7月23日(1)
コンコン。
タイピングの音と機械音だけが響いていた書斎に、ノックが鳴った。
「どーぞ」
ドアノブが捻られ、人の気配が近づいてくる。江島美里はパソコンから目を離さずに動きを窺う。
「順平?何か用なの?」
それでも黙ったままの順平に椅子を回して振り返った。40代近い彼女の顔の目元には深いシワが刻まれている。こめかみを押さえて、疲れ切ったように息を吐いた。
「…何か言ったらどうなの?」
美里の前に立ち尽くす青年は、無機質な目で美里を見下ろしていた。最近、いつも表情のない目をしている。それがすごく苛立つ。
「何よ、その目」
不機嫌さが露の声で言って順平を睨みつけるが、順平がそれに動じる様子はない。
「用がないなら出て行って。ただでさえ忙しいのに…目障りよ」
美里は椅子を軋ませながらまたパソコンに向き合う。
「死んだ」
「は?」
ようやく声を出した順平に顔だけ振り返った。
「だから」
順平が一歩を踏み出す。相変わらずの無表情の中に、底知れぬ怒りが見え隠れしていることに気づき、美里は息を飲んだ。
「ちょっ…何よ!?」
背中の後ろに隠されていた手がゆっくりと前に出される。
「ひっ!?!?」
真っすぐに美里へ向けられた、曇り一つない刃。順平の手に握られたバタフライナイフに迷いはない。
「お前も死ぬべきだ」
一度刃が勢いをつける為に美里から外され、そして首元を真一文字に横切るまで…。
美里は悲鳴を上げることすらできずにスローモーションで刃の行方を追い、冷たい痛みを感じると派手に椅子から転げ落ちた。順平は数度痙攣し、すぐに動かなくなった美里を冷たい目で見つめた。
飛び散った血は順平とパソコンに付着し、そして床にじんわりと広がっていく。
初めて嗅ぐ酸鼻に順平は眉をしかめる。
「奥様?…どうかなさいましたか?」
小さい足音と共に顔を覗かせた家政婦は、目を見張って順平と美里を交互に見た。
「ぼっちゃ…」
「警察呼べよ」
あまりの出来事に頭が付いて行かないのか、順平がそう促しても家政婦はそこを動こうとしない。
「俺が殺したんだ。お前も殺すぞ」
毒を孕んだ声で言うと、家政婦は弾かれたようにその場を離れた。
――数分後。
警察が江島邸に到着した時、順平は書斎の机に腰掛けて美里を見下ろしていた。警官が警戒気味に近づいてきても眼中にないといった感じだった。
「江島順平!殺人罪の現行犯で逮捕する!!」
そう高らかと宣言しながら手錠をすると、順平が薄く笑ったような気がした。




