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シャドウ  作者: Reat
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最終話

 気が付くと、朔はどこまでも広がる暗闇の中に立っていた。周囲の様子は全く分からないが、不思議なことに自分の体だけははっきりと見える。

 朔は寝不足の時のような鈍痛を覚える頭で思考を巡らせた。

 琴望さん達がいない。一体どこへ…いや、皆がどこかへ行ったのではなく、自分がどこかへ来てしまったと考えるのが妥当か。一体何が起きたんだ?

 朔が辛うじて覚えているのは、カゲの奇襲に気付いたことだった。そこから時系列に沿って記憶を辿ると、さっきまでの出来事が少しずつ蘇ってきた。

 カゲの背中を追いかけたことや、もみくちゃになって間近で見たカゲの顔。胸を貫く黒い腕。そして体を蝕む冷気。

 …ああ、思い出した。体を奪われるのが怖くなって、それであいつを呼んだんだ。あいつはここにいるのか…?

 きょろきょろと辺りを見回す朔に突然声が掛けられた。

『君はいつも一人で気負い過ぎだと思うな』

 朔は驚きこそすれ身構えることはなかった。それどころか逆に警戒心を緩めた。声の主の姿は暗闇に紛れて全く見えないが、その声自体はよく知っているものだったからだ。普段とは少し違う聞こえ方だが、それは紛れもなく朔自身の声だった。

 朔は声が聞こえた方へ向かって親しげに話しかけた。

「久しぶり。十年ぶりだな」

『うん、そのくらいになるね』

 その声は続けた。

『でも直に会うのは初めてだね、僕の――逆月朔の表の人格』

 そう言うと彼はフフ、と楽しそうに笑った。

 反対に朔は顔をしかめた。

「そういう言い方はあまり好きじゃない。ただの友達だろ」

『ああ、僕らからすればね』

 声は、円を描くようにして朔の周りをゆっくりと移動する。それに合わせて朔も顔の向きを変えた。

『でも昔の僕らのことを人はこう呼ぶよ――二重人格、ってね』

「まあ、そうだな」



 逆月朔は、物心ついた頃から二つの人格を抱えていた。現在もいる朔と、快活で行動的なもう一人の朔だ。基本的にはおとなしい方の人格が逆月朔として過ごしていて、ふとした時に活発な方の人格が現れるのだ。

 幼かった彼はそれをおかしな事だと思わなかった。事情に気付いた両親も、悪い影響が出るものではないと医師に言われたため、二人の朔をそのままに育てることにした。

 そして表と裏、二人の朔は互いに友人として接した。直接会うことは出来ないので会話は必然的に全て手紙だった。二人は記憶を共有していなかったため、話の中心はもっぱら互いが過ごした時間についてだった。

 性格は全く違ったが、彼らはとても気が合った。共に過ごすうちに、二人の朔は互いにとって無二の親友となった。

 しかし、そうして続いた不思議な関係は唐突に崩壊を始めた。ある日から裏の朔の現れる時間が段々減っていったのだ。

 裏の朔は、根拠は無くとも確かに感じ取っていた。自分が消える時が来たのだと。

 しかし表の朔は納得出来なかった。ずっと一緒にいられると思っていたのに、なぜ。彼は嘆いた。

 最後の日、裏の朔はもう一人の朔に何度も言っていた言葉だけを残して完全に消えた。

『困った時は僕を呼んでくれ。いつどこにいても、助けにいく』

 その置き手紙を見た朔は涙を流した。拭っても拭っても、止まらなかった。

「もうどこにもいないヤツが…何言ってんだ…」

 そして逆月朔は一人になった。



「昔の話は、今はいい。俺はカゲとしてのお前に聞きたいことがある」

『気付いたんだね。僕がカゲになったこと』

「まあ半分は勘だけど。琴望さんが言ってたカゲの生まれる経緯に、もしかしたら俺達のケースも当てはまるんじゃないかって 思った。根拠は全然なかったけど、実際当たってたんだな」

『ああ。君と替わることが出来なくなった後、僕はカゲになった。何でそうなったのかは僕にも分からないけどね。それ以来、 この場所に十年だ』

「……」

 十年、という言葉を聞いた朔は愕然とした。

 知らなかった。十年もの間ずっと、こんな暗闇の中にいたなんて。それもたった一人で。

 朔は思わず視線を落とした。彼の苦しみを思うと、胸が締め付けられるようだった。罪悪感が膨らんでいく。

「…お前に一つ聞きたい」

『うん、良いよ。何?』

 彼が味わったであろう苦痛は、自分には到底理解することが出来ない。自分は今まで、親友がどうしているかなど考えもせずのうのうと生きていたのだから。

 恨まれていても仕方ない。

「お前は…俺の体を奪うつもりはあるか?」

 カゲは自分自身に捨てられたことを恨み、復讐としてその体を奪う。もし彼が体を奪うつもりなら、朔に抵抗する術はない。今この場で体は永遠に奪われる。実質的な死だ。

 朔の問いかけに対して裏の朔は何も言わない。表情も勿論分からない。

 罪悪感はある。恨まれても仕方ないとも思う。だがそれと同時に、この親友が誰かを恨むようなことはないと信じる気持ちも朔の中にあるのだった。朔自身も何故だかよく分からないが、大丈夫だという確信があった。

 数秒、いや十数秒は経っただろうかという頃、裏の朔は小さく笑った。

『まさか。僕らは他とは事情が違う。君は僕を捨てたわけじゃないし、なにより多少関係性が変わったとは言え、僕らは親友だ』

 それは変わらない、と彼は柔らかく言った。

 朔は大きく安堵のため息をついた。信じてよかった。

 だが彼が恨んでいないからといって、朔の罪悪感が晴れるわけではなかった。

「…ごめん。俺は――」

『ああストップストップ』

 朔が口にしかけた謝罪の言葉は強引に遮られた。

『今何か謝ろうとした?どうせ君のことだから、僕に対して罪の意識でも感じてるんでしょ?自分は普通に暮らしてたのに、とか』

「…お見通しか」

『君は分かりやすいから。

 …僕がこうなったのは運命だよ。君のせいじゃない。僕は本来存在しないはずの人間だから、それがあるべき状態に戻っただけ』

「でも」

『でもじゃない。すぐに自分を責めようとするのは君の悪い所だ。美点じゃなくて欠点だよ?悲劇のヒロインを気取るのは止してくれ』

「…ごめん」

 朔は弱々しく笑った。そういえば、以前も同じようなことを言われた。

『…僕にとっては、君と過ごした時間そのものが奇跡みたいなものなんだよ。あの思い出だけで、十分過ぎるくらい幸せ。おまけにこうしてまた会えた。マイナスな感情は必要ない。だろ?』

 朔は目を閉じて、両手をぐっと握りしめた。そうしていないと、立っていられそうになかった。

 感謝を表しきれる言葉は、いくら探しても見つからない。

「…ありがとう。会えて良かった」

『うん、本当に。感傷に浸りたいところだけど、先に大事な話をしようか。大体は把握してるつもりだけど、僕に用があるんだよね?』

「ああ」

 朔は目元を指でなぞると、さっきまでの出来事をかいつまんで説明した。今自分の体がカゲに奪われているということ。体を取り返すために力を貸して欲しいということ。

『なるほどなるほど。つまり君は無謀にも単身カゲに立ち向かったところ呆気なくやられ、十年ぶりにこの僕に、この僕に!助けを求めて泣きつき、もといひれ伏しに来たという訳だね』

「おい、誇張が酷いぞ」

『僕に助けを求めた訳だ』

「素直か」

『また――助けを求めた』

 裏の朔は面白そうに笑う。

 朔は、見えないはずの彼の口の端がつり上がった気がした。

『昔も君は勝ち目のない喧嘩なんかに挑んだよね。他の誰かを守るために』

 そう言う彼の声は郷愁に満ちていた。遥か遠い過去を懐かしむように。

「…そうだな。結局いつもお前が出てきて、助けられてた」

 普段片方が現実世界で活動している間、もう片方の人格は完全に意識が無い状態であり、意思の疎通も出来ない。しかしどういう訳か表の朔が危機に陥ると裏の朔はそれを感じるらしいのだ。彼はその時の感覚を『すっごい大きい音の目覚まし時計で起こされるみたい』と言っていた。

「俺は頼ってばっかだったな。自分でも情けないよ」

『だからそんなに自分を卑下しないでよ。君と僕は別人だけど、一蓮托生の存在だ』

「………」

 朔の肩に手が置かれた。朔にはその感触しか捉えられなかったが、そこに彼がいることを確かに感じた。その彼が緩やかに微笑んだことも。

『一人で気張らなくていいんだ。君に出来ないことは僕に任せろ。ほら、久しぶりに交代(・・)だよ』

 そして、世界が再び暗転した。



 突如、朔の体を乗っ取ろうとしていたカゲが衝撃と共に消し飛んだ。まるで彼の体から弾き出されたかのように。

 玲璃は空気が震えるのを感じた。振り返った彼女は、その目に映ったものを見て驚愕した。

「何だよ…あれ」

 視線の先にいるのは朔だ。朔は何事もなかったようにゆっくりと立ち上がっていた。

 カゲを憑依している玲璃は感覚的に覚った。今、朔の身体の中にはカゲがいる。しかもあれは朔自身のカゲだ。

 玲璃は手首の装置に触れた。

「あいつ…装置無しで、カゲを憑依させてやがるのか…?」

 朔は隊員達の間をすり抜けて玲璃へ近付いて来た。あっけに取られているのは彼女や隊員達だけでなく、カゲ達も同じらしい。誰もが動きを止めて朔の動きを見つめている。この場において彼は、それくらい一目瞭然に異質な存在だった。

 玲璃のすぐ目の前まで来た彼の顔を灯りが照らした。その顔が帯びる雰囲気はさっきまでの朔とはまるで違っていた。目がやや細くなっただろうか。ゆるく持ち上がった口許は飄々とした雰囲気を感じさせる。

 朔は怪訝そうな表情の玲璃を見つめながら口を開いた。

「そんなに怖い顔で見ないでよ」

 そう言うと彼は爽やかに微笑んだ。

「そんなに可愛いんだから、笑顔を見せて欲しいな」

 ぞわぞわっ。

 一瞬にして玲璃の全身の肌がザラついた。

「おぉ前…一体どうした」

「え、玲璃が言う?」

 今度は顔が一気に熱くなった。

「――っ、下の名前で呼ぶんじゃねえよコラ!!馴れ馴れしい!!」

「お前が言う?」

「余計に馴れ馴れしくなってんじゃねーか!」

「そなたが申すか」

「何時代!?」

 顔を真っ赤にして怒る玲璃を前に朔は腹を抱えて笑った。

「いやあ、ごめんごめん。ちょっとからかっただけだよ。良い反応だね」

 親指を立てる朔に玲璃はため息をついた。この朔は普段の彼よりもかなり頭が弱くなっているのではないかと玲璃は思った。調子が狂う。

 しかしそんなことよりも気になることがあった。

「お前、逆月のカゲだよな。何で普通に憑依出来てんだ」

「うん?まぁ…僕らはちょっとレアケースだからね。説明すると面倒だけど、一言で言えば僕は彼を恨んじゃいない。それだけだよ」

「…なるほどな」

 カゲは皆、恨みを抱えて行動するとされている。そうでないケースなど玲璃には初耳だった。自分達カゲに対してある程度の知識を得ていたつもりだったが、認識を改める必要があるのかもしれない。

 そんなことを思った矢先、佐々木が鋭い声を発した。

「琴望さん!カゲが来ます!」

 ハッとして前を見れば、いつの間にか百体を越えるほどのカゲが朔と玲璃に迫っていた。さっきよりも数が増えている。伏兵がいたのか、それとも増援が来たのか。いずれにせよ厄介なことに変わりはない。

 玲璃は顔をしかめて舌打ちをした。

「逆月、下がってろ」

「冗談でしょ?」

「一般人のお前をこれ以上巻き込む訳にいかねぇんだよ」

 それを聞いた朔は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻で笑った。

「僕が一般()って、それ本気で言ってる?」

「そういう意味じゃねえ」

「でも戦力は必要だろ?特に前線は。僕を信じて。きっと君の力になれるよ」

「……」

 確かに今の朔は敵に体を奪われる心配がない。カゲが憑依した影響で身体能力が上がっているだろうから、おそらく戦闘も可能だ。それに朔の言う通り、壁としての役割を持つ前衛が一人と二人では戦線の安定性に大きな差が出る。

 玲璃はグシャグシャと髪を掻いた。

「…あぁもう分かったよ!好きにしろコラ!」

「素直じゃないなあ。でも、それがイイ」

「うっせえぞコラ!!右は任すからな!!」

 玲璃は二丁の銃をしっかりと握り直し、朔は両方の手で拳をつくった。

 闇よりも深い黒の大群が波のように押し寄せてくる。先頭のカゲとの距離はもう数メートルに迫っている。

 朔は心臓の高鳴りを感じていた。体も全体的にこわばり、無意識に手を握る力が強くなってしまう。

 なんだろう、この感情は。緊張?いや…きっと高揚だ。

 先頭のカゲが強く地を蹴り、朔に飛びかかる。朔は息を吐いて、腰を落とした。

 体を動かすのなんて10年振りだ。しかも相手は数えられない位たくさんいる。こんなのワクワクしない訳がない。

 …思いっきりやっちゃって、良いよね?

 真っ直ぐ伸びた朔の右腕はカゲの体の中央を捕えた。カゲが怯んでいる間に朔は素早く体勢を変える。

 右足を曲げたまま腰の横に上げて、左足一本で体を支える。上段蹴りの構えだ。狙うは頭部の下、人間なら顎にあたる部分。

「はっ!」

 軸足を左へ回転させながら右足を勢いよく伸ばし、カゲの顎を下から蹴り上げる。カゲは宙に打ち上げられると、すぐに霧になって消えていった。

 朔は満足そうに頷いた。

「うん、ブランクの割には悪くないかな」

 しかし息をつく間もなく別のカゲの攻撃が飛んでくる。

 一体のカゲが腕を朔の方へ向けると、一瞬にしてその腕が何倍にも伸びて朔の顔に迫った。仰け反るようにして何とかかわしたが、髪に掠ったのを感じた。文字通り間一髪だった。

「わお、すごいね。もしかして首も伸びたりする?」

 朔は長く伸びた腕を両手で掴んで横に押し退けてから、思いきり蹴り飛ばした。バランスを崩したカゲは長い腕で他のカゲを巻き込みながら地面に倒れる。

「便利な腕だね。僕も欲しいくらい」

 倒れたカゲ達はもみくちゃになりながらも起き上がろうとしていたが、それよりも早く数発の光弾を浴びて消滅した。隊員達の援護射撃だ。

 そうか。カゲを転ばせるか何かしてあの人達が撃ちやすい状態にしたら、トドメは任せちゃってもいいのか。

 朔は殴りかかってきたカゲの拳を避けると、首を掴みながら大外刈の要領で地面に転ばせた。そして、そのカゲにはもう目もくれずに別のカゲと戦っていく。転ばせたカゲは隊員達がしっかり倒してくれるはずと信じて。

 一体ずつ最後まで相手をしていては、この数に対応することは出来ない。朔はそう考えたのだ。

 しかし敵が入り乱れ常に状況が変わり続ける戦いの中では、ただ体勢を崩させるにしても一筋縄ではいかなかった。

 高く跳躍して上から攻撃してきたカゲは足を掴み、別の奴の頭へ振り落とす。また別のカゲには右の拳を三回くらわせて消滅させ、素早い敵は向こうから間合いを詰めてきた瞬間にカウンターの蹴りを入れた。

 そうやって幾度もカゲを消滅させていく内に朔の体に少しずつ疲労が溜まっていく。

 倒しても倒しても、その後ろから次々と新たなカゲが現れる。皆同じような見た目のため数が減っている様子が感じられないのも精神的に辛かった。

「あぁ、もうその顔見飽きた」

 小柄なカゲを見つけた朔はその肩を踏み台にして高く跳ぶと、別の大柄なカゲの首をつま先で抉るように蹴りつけた。大きなカゲが膝をついて消滅していく。

 着地した朔は低い姿勢のまま、ローキックで小柄なカゲを転倒させた。転んだカゲはすぐさま光の銃撃を受けて消えていった。

 朔は立ち上がると口元に笑みを浮かべた。カゲを踏みつけて跳んだ際に上から見て分かったのだ。残りのカゲはもうあまり多くない。

「玲璃、あと少しで全員倒せそうだよ」

 カゲの攻撃をかわしながらそう声をかけると、玲璃は鋭い目付きで朔を睨んだ。下の名前で呼ぶなと言いたげだ。それでも彼女は朔の言葉には応えた。

「だったら一気に片付けっぞ」

「どうやって?」

「そうだな…おい逆月、あたしを全力で押し上げろ(・・・・・)

「……え?」

 玲璃の言っている意味が分からず、朔は一旦カゲから目を離して玲璃の方を見た。すると彼女は朔の方へ向かって走ってきていた。

 玲璃は助走でつけた勢いのまま地面を蹴って跳び上がった。きれいな放物線を描いて、丁度朔の頭上あたりに落下しそうだ。 そこで朔はようやく玲璃の求めていることが分かった。

 なるほど、踏み台になれってことか。

 近くにいる邪魔なカゲを蹴り飛ばすと、足を前後に開いて両手を頭の上で構える。間もなく手の平に玲璃が着地したのを感じると、朔は全身のバネを使って彼女を真上へと押し上げた。同時に玲璃は朔の手を踏み台に跳び上がる。

 二人分の力を受けた玲璃は高く高く宙を舞った。握った銃身が月光を反射してきらりと光る。

 突然の行動に驚いたカゲ達は一斉に動きを止めて玲璃を見上げた。

 そのカゲ達に向けて玲璃は光学銃を向けた。引き金が引かれると、二つの銃口から次々に放たれる光の矢が雨の如く降り注ぐ。

 いくつかはカゲに命中して消滅させたものの、それ以外のほとんどは俊敏な動きで避けられてしまっている。カゲの数はあまり減っていない。

 だが、真上の攻撃を避けることに集中すれば必然的に横への注意が薄れる。それが玲璃の作戦の狙いだった。

「おぉぉぉっ!!」

 朔が雄叫びを挙げながら跳び上がり、拳を上から下へ叩きつけるようにしてカゲの頭を殴りつけた。

 それと同時に、後方部隊の一斉射撃がカゲ達を襲う。気付いたところでもう遅い。前にいたカゲから次々と光弾に倒れ、瞬く間にカゲの数が減っていく。

 玲璃の空中射撃もまだ終わっていない。彼女は広範囲に光弾をばらまいて威嚇しながら、朔達に気を取られているカゲを見つけては正確に撃ち抜く。

 上と横、二方向からの攻撃はカゲ達を完全に翻弄した。もはやカゲ達に為す術はなく、右往左往しながら消されるのを待つばかりだった。

 勝負は決した。



「終わったか…」

 玲璃が肩で息をしながら言った。今まで表には出していなかったが、連戦でかなりの疲労が溜まっていたようだ。

「ああ。勝ったね、僕ら」

「よし、帰るぞコラ。撤収だ。逆月も今日はもう帰っていい」

 朔、玲璃は隊員らと共に公園の出入口へ歩き出した。安堵と達成感が皆を包んでいた。しかし。

 ザッ…ズザッザッ

 不意に何かが擦れるような音が聞こえた。朔と玲璃、隊員達は素早く臨戦態勢を取った。

 音のした方を見ると、公園の出入口前に少年が佇んでいる。彼は足でステップを踏むようにして、靴と地面の擦れる音で奇妙なリズムを刻んでいた。彼はおもむろに口を開いた。

「あーあ、せっかく来たのに。みんなもうやられちゃった。なっさけないなー」

 アハハハハ、と高らかに笑う姿を見て朔は目を見開いた。朔はその少年を知っていた。

「十真…?」

 見紛うはずがない。その少年は逆月朔の友人、南十真だった。しかしいつもの十真とは明らかに様子が違う。

「十真じゃない。カゲが乗り移ってる」

 朔がそう言うと隣で玲璃が呟いた。

「あれは南に捨てられたカゲじゃねえな。一時的に南の身体を借りてるだけだ」

「でもカゲって人の身体に入ってる時は動きが鈍るんだよね?戦いには向かないはずじゃ」

「ああ。あいつが南の身体を使ってる目的が分からねえ」

 朔達の会話が聞こえたらしく、十真の姿をしたカゲは微笑みながら首を傾げた。

「あれれ?この子の知り合いだったんだ。偶然」

 そして次の瞬間、消えた。

 朔は思わず目を剥いた。たった今そこにいたのに、忽然といなくなってしまった。

 驚き戸惑う中、視界の端で何かが動いた。玲璃のいる方だ。見ればそこには消えたはずの十真が立っている。彼が掲げている右手は、玲璃の首をがっしりと掴んでいた。

 朔が目に映る現状を理解するのに1秒かかった。玲璃も突然のことにただただ戸惑っている様子で、抵抗すら出来ていない。

 朔は咄嗟に十真に体当たりしようとしたが、それよりも一瞬速く十真が動いた。玲璃を前方へ軽く放ると、空中の彼女を思い切り蹴り飛ばした。玲璃の体が爆風でも受けたかのように呆気なく吹き飛ぶ。

 直後に十真がひょいと後ろに跳んで、朔の体当たりはあっさりかわされた。しまった、と思っても急に止まることが出来ない。朔はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。

 蹴り飛ばされた玲璃は数メートル離れた場所に受け身も取れずに落下した。彼女の体が地面をゴロゴロと転がり、土煙が巻き上がる。

「玲璃!!」

 朔はすぐに体を起こして玲璃の元へ走った。朔より先に隊員達が駆け寄り、彼女の身体を抱え起こした。

「大丈夫ですか琴望さん」

「…大したことない」

 玲璃は、こちらを向いてふわりと佇む十真を見た。片方の足では相変わらず軽快なステップを踏んでいる。

 隊員達がカゲに向けて一斉に光学銃を撃った。数十発は放っただろう。しかし一発も当たらない。微笑をたたえた少年は最小限の動きで全ての光弾をかわしてみせた。

 あんな動きが出来るのなら一気に近付いて攻めこむことも出来るだろうに、攻撃してくる様子はない。余裕を見せつけているかのようだ。

 体が痛むからか、玲璃は顔をしかめながら朔に聞いた。

「逆月、南は確か運動部で有名だったよな」

「十真は陸上部と体操部を兼部してる。両方とも県トップクラス。運動に関しては化け物だよ」

 玲璃ははぁ、とため息をつくと髪をグシャッと掴んだ。

「まずいな…カゲが人間に乗り移った時、その人間の身体能力が高いほどカゲは強くなる。場合によっちゃあカゲの元々の身体 能力を上回ることすらあるって話だ」

「なるほど。あれがまさにその場合ってわけだ」

 つまり十真がさっきみせた瞬間移動には種も仕掛けもないということだ。人智を遥かに越えた身体能力があの動きを可能にしている。

 朔は苦々しく呟いた。

「これは本格的にまずいな…」

 玲璃はもう動けない。隊員達の銃撃は通用しない。そうなると十真の相手が出来るのはもう、自分しかいない。

 単純な地力で負けているのは明白だ。何も考えずに戦えば間違いなく負ける。何か突破口を見つけなければまず勝機はない。

 しかし光弾をあれほど簡単に避けるような相手だ。果たして付け入る隙などあるのだろうか。

 ――ぃ。

「?」

何だろう。何か聞こえた気がした。

 ――おい。

「!」

 今度ははっきり聞こえた。その声は頭の中から聞こえている。表の朔が呼びかけているのだ。裏の朔は頭の中で話し掛けた。

(今のは君が喋ったの?)

 ――そう。ちゃんと聞こえてるんだな。

(どうして。昔はこんなこと出来なかったのに)

 ――理屈は分からない。理由があるとしたら、俺達の関係が昔と変わったからかな。

(なるほど。そういうことにしようか)

 ――で、あいつを倒すのは難しいと思う。だから作戦を考えた。

 裏の朔は光明が差したのを感じた。彼の力を借りられるのなら、あの相手にも勝てるかもしれない。

 一対一じゃない。一対二だ。

 これ以上なく信頼の置ける仲間が自分には付いている。

(いいね。聞かせてよ)



「駄目だ、一発も当たらない!」

「隊長…判断を」

 玲璃は不敵な笑みを浮かべる十真を睨み付けた。彼女は今、苦渋の選択を迫られていた。

 戦うか、それとも退くかだ。

 十真の身体能力に加え、乗り移っているカゲの能力もおそらく他のカゲより高い。認めたくないが、現状この敵は倒せないというのが玲璃の見方だった。

 十真ほど身体能力の高い人間はそういないから、あのカゲはすぐに身体を乗り換えようとはしないはずだ。今後は南十真を見張りながら対策を練り、準備が整い次第こちらから誘い出してカゲを始末する。

 戦いを放棄するわけじゃない。その時が来たら必ず倒す。だから、今は…。

 玲璃の拳が震えていた。その手の中にあるのは、怒りと悔しさだった。玲璃は重い口を開いた。

「……お前ら…全員、撤」

「待って」

 言いかけた撤退命令を制したのは朔だった。

「俺が戦うよ」

「…お前何言ってんだ」

「大丈夫、作戦がある。ここで待ってて」

 驚く玲璃をよそに、朔は一人で十真の元へ歩いていく。

 彼を行かせて良いものか玲璃は迷った。あのカゲは強い。ここで全滅するくらいなら一度撤退した方が賢明だ。玲璃は理性的な部分ではそう理解していた。

 しかしそれでは、街に猛獣を放ってしまうようなものだ。人々に危害が及ぶのは必至。そんな選択は出来ることならしたくない。本当はここで倒すことが一番望ましいのだ。

 確率が低くとも、希望が薄くとも、勝てる可能性があるのなら。人々を守ることが出来るのなら。

 あいつに託してみようか。

 玲璃は手を強く握りしめると、朔の背に向けて叫んだ。

「逆月!そいつを止められるとしたらもうお前しかいねえ!頼む!!」

 そしてもう一言付け加えた。

「でも――っ…死ぬなよ、コラァ!!」

 振り向いた朔は緊張感など欠片も感じさせない優しい笑みを浮かべた。

「僕に任せて。ちゃちゃっと終わらせてくるからさ」

 朔が前に向き直ると、十真がにこっと笑って口を開いた。

「ねえ、あなたは楽しませてくれるの?」

「ああ勿論。忘れられない夜にしてあげるよ」

「あははははっ。最高」

 言い終わるや否や、十真が動いた。朔は横に動いて攻撃をかわす。十真はすぐに追撃を当てに行ったが朔はそれも回避した。

「ふぅん…避けるのは上手いじゃん」

「そっちは当てるの下手だね。最初に奇襲した時、僕を狙った方が良かったんじゃない?」

「…あはっ」

 また十真が消えた、と思った時にはもう接近されている。朔は咄嗟に腕で体を守った。

「――ぐっ」

 腕だけでなく、体の隅々にまで衝撃が走った。

 ガードしたのに…すごい力だ。

 反撃に転じる事が出来ず、朔はひとまず後ろに跳んで距離をとった。




 玲璃は副隊長に体を支えられながら戦いの様子を見ていた。戦闘は常人の目には捉えにくいほどの速さで行われている。カゲを憑依していなければ彼女も細部までは見えていないだろう。

 劣勢なのは朔だ。ずっと防戦一方で、直撃ではないものの既に何度か攻撃を受けている。

 やはり援護射撃くらいはした方が良いだろうか、と冷璃は思った。当てられなくとも狙うだけで効果があるはずだ。何より、ただ見ているだけなのは辛い。

 隊員達では朔に当ててしまうかもしれないと考えた玲璃は、自分の銃を探した。近くには見当たらない。十真に蹴り飛ばされた際にどこかへ飛んで行ってしまったようだ。

 玲璃は佐々木に声をかけた。

「おい、悪いけどお前の銃、貸してくれ」

「あ、はい………え?」

 佐々木は困惑と焦燥の入り混じった表情を浮かべて押し黙った。

 玲璃は眉間に小さなしわを寄せた。

「どうした。早くしろ」

「…見当たりません」

「はぁ?銃が勝手にどっか行くわけ…」

 ないだろ、と言おうとした玲璃は一つの可能性に思い至った。彼女は弾かれたように朔を見た。

「まさかあいつ……」

 その時、朔がふらっとよろめいて体勢を崩した。息を飲む玲璃の視線の先で、朔の体が地面に崩れ落ちていく。



「この体、やっぱすっごく良い」

 月にかざした右手を眺めながら十真は呟いた。

「最高の気分」

 そして視線を下へ移した。地面に片膝を付いている朔へと。

「大丈夫?ねえまだやれる?」

 朔は十真の言葉を聞き流した。致命的な攻撃を受けたわけではないが、ずっと攻撃をかわし続けて体力的にも精神的にも消耗していた。その結果、足がもつれて体のバランスを大きく損なってしまった。

 頭の中で、表の朔の声がする。

 ――こいつ、思ったより油断してない。多分勝てるチャンスは一回しかないと思う。本気で警戒されたらもう無理だ。良い状況が完璧に整った時に、一発勝負に出よう。

(って言ってもね。その良い状況が来るかどうか)

 ――こっちからその状況に誘導するんだよ。勿論あいつに気付かれないように。いいか、まず…。

 朔は頭の中にいるもう一人の自分の話に耳を傾けた。

(分かった。やって見るよ)

 朔が再び立ち上がると、十真は嬉しそうに笑った。

「やろっか、第2ラウンド」

「はいはい。付き合ってあげるよ」

 朔は神経を張りつめた。

 十真が空を飛ぶような軽やかなスキップで近付いてくる。かと思いきや途中で歩幅を変えて一気に間合いを詰めてきた。

 屈んだ姿勢で懐に飛び込んだ十真は勢いよく背をぐっと伸ばす。顎を狙った頭突きだ。

 朔はその攻撃を避けると、その次の攻撃を半ば勘で回避した。十真の攻撃は全てが鋭く、重い。一瞬も気が抜けない。

 そんなギリギリの戦いの中で、朔はある場所を目指していた。さっき聞かされた『完璧な状況』を作るためだ。勿論その場所へ真っ直ぐ向かう訳にはいかない。十真に思惑を悟られぬよう、攻撃を避ける動きを利用して移動する。

 また、守りや回避に徹しすぎても不審に思われる可能性がある。隙を見てカウンターを入れる素振りなどもしながら、朔は少しずつ目的の場所へと歩を進めた。

 やがて朔は、先ほど一体のカゲが隠れていたあの小屋の前までたどり着いた。

 やっとだ。朔は胸の内でため息をついた。

(指示通りに小屋の柱、僕、敵の並びに立ったよ)

 ――いや、裏の方がいいな。

(裏?小屋の反対側?)

 朔は回転蹴りを屈んで避けると、小屋の中のベンチを飛び越して反対側へ出た。しかし振り返ると十真の姿が見当たらない。

 しまった、見失った!

 十中八九どこかに隠れて不意を突くつもりだろう。朔は慌てて周囲を確認した。ベンチの裏、背後、木の陰。辺りに十真の姿はない。

 落ち着け…全てに注意するんだ。自分自身に言い聞かせるが、心臓の音が邪魔をする。

 ドン…ドン…

 僕ならどこに隠れる?

 ドン…ドン…

 あぁまずい集中出来ない!

 刹那、頭の中で声が響いた。

 ――屋根の上だ!避けろ!

 ハッとして小屋の上を見ると、今まさに空中で足を蹴り出そうとしている十真がいた。

 朔は反射的に小屋の方へ転がった。朔の背後で、十真の足がヒュッと音を立てて空を切る。

 朔は追撃に備えてすぐに立ち上がった。しかし十真の方は着地した際に服に付いた砂を丁寧にゆっくりと払っている。それが終わると十真は腰に手を当てて、心底がっかりといった風にため息をついた。

「あー、失敗失敗。君がやったみたいに首への鋭い一発を狙ったんだけどね」

「……」

 真面目に戦う気があるのか無いのか分からないような態度。だがあの力で首を蹴られれば間違いなく骨が折れて死ぬ。

 平然とした顔してるくせに、普通に殺しに来てるじゃないか…。

 朔は体をはい回る寒気を振り払おうと、肩の関節をぐるぐる動かした。

(取り敢えず、立ち位置はこれで完璧なんだよね)

 ――あぁ、状況は整った。さっき言った通りにいこう。勝つぞ、あいつに。

(うん、絶対に勝とう)

 この命は僕だけのものじゃない。死んでたまるか…!

 朔が決意を固める一方、十真はあくびを噛み殺しながら言った。

「…ねえそろそろ終わらせようよ」

「疲れちゃった?僕はまだやれるけど?」

「あっそう。でも私はもう飽きたから」

 す、と十真が片方の足を前に出した。靴が周囲の土を盛り上げるほどに強く踏み込んでいる。

 朔は、十真が動き出す瞬間を見逃さないように一層神経を尖らせた。次の攻撃を避けられなければおそらく死ぬ。

 朔を見据える十真の瞳は、静かな気迫を湛えている。底にある感情は読み取れないが、雑念の無い澄んだ目だ。朔はそれが逆に怖かった。

 その目がゆっくりと長めの瞬きをした後で、十真の肩がピクッと動いた。つまり、肩の筋肉に力が入った。

 ここだ!!

 それを見た朔は大きく一歩後ろに下がった。小屋の柱に背中が触れる。

 するとほぼ同時に殴りかかった十真の拳は朔に届くことなく、何もない空間を貫いた。朔の見切りは成功した。

 全力で腕を振り抜いた十真はすぐに体勢を戻すことが出来ない。そこに一瞬の隙が生じる。狙って引き寄せた、たった一度のチャンスだ。絶対に逃さない。朔は十真の懐に飛び込んだ。

 驚いたように目を見開く十真を睨み付けながら、固く握りしめた拳を無防備な腹部へ突き出していく。

 回避行動から反撃まで、一切無駄のない俊敏な動きだった。十真の隙を完璧に突いたように思われた。

 しかし。

 十真は攻撃を食らうよりも早く空いていた手で朔の喉を掴んで引き離すと、そのまま小屋の柱に押し付けた。

「ぅぐぁっ…」

「残念。惜しかったね」

 朔は両手で十真の手を引き剥がそうとするが、指一本すらも微動だにしない。

 十真はそのまま朔の喉を絞め始めた。朔の顔が苦痛に歪む。

「君、さっき言ってたよね。最初に攻撃するのはあの娘じゃなくて君にすべきだったって。あれはね、作戦だよ」

 朔の腕には血管が浮き出るほど力が入り、爪が十真の手に突き立てられる。それでも状況は変わらない。

「君が私を倒すには、まずこの子の体を直接攻撃しなきゃだよね。だって――君はあの銃を持っていないから」

 朔は歯を食いしばり、全ての力を使って拘束を逃れようとする。

「でも人の体を、しかも友達の体を本気で殴るなんて中々出来ないよね。だから君を残して、先にあの娘を排除したんだよ。全部計画通り」

 十真は朔の顔を覗き込んだ。その瞳はまだ鋭さを失っていないが、限界が近付いているのは明らかだ。

 十真は薄く笑うと朔の後方を顎で示した。

「ねえほらあの娘、こっちを見てすっごい顔してるよ。周りの人に押さえ付けられて、それでもこっちを睨んでる。かわいい。あの娘に何か言い残すことある?それとも喋れない?」

 十真が首を傾げて尋ねると、朔は辛うじて切れ切れの声を発した。

「ゆ……た…」

「ん、何?」

 朔の右手が下ろされた。

「……油断、大敵」

 再び右手を上げた朔は、その手にしっかりと握った光学銃を十真の額に押し当てた。

「!!」

 驚愕の表情を浮かべるカゲに、十真の体に、数発の光弾が撃ち込まれる。威力は申し分なく、カゲは十真の身体から強制的に弾き出された。

 カゲは急いで闇に紛れて逃げようとしたが、今度ばかりは朔の方が早かった。右腕で十真の体を抱えながらも左手でカゲの腕をしっかり掴んで万力のように離さない。

 朔は手に持った光学銃をカゲに向けたまま揺らして見せた。

「なんで僕がこの銃を持ってたのか気になる?」

どうにか逃れようと必死に抵抗するカゲに、朔は得意気な表情で続けた。

「君は知らないだろうけど、僕の親友は僕とは違って…手先が器用で、小細工が得意なんだ」

全身全霊をこめた朔の左足が、カゲの体に最初で最後の一撃を叩きこんだ。



「勝手にお借りしてすみませんでした」

「いえ、構いませんよ」

朔は副隊長の佐々木に光学銃を返すと、その横に立つ玲璃に顔を向けた。さっきまでのような威圧的な雰囲気は感じない。普段通りの玲璃だ。

「琴望さん、もう元に戻ったんだね」

「そう言う逆月くんもね」

「うん」

玲璃は呆れたようににため息をついた。

「銃、いつ取ったの?」

「蹴り飛ばされた琴望さんの所へ行った時に一瞬だけ体を俺に戻してもらったんだ。その時、誰にも気付かれないようにこっそりと」

 玲璃は軽く微笑んだ後、神妙な顔つきで話し出した。

「今日は、あなたの活躍が無かったら危なかった。カゲも私達の想定を越えて強くなってる。

 自分でも勝手だと思うけど、逆月くんの力が必要。良かったら私達に協力してくれないかな?」

 ある程度予想していた内容だったため、朔は迷うことなく答えた。

「もちろん。良いよ」

 それを聞いた玲璃はパッと顔を綻ばせた。

「ありがとう。本っ当に助かる。あ、でも彼の意見は聞かなくても良かったのかな?」

「…ああ、あいつか。じゃあ今聞いてみるよ」

 その言葉に玲璃はとても驚いたようだった。元々丸い目が見開かれて更に丸くなっている。

「そんなこと出来るの?」

「うん。頭の中で声が聞こえるんだ」

 朔は目を閉じて頭の中で呼びかけた。

(今の聞いてた?というわけなんだけど、いいよね?)

 ――もう僕の意見聞く気ないじゃん。仮に僕がヤダって言ったら断るの?

(いいや)

 ――うわあ、酷い。戦うの僕なんだけど。

(まあ俺もサポートするし、たまには)

 ――それくらい毎回して欲しいけど。まあでも君がやりたいなら、僕は反対しないよ。定期的に外の世界に出してもらえる訳だしね。

(そっか、ありがとう)

 ――じゃあ僕はもう寝るから。後は若いお二人でってことで。

(いや二人じゃないし…。隊員の人たちいるから)

 ――四捨五入すれば二人に。

(ならねえよ)

 返事はもう返って来なかった。本当に眠ったのだろうか。

 目を開けると、玲璃が下から覗き込むように朔を見ていた。

「終わった?」

「うん、あいつも良いってさ」

「やった!頼もしいな」

 ほわっと微笑む玲璃。

 戦っている時の玲璃の方がよっぽど頼もしいと朔は思ったが、何だかそれは言わない方が良い気がした。

「それじゃ、はい」

 玲璃は朔の目の前に手を差し出した。

「これからよろしくね、逆月くん」

 彼女の口元は笑っているものの、その眼差しは真剣だった。真っ直ぐに朔の目を見つめている。

 朔は彼女のその目に応えたいと思った。決意を持って、彼女の手を握った。

「こちらこそ。あいつ共々、よろしく」





 逆月朔は、かつて親友が言った言葉を今も覚えている。

『困った時は僕を呼んでくれ。いつどこにいても、助けにいく』

 それはもう、思い出ではない。

 彼はもう、一人ではない。


 シャドウ 了

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