第七廻「田舎に向かおう」
僕達は小さな村に辿り付いた。
木製の質素な小屋……いや、家が十件くらい。
うち三件は誰も住んでないのか壊れたまま修理されていない。
村というにはいささか小さ過ぎるかもしれなかった。
「……こいつぁ……」
よし子さんが眺める先、村の中央の広場には小さな鍋で料理を作る村人達の姿があった。
人数は十人前後、誰も彼が痩せ細り、沈んだ目をしている。
見る限りは老人や子供達ばかりである。
「……よし子さん……」
「食わねーよ!」
「いや、まぁ、そーゆー意味じゃないんだけど……」
確かに、よし子さんならしれっと列んで食べそうだな、とか思ったけど内緒だ。
僕が言いたかったのは人数に対して鍋で作っている量が圧倒的に足りないからだ。
鍋の大きさから作れて五人分ほど。
それを十人で分ければ一人の量はかなり少ない。
すると、一人の老人がこちらに気付きフラつきながらも走って来る。
「こ、これは村の存続に必要な分でして! 今回の分はお渡ししたはずです! どうか! どうかこれだけは!」
そう言って老人は跪き懇願してくる。
日本人ならここで土下座するんだろうな、などと余計な思念が入るが急いで振り払い老人に優しく語りかけた。
「大丈夫です、人違いですよ」
僕がそう言うと老人は不思議そうに僕達を見る。
「ヤツらの使いではないのですか?」
老人の問いに僕らは顔を見合わせて首を傾げた後、頷いた。
「こ、これは失礼しました、旅のお方でしたか。お疲れの所申し訳ございませんが、村は見てのとおりの有様で、宿もありませんし、危険ですので先を急がれた方がよろしいかと……」
「いや、ちょっと待てや。どう見ても襲われてるか搾取されてんじゃねーか。どう考えても『旅のお方助けてください』の流れじゃねーか。お約束のイベントじゃねーか」
よし子さん、お約束のイベントとか言っちゃダメだよ。
と僕が言う前に老人が口を開いてました。
「……はい、助けて欲しいのは助けて欲しいのですが……。失礼ですが、失敗した後を考えるとリスクが高すぎるのです……」
「まぁ、そうよね。どこの誰かもわからない奴に運命なんてたくせないもの」
麻実さんも老人の言葉を聞いて頷いている。
「とりあえず話だけでも聞いてみませんこと? 状況が今ひとつ理解出来ませんわ?」
「……まぁ、それもそうか……」
「……えーっと、お爺さん、食料なら少しですが提供出来ますよ?」
僕の言葉に老人は飛び上がって喜んだ。
「ほ、本当ですか!?」
「おいヒロ! 食料ったて米が五合くらいしかねーだろうが。それに恵んでやる義理なんて無いんだぞ!」
「でもほっとけないよ。それに少しでも食べないと理由を聞くにも聞けないと思うし……よし子さん……」
お願いだよ、そう言う前によし子さんは咥えていたタバコを携帯灰皿に押し込むと踵を返した。
「……チッ! おい麻実! あたいらはあっちの林で食えるもん探すぞ」
「……あんた意外に気が利くのね……」
「うっせぇ!」
「私は広太の手伝でもしてますわ」
「あ、私も手伝います!」
こうして僕達は各々の行動を開始した。
******
先ほどの老人、村長さんは僕のといでいる白米をみて微妙な顔をしていた。
「……なんですか? この白い粒は?」
「私も先ほど食べましたが、オコメと言う穀物らしいですよ?」
「……食料なのですか……」
「今から炊きますので時間が掛かりますが……」
僕はご飯を炊く準備をしながら借りた鍋に水を張り湯を沸かす。
「……ちょっ! な、なんですのコレ!?」
すると、鏡子ちゃんが向こうで驚きの声を上げた。
「鏡子ちゃんどうしたの?」
「こ、広太! この料理を見て下さいまし! むしろ、これを料理と呼ぶのもはばかられますわ!」
そう言って鏡子ちゃんが持って来たのはスープだった、中に入っているのはカブだろうか。
「……カブのスープ?」
「スープじゃありませんわよ! カブを鍋で煮込んだだけでまともに味付けなんて出来てませんわ!」
鏡子ちゃんの言葉に村長さんは不思議そうに見ていた米から顔を上げる。
「旅の方は随分と遠くからいらしたと見える。カブェのスープは一般的な食事ですよ? 祝い事や狩が成功した時はそこに肉が入りますが、塩もこんな村では高級品ですからの」
カブじゃなくてカブェなんですねこっちでは。
「よし子めカブを茹でる匂いを嗅ぎとるとは、本当に化け物ですわ」
「この村では何か作ってるんですか?」
僕は鏡子ちゃんの呟きを聞かなかった事にして村長さんに話を振った。
「はい、畑では主にカブェとラタ麦を作っております。本来ならラタ麦を使ってパヌンを焼くんですが、最近は悪魔の爪の被害もありまして不作で、収穫出来てもヤツらに持って行かれる始末で」
ラタ麦ってのはライ麦の事だろう、パヌンはパンか。悪魔の爪っていったら……。
「麦角病かな……」
「ご存知なので?」
「……えぇ、それって麦が黒くなりませんか?」
「はい、まるで悪魔の爪のようなので我々はそう呼んでいます」
「……確か麦がかかる病気みないなものでしたわね」
「うん。村長さん、麦ではなくソバの生産をしてみては?」
「ソバ? ……ソヴィアの事ですかな? あの黒色というか褐色の実の?」
「……多分そうだと思います。採れる量は減りますが 、ソバは麦角、悪魔の爪にかからないと聞いたもので……」
「そうなのですか!?」
僕が村長さんと話をしているとよし子さん達が帰って来た。
「……んだよ~、食えるもんあんじゃん!」
よし子さんと麻実さんの借りて行った籠一杯にはジャガイモが詰め込まれていた。
さすがに野生のジャガイモなのか少しばかり小ぶりではある。
「……えっと、その茶色いゴツゴツしたのは食べれるんですか?」
マリアさんがジャガイモを指差して聞く、村長さんも首を傾げている。
「ジャガイモですね。芽が出たり、緑に変色すると毒を持ちますが、ちゃんと芽を取って皮を剥いて、水にさらすか、加熱、茹でるのがイイですね。苦しい環境でも成長しやすく、生産性も良いので畑を作るのがオススメです」
「広太、やけに詳しいですわね?」
なにぶん、ぼっちなもので、やる事と言ったら図書館で本を読みふけるかネットするかしかなかったので……。
そう思ったらちょっと涙が出そうになった。
しかし、図鑑やらなんやらを読み漁ったおかげで植物や動物、魚なんかを見分けれるのはありがたい。
しかも、植物がこっちとあっちの世界は同じなのが救いだった。
「広太、このカブの水煮どうしましょうかしら?」
遠い目をした僕を見てため息をついた鏡子ちゃんは例のカブのスープを指差した。
「味噌ならまだあるから味噌汁にしようか?」
「そうですわね」
「ジャガイモはどうするの?」
「カレーにしようと思ったけど……見た目がちょっとね……それも味噌汁にしよう」
こうして作られたカブとジャガイモの味噌汁と白米は村の人たちに振舞われた。
「うまいのぉ、うまいのぉ……」
「…………ガツガツガツガツ!!」
「こりゃあ! 心して食わんか!」
「ありがたやありがたや」
「おいしーっ!」
嬉しそうに食べる老人や子供たち。
「本当になんと御礼を言ってよいやら……」
それを見ながら村長は深々と頭を下げた。
どうやらジャガイモが増えた事で全員が満足に食べれた様である。
「んじゃ、詳しい話を聞こうか?」
「立ち話ではいけませんな。よろしければ我が家へ。何も無い所ではございますが」
そう言ってくれた村長の言葉に賛成し、皆で村長の家に向かう。
村長さん宅はすぐ近く家だった。
村の家は全部同じ様なものでぱっと見では見分けがつかない。
「んっとーに何もねーな」
それがよし子さんの第一声だった。
床は全体的に踏み慣らされた土間に藁を敷いたもので中央にかまどの様なものがある。
部屋の隅のシーツが掛けられた藁の山は多分ベッドだろう。
「なにぶん小さな集落なもので、他の大きな村なら床は板張りでベッドも木製なのでしょうが……私は村長なのでこの家を一件使わせていただいております」
村長が腰を下ろしたので僕達も向かい側に腰を下ろす。
「では、改めまして……バイエル国東開拓村の村長、チョットー・マッテーナと申します」
「いや、ちょっと待てや」
「いえ、チョットー・マッテーナです」
「いや、真面目な話しだよね? バカにしてんだよね? おう、コラ」
「よし子さん待って待って! そーゆー名前だから! ここ僕達の国とは違うから!」
僕はよし子さんをなだめすかして村長な続きを促した。
「……はい、あれは一週間ほど前になります。村に賊が現れたのです。奴らは剛腕のゴッダンという名の売れた盗賊を筆頭に二十人ほどで村に押し入りました。我々も黙っていたワケではありません、村の若い衆十人が迎え撃ちました。しかし、若い衆は一番高い者でLevel.20。盗賊達は皆Level.30前後で頭目であるゴッダンはLevel.40を超える程の力があると噂されています。その戦いで若い衆の半分が死に村に居た女が人質に取られました。盗賊達の要求は定期的に食料を北の洞窟に持って来る事、国や冒険者に助けを求めれば人質の命は無いと。結果、領主様には助けを求めれず税と盗賊に渡す分で手一杯で我々は満足に食事が取れない有様でして」
「……やっぱりか、そんなこったろうと思ったぜ……」
そう言ってよし子さんはポケットからタバコを取り出す。
「よし子さん、村長さんの家だから、その……」
「先ほどの煙の出る物でしたら臭いが付きそうですので控えていただけると……」
村長さんの言葉に苦い顔をするもよし子さんはタバコをしまってくれた。
「……意外に素直ね。ところで広太」
「何? 麻実さん」
「”すてーたす”って何?」
不思議そうな顔をする麻実さんと鏡子ちゃんを見て困った顔をする僕とよし子さん、首を傾げるマリアさんと村長さんだった。