第1話 始まりのパレット
東京都内、某所。
厳重な警備体制の敷かれた屋敷には、一人の老人が住んでいた。
彼の名は、鬼松零次。自衛隊統合幕僚長、警視総監、さらには暴力団のトップなどを歴任し(歴任しちゃいけない気もするが)、日本の危機を何度も救った英雄の中の英雄である。
だが彼も若い人たちに権力を譲り、今は悠々自適の生活。若干ボケ始めたかもしれない。まあ仕方ないだろう。
「ちょっと散歩に行ってくるな」
零次はそう言った。
「行ってらっしゃいませ」
メイドさんが頭を下げた。
零次は街を歩く。かつては気軽にそんなこともできなかったが、今の彼を狙う暗殺者はいないだろう。そんなことをしても意味は無い。
「ふう……」
疲れを感じる。英雄も、寄る年波には勝てない。
そうして道路を横断していると、トラックが高速で迫ってきた。
キラキラと輝く星の海。見た事のない景色だ。
「……? ここは?」
もちろん零次は色々なものを見て来た。遊びで世界中の女の子を集めてみたこともある。
しかしこんな景色は見たことが無かった。
「零次様。お会いしとうございました」
その時現れたのは、この世の物とは思えない程美しい女性。輝いている。白亜の羽衣を着ている。黄金色の髪。漆黒の瞳。
「……なんなんだ? 何かのパーティーか?」
未だちょっと理解できない零次。
「零次様。あなたは何と言いますか、トラックに轢かれて死んでしまいました」
女性は言った。
「何だと!? こ、この俺がトラック如きに……。死ぬならどっかのスパイにでも射殺されるかな、とか思ってたんだけど」
零次は言った。
「まあそうですよね。私もそう思ってました」
女性は言った。
「ちなみにあなたは? なかなか美しい女性のようですが」
零次は言った。
「私は女神です」
女神は言った。
「ほほう。女神と来ましたか。となれば、私は何かチート能力でももらって異世界にでも行けるのですかな」
そんなことを言う零次。
「そうなんですよ。それです」
認めちゃう女神。
「勘弁してほしいですな。私ももう十二分に生きました。どっかのニートにでも任せてあげてくださいよ」
零次は言った。
「いや、それがそうもいかないのです。現在、とある重要な異世界が破滅の危機に瀕してまして、どうしても助けなければならないのです。とはいえ、並の人物では明らかに不可能。ぜひ、あなたにお任せしたい」
女神はそう言った。
「なるほど。しかし私では力不足ですよ。確かにちょっと日本とか救いましたけど、あれは運が良かったし支えてくれる人たちが優れていただけ。私一人では何も出来ません」
零次は言った。
「謙遜はやめてください。あなたの力は侮れません。私達も数千億の魂を調べた結果、あなたがベストだと判断したのです」
女神は言った。
「ふうむ。どうしてもこの責任、逃れられぬみたいですな。まあそれなら別に良いですが、どのような能力を頂けるので?」
聞く零次。
「そこも問題なんですよね。本来、それは零次様に決めていただくところ。何か希望はありますか?」
聞く女神。
「そのような事を申されましても……。そもそも破滅の危機とかおっしゃってましたが、どのような危機に瀕しているので?」
そう聞く零次。
「……残念ですが、それは教えられません。そういう規定になってますので……」
わりとお役所仕事の女神。
「それではどうしようもありませんな。まあ、好きなチート能力を好きな時に使える、とかなら何とでもなるでしょうが」
零次は言った。
「実はそれも考慮しておりました。と言っても、同時に使えるのは4つまでですが。『パレット』という能力ですわ」
女神は言った。
「4つまでならどんなことでもできるので?」
聞く零次。
「流石に世界滅ぼすとかはできませんけどね。大半の事はできますよ。この能力で行っていただけますか?」
そう聞く女神。
「ふうむ。まあそこまでおっしゃるなら、構いませんよ。ていうか拒否権とかあるので?」
そう聞く零次。
「ぶっちゃけないですね。んじゃお願いします。あ、ちなみに流石の零次さんでも一発クリアは難しいと思うんで、死んでもやり直せるようにはしておきますね。『セーブ』を使えばポイントの設定、『セーブ破却』でポイントの破却もできますよ」
女神は言った。
「至れり尽くせりですな。んじゃ異世界ライフを楽しむとしますか……」
零次は言った。
「楽しんでいただけるとありがたいですけどね。では、行ってらっしゃいませ」
女神が手を振ると、零次は異世界へとワープしていった。