突破口
ポートの情報で分かったことはいくつかあった。
ヴィン伯爵はとても野心的で血筋を誇りに思う貴族らしい貴族で、息子のニンバスは貴族の権威を笠に着て横暴を繰り広げているらしい。
そして、何より悪知恵が回るようだ。
「バサルは元々別の土地から来た商人だったんだ。確かな目利きで瞬く間に織物の売り上げを伸ばし、あっという間に街一番の織物商人となってギルド長に就任したんだ。そして、就任した途端、ヴィン伯爵と手を組んで支部を作った。あいつはもともとヴィンの手下だったんだよ」
「状況としてはかなり怪しいですが、それだけで言い切るのは難しいのでは? ポート君、何か決定的な証拠があるのですか?」
「バサルの嫁はヴィン伯爵の子なんですよ。支部が出来てヴィン伯爵領での商売が始まってから、逆らったらどうなるか分かってるかって脅される組合員が多いんだ」
ポートの証言はヴィン伯爵とバサルを結びつける決定的な証拠であり、対立する地域に血族を送り込むことで収入基盤を破壊したとして、訴えることが出来るだろう。
「なら、今すぐお父様にバサルの家族を集めて、王都の裁判所に裁判をお願いすれば勝てるじゃない! バサルを失脚させて新しいギルド長にはちゃんとファブリックの人をつけて、ヴィン伯爵には賠償金を払わせられるわ」
シャーロットが突破口を見つけて目をランランと輝かせる。
けれど、クルスはポートの説明に少し考え込むと、チラリとシャーロットに目を向けた。
「レイント公爵は対立する貴族の家系を領地に入れるほど甘い人間ではないと思う。それにバサルがそうやって言いふらしてみんなが知っている事実なのに、そこからヴィン伯爵を崩せなかったということは、ヴィン伯爵が子供ではないと主張して、認められたってことじゃないかな」
クルスの推測にシャーロットも「あっ」と言葉を漏らし、答えに気付いたらしい。
「うん、シャーロットも気付いたかな? バサル夫人は庶出の子。恐らくヴィン伯爵の不義の娘だ」
「すごいなクルスの旦那。まさか一瞬でそこまで理解するなんてなぁ……」
「いえ、ポートさんがヴィン伯爵の性格を簡単に教えてくれたおかげです」
血筋にこだわる男がそもそも商人に娘を嫁がせないだろう。
最低でも貴族相手だ。それこそ自分と同格か上の位を持つ貴族に嫁がせたがるはずだ。
そういう意味では庶民の娘と子供が出来たこと自体、ヴィン伯爵にとっては汚点であるだろう。
「でも、裁判でそこも明らかになれば……例えばバサル夫人のお母様を連れて来て証言させれば」
「シャーロットの手前で言いたくはないのだけれど、バサル夫人のお母さんをヴィン伯爵が妊娠させた証拠はないんだ。それこそ、自分以外の男とも寝ている娼婦が地位を欲して自分と寝ただけだと言えば、裁判官はヴィン伯爵の主張を認めると思うよ」
「どうして!?」
「貴族……だからね。貴族と庶民では立場が違い過ぎる。仮に貴族に非があっても裁判官や被害者に金を握らせて黙らせることも出来る」
だから、バサル夫人やその母親を呼んでもただ二人をいたずらに傷つけるだけで終わるだろう。
「シャーロットが悪いって言っている訳じゃない」
「分かってるわよ。むくれているのは自分の考えが甘かったってことに対して」
「良かった。でも、今こうやってシャーロットが考えを伝えてくれたおかげで、だいぶヴィン伯爵の人柄が見えてきた」
ヴィン伯爵が大事にするのは家柄と自分の体裁だ。貴族以外は下にみなし、貴族の家柄でなければ血族であろうと切り捨てられる冷徹さがある。
けれど、そこまで徹底した血統主義のくせに、使える者は使うという実利を取る賢さもある。
その二面性を使い分け、バサルを送り込みレイント公爵の収益基盤を破壊したのだろう。
正直に言ってかなり厄介な相手だ。
「けど、つけいるのならそこの部分かな?」
「でも、どうすれば良いのかなぁ……家柄と体裁を気にするって言っても何も思いつかないわよ?」
「それはここで考えていてもしかたないかな。現地に行って考えよう」
クルスはそう言うとのんきにノビをして、温かな陽気に誘われるままあくびをしはじめた。
そんなクルスの様子を見てシャーロットはため息をつくと、諦めたように身体を背もたれに預けた。
「まぁ、クルスがそういうのなら良いけど」
「いやぁー、クルスの旦那は大物なのか考え無しなのかよく分からなくなりますな」
「ホントそうよねー。まぁ、おかげで気が楽になったけど。はー、風が気持ち良いわね。コトコトした音が心地よくて眠っちゃいそう」
クルスもシャーロットの言う心地よい音を聞いてみようと頭を空っぽにしてみれば、風の音と馬の足音がテンポ良くリズムを刻み、荷台に置かれた荷物がコトコトと固い物が揺れる音が聞こえた。
その音にクルスがパッと目をあける。
「ん? あれ? ポート君、織物以外にも何か運んでいるのかい? やけに木箱が多いよね。中身は何か固い物だと思うんだけど」
「えぇ、それはヴィン伯爵への贈り物でさあ、ファブリックで買い取った薬が入ってるんだ」
「ヴィン伯爵は病気なの?」
「いんや、いたって元気なんだよなぁ。それなのにバサルのやつ、俺たち職員にも薬を渡さず、伯爵に送れって言うもんだから、クルスの旦那がいなかったら数本くすねてやろうかと思っていたよ」
ということは薬の瓶はヴィン伯爵がバサルに集めさせていることになる。
つまり、バサルが薬を買いあさっていたのは値段を釣り上げて儲けるためじゃないかもしれない。
儲けたいのならわざわざヴィン伯爵のもとに送る必要なんてないのだから。
ヴィン伯爵の領土で流行病がファブリックの街以上に大流行していない限り。
「ポート君! ヴィン伯爵領で病気は流行っているかな!?」
「ど、どうしたんですか急に?」
「良いから、ヴィン伯爵領で病気は流行っているかな? 織物組合支部の人たちの間だけでも良いから分からない!?」
「い、いや、そんなこたぁないはずだ。あいつらピンピンしてやがったし。あれ? でも、そういえばあいつらも向こうで薬を集め出したけど、渡せなくてごめんって謝られたことがあったな」
ポートの言うことが本当だったら、ヴィン伯爵とバサルは何か大きなことを仕掛けようとしていることになる。
「……ヴィン伯爵がバサルを使って流行病の薬を集めている? それも儲け目的じゃないとなると、ファブリックの街を苦しめるため。いや、そんなことをしたらせっかく奪った税収が減って損をする」
儲けのためでも、領民を苦しめるためでもない。
家柄と体裁を重んじるヴィン伯爵が取る目的は他にどういったものが考えられるだろうか? バサルを使って二つの地域で薬を買い占めて何をするつもりなのか?
「そういえば、バサルは僕が薬を売った時のことを教会の慈善事業かと思ったって言っていたな。あれは一体どういう意味だ?」
バサルが薬に関して言っていたのは後、高値で買い取るという話しだけだ。
思わず漏れたクルスの呟きにシャーロットがポートと顔を見合わせて、肩をすくめる。
「まさかヴィン伯爵がクルスみたいに薬をタダで配る訳ないしねー」
「ハハハ、シャーロット嬢も冗談が得意だ。あのヴィン伯爵とバサルがそんなことをする訳ねぇでしょう」
「だよねー。クルスみたいなお人好しだったらこんなことになってないだろうし」
「えぇ、天地がひっくり返ったってありえねぇですよ」
シャーロットとポートはお互いにハッハッハと大げさに笑い声をあげて、バカなことを言ったのを流そうとしている。
「それだ! シャーロットありがとう!」
けれど、クルスは二人の言葉で手を打った。
「慈善事業だ! ヴィン伯爵は慈善事業のために薬を買い集めたんだ!」
「嘘でしょ!? クルス本気で言ってるの!? 私のはただの冗談だよ!?」
シャーロットが困惑して手を左右にあわあわとせわしなく動かしている。
ポートも一瞬馬から落ちそうになるほど驚いていた。
それだけ突拍子もない話ではあるのだけれど――。
「いや、十分あり得る。ヴィン伯爵は息子のニンバスとシャーロットを結婚させて、レイント公爵領の実権を得ようとしている。でも、ポート君みたいにヴィン伯爵に対して良い印象を持った領民は多いはずだけど、どうかなポート君?」
「えぇ、そりゃあ、まぁ、レイント公爵には良いようにしてもらいましたし……。いきなりヴィン伯爵に乗り換えろと言われても困るしなぁ。というか、何よりバサルが今以上につけあがるのが目に見えているのが腹立たしいって組合員は多いな」
「うん、ありがとうポート君。君のおかげで見えた」
「クルスの旦那、もったいつけずに教えてくだせえよ」
ポートもシャーロットもクルスの考えがしりたくてたまらないのか、身を乗り出すような勢いでクルスに顔を向けている。
特に隠すことでもないのでクルスは一度咳払いをしてから自分の考えを話し始めた。
「今ポート君が言ったように領主が変わることに対する不安は大きい。それが善政をしいていたのなら尚大きくなる。だから、ヴィン伯爵がレイント公爵領の実権を握っても、領民の心が離れていたら上手く運営は出来ない。それこそ今バサルがやっているように他の領主のところに持って行かれるのがオチだ」
「あっ! だから慈善事業なの!? 詐欺事業の間違いじゃない!?」
「シャーロット嬢は分かったんですかい? 俺にはまだサッパリ見えないんだがどういうことなんでさあ?」
シャーロットがクルスの考えに気付いて悔しそうに膝を叩いて怒り出す。
けれど、まだポートは何が起きているか分かっていないようで、困惑したようにおろおろしはじめた。
「ポート君、もしもだよ? 子供が死にそうになった時に、ヴィン伯爵が大量の薬を持ってきて、タダで配ったらどう思う?」
「そりゃあ……ありがてえ話しでさ。でも、それをしてくれたのはクルスの旦那では?」
ポートは不思議そうな顔をしながらもちゃんとクルスの言った内容を想像してくれたらしい。
「うん、そうなったらヴィン伯爵って良い領主だって思わない? 自分で言うのも何だけど、僕みたいに良い人だって」
「そうだな? うん、命の恩人だと思う」
「そんなヴィン伯爵の息子とシャーロットが結婚したら、めでたいって思わないかな? それと、ヴィン家に街を任せたら安心だって」
「あぁ、うん、そう思う――あっ! あああああ!?」
ポートもようやくヴィン伯爵の狙いに気付いたらしく、大声をあげて頭を抱えた。
本来ならあり得ないはずのことが、むしろ本命であることに気がついて感情が追いつかないのだろう。
「そういうこと。つまり、薬は領民感情をレイント公爵から奪うための仕掛けだったんだ。病気と薬はたまたまだったと思うけど、ヴィン伯爵たちは最後の仕上げに取りかかろうとしているってことだね」
家柄と体裁。それらを重んじるヴィン伯爵にとって、領民から受け入れられ、公爵家よりも能力が上だという体裁が必要だったからこそ、こんな慈善事業をしないといけなくなったのだろう。
ポートとシャーロットと話してヴィン伯爵の人柄を知らなければ、こんな大きなことを見落とすところだった。
「こんなん詐欺じゃねえですかあああ!」
「あはは、シャーロットと全く同じ反応になったね」
「笑ってる場合じゃねぇでしょう!? はやくレイント公爵に伝えないと!」
ポートが急いで馬を回頭させてファブリックの街に戻ろうとしたけれど、クルスはそれを止めた。
「何故止めるんですかクルスの旦那!」
「問題を解決する糸口を掴んだ今、下手にバサルに勘づかれると不味いんだ。レイント公爵には必ず舞台に上がって貰うけど、今はまだその時じゃない。僕に任せてくれないかな?」
「クルスの旦那がそこまで言うのなら……分かりやした!」
渋々といった感じだったけど、ポートが引き返すのを止めてくれた。
それに、クルスにはまだ情報を伝えられない理由があった。
「ところで、クルス。どうやって解決するの?」
「それは向こうについてから考えるよ」
「だと思ったわ。確かにどう解決して良いか分からないままお父様には伝えられないものね」
「あはは……その通り」
シャーロットも大分自分に慣れてきたなぁ。なんてクルスが苦笑いしながら頬をかいた。
けれど、まだまだ慣れていないポートはまた馬から落ちそうになっている。
「クルスの旦那ぁ!? シャーロット嬢はこれでええんですかい?」
「クルスがそういうのなら今はどうしようも出来ないのは確かだろうし。それに今まで何も解決の糸口がなかったのに見つけてくれたんだから、今はこれで十分よ」
「そういうもんですかねぇ?」
「そういうものよ。まぁ、頼りにならないように見えて、さっきみたいに時折ふっとカッコイイところもある。何か不思議な人なの。きっと向こうに着いたらまた何かに気付いてくれるはずよ」
シャーロットは褒めてるのか、貶しているのか、どっちとも取れる言葉を呟いて、フッと髪をかき上げた。
「ほほぉ、なるほどクルスの旦那も隅に置けませんなぁ!」
「ん? 何がですか? 僕は荷馬車の御者なんで隅じゃなくて真ん中に座っていますけど」
クルスはポートの言葉を理解出来ず首を傾けると、ポートが馬を荷馬車にかなり近づけてきた。
「とぼけないでくだせえよ。あの王子様とも婚約し、伯爵子息にも狙われているシャーロットお嬢様がお熱なんですぜ?」
「オホホホ、ポートさん? それ以上言ったら後でどうなるか分かってますよね?」
「おぉう、おっかねえおっかねえ。ハッハッハ」
けれど、何故かやけに上機嫌なシャーロットに話しかけられて逃げていく。
「シャーロット、熱があるの?」
「ない!」
「そ、そっか。なら良いんだけど」
こういう時のシャーロットは変に追求しない。
クルスもまた少しシャーロットに慣れ始めていたのであった。