第三廻「鏡よ鏡よ鏡ちゃん?」
演劇部の大魔鏡
演劇部に一人の少女がおりました。
彼女は病弱でしたが努力家でした。
毎日毎日、遅くまで学校に残っては部室の大きな鏡の前で稽古に励んでおりました。
しかし、彼女はイジメられておりました。
待ちに待った舞台の日、彼女は靴を捨てられ、衣装を破かれ、池に突き落とされました。
結果、病が悪化し、舞台には出れず、やがて後悔や憎悪に包まれたまま息を引き取りました。
彼女が息を引き取った日から数日後。
彼女の靴を捨てた生徒が事故で両足を失いました。
工事現場の鉄骨が崩れ両足を押しつぶしたのです。
その数日後。
彼女の衣装を破いた生徒が身体を切り刻まれた状態で見つかりました。
芝刈り機の回転刃が外れ、生徒を切り刻んだのです。
二人とも奇跡的に一命は取り留めましたが、揃って不可解な証言をします。
現場にあるはずの無い、演劇部の鏡があったと。
恐ろしくなった最後の生徒は演劇部の部室に向かいました。
鏡を割るのです。
生徒は翌日の朝、演劇部の部室で見つかりました。
トラックにはねられた様に身体をひしゃげさせ、なぜかずぶ濡れの遺体として。
遺体を発見した教師はその大きな鏡に例の少女が笑顔で写っていたのを見たと言います。
******
って言うのが僕の知ってる演劇部の大魔鏡の怪談だ。
「……ちょっ、ぬ、抜けませんわ!? た、助けてくださいまし!」
間違っても、目の前の鏡から上半身を出して、下半身が鏡の中で引っかかってジタバタしている見た目中学一年生くらいの女の子では無い筈だ。
「……ばっはっはっはっ! バカが居る! バカが! あっはっはっはっ!」
「……よし子さん、笑ったら可哀想だよ」
「広太、あんた助けてあげなさいよ」
「ぼ、僕!? 波井沢さんの方が近いじゃない!」
「嫌よ、めんどくさい。あと苗字で呼ばれるの嫌いなの、名前で呼びなさい」
「だ、誰でもいいから助けてくださいまし~!」
仕方なく僕は調理室の手洗い場の鏡から上半身を出してばたばたしている栗色の髪の少女に駆け寄った。
栗色の髪に八重歯の少女は涙目で僕を見ている。
「大丈夫? 引っ張るよ?」
「か、感謝しますわ、早く引き抜いてくださいまし!」
僕は彼女の両腕を掴んで引っ張る。
「……ふぐっ!」
「いたたたたたたっ!! 痛い! 痛いですわ!!」
「いや、あんた死んでんじゃない……」
いや、麻実さん。
貴女も死んでますが、さっきよし子さんに蹴られた時、痛いって言ってたでしょ。
「……ん~。腰の周りに石鹸とか塗った方がイイかな?」
「瓶に指突っ込んで抜けなくなったガキかよ。ぷぷっ」
てか、なんで鏡の中から出て来るのに引っかかってんだろ?
「……一回中に戻れない?」
「……ちょっと、キツイですわね。押し込んでくださらないかしら?」
「よし子さん、デザート追加するから手伝ってよ……」
僕はダメもとで笑をこらえるよし子さんに話を振って見た。
すると次の瞬間。
「うらぁっ!」
ドガッ!
「ぎゃんっ!?」
少女の顔面に飛び蹴りが炸裂していました。
「あ、入った」
よし子さんの一撃のおかげが引っかかっていた少女は鏡の中に蹴り込まれた様です。
すると……。
ダ……。
ダダ……。
「よし子さん? ……何か走って来ない?」
真っ暗な廊下の先を何かが調理室に向かって来る音が。
ダダダダダダダ!!
ガラッ!
スパァン!
「なんてこといたしますの!! この暴力女!!」
さっきの少女がものすごい勢いで入って来たのでした。
******
「まったく! ひじょーしきですわっ!!」
椅子に座って腕を組み、プンプンと怒る彼女に僕は絆創膏を貼ってあげます。
てゆーか、彼女も死んでるんだけどね?
でも、鼻とか真っ赤になってるし、鼻血出てるし。
「よし、大丈夫?」
僕は彼女の鼻の付け根に絆創膏を貼って立ち上がりました。
「まったく、大丈夫じゃありませんわ!」
彼女のご機嫌はまだ斜めな様です。
「ぶはっ! 田舎の小学生みてぇ!」
「よし子さん! 女の子イジメちゃダメだよ!」
「ちょっと貴方、私これでも高校一年生ですのよ?」
「……お、同い年……?」
だって見た目は高校一年生じゃなくて中学一年生なんですもの。
「……ご、ごめん。僕、平澤 広太。君は?」
気まずい空気を何とかする為にとりあえず自己紹介をしておく。
すると彼女は待ってましたと言わんばかりに胸を張って言いました。
「良くぞお聞きになりましたわ! 私こそ、かの恐ろしい学校の怪談、演劇部の大魔鏡! 悲劇の少女! 佐田 鏡子(さだ きょうこ)とは私の事ですのよ!」
「鏡子ちゃんだね、よろしく」
「……リアクションが薄くはありませんこと?」
「だってまぁ……」
僕は視線を動かします。
その視線の先にはプッチンできるプリンを次々と平らげるよし子さん(確か20個は買ってきたんだけど、もう二つしかない)とよし子さんからプリンを守りながらプリンを食べる麻実さんが居ました。
「あの二人、特によし子さんはいろいろと企画外だから……」
「……あれと比べてはいけませんわ……」
呆れた様に二人を眺めました。
「……ねぇ、鏡子ちゃん。もしかして他の四つの幽霊もここに来るんじゃ……」
僕は思い出した不安を鏡子ちゃんに聞いてみます。
「無い、とは言い切れませんが……まぁ、来ませんわ。第二音楽室と体育館と屋上と校庭の四人は基本的に移動しませんもの。よし子と麻実がおかしいんですの。特によし子が」
と、よし子さんの事を強調された。
まぁ、校内を動き回る麻実さんや鏡から鏡へ移動出来る鏡子ちゃんと違ってよし子さんって地縛霊の筈だし。
「あ、言っときますが、よし子もトイレの個室からトイレの個室に移動出来ますのよ?」
「……やっぱりトイレ限定なんだね……」
「あ? あたいのテリトリーが便所なんだよ! プライベート空間見たら腰抜かすぜ?」
「あぁ、いつだったかトイレに入ったら普通にマンションの一室だったわね。1LDKくらいの」
ダイニングキッチン、リビング付きのトイレの個室とか聞いた事ないよ!?
てか、麻実さん、死んでるのになんでトイレ入ったの?
僕が頭痛に襲われ、よし子さんが最後のプリンに手を出し、麻実さんが最後の一口を掬い、鏡子ちゃんがタコさんウインナーを頬張った時。
調理室が光に包まれ、強烈な浮遊感を感じた。