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E=ベイビー  作者: YOHANE
3/7

7月23日(1)

コンコン。

タイピングの音と機械音だけが響いていた書斎に、ノックが鳴った。


「どーぞ」

ドアノブが捻られ、人の気配が近づいてくる。江島美里はパソコンから目を離さずに動きを窺う。


「順平?何か用なの?」


それでも黙ったままの順平に椅子を回して振り返った。40代近い彼女の顔の目元には深いシワが刻まれている。こめかみを押さえて、疲れ切ったように息を吐いた。


「…何か言ったらどうなの?」

美里の前に立ち尽くす青年は、無機質な目で美里を見下ろしていた。最近、いつも表情のない目をしている。それがすごく苛立つ。


「何よ、その目」

不機嫌さが露の声で言って順平を睨みつけるが、順平がそれに動じる様子はない。

「用がないなら出て行って。ただでさえ忙しいのに…目障りよ」

美里は椅子を軋ませながらまたパソコンに向き合う。


「死んだ」

「は?」

ようやく声を出した順平に顔だけ振り返った。


「だから」


順平が一歩を踏み出す。相変わらずの無表情の中に、底知れぬ怒りが見え隠れしていることに気づき、美里は息を飲んだ。


「ちょっ…何よ!?」

背中の後ろに隠されていた手がゆっくりと前に出される。

「ひっ!?!?」

真っすぐに美里へ向けられた、曇り一つない刃。順平の手に握られたバタフライナイフに迷いはない。


「お前も死ぬべきだ」


一度刃が勢いをつける為に美里から外され、そして首元を真一文字に横切るまで…。

美里は悲鳴を上げることすらできずにスローモーションで刃の行方を追い、冷たい痛みを感じると派手に椅子から転げ落ちた。順平は数度痙攣(けいれん)し、すぐに動かなくなった美里を冷たい目で見つめた。

飛び散った血は順平とパソコンに付着し、そして床にじんわりと広がっていく。


初めて嗅ぐ酸鼻(さんび)に順平は眉をしかめる。


「奥様?…どうかなさいましたか?」

小さい足音と共に顔を覗かせた家政婦は、目を見張って順平と美里を交互に見た。


「ぼっちゃ…」

「警察呼べよ」

あまりの出来事に頭が付いて行かないのか、順平がそう促しても家政婦はそこを動こうとしない。


「俺が殺したんだ。お前も殺すぞ」


毒を孕んだ声で言うと、家政婦は弾かれたようにその場を離れた。



――数分後。

警察が江島邸に到着した時、順平は書斎の机に腰掛けて美里を見下ろしていた。警官が警戒気味に近づいてきても眼中にないといった感じだった。


「江島順平!殺人罪の現行犯で逮捕する!!」


そう高らかと宣言しながら手錠をすると、順平が薄く笑ったような気がした。


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