第二十二廻「ここをキャンプ地とします!」
見渡す限りの荒野、そこにあまりにもバラバラな集団が居た。
方やトラックやバイク、方や馬や鎧の騎士。
彼らは夕暮れの荒野に立ち尽くし深刻な顔をしていた。
「バッキャロー! いいか! と、言うわけで! ここをキャンプ地とする!」
「どーいう訳だ!!!?」
「ここ道端ですら無いですわよ!? なにもないただの荒野ですわよ!?」
まぁ、僕らな訳なのだが。
よし子さんは胸を張って言うが。これには、あまり深くもない訳があるのだ。
「だから、我々は、この、異世界の荒野で、野宿をするって、言ってるんだ!!」
「そんなに溜めて言わなくてもいいの!
アレだよ、あんたが『次の街とかスルーでいいじゃん!
どうせどっかに村とかあんだから行けるとこまで行こうぜ!』とか言って宿泊予定の街をすっ飛ばしたのが原因じゃないか!!」
「もっといい宿にしなさいよ、バカ女」
そう、変なテンションになって到着を急いだよし子さんのせいである。まぁ、アンナちゃんのさっさと目的地に着きたいというダメ押しもあったのだが。
あと、宿って言うかただの野宿だよ麻美さん。
「ギャアギャア言ってねーでテント建てて飯だ飯!!」
「最悪だよこの人、寝る事と食う事しか考えてないよ。まわりもだんだん暗くなって来てるしさ」
「今に始まった事じゃないわよ。さぁ、男手は無駄にあるんだからさっさと準備しちゃいましょう」
「「「む、無駄に……」」」
麻美さんの一言で護衛さんたちが傷ついていたが、日が落ちきってしまう前にと急いで準備を開始した。
やはり現職の騎士達である、野営の準備をテキパキとこなしている。
焚き火の準備をしたり、周囲を警戒したり……ん?
「準備ってそれくらい? 寝床はどうするんですか? 水や食事は?」
僕は不思議に思って隊長らしきおじさんに声をかけた。
そのおじさんは白い毛交じりの口ひげを蓄え、左目に傷のあるおじさんだ、鎧もほかの人のより傷が多く年季が入っている。
「野営で大切なのは周囲の安全確保だ。寝具はマントが寝具だし、水は魔法で確保出来る。移動中の食事は焼き締めたパンなのど携帯食糧が基本だから調理は基本的に不要だ」
ケースバイケースだがな、そう言っておじさんは食糧の確認を始めた。
時には狩った動物なども食べるみたいだが鍋などは荷物になるので持っていない為、基本的に焚き火で焼く、調味料も高価なので味付けは無いそうだ。
貴族の護衛の時はどうなのかと聞いたら、普通はちゃんと宿に泊まるらしい。デスヨネー。
「しかし、まいったな」
隊長さん(仮)はそう言って顎に手を添えた。
「稀な事態とはいえ護衛対象とともに野宿をする事もある。しかし、馬車まで失ってしまうのは本当にあまり無いケースだ。お嬢様をどこで・・・・・・」
おじさんはそう言って悩んでいる。
僕らの車の中でと言わないのは僕らを警戒しての事か、それとも迷惑を掛けたくないと思っているからか。たぶん前者だとは思うけど。
「あら、それなら私は彼らの無人馬車の中で寝るわ」
それを聞いていたのか、木の根元に座っていたマリアちゃんが歩いてきた。
「お嬢様、しかし・・・・・・」
「大丈夫よ、ベルホルト。彼らが私を害そうとするならとっくにやっているわ。私は道中、彼らの馬車に乗って移動していたのよ?」
「それはそうですが」
おじさん、いや、ベルホルトさんはそういって渋る。
よっぽど車、彼らから見たら未知の鉄の箱の中で大切なお嬢様を寝泊りさせたくないのだろう。
「そうですね。車の中は多少窮屈ですし、寝にくいでしょうね。良かったら僕らのテントを使いませんか? 僕らも何人かは車で寝なきゃいけないのでテントに空きがあるんです」
これは本当の事だ。
もしもの場合にすぐ移動できるよう最低一人は車内泊なのでテントにはまだ数人なら寝られる。
「よろしければ、えーと」
「ベルホルトだ。護衛隊の隊長をしている」
「はい、ベルホルトさんもいっしょに」
「うーむ、では。お願しよう」
ベルホルトさんも一緒にという事で納得したのだろう。彼は頷いた。
「姉さんが準備をしているはずです。ちょっと様子を見に行きましょう」
僕はそう言ってトラックを指差した。
今頃、姉さんが荷台からテントを下ろしているハズだからだ。
しかし、そこには兵士数人に荷物を担がせて歩いてくる姉さんが居た。
「あ、あれ?」
「あ、アリスちゃん。ちょっと人借りてるよ」
「え、えぇ。なにそれ?」
そう、結構大きな荷物を担いでいるのだ。
「ふふふ、こんなこともあろうかと!」
そういうと姉さんは一枚の紙を僕らの前に突き出した。
「なにコレ? なんて書いてあるの? というかどこの国の文字?」
「あぁ、アリスちゃんは読めないよね。これは僕らの国の文字で日本語。えーと、『ミリタリーテント オリーブドラブ 15人用』ってなにコレ!?」
「いやぁ、知り合いのミリタリーショップで売っててさぁ。もしもの為に買っておいたんだよね」
そう言って姉さんは後頭部を掻いた。
「見てよコレ。不燃性で頑丈、しかもカモフラージュ用のネット付だからそこらへんの落ち葉とか枝をくっ付けたらカモフラージュもバッチリ。さらに骨格は共用だから迷彩付、雪上用、砂漠・荒野用と色も迷彩もそろえてあるよ!」
「いや、そろえてあるよ! じゃないよ! なに、軍隊とでも戦うつもり!?」
「備えあれば憂いはないんだよこーちゃん。そしてコレ!」
さらに姉さんはいくつのかの道具を持ち出した。
姉さんの手には竹の板に穴を開けて繋げた物と防犯ブザーがある。
「こっちの竹は鳴子、木の杭を打って釣り糸を渡してその間にこの鳴子を引っ掛けるの。こっちのブザーはピンに釣り糸をつなげて同じように足元に設置する。どっちも侵入者があれば音が鳴るブービートラップだよ」
「なるほど、面白い仕掛けだな」
ベルホルトさんはそう言って感心している。
「特にこの糸は興味深いな。これなら闇夜の足元にあっても気づかれ難い。いや、よほど注意していないと分からないだろう。しかし、見たことも無い素材だな」
そうベルホルトさんに言われた姉さんは満足げだ、この人メカオタだけじゃなくミリオタだったのか。
そしてもうひとつ気になることが。
「姉さん、何でシャベルなんか背負ってるの?」
姉さんが背中に背負っているのが剣先シャベルだった。
「ん? コレ? 私の主兵装だよ! 超万能ツール、剣先シャベル! 斬ってよし、殴ってよし、掘ってよし、綺麗に洗えば鉄板代わりに調理に使える最強のツール!」
「いや、それ穴を掘る道具だから! 調理とか使ったらダメだから!!」
するとコレにもベルホルトさんが反応した。
「鉄製のスコップとは、これまた珍しい」
「え、珍しいんですかスコップ」
「うむ、この国では鉄製の物は大半が武器や防具だ。
鉄などの金属を掘り出すのは魔物による危険もともなうから流通量も多いとはいえないのが要因のひとつなのだが。
最大の理由は鉄製品はどうしても重量があるだろう、作業用の道具は強度は劣るが、金属より軽く作業のしやすい動物や魔物の骨を加工したものが主流だ。
反対に武器は強度が高く、武器の重さで威力を増やすために重たい金属製のものが好まれる傾向にある。
大剣などはいい例だな、取り扱いは難しく筋力も必要とされるが、振り下ろしや振り回しなどは重量がある方が攻撃力も上がるからな」
「えぇ、剣とかって切れ味とかも大事でしょう?」
「切れ味も確かに大事だ、しかし強靭な肉体を持つ魔物や重装備の兵士相手には切れ味より鈍器的な剣が好まれる、相手の防御を突き破って衝撃を相手に与えるのが目的だ。
要するに、冒険者や狩人などは切れ味の鋭い小型のものを、兵士などは重く大きめのものを好む」
「用途用途で好き嫌いがあるってことね。わかるわぁ」
そう姉さんは納得していた。そんなものなのだろうか?
「西洋は重装歩兵みたいな全身鉄装備の相手も居たけど、日本とかは比較的軽装だったからね。
だから刀みたいな切れ味を追求した物が求められたんだねぇ」
「いや、なに、私は民俗学とか歴史とか詳しくですよ的な体で喋ってんの?
姉さん、普通に高卒じゃん、しかも商業科じゃん」
「野暮なことは言いっこなしだよこーちゃん……」
姉さんが苦笑いで肩を落としていると、今度は鏡子ちゃんがやって来た。
「広太ー。ちょっと現代から姿見くらいの鏡を取ってきてくださいまし。トラック移動は懲り懲りですわ」
なんでも鏡子ちゃん曰く、一定距離又は同一の建造物内であれば鏡から鏡への移動が可能らしい。
さらに一度入った鏡なら距離が離れていても移動が出来るうえ、鏡から鏡へと景色を映し出すことも出来るとか。
なので出入り用の鏡をトラックの荷台に積んで、移動中はルームミラーの中に待機したいそうだ。
「離れていなければバイクのミラーにも行けますわ。もちろん出入りは出来ませんけど会話くらい出来ますわよ」
「そうだね。そっちの方が良いか」
よほど荒野のトラック移動がキツかったのだ、僕も身に染みて分かっているので鏡子ちゃんの申し出を二つ返事で了承した。
するとそこに相模さんとよし子さんがやって来る。
珍しい組み合わせだ。
「ダーリン、ほんますまんねんけど。ルートビア切れたからウチもいっぺん帰るわ」
「いやほんとに何しに付いて来たのおまえ。つかヒロ、おまえ向こうに行くなら何かしら食い物買って来いよ。せっかくだから豪勢にやろうぜ?」
「はいはいはいははいはーいっ!
私、オードブルと寿司と、あと酒が欲しーい!!」
「おっ、いいなぁ。じゃあ盛り合わせと寿司と刺身もいるだろ?
ビールがケースでジュースと……ええい!
日本酒も買って来い!」
「親戚が帰省した時の実家かっ!?
あんたらこの野外で酒盛りでもするつもり!?」
「あ、あたしカクテル系の酎ハイがいいわ」
「ワタクシはジュースで結構ですわ。あ、でも肉は食べたいですわね」
「いや、ノリノリかっ!」
もちろんあっちとかこっちとかわからない方々はポカンとしている訳で。
やがて僕はテンションの上がったよし子さんに蹴り飛ばされながら現代に帰るのだった。
オードブルとか寿司とか今から頼んで大丈夫かなぁ……。




