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プラモデル

作者: ケシゴム

 人は心から望むものがある時、乱心する。しかし、それに本人は気づかない。きっとあなたもこうなっているはず。

 プラモデル。それはプラスチックの部品を組み立て、様々な模型を組み立てる玩具である。車、ロボット、城など、多彩な種類が存在し、組み上げられたプラモデルは、鑑賞としての機能も果たす。

 特に男性はその魅力に取りつかれる者が多く、かく言う俺も、当然そのアートとも言える造形美に魅了された。だが、歳を重ねるうちに、次第にプラモデルから離れていった……


 紅葉が広がり、秋色に雨が続く季節が到来した。落ち葉色に染まる山々には、靄のような雲が上り、閑静な空が薄暗い雲をかけている。アスファルトは艶も無く湿り、どこか雀の声にも哀愁を感じる。


 目を覚ました俺は、終わりに近づくような寒さに、仕事へ行くのが億劫になっていた。それでも行かねば、生活は苦しくなる。

 重い体を起こし、小さくため息を付いた。しかしこのため息は、仕事への苦痛によるものでは無く、望む物が手に入れられないものからだった。その手に入れられない物とは、あるアニメのロボットのプラモデルだ!


 俺はアニメが好きだ。そんなある日、シリーズもののロボットアニメをたまたま目にした。たった一目、たった一目そのアニメのロボットを見たとき、俺は虜になってしまった。

 今までのシリーズでは、色々なロボットが出てきていたが、どれも厳つい物ばかりで、確かにカッコいいとは思っていたが、何か俺の真芯を捉えるものは一つも無かった。だがこのシリーズで登場するロボットは、より人間に近い流線形フォルムに、鋭さを感じさせた。


 それからというもの、俺は毎週放送されるそのアニメにハマった。

 最初はただロボットが戦う戦闘シーンが好きだったのだが、次第に登場人物、複雑に絡み合った人間関係、ここ一番で流れる音楽など、様々な要素に魅了されていった。だが、所詮はアニメである以上、必ず完結はやって来る。当然、そのアニメも終焉を迎えた。

 最後は主人公の死という悲しいエンディングだった。それも相まって、楽しみの一つが失われる悲しみが俺を襲った。先週の次回予告で、次週最終回! と告知され、覚悟は出来ていたはずだった。それでも俺は、それを受け入れる事が出来なかった。


 悲しみに暮れ、少しでもそこに居たい気持ちで、ある決断をする。それは、あのロボットのプラモデルを買う! という決断だ。

 その日のうちに家を飛び出し、方々を駆け回った。大型ホームセンター、スーパーマーケット、果ては駄菓子屋。しかしこの田舎では、そんなミーハーな物を取り扱うような店は無く、午後九時を回っても入手する事は叶わなかった。そこで最後の希望に、リサイクルセンターへ走った。しかし、見た事も無い謎のプラモデルこそあれど、今日終わった新型のプラモデルなど、存在するはずは無かった。


 それからというもの、仕事中でも、食事中でも、果ては夢の中でさえ、あのロボットのプラモデルを組み立てる夢を見る始末。そんな想いが、気力を蝕んでいた。

 だがしかし! 今日は土曜日だ! 仕事が終われば、月曜日の朝まで時間を得る。俺はこの勝機を待っていた。

 重い体を起こし、仕事へと向かった。



 午後四時半を回ると、急激に暗闇が訪れ、カラスたちが慌てて帰宅の途に就いた。道路を走る車はヘッドライトを点け、吐息が白く染まる。親方たちも早い夜の足に、慌ただしく撤収の声を上げる。

 片づけを終えると、眩い光を放つ事務所が、とても暖かく見えた。その逆光の中で、「本日の作業は終了!」という現場責任者の声に、歓喜した。


 いよいよ戦いの始まりだ!


 この一週間、片時もプラモデルを忘れたことは無い。高所での足場の解体の時も、大型重機の合図の時も、荷物の手渡しの時でもだ。例え先輩に「最近のお前は身が入ってない!」と叱られた時でさえ、接着剤の匂いを思い出していたほどだ。

 そして今、その苦労が報われる。


「チースッ」と同僚に労う言葉を掛けると、すぐさま車に乗り込み、急ぎ家に戻り、風呂に入り出発した。今日は少し遠出するつもりだった。

 最初の目的地、コンビニを目指す道中、すれ違う車のヘッドライトが、クリスマスの装飾の様に見えた。街の街灯は煌びやな光を放ち、今までも、これからも絶対に立ち寄る事のない商店の光が、まるで応援しているようにさえ感じた。


 コンビニに止まると、夜の闇に相まって、中からの光が美しい。立ち読みする親父ですら天使に見えた。

 店内に足を踏み入れると、外気の寒さと打って変わって、極楽のような温かさだ。

 流れるBGM。レジの音。籠に入れられるスナック菓子の袋の音。全てが違う。

 目的のホットコーヒーと、おにぎりが笑う。レジの店員も笑う。そして俺も笑う。

 どうやら目的は達成される天啓だ。


 コンビニに寄った事で焦りは消え、車中の音楽を聴く余裕さえ出て来た。


 今日はイケる! 

 

 昂る俺は、法定速度内で車を飛ばした。

 ここでスピード超過で警察に捕まるような愚行は絶対にしない! もしそんな事態になれば、全てを失う。

 安全運転に気を配りながら、冷える公道をひた走る。


 およそ三十分。とうとう俺は第一の関門を突破した。見えて来た大型チェーン店に、計画の八割が終わった事を悟ったからだ。

 駐車場に細心の注意を払い停車すると、温かな店内の光を灯す自動ドアが、高級デパートの入り口に見えた。全てはここから始まる!


 店内に潜り込むことに成功した俺は、すぐさまエスカレーターでおもちゃ売り場に向かう。

 ここでエレベーターを使い、もし事故などで停止したなどの事態が発生した場合、それは死活問題となる。急がば回れという言葉は、このような事態に直面した人間の教訓なのだろう。


 颯爽とおもちゃ売り場に向かう途中、ある親子が俺の横を通り過ぎた。

 小学校低学年くらいの男の子の手には、俺が求めているプラモデルが抱えられていた。それを見て、君もそうなのかと、何故だか嬉しくなった。

 あのアニメは、こんな幼い子ですら虜にしてしまうほどの力を秘めている。どうやら俺は、同志を見つけたようだ。


 横には眼鏡をかけた中年の父親が、満面の笑みを浮かべる男の子を見て、にこやかに笑っている。なんとも微笑ましい。幸せという言葉に形があるのなら、きっとこういう形をしているのだろう。

 そんな親子に心温まり、ますます意欲が沸いてきた。そして、この先に俺の求めるトレジャーがある! 俺は遂にたどり着いた! 


 はやる気持ちを抑えきれず、進める歩も早くなる。

 ゲーム、ラジコン、パズルと、次々棚を超えて行くと、俺の目の前にシャンバラが姿を現した。

 通路一杯に並ぶプラモデル。車、戦車、城、エアーガン。どれも一騎当千の兵ばかり。だがしかし! 今の俺の敵ではない! 俺が目指すのは、その遥か彼方、モビルスーツだ! あっ! 言っちゃった! 

 とにかく、俺は縋りつく怨嗟の念を払いのけ、遂にモビ、ではなく、ロボットのプラモデル群の眼前に辿り着いた。

 この数日の激闘の末、俺の肉体と精神は既にボロボロだったが、それが今報われた瞬間でもある!


 蒼や黒が目立つ棚を、食い入る様に見渡し、目的の機体を探す。

 本来なら、ここまでの苦境を振り返り、涙するところだが、そんな事をしていれば、プラモデルが逃げてしまうかもしれない。プラモデルはただの模型ではなく、生き物だ! それを歓喜で忘れ、勝機を逃すような輩に、アレは乗りこなせない!


 上から、右から、左から、下から、袈裟から、切り上げから、様々な角度から棚を見渡し、眼力という弾幕により退路を断つ! そして徐々に包囲する!

 しかし、幾ばくの弾丸を打ち込んでも、奴はなかなか姿を現さない! さすがに俺をここまで追い詰めるだけの事はある。

 こうなれば総力戦だ! 足を使い、腰を使い、首を使い、猛攻を仕掛ける。しかし奴はまだ姿を現さない。やってくれる。

 とうとう俺に本気を出さざるを得ない状況を作り上げたプラモデルに、憤怒より笑みがこぼれた。


 幼い頃うちは貧しく、なかなかプラモデルという高価な物は買ってもらえなかった。それこそ、誕生日やクリスマスなど、特別な行事が無ければなかなか与えて貰えなかった。それでも、父や母が背中に隠して、「はいどうぞ」と言って、プレゼントをくれるとき、とても温かかった。

 俺も大人になり、両親が生活を切り詰めてまでプレゼントをくれた苦労のお陰で、俺は立派なプラモデラーになれた。その感謝と、退屈な人生に華を添えてくれるプラモデルに、怒りなど感じる筈も無い。こんなに嬉しいことは無い! この探すという時間も、プラモデルの醍醐味なのかもしれない。 


 今の世の中、効率という楽ばかりで、通信販売というものもある。だが、本当にそれでいいのか。否! 与えられた物など、捨てることが出来ないだけのガラクタだ! 自力で掴んだ物ほど、人は簡単に捨てる事が出来る! 

 与えられる物は、与えた者の意志により制約が掛かる。しかし自分で掴んだ物は、自分以外の意志は存在しない! 当然だ。全ての苦労はその者だけの物だ! 誰が邪魔できよう。

 この苦労。正に俺は今、自力という器を試されている!


 だが、それでも神はまだ邪魔をする!

 探せど探せど奴は姿を現さない! 何かがおかしい! 

 準主人公の機体や敵の機体は見つかるが、主人公のだけが存在しない! ……まさか‼ いや、そんなはずは無い! あの親子が手にしたのが最後の一つなど、絶対にあり得ない! ……………………あってたまるか!

 今ならあの親子を襲撃し、奪い取る事は可能だ! 


 遣るか


 …………駄目だ出来ない! 

 父親に嬉しそうに微笑む子供。それに微笑み返す父親。家に帰れば、母親が温かな料理を作り、「ご飯の後で作りなさい」と父親と子供を叱る。だが決して怒鳴りはしない。食事中はずっとプラモデルの話で盛り上がり、両親は喜ぶ男の子を見て笑う。そして食事が終わると、父親と一緒に作り、それを母親が優しい目で見守る。

 そんな幸せを、何故壊せる! 

 弱肉強食の世界において、他人の痛みなど考えている以上、俺は絶対的な弱者だ。それでも、それが俺の唯一の誇りでもある。

 絶望に膝は笑い、今すぐにでも倒れてしまいそうだが、これも運命だと悟り、なんとか店を出た。

 

 暗い空に輝く紅い信号。行き交う車のヘッドライト。艶を出した黒いアスファルト。そしてガソリンスタンドとコンビニの灯。

 あまりの負傷に、世界がとても軽く見えた。

 何故俺は存在するのか? 命とは何か? お金とは、名誉とは、快楽とは、極楽とは……

 

 人は何故、何かを欲しがるのか……


 もう俺には何も分からない。


 そんな帰り道、ただ前だけを見て運転を続けていると、ある家電量販店の看板が、やたらと目についた。

 それは近づくにつれ、弱り切った心に簡単に風穴を開けた。


 何か高価な物を買おう!


 これが悪魔の囁きだとは、その時の俺には理解できなかった。

 埋められなかった心の隙間を、別の何かで埋める。これは衰弱した心理では、当然なのかもしれない。しかし、穴が大きければ大きいほど、その代償も大きくなる。

 本来なら、新作のゲームや、ソーシャルゲームに課金して終わりだろうが、今の俺にはそれではとても間に合わなかった。その心理が、まさかの量販店に捕まった。

 家電量販店ともなれば、販売されている商品は、ちょっとでは済まない額になる。そんな事すら気付かない俺は、吸い込まれるように駐車場に車を入れ、迷うことなく入店した。

 店内はとても明るく、清潔感を感じ、高級感がある。並ぶ商品が宝に見えた。雨のように降り注ぐBGMがとても優しい。

 

 何気なしに入ったため、特にお目当ての物があるわけではない俺は、適当に店内を歩き回った。すると、まさかの発見があった。

  

 おもちゃ売り場がある!


 東方より風が吹いた。

 策を練り、入念な計画を練った作戦が失敗に終わった筈なのに、東方より風が吹いた! 神は俺を見捨ててなどはいなかったのだ!

 

 暗闇の中、腰まで浸かる血の池を歩き続けた先に見つけたシャングリラに、思わず走り出していた。


 東方の風が止み、包み込むような空気が流れた。時の流れが穏やかになった。何処からともなく小鳥の囀りが聞こえた。

 優しい花の香りがした。

 世界が華やいで見えた。

 涙が出た。

 心が笑った。

 笑みがこぼれた……


 幾星霜の闇を超え、幾度となく転生を繰り返し、ようやくたどり着いたおもちゃ売り場。誰がこの歩を止める事が出来よう!

 

 煌々と五光を放つおもちゃの棚は、まるで八百万の神々が宴を楽しむようで、そこを歩く俺に優しく微笑む。

 そして、導くように御前への道を示した。

 現世で煩悩を何一つ捨てられずにいる俺に、八百万の神々は一切咎めることは無く微笑む。

 神々と輝く光。耳ではなく、心に聞こえる笑い声。母に抱かれる温もり。父が傍に居るような心強さ。

 そんな神々のトンネルを抜けると、眩い光の先に奴がいた。


 棚一杯に犇めき合うように置かれたプラモデル群。綺麗に種類ごとに分けられたプラモデル。色彩豊かなプラモデル。天から降り注ぐ雫のプラモデル。天地想像プラモデル。極楽浄土のプラモデル。


 その全てがプラモデルだった。そしてその中に、あのプラモデルが鎮座していた。

 人が乗り越えられない壁は神は与えない。と囁いたと聞くが、その通りだった。


 夢にまで見たプラモデルは可視光など発してはいないが、紫色の妖艶なるオーラを放ち、近寄りがたい畏怖すら感じさせた。

 しかし! 数えきれない屍の山を歩き、多くのものを犠牲にしてきた俺は、その威風を恐れることなく手に取った。


 その瞬間、目の前の景色が一変した!


 限りない黒なのに、それは青から濃くなったと分かる明るい世界。目を凝らさずとも瞬く星々が見え、しっかり地に足はついている感覚はあるものの、完全に浮遊していると理解できる世界。そして足元から仄かに感じる光に目を向けると、蒼く白く、緑の広がる、美しい母なる地球がそこに佇んでいた。


 そう、俺は宇宙にいた。


 これが幻覚なのか錯覚なのかは分からないが、とうとう巡り合えた運命に、対流圏を脱し、成層圏を突破し、大気圏の外へ来てしまった。

「一体何が!?」普通の人間ならそう叫ばずにはいられないだろう。だが、俺はそう発する事はおろか、考える事も無かった。

 何故なら、眼前にあの機体がいたからだ。


 プラモデルの機体ではなく、正真正銘の機体だ!


 黙する機体は、静かにコックピットを開き、乗れ! と云った。


 俺は頷いた。

 

 すでに両者の間に、壁など存在しなかった。


 言葉など必要なかった……

 

 

 

 気付くと、自分の部屋にいた。

 テーブルにはあのプラモデルが置かれ、接着剤、ニッパー、ピンセット、鑢と、組み立てる為に必要な工具が並んでいた。

 夢の中にでもいるような気分だった。


 夢にまで見た景色に、先ほどまでの世界など忘れ、一心不乱に組み立てた!

 

 組み立てた!


 組み立てた。


 組み立て……


 組み…………


 腕と足って……二つも必要?


  

 その後、あのプラモデルは、二年ほど箱の中で眠る事になる。


 

 


 




 


  

 

 

  

 

 この作品最大の失敗は、怒りが足りなかった事です。

 十点中、二点です!

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