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第六廻「腹が減っては話も出来ぬ」


「……どうぞ」


僕はドレスの女性に湯気を上げる茶碗を差し出した。


「あ、ありがとうございます」


女性は今にも折れそうな痩せ細った両手で茶碗を受け取る。


何故僕たちが草原でこんな事をしているかと言うと。


彼女のお腹が盛大に鳴ったからである。

見れば彼女は絶望的に痩せていて、明らかに栄養が足りていなかった。


その音を聞いたよし子さんはいきなり。


「まあ、飯にすんべ」


そう言ってカバンを取り出した。

僕が学校に食材や調味料、食器に道具を入れて持って行ったカバンだった。

普段から大食らいのよし子さんに食事を準備している僕は食材と調味料をパンパンにしていたのだが、学校で使用した為にカバンは萎んでいる。

中身は、

塩1kg、砂糖1kg、胡椒500g、醤油1.5L、味噌1kg、サラダ油500mL。

万能包丁、プラスチックのまな板、片手鍋、フライパン、割り箸、お玉、アルミホイル、プラスチック容器、ラップ、茶碗数個。

米5kg、乾燥ワカメ、乾燥シイタケ、カップ麺数個、カレールー、缶詰め各種。

よくよく考えたら、僕って何十キロの重りを抱えて麻実さんから逃げてたんだろう。


僕は何故よし子さんがカバンを持っていたのかを聞かず、料理の準備をした。

よし子さんが落ちた岩場から石を持ってきて鍋を置けるようにセット、近くから枯れた草や木の枝など燃やせそうな物を拾い、小川があったので鍋に水を汲む。

お湯を沸かしてお米を投入、柔らかくなるまで水を足しながら炊く、有る程度柔らかくしてお粥を作ったら味付けに味噌を投入して完成。

味噌粥である。


「まぁ、ゆっくり食べな。腹減ってる時にがっついて食ったら死ぬぞ?」


よし子さんがカップ麺をすすりながら女性に声を掛けていた。


女性は割り箸に首を捻りながらもよし子さんの箸使いを見てゆっくりと茶碗から味噌粥を掻き込んでいく。

割り箸を握りしめて、口いっぱいに味噌粥を詰め込んで咀嚼し、目に一杯の涙を溜め込み、小さく嗚咽を漏らしながら泣いたのであった。




******




「ありがとうございます。この御恩は消して忘れません」


食事を終えて片付けをする僕に彼女は深く深く頭を下げた。


「はは、提案したのはよし子さんだよ。僕はただ、料理をしただけさ」


「材料もなにも広太のだけどね」


「ヨシコ様、コータ様。本当にありがとうございます」


涙を浮かべながら頭を下げる彼女によし子さんはバツが悪そうに頬を掻いている。


「私は、アリアラス王国のマリアージュ・アリアラスと申します」


「明らかにお姫様じゃありませんこと?」


「でしょうね、一緒に飛ばされたみたいだから魔王にでも捕まってたんでしょ」


鏡子ちゃんと麻実さんはそんな事を言っているが僕は気が気でない。

だってお姫様だもの!

偉い人だもの!


あれだよ、勇者とかが綺麗に助けないと行けない人がこんな感じでたまたま助かっちゃった的な、まぁ、助かったならなんでもいいけど。

でもお姫様にどう接したらいいのさ、いじめられっ子舐めんな!


「……えっと、マリアージュさん? いや、マリアージュ姫?」


「いえ、マリアで構いません。お城に戻ればお礼も出来るのですが……」


「とりあえず僕たち、行く当てが無いのでよかったら送りましょうか?」


「よろしいのですか!? ありがとうございます!!」


僕の提案にマリアさんは目を見開き、僕の手を握って喜んだ。


「謝礼謝礼……ニッヒッヒッヒッ!」

「送るって……まぁ、行動しないといけないか」

「な~んか、勝手に決められた気がしますわね」


お礼と聞いてヤル気一杯のよし子さん。

状況を打開しようと、渋々納得する麻実さん。

微妙な表情で僕を睨む鏡子ちゃん。


僕は三人を見てから苦笑いでマリアさんに視線を戻し。


「よ、よろしくお願いします……」


微妙な笑顔を作るのだった。




******




さて、マリアさんを送るのは良いんだけど……。


「♪ママエンパパワーレーニンベーッ!」


「「「「ま、ママエンパパワーレーニンベー……」」」」


「声がちいせえっ! タマ落としたか!!」


「「付いてませんっ!」」


なんでみんな揃って海兵隊式ジョギングなんてしてんだろう……。

一旦ジョギングは終わり皆歩き出す。


「おまえによーし! 俺によーし! んーっ、よーし!!」


先頭で拾った木の枝をブンブン振り回しながら歩くよし子さん。

お礼って聞いてからすごいヤル気だ。


「んで、いったいどこに向かってるんですの?」


若干、ゲンナリとした鏡子ちゃんがズンズンと突き進むよし子さんを見て問いかける。


「なんか向こうからいい匂いがするんだって……」


「いい匂いって、ずぅーっと向こうまで草原じゃありませんこと?」


そう見渡す限りの草原だ。

所々に森があり木が見えるが人の姿どころか踏み固められた道すら無い。

もちろん、料理をしている煙も見えない。

それでもよし子さんの後に続くのは他に出来ることが無いからだ。


マリアさんの話ではこの世界(世界自体に名前は無いらしいが)には人々が暮らす人間の国と人間とは違うけど人間に友好な種族のエルフやドワーフなどの国。

そして太古の昔から人間と敵対し幾度となく衝突してきた魔族の国があるらしい。


なぜ魔族と人間が争うのか、姿を見ればどちらからともなく殺し合いに発展するのか。

信仰する神が違うとか、魔族は世界を滅ぼすとか、諸説は諸々だが真相は誰も知らない。


そして、魔族とは道楽以外で食事を取らない、取る必要がない。

そして道楽で食事をするのは魔族でも最上級クラスの幹部のみらしい。

ここがそんな魔族の幹部の根城付近なら今頃魔族の大軍に囲まれているだろう。


つまり、ここは人間か亜人の国である可能性が高いのだ。


ちなみに、マリアさんが餓死寸前だったのは拷問などでは無く、捕らえた側の魔族が食事の必要がない為、うっかり食事を与え忘れていた為だ。


とにかく、勘だろうとなんだろと、行動しないと何も変わらなかった。


「……帰れるのかなぁ……」


「帰りたいの?」


僕は小さな声で呟いたが、麻実さんには聞こえていた様だった。


「…………」


麻実さんからの質問に戸惑ってしまう。

両親も友人も、優しかった祖父母も居ない。

学校でも家でも一人ぼっちだった向こうの世界。

遺産や便利な生活はあるが、生きていて死んでいるような世界。


「……僕って帰りたいのかな?」


「知らないわよ、そんなん」


僕の問いかけに帰って来たのはそんな返事だった。


「麻実さんはどうなのさ」


「別に」


僕の問いかけに麻実さんは表情を変えずに歩き続ける。


「私が学校に居るのはあそこが私の死に場所だから、なんとなくあそこに居たの。私はもう死んでるから……」


「鏡子ちゃんも、かな……」


わたくしも別にですわね。殺る事は殺りましたし……。広太、死んだ後どうなると思います?」


んー。

僕は鏡子ちゃんの問いに首を捻る。


「死んだらって成仏したらって事かな? だったら天国とか極楽とか、地獄とかあの世に行くのかなぁ……」


「……死んだ後なんて死んだ奴にしかわかりませんわ。消えて無くなるのか、天国や地獄に行くのか、星になるのか……。もし天国や地獄があるのなら……」


「……人を呪わば穴二つよ、広太……」


「そう、人のお命貰ったからには、いずれ私も地獄道ですわ。それなら、成仏し損だとは思いませんこと?」


そう言って麻実さんと鏡子ちゃんはよし子さんを追い掛けて行った。


マリアさんは首を傾げて聞いていたけど、僕はその手を取って前の三人を追い掛ける。


すると、小さな家が幾つか見えて来たのだった。

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