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なんとまぁ

作者: soro

「なんとまぁ、、」


見知らぬ、黒い着物を着た高齢の女性は、仕事に出ようと部屋のドアを開けた

yさんの目の前にスッと現れ、いきなりそう言うと

満面の笑顔でお礼をいい、ポカンとしているyさんを

その場に残して、アパートの階段を下りていった。

しかし、不思議な事に、着物の女性の足音は一切せず

yさんが覗きにいった時には、すでに女性の姿はどこにもなかった。


ーーーーーーー


その日の午後、2月の終わりとしては春の気配は一向になく、

体を冷やす強風に身を丸めながら、駅からの道を歩いてきた

yさんの目の前に飛び込んできたのは、自分が暮らしているアパートを

取り囲む野次馬と赤いランプを点灯させている数台のパトカーだった。

驚いたyさんがアパートに近づき、中に入ろうとしたが、黄色いテープが

張られた前に立っていた警官に止められた。

制止する警官にyさんはここお住人だと伝えたが、どっちにしろ

色々と現場調査をしなければいけないので今日は入れないと

言われ、後で、事情もききたいと言われたyさんは、携帯の電話番号を

教えてその場を後にした。

そして、駅近くのマンガ喫茶に行く途中、スッと肩を背後から叩かれ

驚いて振り向くと


「「なんとまぁ、、」」


朝とは違う、黒い着物に身をを包んだ初老の男性と同じく、黒い

スーツに身を包んだ若い男性が、気持ち悪いほどの笑顔で

yさんにそう言い、深くお礼言い頭を下げると、そのまま

yさんを追い越していった。

慌ててyさんは呼び止めようと振りかえったが既に影も形もなく、

ただ、街頭がやみを照らしている僅かな地面が見えるだけだった。

そして、微かに、鉄の臭いが鼻を突いたが、yさんは駅へ向かうのをやめ、

半ば無理やり、同僚に電話して今日だけとめてもらうことにした。


ーーーーーー


次の日の朝早く、yさんは同僚の家を出て、仕事で必要な書類だけでも

取りに行くためにアパートへと向かった。

昨晩とはうって変わって、アパートの周辺には人影はなく、巻かれてた

黄色いテープも綺麗に撤去されていた。

どうやら、大事の事件ではなかったようだ。

yさんは、鉄の階段を2階へと上がっていき、廊下に目をやると、

4つある部屋の一番端っこの部屋のドアの前にだけ、黄色いテープが

貼られており、とっ、ジッとそれを見つめていたyさんの背中を誰かが

背後からつついたのだ。

驚いて、またあの黒い服の人たちかと振り返ると、そこには、1階に住む

アパートの年老いた大家さんが青い顔色で立っていた。

大家さんは、いきなりyさんにアパート閉鎖すると言い出し、他の住民は

既に引っ越したからと、明日中に出て行くようにyさんに有無を言わさず

告げると、クルリと向きを変え、階段を下りていく、、すると、

ボソッと大家さんはyさんに、アパート前の置物は知らないかとたずねてきた。

置物?yさんは、言葉を濁し、暫く考えるフリをしながら

頭の中では、二日前の晩に置物を蹴飛ばし破壊した事を思い出していた。

会社で失敗し、イライラしていたのだ。そして、アパートの玄関入り口の

表札の下にある小さな石の置物(雪だるまの様だとyさんは思っていた)を

思いっきり蹴飛ばしたのだ。まさか、あんな簡単に、しかも砂の様に

粉々に砕け散るなんて思いもよらなかった。

yさんは、すっかり怒りが冷めた青い顔であたりに目をやり、急いで

家から箒とちりとりを持ってくると、出来るだけ丁寧に砕けた置物の

破片を集め、そのまま、家庭ごみと一緒にゴミ袋に捨てたのだ。

アパート横のごみ入れに詰まれた袋にチラリと目をやりながら、

yさんは、大家さんに知りませんと告げた。

カツン、カツン、と大家さんは返事もせずに歩き出し、yさんも

すっかりアパートを出て行かなければいけない事を忘れていた。


「なんとまぁ、、」


足音はピタリとまり、yさんが後ろを振り返ると、いつの間にか

あの高齢の女性が黒い着物ではなく喪服を着て立っていた。


「なんとまぁ、、」


それだけを口を閉じた状態で繰り返し、yさんに深々と頭を下げる。

朝日の中で見てみると、高齢に関わらず肌には一切のシワがなく、なぜか

最初に会った時よりも若々しく見える。とっ、後ろでガタガタと大きな

音がし、振り返ると、大家さんが数段下から足を滑らせたのか、しりもちをついた

状態でコチラを見上げていた。そう、見たことも無い顔で、yさんと後ろの

喪服の女性を、今にも泣き出しそうな顔で見上げていたのだ。


「なんとまぁ、、」


喪服の女性がそういうと、大家さんはビクッとして立ち上がり

逃げ出すように走り出し、すぐに1階の部屋のドアが勢いよく

閉まり、鍵がかけられる音がきこえた。

yさんは、後を追おうとしたが、背後から気配を

感じ振り返ると、あの高齢の女性だけでなく、老人と若い男性も

黒い喪服を着て、なぜか、黄色いテープが張られたドアの前に立ち、

シワ一つない指先でドアを愛おしそうに撫ぜ、背後では、老人が

舌なめずりをしていた。


「なんとまぁ、、まだある、、1,2,3,4,5,6,7,8、、、」


その声は、やはり閉じられた口からはっきりと聞こえ、

無意識にyさんは、自分の部屋の鍵を開け、ドアに手をかけた。


「逃げられない、、美味しそうな匂い、、」


ガチャっとドアノブを回し、部屋に入ろうとしたyさんの目の前に

見知らぬ喪服を着た女の子がコチラを見上げてた。


「お兄ちゃんは最後だよ」


yさんは、叫び声を上げて意識を失った。気がついたときには、

当たりは真っ暗になっており、寒さで凍える身を起こし、パッと

目の前を見、廊下も見たが、そこには人影はなかったが、yさんは

急いで必要なモノだけスーツケースに詰め込むと、逃げるように

部屋を後にした。目の前には、街頭が闇を照らしており、僅かな

地面だけがyさんを覗き込み、微かに鉄の匂いが鼻を突いた、、、。


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