第ニ十廻「虚無僧とお嬢様」
今回ある意味グロ注意です。
絶対に飲食をしながら読まないでください。
抜けるような青空、続く荒野。
東開拓村を出発し、僕らは国境を越えた先、グィンズラント王国の首都ブスペンへと向かっていた。
原付で。
「あのさぁ。僕、そろそろお尻の皮がめくれてきそうなんだけども?」
北西の街ブスペンに向かい、はや二時間。
未舗装不整地の大地を二時間、走り続けている。
開拓村付近の草原地帯を抜けた先の荒野、緑はまばらにあるばかりで土はむき出し、大小の石が転がる大地である。
<うるせぇ! こっちは景色があんまり変わんなくて退屈してんだよ!>
イヤフォンからはよし子さんの声が聞こえて来る。
行けども行けどもむき出しの土と青い空、かなり刺激が無いためトラックチームは睡魔に襲われていることだろう。
<こちら10t。寝たくても寝れないわよこれ。路面が悪すぎてダイレクトに振動がくるもの>
<こちらクレーン。まだ良いよ10tは、エアサスのうえに電動シートじゃん。こっちはリーフスプリングで殺し切れない衝撃でお尻が割れそうだよ!>
<うるせぇって! こっちだって肩と腰と尻が痛えんだよ!>
各車の間で不満が飛び交い出した。
現在の配置は前衛にバイクが3台、中堅に10tトラック、殿にトラッククレーンの順番。
え? バイクが一台多くないかって?
<なんや自分ら、ヤワやなぁ。鍛え方が足らんねん>
そう、相模さんである。
実はショッピングモールからこっそりつけられたらしく、連れて行けと言って家に押し掛けて来たのだった。
「ねぇ、相模さん。ちょっと浮いてない? それ跨ってるけど乗ってないよね!? 自力で飛行してるよね!?」
<あ、テメェずりぃぞ!>
<頭使わん自分らが悪いんやー! 自分らもちょっと浮いたらええねん>
「浮けるかー! とゆうかあんたら死んでるから痛くも痒くも無いだろうが!?」
<おい、トラックチーム! この風景に飽きたなんて言ってみろ、ぶっ殺すからな!>
<もうとっくに飽きてるわよ! なんで異世界に来てまでこんな地味な移動しなきゃならないのよ>
<こちらクレーン。大変だよ! マリアちゃんが酔ったって! 出発前に相模ちゃんから貰って飲んだルートビアが原因っぽいねー>
<なんでや!? ルートビア美味しいやろ!?>
<うるっせぇわ! 湿布クセェんだよ味覚外国人! もしくは偽関西弁うみんちゅ!>
<外国人でも沖縄県民でも無いわ! コッテコテの関西人や! 原因なんてトラックが揺れてるからやん? ウチもルートビアも関係無いわ!>
皆んな言い合いを始めてしまったが、言い合いでもしていないと耐えられない程変化が無いのだ。
<こちら10t。うぅ、気持ち悪いですわー。マリアからもらい酔いしてしまいましたわ。もう少し静かにしてくださいまし!>
「10tトラックとか酔い易い乗り物によく乗ったよね鏡子ちゃん」
<仕方ないでしょう!? あんなガッタンゴットンなるトラックよりこっちのトラックの方が乗り心地が良さそうでしたもの! そんなことより! 右前方の小さな林の影! 今、馬車みたいなのが見えましたわよ!>
<マジでか!? よっしゃあ! 全車方向修正! 続けぇ!>
「ちょっ!? よし子さん、勝手に行かないでよ!!」
とてつもなく騒々しいけど、こうして幽霊四人と現代人二人、お姫様一人の大冒険は幕を開けたのだった。
<あっ! そうそう! こーちゃん! 私、異世界来たらマリアちゃんの言葉わかる様になったよ!>
「……締まらないなぁ……」
******
私、アンナ・ロッティ・シュナイト伯爵令嬢は人生最大の危機を迎えていたの。
事の発端は、私の婚約者である王子殿下ハーベ・リッヒ・フェリアト様が男爵令嬢シュティことシュティーレン・アイン・ディープ嬢に惚れ込んでしまった事。
ハーベ様と私は幼少期に婚約を結んでお互いもう15歳、二人とも学園に入学し18歳で卒業したらすぐに婚姻の式典をあげる予定だったのだけど、ひょんな事で知り合ったハーベ様とシュティーレン嬢は意気投合し、今や相思相愛のベストカップル。
しかし、かのシュティーレン嬢は他の有力貴族のご子息とも関係があるらしく、周りには常に男が付いて回る始末。
見かねた私は殿下に忠告して差し上げたり、周りのご子息にも婚約者がいるだろうにと一言、シュティーレン嬢にも見ていて気の良いものではないと注意をしてあげた。
けれどコレはことごとく失敗。
挙げ句、殿方の間ではシュティーレン嬢を虐めていると批難され、同性からは嫉妬しているのではと欲しくもない同情の視線が向けられ。
あまりの周りの理不尽さにイライラが募り、夜は眠れなくなり、目の下にはクマができて、食事も満足に取れず身体は痩せた。
見かねた私直属のメイド、モニカが旅行を提案し、少人数で出かけた旅の帰りが今。
旅先の美しい景色と特産の食べ物は非の付けようがない程素晴らしいものだったのだけど。
私の目の前には横転し車輪が壊れた馬車とこちらを狙っているであろうゴブリンの集団、約二十匹。
対してこちらはメイドが一人と護衛の騎士が三人、旅慣れているからと雇った同行者が一人。
「おっ、おおおお、お嬢っ、お嬢様! だっ、大丈夫ですから! 護衛がやっつけてくれますから! きっと! たぶん? もしかしたら……。神様……」
「貴女がまず落ち着きなさいよ!? あと、安心させたいの!? 不安にさせたいの!?」
「お嬢様ー! お助けー!」
「助けて欲しいのは私よ!!」
全く頼りにならないモニカは放置して、私は同行者に目を向ける、見た目はよく分からない怪しい格好だけど、流石に旅に慣れているのか一切不安が感じられなかった。
「……ふむ。では失礼して、拙僧が交渉をして参ろう。護衛の方々、くれぐれも相手方を無用に刺激せぬよう、お頼み申し上げますぞ」
「と、兎之番殿、ゴブリン相手に交渉など」
確かに西の国ではゴブリン族も国民として受け入れられているらしいが、この周辺のゴブリンは基本的に蛮族か盗賊だと聞いた。
言うや兎之番はゴブリンの群れに向かった。歩くたびに手に持った杖がシャンシャンと音を立てる。
しかし、兎之番が一歩踏み出すとゴブリンは一歩下がり、兎之番が一歩下がるとゴブリンは一歩踏み出す。
「ち、ちょっと! 遊んでないで真面目にやってよ!」
「……拙僧、遊んでいるつもりはござらんのだが……。しかし、まいった、近くにも行けず、どうやら言葉も分からぬ様にござる」
一進一退に無駄な時間だけが過ぎて行くなか、ソレは現れた。
遥か彼方から砂煙と爆音を巻き起こし現れたソレは。
「第一村人発見だぜぇ! ヒャーハー!!」
なんかよく分からないものだった。
******
「よし子さーん! 待って待って、ストーップ!」
村を出てから初めて見た人にバイクで突っ込んでいくよし子さんを必死で追いかける僕とトラック二台。
相模さんは「後からぼちぼち行くわぁ。まぁ、がんばってなー」と言い残して後方を走っている。
「訂正ーっ! 第一村人じゃなく虚無僧発見ーーっ!!」
壊れた馬車を中間に対峙している集団にいち早く接近したよし子さんが叫んでいるが。
いやいや、異世界に虚無僧なんているわけ……。
「マジで虚無僧が居たーーっ!?」
少人数の集団から一人だけ進み出ていた人物は、深編笠をかぶり小袖に袈裟を掛けた姿は時代劇で見る虚無僧そのものだった。
しかし、尺八は腰から下げられているが、他に西洋の剣を下げ、手には錫杖を持っているあたり微妙に違うところがある。
さらに気になるのが。
「深編笠を突き破って兎耳が飛び出してんだけど!?」
編笠を突き破って飛び出した兎耳はピコピコと動いていた。
物凄く気になるがここは我慢して相手の警戒を解かなければ。
「す、すいません。急に。何か困っている様でしたから」
「……ふ、うぅむ。言葉は通じる様でござるな……」
ござる!?
虚無僧のうえにござる口調!?
「拙僧、東方より行脚しこの地に参った、兎之番と申す。故あってこの者たちと『武洲辺』なる都を目指しておったほど、馬車が溝に嵌り車軸が折れ候。しかし馬車を起こす手立てもこれなく候。途方に暮れておった時や小緑鬼の群が現れ出でお互いに仰天、どちらとも身動きが取れず、こうしてまた睨み合いを続けていた次第」
すいません、言葉使いが物凄く分かりにくいです。
「こーちゃん、ごめん、私の耳には日本語に翻訳されて聞こえるけど、日本語が分からない」
「こういうのは理解するんじゃなくて何と無く雰囲気で把握しないとダメだよ姉さん」
つまり、対峙していた緑のちっさいおっさん、ゴブリンに襲われるところだったのか。
僕はそのゴブリン達はどうしたのかと様子をうかがったが、そこには。
「へぇ〜、大変なんだなお前らも」
「ゴブゴブ(えぇ、身体は丈夫なんで、それだけは心の支えなんすけどね)」
「なんかゴブリンと仲良くなってる!?」
胡座をかいてゴブリンと語らうよし子さんが居ました。
つか、「コブゴブ」にどんだけの意味が詰まってんだよ!
「いや、こいつら馬車がぶっ壊れるの見て心配になって出て来たらしいんだわ。普段はそこらに掘った穴で暮らしてるらしいぜ?」
よし子さんが指差した荒野には地面に掘られた縦穴が幾つか存在していた。
ミーアキャットかよ!
するとマリアさんがトラックから降りてきた。
「昔、何かの本で読んだんですが。ゴブリンは正式には霊長目ヒト科ヒト族ゴブリン属らしいです。もっとも著者は相手にされないどころか教会が烈火の如く怒って指名手配されたほどですが……オロロロロェェ……」
「ぎゃあーーっ! マリアさんが吐いたーー!?」
「わ、私も……オボロロロォ……」
「ゴブゴフ、ゴブロロロォェ……(私達は種としてはミーアゴブリンになりオロロロォェ……)」
「ゲロまみれじゃないかー! オボロロロォ……」
「うっ! オロロロロェェ……」
そこからは嘔吐が嘔吐を呼ぶ地獄の連鎖が起こった。
結局、ほとんどの人が食べた者を口から吐き出し、治ったら他人が戻すのを見てまた吐き出す地獄の果てにヒトもゴブリンも胃袋が空っぽになるまで吐き続けたのだった。
この吐瀉物祭りの原因が一国の王族とは……。
ただ、虚無僧の兎之番さんだけは肩を震わせて耐え抜いた、深編笠の中で戻したら笑ごっちゃ無く大惨事だからね。




