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シャドウ  作者: Reat
1/7

1話

初投稿となります。全部で7,8話程度の予定です。

よろしくお願いします。

少し肌寒い夜だった。

 月が雪のように白く照っていたが、周囲の明かりのせいで折角のその光は少しくすんで見えた。

 まるで藻の張り付いた水槽の中を泳ぐエンゼルフィッシュのようだ。それ自体がどんなに綺麗でも、その美しさが見る側に届くことは決してない。

 『あの子』ならどう感じるかな。そんな考えがふと胸に浮かんだ。多分、全く違う感想を抱くんだろうな。

 フフッ。

 もういいかい?

 1台の車が不機嫌そうな唸り声を挙げながらすぐそばを走り抜けていった。風が髪を乱暴に撫でていく。うなじがくすぐったい。

 舞い上がった髪はその柔らかさゆえに、絡み合うことなくさらりと元に戻る。

 気持ちいいな。

 何だか楽しくて、足で軽くステップを踏む。アスファルトと靴が触れ合う『タッ』という音と、細かい砂利が『ザッ』と鳴く音が混ざり合いながら耳をつつく。

 うん、悪くない。

 『あの子』は下らないって言うかもだけどね。

 もういいかい?

 しばらく足と地面を楽器にして遊んでいると、後ろで声がした。

「君」

 振り返ってみると、暗い青色の服を着た人が見下ろしている。

「君、こんなところで何してるんだ」

 ああ、見つかっちゃった。まだ探し始めてもいないのに。

「こんな時間に外にいると危ないよ」

 逃げるのもおとなしく従うのも有りだけど、それじゃ面白くない。

「お兄さんは何でここに?」

 そう言うとお兄さんは、親指と中指で髪をつまんで人差し指で頭を掻いた。癖だろうか。

「仕事だよ。警察官はこうやって、夜も町を見回るんだ」

「そうなんだ…」

 警察官は夜に歩いていても何にも問題ないってこと、か。良いこと聞いちゃった。

 思わずこぼれた笑みを見て、お兄さんは不思議そうな顔をした。でも、お兄さんのその表情は長続きしなかった。なぜなら次の瞬間にはもう、その顔は恐怖に覆われていたからだ。

 突っ立ったまま強張る四肢、青ざめた顔、額に浮かぶ汗。とても滑稽で、吹き出しそうになってしまった。少なくとも今夜の月よりは見応えがある。

 お兄さんの喉が蠕動して声を絞り出そうとするけど、叫び声はあがらない。いや、あげさせない。そこはもう私の制御下だ。

「静かにしててよ。痛くはしないから」

 誰か来ちゃうと困るし、無様で汚い鳴き声なんて聞きたくないしね。

 数日間眠ってもらうだけだからさ。まあ、勘弁してよ。

 全てが滞りなく済んで目を開くと、意識を失った体が倒れるのが見えて、慌てて抱き止めた。怪我をさせたくはない。

 腕の中の体をゆっくり揺すると、瞼がゆっくりと持ち上がった。

「大丈夫?」

 そう声をかけると、彼女・・は目を大きく見開いた。困惑と怯えが見て取れる。

「安心して、 僕は警察官だから(・・・・・・・・)。君はここで倒れていたんだ。何か覚えてるかい?」

 彼女は首を振る。当たり前だ。その体にはさっきまで私が居たんだから。

「立てる?家まで送ろう」

 道を教えてもらいながら行くことになるため、彼女の真横を歩いた。

 ふと見た彼女の横顔は、少しだけ『あの子』に似ている気がした。鼻の形が近いのだろうか。最初に会った時は後ろから行ったし、録に顔も見なかったから気付かなかった。

 ああ、『あの子』に会いたい。思いは衝動に変わりつつあった。

 それに、会いに行くための準備は整った。このお兄さんのおかげで。

 もういいかい?もう、いいよね?

 ――探しに行くよ。




シャドウ




「あ、ごめん、何?」

 まっすぐな黒髪を適当に前に垂らした、細目の割には温厚そうな顔つきの少年――逆月朔(さかつき さく)は右手でペンをくるくると回しながら、窓の外に向けていた顔を友人の南十真(みなみ とおま)へと向けた。もう片方の手は頬杖をついている。朔のいつも通りのスタイルだ。

 場所は二人の通う高校の教室、授業が始まる前の朝の時間。生徒は皆わいわいと雑談に勤しんでいる。至って普通な高校生の日常風景である。

 十真もその例に漏れず、教室に入って朔を見付けるなり意気揚々と話しかけたのだ。

 しかしちょっと普通とは言い難い朔の方は、これまたいつも通りにぼんやりしていたため、友人が自分に話しかけていたことにまるで気付いていなかった。

 朔はペンの回し方を複雑なものにしながら彼に聞いた。

「なんの話?」

 朔の一つ前である自分の席の机に座っていた十真は、話の腰をへし折られたのとそもそも話を聞かれていなかったことに思わず呆れ顔をした。

「えーお前相槌打ってたじゃんか」

「無意識だな」

「まじかー」

 十真はため息をしつつもまた最初から話し始めた。

 朔が話を聞いているのかいないのか分からないのはいつものことだ。今回みたいにもう一度最初から話をさせられるのもよくあることなので、またか、くらいにしか思わない。

「『集団夜歩き』の話だよ。最近ニュースで言ってんじゃん、夜中に出歩いて補導される学生が増えたとか、学生じゃなくても夜に外にいる人が多いとかって」

「ああ…」

 そのニュースは朔も聞き覚えがあった。ここ最近『集団夜歩き』という単語を、頻繁にではないものの、色々な所で目にしたり耳にしたりする。しかし朔自身は取り立てて気になってはいなかった。

 普通、夜中に外を出歩くのは危険が伴う。それは、人が少ない上にまともでない人間の割合が多いからだ。『集団夜歩き』のように夜中に出歩く人がある程度増えれば、逆に夜歩きの危険性は低くなるのではないだろうか…などと下らないことを少し思ったりはしたが、それだけだ。

 所詮は当人達の問題に過ぎないし、もっとインパクトの強いニュースや話題は、世の中には星の数ほど溢れている。

 そういった訳で朔には興味の薄い話題だった。しかし十真の次の言葉を聞いて、彼は少し目の色を変えた。

「何かあれ、誰かが操ってるって話が出てきてるらしいんだよ」

 オカルトチックだなと朔は思った。ぶっ飛んだ噂だと。

 しかし嫌いではない。むしろ魅かれる。

「詳しく聞きたいね」

 朔は身を乗り出した。




 二人の席から少し離れた場所。彼らの会話に聞き耳を立てている者が一人いた。その人物は頬杖をつきながら胸中で呟いた。

 やっぱり結構話題になってるか。変に首を突っ込もうとしたりしないといいけど…。




「操られてるっていうのは、何を根拠にそう言われてるんだ?」

 朔が食いついたことに満足しているのか、十真は得意気に答えた。

「『集団夜歩き』の人達の中に、その時のことを覚えてないって人がいるんだってよ」

「夜歩きしたことを?」

「いや、夜歩きしてた期間の出来事を、昼間も含めすっぽりと」

「……それは初耳だ」

 そう言うと朔は目を閉じた。

 中々に面白い情報だと思った。夜だけでなく昼間の記憶も無いとなると、夢遊病ではなさそうだけど…。

 朔の脳が回り始めたのに同調するように、手のペンがそれまで以上に複雑な軌道を描き始めた。指の間を端から端までくるくる移動し、別のルートを通って帰ってくる。

 それを見て十真は感嘆のため息をついた。

「相変わらずすげえな」

「慣れだよ」

 朔は目を閉じたまま言った。

「先天的なものもあると思うけどな」

「知るか。どこぞの専門家にでも聞いてくれ」

「あ、そう、専門家」

 十真が思い出したように言った。

「なんだ?」

 朔は目をぱちっと開けて十真を見上げる。同時に、踊っていたペンが手の内にシュッと納まった。

「なんか専門家っぽい人もテレビで言ってたぞ、お前がさっき言った催眠術説」

 それを聞いた朔は怪訝そうに小さく眉をひそめた。

「催眠術……いや、その人は専門家とかじゃなくて、ただのコメンテーターじゃないかな?」

「なんで?」

「俺も別に催眠術に詳しくはないけど、確か催眠術で人の記憶を消すことは出来なかったはずだよ」

「え?出来ないの?よく人を意識を無くして命令通りのことさせてるイメージあるけど」

「あれは…無意識というよりは、無自覚って感じかな」

「無自覚」

「例えば、そうだな…十馬はポテチとか食べなかったよな?」

 十馬は運動部に所属している。体を動かすことが生き甲斐と語るほどの運動好きで、部の制約などではなく自主的に健康的な食生活を強いている。

 朔の聞いたことに対して十真は頷いた。

「そうだな。チョコレートとかも食べない」

「なるほど。そこでだ。俺が十馬に催眠術をかける」

 朔はペンを置くと、十馬の目の前で両手の指をひらひらと動かした。

「フッ」

「鼻で笑うなよ。ただの振りだよ。で、こう言う。

 あなたは無性にお菓子が食べたくなる、と」

「あ、煎餅はたまに食うよ?」

「え?」

「え?」

「……」

「……」

「…あなたは無性にスナック菓子が食べたくなる」

 ひらひら。

「…ハッ」

「嘲りが入ったな!?」

「冗談冗談、それでどうなる?」

「しっかり催眠にかかっていれば、お前は自らスナック菓子を食べ始める。普段絶対に食べないのにだ」

 その状況を想像しているのか、十馬は上の方を見ながらニ、三度頷いた。

「で、俺が催眠を解く」

 朔はそう言って、手のひらをパンッと合わせた。

「催眠が解けたお前は正気に戻り、自分がスナック菓子を食べたという事実を認識する。どう思う?」

「んー、ショック受ける、かな。後悔すると思う」

「だろうな。それで、これが催眠術だ。記憶はしっかり残る。操られている間、それがどういう行為なのかを普段通りの頭で捉えることが出来ないってわけだ。

 人の記憶を操るなんてのは、そんな簡単にやれることじゃない」

「なるほどな。それで無意識じゃなく無自覚、か。

 言われてみれば、テレビでよく見るのはこういうパターンな気がするわ」

「伝わったようでなにより」

「催眠術で記憶を消せないのは分かった。じゃあ一体何が原因なんだ?何で夜歩きした人達の記憶が消える?」

「……」

 そう。集団夜歩きについて考えるにあたって、そこが一番の問題なのだ。

 朔の知る限り、長期間の人の記憶を欠失させる方法や事象は存在しない。

 年単位で記憶が無くなった事例などもあるにはあるが、それは事故などの偶発的な出来事によるものだ。集団夜歩きに関してはその人数の多さからして、そういった偶然による記憶障害が生じたという可能性は考えにくい。

 しばらく考えた後、朔は首を力なく横に振った。

「…分からない」

「行き詰まったか」

「早くもな」

 夜歩き現象を起こしている者の動機や、その人物像に関しては――勿論そんな人物がいればだが――ある程度推測の余地がなくもない。けれど、そんな小さな事はどうでもよかった。夜中に出歩いた人々の記憶が失われる謎の方が遥かに気になる。

 朔は眉根を寄せた。

「…悔しいな。推測どころか予想すら思い付かない」

 このまま何も分からない状態でいるのは耐えられなかった。それだけこの奇妙な出来事は朔の好奇心をがっちりと捕らえてしまっていたのだ。

 しかし、緒すら見つからないのではどうしようもない。

 情報が必要だ。ニュースで流れるような薄っぺらいものではなく、確実性が高く、密度の濃い情報が。

 朔はぽそりと呟いた。

「…百聞は一見に如かず、かな」

 十真は思わず身を引いた。まさか。

「お前、自分で調べるつもりか!?」

 この件を調べるということは、それは必然的に真夜中に行うことになる。

 朔の好奇心の強さはよく知っているが、そこまでやるのか。

「こんなに面白そうなことは滅多にないからな。十真も来るか?」

 朔は楽しそうに笑ってそう言った。

「んー…」

 確かに面白そうではある。朔ならば成果無しでは終わらないだろう。必ず何かしらの発見をするはずだ。だが。

 十真は手をぱたぱたと振った。

「俺はいいや。大会近くて練習で毎日死にそうだから。夜は寝たい」

 朔はフッ、と鼻で笑った。

「大変だな掛け持ちは」

「ハッ、うっせえ無所属」




 ああ。まずいことになっちゃったなぁ。どうにかしないといけないよね…。

 盗み聞きをしていた人物は小さくため息をついた。

 さてと。どうしよっかな。


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