも確りと頷く。なまじ魔法を使える上に危う過ぎる前例もあるラキが、ここに残ると言い出す可能性を考慮し若人を危険に晒すのを嫌ったバウバは続ける。
「男児とは女子供を守る者だぞ、ラキ」
そう言い残して二人から離れるとバウバはヤグドゥアに囁く。
「ヤグドゥア殿、すまないが二人を頼む」
「任せておいてくれ団長」
力強く頷いたヤグドゥアに目礼すると足早に住民達を守る為、当選していた憲兵団を集めに行った。
「人手が足りるかどうか」
バウバは違和感から確信を得ていた。先ずこの時期に四つ角クアトロ・コルヌが繁殖や子育ての期間でも無いのに群れを作ることが珍しい。そしてクアトロ・コルヌの群れ程度で猟団の仕掛けた罠による防衛網が突破されるのは異常。
即ち時期外れの、加えて大規模の群れを作っている事が予想される。
「季節毎に起きる縄張りの変化と言うよりは主の縄張り移りの可能性もあるか」
ドラゴン来襲の一件から猟団長達の示唆した可能性を鑑みて否定はできない。
「来たぞ!!」
そんな声がして同時に大樹の合間を縫って三頭のクアトロ・コルヌが現れる。道中に見かけた物より大きい個体群だが狂騒ないし狂乱と言える慌て様で川に飛び込んだ。巨体ゆえに渡ることは出来ても速度は落ちる。そこを見逃す猟師は居ない。
「撃てェェッ!!」
猟師達の中央先頭にに立つディキアナの父リートニアが命じ引き金を引けば、住民を背に川縁に並んでいた猟師達が銃と弓を放つ。フロントロックが火花を散らし轟音、視界を塞ぐ白煙が立ち込める。リートニアはグレイブを大地を切る様に突き刺し。
「近接、構えろッ!!」
鎧武者の様なリートニアの両腕が鉄と鱗、更に獣の皮の複合機甲鎧に変わっていく。
合わせ猟師達が得物を、最後に猟団長が巨大な刀身煌めかせグレイブを握り、大地から重々しく抜いて。
同時、長大な角が白煙を突き破る。
一際巨大な個体、銃傷から血を流しながら地を鳴動させながら。
銃弾を受けて尚も欠けらの衰えも知らぬ巨体、その力強過ぎる突進は掠っただけでも死は確実。
リートニアは一歩前に、脇構えにて獲物を待つ。
腕から蒸気を漂わせながら心穏やかに腰を捻って石突きを敵に向ける。
一呼吸、敵の振動を捉え。
目を見開き。
「ゼァァアアアアアアアアアアア!!!」
踏み込み、腰を捻って一線。
四つ脚を薙ぐ。
勢いのままグレイブを振り上げて。
「フンッ!!」
半月を描いて断首、自身が斬られた事も理解するに至っていないクアトロ・コルヌの太い首を一刀両断した。
絶命の悲鳴、どころか痛みさえ無く。
「いい肉が取れたのに勿体ない」
二振りでクアトロ・コルヌを討伐したリートニアはそう言ってグレイブを振り血を飛ばす。
「お前ら、異常事態だ。魔法使いのおかげで布も何時もより多く取れたから引き上げたほうがいいって他の猟団に伝えてくれ」
「へい!」
獣人の一人が頷いて大きく息を吸う。
「ゥオーーーーーーーーーーーーン!!!
オォーーーーーーーーン……!!!
オォーーーーーーーーン……!!!
オォーーーーーーーーン……!!!」
遠吠えと呼ばれる獣人の通信手段だ。ホーミーだかフーミーだか言うモンゴルとかその辺の人が使う独特な発声法に近い。
晴れた噴煙、もう一体のクアトロ・コルヌが突如立ち上がり猛然と走り出した。猟団を迂回する様に走り出す先は退避している住民達。
「住民の方に行かせるな!!」
先陣を切ったのはバウバ率いる憲兵団だった。10人ほどが弓や銃を構え矢弾を斉射する。
だが矢張りその程でクアトロ・コルヌは止まらない。
部下の攻撃と共に走り出していたバウバが猛進する獣の前に現れ片足を前に腰を落とす。
獣人の身体能力、その全力を持ってサーベルを寝かせる様に構えを取った。
迫る。バウバは動かない。
迫る。巨大な一角。
交差するその瞬間、一歩踏み出したバウバは消えた。
気が付けばクアトロ・コルヌの背後に。
サーベルを振って刀身に残った血肉を飛ばすと同時に脚一本、切れた巨体が落ちる。
「やはり猟師の様にはいかんな」
バウバはまだまだ鍛錬が足りんなと自戒して、背から近づき隙を伺うクアトロ・コルヌの首を断つ。
「ふぅ……まだいるのか」
だが続々と現れるクアトロ・コルヌを見て苦虫を噛み潰した様な声で。猟団の援軍も加わりつつあり余裕もあるが、こうも断続的に来られては終わりが見えない。
「憲兵団、住民に傷一つ付けさせるな!」
意気良く、雄々しく号した。
ラキは段階的な退避を待つ間、ガンガン化け物を屠るバウバや猟師達の活躍を見て思った。「自分の使える魔法って別に凄くないんだな」と半分正しく半分間違った感想を。
「さ、落ち着いて進んでくれ!」
だが援軍に駆けつけた他猟団の猟師に避難を先導される。猟師の声で我に帰ったラキは注意深く歩みを進めた。
温和な本屋の巨人が歴戦たる風格を持ってして森から視線を外さないのだ。この状況を楽観できる程にラキの肝は太くない。
だが、そのヤグドゥアの頼もしさのお陰で必要以上に緊張を強いられ無いのは幸いで有った。そう言う訳で他人を気遣う余裕があり、己が父を心配する先輩を気にかけることが出来る。
「先輩、大丈夫っすよ。親父さん凄く強いんでしょ?クルスビー師匠が自慢してましたから。確か」
ラキは目を細めて握り拳を振り。
「俺の兄貴は何でも一刀両断だぜぇ!……って」
「フフッ、それおじさん?」
ラキのクルスビーを真似ながらの変顔がツボだったのか笑って。
「叔父さんに言いつけちゃお」
気丈に答えてみせた。
「ありゃ、それは勘弁して」
ラキは戯けて返す。少しでも緩和出来たのなら自分にしては上出来だ。先輩も大丈夫そうなので周囲を警戒する。
自身が素人である事はラキとてわかるが気の持ちようは大事だ。
「ヤグドゥアさん。今の状況って」
言外に状況を知りたいと。
「悪いが後でだ」
ヤグドゥアが言うやいなや木々の合間から現れるクアトロ・コルヌ。全身がずぶ濡れで所々に爪傷がある。何より瀕死の獣が晒す狂気を漂わせていた。
元猟師一人と護衛が七人、住民が十数名。
眼前に手負いの獣、背は岸壁。ヤグドゥアは状況の悪さを鑑みて聞く。
前足で土を払う。
「ラキ、敵を拘束出来る様な魔法は使えるか?」
「まま、ま、任せて下さい!!」
目を見開いてガタガタ震えていたラキは地に掌を。
「必殺、えーと……オラァッ!!」
凄い気の抜ける掛け声と共にクアトロ・コルヌが突如沈んだ。ラキは魔法を使って泥濘の底無し沼を作り上げたのである。
「あ、アンちゃんが竜目潰しか!?」
そう言って猟師達が此れ幸いと駆け寄る。もがくクアトロ・コルヌの首に目掛けて銃を撃ち込んで足早に撤退した。その後は特に襲われることもなく城塞に着く。
そのままシルヴァ・アルターの港へ帰還しする。
「ラキ、あれ!」
ディキアナが指差す先、巨大な艀を連らせた船団が帰ってきた。バウバとリートニアが降りてくる。
「パパ!!」
ディキアナが父へ抱きつく横でラキもまた安堵と共にバウバの元へ。
「バウバさん!良かった。怪我は?」
「うむ、心配をかけた」
笑って答えたバウバ、ラキはふと気付いた。スンゲぇ耳と尻尾ふっとる。
てか、猟師や憲兵団も危機を脱したと言うのとは違う喜び方。
バウバは船に視線をやって途轍もなく嬉しそうに。
「今日は四つ角の肉で宴だ、フフフ」
「・・・・・・」
ラキは言葉を失った。……まぁ、そりゃねぇ。
尚、夕食にてこのリアクションの意味を理解した模様。




