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かぁぁぁぁりの時間ダゥアア!!

「プタァト」


クーウンが手を掲げた先にある刻印版から出ていた火が消える。使う事には何とか慣れつつあるが此の利便性に対する感動は言語絶す。

それはそうだ。基本的に火種は残しておく物だが消える事が多い。必然、火打石で火種を作りフーフーする羽目になる。そこから火を襤褸紙や枝に小さな薪に移して最後に薪だ。

慣れてても数分、下手すると十数分はかかるクソダル作業をしなければならなかった作業が一つ減ったのだから。


「感謝しないとね」


しみじみと言いながらラキがお試しで作ったと言う白鑞、いわゆるピューターの匙を並べて朝食の準備を終える。


乾燥させた魚の身と川にいる小エビを入れた魚介のクリームシチューを木のボールに粧い、パンとチーズに乾燥トマト入りサラダを卓上に。


並んだ食器と朝食を確認して頷いて。


「よしっ良い感じだね」


計った様に扉が開く。祖人としては大きな獣人と同じくらいの長身、垂れ目の優しげな童顔に長く艶やかな黒い長髪、血色が良く白雪の様な肌と長い右の手と両足。


最後に左腕が鈍く輝く鋼鉄だ。あれはクーウンにとって、いやバウバ一家にとっての絶大に過ぎる恩である。


そんな腕逆の肉の手で寝癖ボッサボサの髪に指を突っ込み頭頂部を掻いたラキ、鼻をヒクつかせ次の瞬間には半開きの目をカッ開いた。お腹空いてたみたいだ。


「おはようございますクーウンさん」


「ああ、おはようラキ」


「今日は魚のクリームシチューですか?」


獣人なら尻尾を振ってるだろう期待を含んだ問いにクーウンは微笑ましく思いながら頷く。


「あぁ〜超、美味そう。匂いでヤバイ」


飛び跳ねる様に言葉を吐いて食卓に、少し話していればゴニャ、朝の苦手なバウバにミャニャとグゥクゥも起きてくる。皆で卓を囲んで。


「万象の霊とクーウンに感謝を」


「はい、おあがりよ」


程よく騒がしくラキが食べ子供達が笑う何時も通りな何て事の無い朝食。バウバがふとパンを見て。


「そう言えば収穫祭は明日からだったな」


顎を撫でながら気合いを入れるバウバ。そりゃお巡りさんとしては最も忙しく気を使う時期だ。いつも忙しい上に祭りの季節ともなれば悪い意味で浮かれる者も多くなるのだから必然、更に言えばシルヴァ・アルターは一帯で最も栄えている都市で旅人も少なくない。憲兵の仕事が増える増える。

特に酔った巨人や機人に獣人の相手とか凄い骨が折れるのは論ずる価値もない程の事だ。


一方で子供達は父の言葉に目を輝かせる。当たり前だ、収穫祭なんてものは最も美味しいお祭りだもの。


「俺、今年もいっぱいジャム食べる!」


ゴニャの言葉にグゥクゥが興奮して両足をパタパタしながら頷く。味見と称して収穫祭最後中に行う越冬準備では出来立てのジャムをパイやワッフルで食べるのだ。


無論、少し置いて味が落ち着いたものも美味い。が、とは言え焼き立てにジャムを付ければ美味いのはどの世界とて条理にして真理。特にパイなんかは年に一度とプレミア感も手伝いそれはそれは記憶に残る物。


特に越冬のジャムを作る際にはシルヴァ・アルターで作れる麦芽糖や糖株だけでは足りないので、南方の変異気象国から船を使って輸送される砂糖黍が原料の甘みの強い糖液を輸入する。


他にも飼料の状態等を判断して一気に家畜を潰すのだ。それらは凡そが越冬用の保存肉に加工されるが、同時に新鮮な肉が大量に安く出回ることを意味する。


美味い肉が安く手に入る。即ち一月に一度くらいの御馳走が数日間隔で一月続けば老若男女が楽しみとなって相応。


ただクーウンは一言。


「まぁ、麦の収穫が終わってからだけどねぇ」


ラキとバウバを除いて全員が遠い目を。しゃーないコンバインとかねーから。アレ人力でやるとか腰死ぬから。

もしかしたらラキのいた世界でなら最初の蒸気船が出来た50年後くらいにコンバインができたっぽいので、あのクオリティの船があれば一縷の望みは……まぁ此の表情じゃ少なくとも此処にはねーか。


「とは言えその報酬が美味いジャムや包み焼きだ。大変だろうが頑張ってくれ」


「うーん。頑張る」


耳をペタンと倒して答えるゴニャ、コクコク頷くグゥクゥ。子供達も一番大変なバウバに言われては頷かざるおえない。

ラキはしょげた子供達を慰めながら苦笑いを浮かべラキは言う。


「まぁ俺も頑張るからさ」


この時の事をラキは後に振り返って言う。ナメていたのだ農業を、いや結果論的な言い方をすればもうちょっと頭を使うべきだったのだと。


で、その麦狩り当日の早朝。バカ広い農地を前にサイズ、古いタイプの死神が持ってる大鎌を持った成人男性達が並んでいた。その後ろにはフォーク、三叉の農具を握る成人女性達が並んで最後に籠を持った子供達が続き列を成している。

男達が刈って、女達が集め、子供達が拾うのだ。


ラキもまた鎌を握りクーウンに受けていた麦狩りの説明を思い出していた。


雑に要約するとシルヴァ・アルターの住人が朝一で畑に集合させられ到着順に班分けさし収穫量を競うのだ。競争なのだから御褒美もあるわけで朝食と昼食を領主が出すのだが一番収穫量の多い班には別途酒と肉をプレゼントされる。

牧畜産業の者や医者や憲兵等の持ち場を離れられない者を除き住民全員が参加だ。公的な言い方をすれば報酬は出るが労役に類する行事。


ただ一日で腰に来るのに全部収穫するのには大体5日くらいかかる。加えてブッ続けで3日程かけ梨類、林檎類、葡萄類などの果実類に豆や蕪なんかの収穫だ。


マジご褒美も無しにやってらっれかよって感じ。


住民達が開始を待っているとマントを翻して自身の彫刻の様な肉体美を見せつける様に王馬を駆けさせる男、トトム商会のセレス・ストアが現れた。王馬の操りっぷりは様になり過ぎててオメェ本当に商人かって言いたくなる程で、格好を除けば何処ぞの国の名将の様だった。


軽やかに下馬した彼は追従していた従者が置いた台に、住民達の顔を確認するかの様に視線を滑らせ。


「我が主、我が王が皆に豊穣の礼の意を示し、この五日の収穫にて上位三組に授ける酒をアールヴの果実酒とドゥルグの果実酒とする!」


滔々語るストアに答える様に男達が蛮声と鎌を突き上げた。


「また、肉は此のストアが両眼にて見定めた外界に住む四つ角の獣クアトロ・コルヌの肉だ!!

狼牙猟団が狩った絶品も絶品の逸品!心して麦を刈って欲しい!!」


残った住民も静かに、しかし轟轟と意欲を燃やす。なんかもう戦意って言っても良いレベルかも知んない。


「では、初めっ!!」


言うやいなや鉄槌を振りかざし従者が掲げた人の祖人の顔程の鐘目掛けてついを振り下ろす。


カーーーンとよく響く音が。


上空から見ればまさに戦争。ざっくばらんに並んだ麦という群衆に津波の様に迫り、鎌のリーチを生かして広い範囲を扇状に薙いでいく。


遅れて畑に入った女達はフォークを地に沿わせて麦を掬い上げて自身の右へ集め麦のラインを作る。子供達は駆け回り籠へ落ち穂を集め女達の寄せ集めた麦の横に籠ごと置いた。


尚、子供達の落ち穂拾いの仕事がある都市は境界都市のみだ。普通の都市や集落だと貧しい人々への救済となる。


さておき、憲兵の仕事のあるバウバを除く一家と共に参加したラキはと言うと。


「うぉおおおおおおおお!!!」


一心不乱に鎌振ってた。肉と鉄の両腕で長い柄を握り差し入れ引く。

敵たる麦は背が高く3分の2くらいまで穂をつけた元いた世界の麦より収穫量の多そうで刈りにくそうな難敵だ。


尚、別の組みに振り分けられたクルスビーは鎌を自身の周りで回転させてる。下手したらコンバインより仕事早い。

でもラキはそんな発想無いので必死こいて鎌を引く。何せ刃渡り20パンドス、ラキの世界で言えば1㍍くらいあるのだ。テコの原理に喧嘩売ってる使い方でそりゃ必死にもなる。


柄が長いので持ち方考えて全身で振り回す様にやれば楽だが農業経験とか無い。そして必死過ぎて周りに目が向いてない。


結果。


「ハヒュー…ハヒュー…」


10㍍でバテた。


「代わりな、義手のにいちゃん」


後ろに控えてたゴツい髭のオッサンが鎌を背負いニカッと笑う。尚、祖人でラキより少し低い背丈だが筋骨隆々で超頼もしく、その巌の如き四肢に並べばラキがモヤシにしか見えない。


「さぁ、コツってもんを見せてやラァッ!」


大きく振りかぶった鎌が力強く振られ麦を扇状に刈り取る。本来の刈り方で、更に港で積荷を運ぶ彼は足腰に力を入れ体を使う方法を知っていた。


ラキはそんなゴツ髭オジサンを感心しつつも参考にしようと眺める。序でに刈り残しを処理しながら。


「そういや他の人はどんな感じだろう」


余裕の出来たラキは麦相手に善戦する先達達を眺めた。


彼等の様な身体を使い慣れてる人々の中で特に顕著なのは巨人だ。高い身長を生かして倍の長さを持つ鎌を振ってズンズン進んでいる。ただ其の背の所為で腰痛そう。


「アレか?腰下げてブン回すのか?」


見様見真似で刈り残しを。


そんな感じで疲れた人と交代しながら進んで行き二面の半ば頃、息も絶え絶えで後退時には鎌を杖のようにする程バテた頃。


先程、巨人が他の組みの進展を眺めて焦っていたのを聞いたオジサンが言う。


「チクショウ!俺たちの所にも魔法使いがいれば!!」


ラキは、少し先を行っていたゴツ髭オジサンが言った言葉に衝撃を受けた。

漸く気付いた。『魔法とか使って良いんだコレ!?』と。まぁ、魔法使用に関しては昔に一悶着あったのだが馳走より仕事がさっさと終わる方が良いって事で黙認されてる。


ラキの動きが止まった。万感の思いに一瞬動けなくなったのだ。


「変わるかい?」


後ろに控えていた細身のお兄さんが声をかける。だが唐突に手に握っていた鎌が引っ張られて。


「え?」


周囲で同じ様に鎌が一人でに飛んでラキの周りに集まり合計8本の鎌が風車の様に円を描いて漂う。


次の瞬間には目にも止まらぬ速さで、ってかラキの元いた世界で言う所の芝刈り機の刃が如く回る。


何事かと鎌を目で追った住人の視線はラキへ移る。片足を折り腰を下ろして、もう片方の足の膝を地に付けた。


「フゥゥゥ……」


静かな呼吸。腰を上げ、駆け出した。クラウチングスタートでダッシュ始めたラキは一条、自身を中心に回る鎌で麦を刈り取りながら大きく口を開けて。


「魔法使って良かったんかーーーーい!」


尚、ラキとバウバ一家を除いて『いや、お前魔法使いだったんかい!?』って思ったのは言うまでもないだろう。


結果、クルスビーのいた組と猟師の多かった組に巨人が多かった組が勝利してクアトロ・コルヌ(メッチャ旨い肉)食いっぱぐれた。


次の日は食べれたが魔法使ってギリ三位と言う結果だ。やはり巨人が多いと強く女性や子供でも平気で巨大鎌振れるのでマンパワーに差がありすぎる。

尚、一位は慣れてるクルスビーで二位は常日頃モンスター相手にしてる猟団達な感じだ。勝てる訳がない。


更に同じ様な競争形式で青果を収穫し終えた3日後子供達のお楽しみデーが来た。元は作物の豊穣を祝い翌年の豊作を願って収穫した取れた作物を皆で分かち合って世界樹に感謝を捧げる日だ。豊穣に感謝を送る宴だったそれは今ではジャム祭りって言った方が実態に近い。


果物等を隣近所で買い各区間に設置された広場に集まり、鉄具屋がこの時期に貸し出す巨大鍋を並べて窯三つに火を入れる。規模が大きいが数家族でキッチンとかが併設されたキャンプ場使ってる感じだ。


「ラキの本領発揮だね」


煮沸したガラス瓶を拭き並べながら頼もしいと言外に含んで闊達に笑うクーウン。視線の先にはやる気爆発した顔で魔法を操るラキがいた。強いて言えばフハハハハって笑い方が似合う顔で。


巨大な鍋と長大な箆を浮かせ、蒼銀の籠手で生んだ火を操る。何してっかってーとジャム作りだ。


隣近所、数家族で金を出しあって果物と砂糖を買い冬用のジャムを作る。干し肉や漬物などは個々の家庭で作るか買う事が多いが、ジャムの場合は各家庭で作ると砂糖の所為で高額になり過ぎる。故に仲の良い家家が集まって纏め買いする事で少しでも経費を減らすのだ。調理も数家族でやるのでジャムの攪拌作業などの仕事を分担交代が出来て楽と一石二鳥と言えるだろう。


まぁバウバ一家と共に作業する家庭はやたら張り切ってる魔法使いがいるので関係ないが。


「ラキちゃん。もう大丈夫ですよ」


ラキの混ぜるジャムを生来の勝気な吊り目で確認していたミャニャが表情を緩めて言う。


「了解です!」


ラキは敬礼し続けて手を振る。混ぜられてたジャムだけがズボッと鍋から浮き、そのまま煮沸殺菌を終わらせておいたガラス瓶の中へ。最後に余ったジャムを各家庭のママさんが持つ鍋へ均等に振り分ける。


瓶にコルクっぽい物で蓋をして鍋に入れ瓶の半分以上の高さまで水を入れ沸騰直前ほどまで温める。入りきらなかったジャムを食べる為の生地を作ったりしながらラキのいた世界で20分から30分程煮沸して待ち、続いて瓶が割れない様に水を足して緩くして更に待ち、最後に冷たい水に移し熱を取りきったら完成だ。


ほぼ同時にタップリとジャムを入れた大きなパイが出来上がった。女性達がピザを焼く時に使うピザピールみたいなのに乗せて運んでくる。


芳ばしい麦の匂いにバターの濃厚な香り、そして抑えきれぬ程の魅惑的な甘い香りが炸裂して広場を覆う。


「わー、美味しそう!!」


ゴニャの言葉に激しく頷くグゥクゥを始め子供達は勿論、大人とて比喩的にも物理的にも垂涎して目を輝かせる。いや、例えとして輝かせる等では足りない、目からビームと言うべきだ。


ラキも魔法を使った窯掃除を終えて椅子に座る。その機敏っぷり脱兎の如し。逃げるってか向かってきてる訳だけども。


クーウンが皆が座ったのを確認して。


「大樹の恵みくださる豊穣に感謝を!」


「「「感謝を!!」」」


数秒の文言さえ耐え難かった子供達が二股フォークを握る。大人達が切り分け皿に乗せてやればパイの置かれた順に争う様に食べ出した。


ラキはミャニャから受け取りパイの断面から揺蕩う白煙を吸う。期待にペロリと唇を湿らせフォークで突き刺し一口。


「うみゃぁああああ!!」


子供達と共に燥ぎ食らうラキ。グゥクゥは足をバッタバッタ振って、ゴニャはコクコク頷きながら黙々と。バウバの嫁に祖人がいれば似た者兄弟と言われただろう。


「美っ味、手製のパイ美っっっ味!!」


激烈に甘いジャムは柑橘類の酸味が良いエッセンスとなって……ゴチャゴチャ喧しいので端的に、美味ぇモンは美味ぇ。


敢えて渋めに入れた茶を一口、暖かさに安堵するかの様に一息吐く。パイが終わればワッフルにジャムを付けて食べ始める。


建前のジャムの出来を語りながら嬉悲交交ならぬ嬉嬉交交と味わう人々。収穫祭の大きな目玉はあと二つだ。


「そう言えば布集めって何すんだろ?」


ラキは何と無しに言ってブリュッセル風っぽい固めのワッフルにジャムを塗りつけ一口食べた。


「にーちゃん、彫像動かすのやって!」


「ん?ああ、任せときな」


ゴニャに頼まれラキが魔法を使ったり、別の家庭の集まりとジャムの交換をしたり。収穫祭の始まりの儀式を楽しんだ。


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