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公爵の屋敷にて

 公爵の屋敷に着くと初老の女性がシャーロットの顔を見た途端に飛び上がるほど驚いた。

 そして、ぱたぱたと小走りで寄ってきて、がしっとシャーロットの肩を掴む。


「シャーロットお嬢様、なぜ戻ってきたのですか!?」

「ここは私の家よ? 戻ってきて何が悪いの?」

「この街にいたら危険なんですよ!? あ、まさか、その行商人クルスさんに断られたんですか!?」


 乳母は何かを早とちりしたのか、今度はクルスの前に跪いて頭を下げだした。


「お願いします。お嬢様をどうか助けて下さい!」


 嘘偽りは感じられない必死な懇願にクルスも腰を下ろして乳母と目線を合わせる。


「安心してください。僕はシャーロットさんを助けにこちらに戻ってきたのです。ご両親とお話しをさせてもらえますか?」

「ありがとうございます。ありがとうございます! すぐに旦那様と奥様を呼んで参ります! どうか客間でお待ち下さい!」


 乳母がぱたぱたと駆け足で屋敷の中へと消えていく。

 何の案内もされなかったせいで、クルスは入り口でポカンと立ち止まるしかなかった。


「客間ってどこだろう……」

「全くケットおばさまは相変わらずおっちょこちょいなのだから。こっちよ」


 シャーロットは呆れているように見えて、どこかホッとしたような笑みを浮かべていた。

 どうやら家に戻れたことが嬉しいようだ。

 考えてみれば当然のことで、見知らぬ行商人に自分を売り、街を離れようとして不安を感じない訳がない。二度と家には帰れないかもしれないとも思っていたかもしれない。

 そんな状況でこうやって家に戻れて、共に暮らした人の顔を見たらホッとするなという方が無理な話だろう。


「何よ? 人の顔じーっと見て。何かついてる?」

「いや、仲が良いんだなって。僕には乳母がいないから、どういう感じなんだろうって思ってさ」

「そうね。口うるさくて、細かいことをいちいち言ってきて、時にムッとすることもあるけど、頼りになるし、大切にしてくれているのが伝わってくるような人かな。お母さんと先生を足して2で割った感じが近いかしら?」


 シャーロットは少し恥ずかしそうに頬を染めてクルスから目を反らしながら乳母のことを語った。

 その様子に、素直じゃないなぁ。とクルスは言いかけた言葉を飲み込み、なるほどと相づちを打つ。

 そんな話をしていると勢いよく扉が開かれて、壮年の夫婦が部屋に飛び込んできた。


「「シャーロット!」」

「お父様、お母様、ただいま戻りました」

「よく戻ってきた……とは言いにくい状況なのは分かっているだろう?」

「はい。でも、助けを呼んできました。行商人のクルスさんです」


 シャーロットの紹介にあわせてクルスが立ち上がり一礼する。

 その所作はまるで宮殿で育ったかのように滑らかで美しい立ち振る舞いだった。


「レイント公爵閣下、レイント公爵夫人、お初にお目にかかります。行商人のクルスと申します」


 とても行商人とは思えない動きにレイント夫婦は一瞬戸惑いの色を浮かべる。


「失礼ながらクルスさんはどこかの貴族の生まれですかな?」

「いえ、僕はただの行商人です。宮殿儀礼は昔手助けした人がお礼に教えてくれたものでして。形になっていれば良いのですが」

「それは失礼した。あまりにも自然な所作だったので貴族と見間違えるほどだったよ」

「光栄です。閣下」


 貴族の心を知るには礼儀から。

 特に行商人なんていう商人の底辺にいるような人間が貴族顔負けの動作をすれば、反応が大体二択に分けられる。

 行商人のくせにと嫌味を言うか、レイント公爵のように驚かれるかだ。

 そして、後者の場合は礼を失しない限り、取り付く島があり、交渉もある程度有利に進められる。


「微力ながらシャーロット様のお手伝いをさせていただくにあたって、いくつか確認したいことがございます。僕はこの街に来たばかりで疎いことが多いので、閣下の知識が必要なのです」

「私に答えられることなら何でも答えよう」

「では、まず最もお答えするのに苦しいことをお伺いします。この街の税収の柱を担っていた織物ですが、税収減少の理由は領土内での取引が著しく減少したからではないですか?」

「確かにその通りだ」

「税金のかけ方は生産量に対してではなく売買した金額に対して課せられることで間違いありませんね?」

「うむ。土地そのものに税のかかる農産物と違って、人の手が入る加工物はあくまで売買した金額に対して税を課せられるのがこの国の法律だからな」


 レイント公爵の回答でクルスは一度小さく頷いた。

 公爵家と織物組合の状況が大体分かったのだ。


「なるほど。織物ギルドの裏切りは製品の販売を閣下の領土内で徹底しておこなわず、ヴィン伯爵領土の支部で販売することだったのですね。そうすれば織物の販売はせずにただ本部から支部へと輸送しただけだから、税金は発生しない。恐らく何も知らない僕のような行商人に対してヴィン領に持っていけば運賃を支払うという話しを持ちかけているのでしょう」

「驚いた……。君は本当にこの街に来たばかりなのか? 今この領土に起きている問題の根本を何故もう理解しているんだ?」

「情報と推測は商人にとっての武器ですから」


 もちろん、来たばかりの頃はこんなカラクリには気付いていなかった。

 だが、バサルが最後に言った言葉がこのカラクリの大きなヒントになっていたのだ。

 運ぶだけで謝礼金が出る。行商人にとっては確実に儲けが出る美味しい話しだ。

 けれど、そんな美味しい話しがあるのなら、そこには何か裏があってもおかしくはない。

 それが敵対する領主同士の領地を行き来するのなら、なおさらだ。


「街をちょっと歩いて、バサルの話を聞き、シャーロットさんの置かれた状況から考えた初歩的な推測です」

「では、クルス君はもうヴィン伯爵とバサルの目的が見えていると?」

「はい。ヴィン伯爵は閣下の領土を自分のものにしようと動いているでしょう。シャーロット様と息子に婚姻を結ばせて、貧窮にあえぐ閣下を助けるという名目で。一方、バサルは地位と金のために動いているところでしょうか。一々金細工を見せびらかすような男でしたしね」

「……見事だ。我が家の置かれている状況を的確に理解しておられる」


 レイント公爵は長いため息をつくと、困ったように天を仰いだ。

 そして、枯れたような弱々しい声でこれからのことを尋ねる。


「クルス君、もし、ヴィン伯爵の要求を飲めばどうなると思う?」

「僕はヴィン伯爵とご子息の人柄を存じ上げないので完全なる憶測になりますがよろしいですか?」

「構わない。君のような素晴らしい洞察力を持つ人間の憶測なら、占い師よりも遥かに役立つであろうよ」

「この領地の実験は奪われます。シャーロットさんの扱いに関してですが、決して良い物とは言えないでしょう。何せその身を手に入れるために、金と脅しを使う人を使って動いていますからね」


 バサルはまだ織物ギルドとしての顔があるからアレで済んでいたが、バサルの言葉からすると、社会的な地位や面子がないものを雇っている可能性が高い。

 もし、本当にそうだった場合、流血沙汰も十分起きうるからこそ、クルスはシャーロットを連れてバサルの懐に飛び込むようなことをしたのだ。


「……どうしたら良い? どうやって我が娘を助けてくれる?」

「まだ分かりません。けれど、叩くところはハッキリしています」

「どこだ? どこを叩けば良い!?」


 叩くという言葉を聞いた途端、レイント公爵は急に活力がみなぎったように身を乗り出した。

 その様子を見てクルスは落ち着かせるようにレイント公爵の肩を押して姿勢を正させる。


「落ち着いてください閣下。私の考えでは、バサルとヴィン伯爵の繋がり――いえ念のため言い直しましょう。織物ギルドとヴィン伯爵の繋がりを叩くことが必要だと考えています」

「その方法は?」

「それはこれから現地に行って情報を得てから考えます。ですから、閣下はいつでも動けるようにご準備をしていただけると助かります。金銭、人、物、必要なものは改めて連絡しますので」

「……分かった。ありがとうクルス君、君だけが頼りだ。どうか娘を助けてやってくれ……」


 公爵ともあろう者が涙を浮かべながら1行商人頭を下げた。

 夫人はそんな公爵の肩を支え部屋を出て行く。

 その様子にシャーロットは申し訳無さそうに座っていた。


「良いご両親だね。シャーロットのことをとても大事にしてるって伝わってきたよ」

「……ねえ、クルス。虫の良い話しだってのは分かっているけどお願い。お父様は私を助けてって言ったし、私も私を助けてって言ったけど、お父様もお母様も乳母のケットも助けて。お願い」

「もちろん、そのつもりだよ。安心してシャーロット」


 シャーロットだけを助けても、きっとこの家族がいなくなったらシャーロットの心は一生救われないままになるだろう。

 それでは彼女のことを助けたとは言えない。

 もし、シャーロットと彼女の家族が会うところを見なかったら気付かなかったかもしれないけど、見てしまったらもう放っておくことは出来なくなってしまうのが、お人好したる由縁なのだから。


「商品は売れるときにたくさん売る。だから、恩も売れる時にたくさん売っておくよ」

「ぷっ、なによそれ」

「商人らしいでしょ? だから、シャーロットもそんなに気に病まないでいつも通りでいて欲しいな」

「全く、クルスって気遣いが下手って女の子によく言われない?」

「えっ!? 何で分かったの!? 確かに行く先々で助けた子によく言われるんだよ。みんな呆れてるけど笑っているから嫌われてはいないって安心してたんだけど、もしかして違うのかな!?」

「むぅ……」


 クルスが正直に白状するとシャーロットはぷくーっと頬を膨らませてしまった。

 どうやら今の言葉で怒らせてしまったらしい。


「今度は何で急に怒るのさ!?」

「このお人好しバカ! にぶちん! 鈍感! とうへんぼく!」

「えええ!?」


 挙げ句の果てに、クルスはなぜ罵られているのか分からず困惑してしまった。

 女の子の扱いは商売以上に難しい。そんなずれたことを思いながら。

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