第十九廻「これぞ町工場の底力」
ショッピングモールを巡ったあの日から一週間。
学校をのらりくらりと仮病で休み、方々を回って準備をして来たが。
なんと、頼んでいた車の準備がもう出来たらしい。
「10tトラックは会社をたたむって運送屋から譲って貰ってね。車検はまるまる残ってるから、ちょっと手を加えるだけでOKさ。3.5tのクレーントラックは林業の人から譲って貰ったからブームの先にカゴが付いていて、人が乗れるようになってるよ」
僕らは今、加納オートで社長さんから話を聞いている。
目の前には多少中古車っぽい古さがある10tトラックとクレーントラックが並んでいた。
「10tトラックの荷台はアルミウイングでバックカメラ、パワーゲート、エアバッグとABS、パワーウインドウとパワーステアリング、エアコン付き。エンジンはディーゼルの7速MTだね。ちょうど軽トラ保冷車と冷凍車の荷台が中古で見つかったから発電機と一緒に中に組み込んである。残りのスペースには移動用販売車を解体して作った簡易キッチンと荷物棚、エアーコンプレッサーとウェルダー溶接機、グラインダーやプラズマカッターとかの工作機械とか道具いろいろとウチで出た金属の端材も材料に積んである。予備の燃料のドラム缶が三本と除雪機と除雪用具、キャンプのテントが予備を含めて4つとその他キャンプ道具、もちろん個室タイプの簡易トイレも使用用、移動用、予備を積んである」
「食材とか救急セットとかの医療用品も大量に買って来て積み込んでおいたからね! でも、こーちゃん、これじゃあ姫様を送りに行くんじゃなくて開拓しに行くって言われた方が納得出来るよ?」
「未知の世界に行くんだよ? 出来るだけの準備をした方が良いじゃないか」
加納さんが思い出した様に手を叩く。
「あぁ、それと、あっちに行ったら携帯電話は使えないだろうからね。アマチュア無線機とトランシーバーも揃えておいたよ。まさか、麻美ちゃんがアマチュア無線技士まで持ってるとはね」
「まだ二級でしよ? 次は一級を取りに行くわ」
「ははは、海外とでも交信するつもりかい? とにかく、アマチュア無線は麻美ちゃんが開局申請してくれたし、トランシーバーが使えない場合を考慮してパーソナル無線機も用意しておいたから、あらゆる周波数、通信手段に対応出来るはずだよ。実は無線機もちょっとだけ手を加えてあるんだけどね」
「あと、全員に和文と英文のモールス信号を打てる様にはなってもらうから。何かあったら光や音で意思の疎通ができるわ」
「なにか思い描いてた冒険とは随分違いますわね」
「ははは、まるで新米スパイか通信兵になるような気分だね」
「異世界に行くのに免許やら申請やらいらねーだろ」
「売った方が摘発されたらたまったもんじゃないからね」
「それにこっちの世界でも使えるでしょ? さぁ、打ち合わせ始めようか」
車の準備が整ったところで、僕はマリアさんに描いてもらった異世界の地図を広げた。
「こーちゃん? なにこれ、オーストラリアの地図じゃない?」
僕もマリアさんに大まかな地図を描いてもらった時にそう思った。
なにせ、まるっきりオーストラリアなのだ、さすがに大陸の大きさはわからないがマリアさんの話から予想すると多分大きさもオーストラリアと同じだと思う。
「これが私達の住むオスラトーリア大陸です。西の端には魔族の統治する大魔帝国があり、その東に私のいたアリアラス王国が、さらに東には大小の国々があり、あの開拓村がこの東の果てにあります。この更に東は強力な魔物が多い為に未だ全容はわかっていませんが、海上から船で型を確認した結果はこのような大陸だと言われています」
「ふむふむ、こーちゃん、ちょっといい?」
真面目に聞いていた姉さんが話しかけて来た。
「実は私、言ってなかったんだけどね……」
姉さんが深刻そうな顔で放った一言は……。
「マリアちゃんの言葉、全くわかんない!」
「今さら!?」
今まで散々一緒に買い物行ったりしたのに今さら言葉がわからないだと!?
「いや、ほんと全然わかんない。英語でもドイツ語でもないし、フランス、イタリア、ロシア語でもないじゃない」
「今まで会話どうしてたの!?」
「直接会話して無いからねー。あーちゃんやきょーちゃんが通訳してくれたから」
「ちょっと、変な呼び方しないでくれる?」
「別に私は貴女の為に通訳した訳じゃありませんことよ?」
「でゅふふ……きょーちゃん、ツンデレ乙ー」
「広太、この女、祟殺してもよろしくて?」
「ごめん、こんなんでも僕の姉さんだから。不本意だけど」
「そんなこたぁどーでもいーんだよ! 今は地図の話だろうが!」
よし子さんが話を元に戻してくれた。
姉さんには僕とマリアさんで教えるしかないだろう。
「ごほんっ! とりあえず、僕らはこの開拓村からアリアラス王国の首都ドシーニまで行かなくちゃならない。実際の距離はわからないけど、マリアさんの話から考えて、おそらく2,300km程度かそれ以上は距離がある。日本の北海道札幌から鹿児島までの距離と同じくらいだと思っていい」
「札幌から鹿児島くらい、あたいは楽勝だぜ」
「言っとくけど、アスファルトなんて無いからね。道は舗装されてないし、最悪の場合は道すら無い可能性もある。だからこれだけの機材とクレーントラックを準備したんだ、道を作れる様に」
「最悪、よし子の力を使えばいいわ。個室トイレさえ持って走破できればトラックをトイレからトイレに移動すればいいから」
「なんか、その字面だけだと訳わかん無いけど……。まぁ、皆んなで力合わせて頑張りましょうって事!」
そう締め括ろうとした時、1人の手が挙がった、姉さんだ。
「はいはーい! ひとついい?」
「今度は何?」
「いやぁー、お姉さんは機動力も大切だと思うのね? だからよっちんにも相談した結果ね……」
「相談? なんの相談したのさ」
「いやぁー、ヒロ。こう、冒険っつーと血が騒ぐワケよ。単車乗りとして」
「血が騒ぐって、あんた死んでるけどね。あぁ、よし子さんバイクで移動したいの?」
こう見えてよし子さんは大型二輪の免許を持っている、死んでるけど。
「なははは、それで相談したのさ。でもよっちんだけバイクてのもアレでしょ? 自分で移動してくれたらトラックの中も広くなるしさ」
「つーワケで。社長! アレを」
すると加納さんは奥にあったシートを取り払った。
そこには。
「これが、ホソダ、ドリーマー120だ。広太くんは小型二輪免許あったから乗れるでしょ?」
「いや、乗れるでしょ、じゃあ無いでしょう!? 僕に乗れってですかコレ!?」
そして、よし子さんは満面の笑みで言い放ったのだ。
「つーワケで、ヒロ。東開拓村→ドシーニ、バイク、オスラトーリア(ほぼ)横断、2,300kmの旅!!」
「あんたバカじゃねーの!?」
「まだ原付じゃないだけマシだろ?」
「異世界だっつってんでしょ!? しかも未舗装不整地だって言ってんでしょ!? そりゃあ良いよ、あんた達はもう死んでんだから、僕は生身だよ。簡単に死ぬよ? 僕は。まったく冗談じゃないよ」
「大丈夫! もしもの時の為に頼れるメカニックお姉さんが乗ってんだから!」
「バイク限定のもしもの時でしょ!? 僕のことを思うなら医師の一人でも連れて来なさいよ! ほんっとバカじゃないの!?」
「もちろん、拒否権はない」
「ちくしょーーっ!!」
こうして僕の一夏の地獄が始まったのだ。
「ちょっと待ってよ? ほんとに夏休み中にドシーニまで行けるの?」
「知らねーよ。ちなみに2,300kmって直線距離だから」
「普通に2,300km以上走らなきゃいけないじゃないかー!」
******
「もう一週間も休みだなんてどういうことなんですか!?」
海坂高校、その職員室で声を荒げる女子生徒が一人。
蕪木咲である。その隣には聖勇の姿もあった。
「だから体調不良だって……」
「納得できません! いくら体調不良でも一週間ずっとなんて」
「蕪木さん、落ち着いて。先生、平澤くん、彼はとても元気な男の子です。僕は彼が病弱なんて聞いた事もない。病気なら病名くらいは聞いているのでは?」
咲の剣幕にたじろいでいた担任、早津美樹も聖の言葉に気を落ち着けた。
「ただの風邪らしいのだけど、どうも拗らせたらしくて」
「そんな……。先生、私が直接会ってみます! 平澤くんの家を教えてください!」
「えぇ……でも、個人情報が……」
「先生、僕たちは彼のことが心配なんです」
「な、なら……」
早津が仕方ないと住所を教えそうになったその時。
「早津先生、いけませんね。生徒の個人情報は例えそれが誰であれ不必要に不用意に教えるべきではない」
「影田先生……」
「「教頭先生」」
話しかけて来たこの男。
海坂高校教頭、影田である。
誰に対しても冷淡で事務的、かつ頭が硬く、ときどき嫌味も飛び出すとあって生徒と教師の両方から嫌われている。
特に生徒からは『ハゲ田』と呼ばれ嫌われているが、実際に頭部が薄いので本人はあまり相手にしていないようである。
「不必要ではないです!」
「君たちに、その平澤でしたか? その生徒の住所を教える理由が学校側に無い。例え生徒に対してであれ、個人情報の保護はしなければなりません。ただでさえ父兄からの風当たりが強まっているというのに学校側が勝手に住所を誰かに教えたなどとなれば重大な問題になる」
「私は友人として彼のことが心配なんです。それでは理由にならないのですか?」
「はて? 私が見たところ貴女と彼は別段親いワケでも無いようですが? それに問題は理由どうこうだけの話でも無い。問題が発生した場合に学校が誰かに情報を教えたという事実が、学校にとっての汚点になる。先ほど彼のご家族の方から連絡がありましてね、療養の為に夏休みの間は田舎に帰るということです。今頃家を訪ねたところで会えないとは思いますがね」
それだけを言い残し影田教頭は職員室から出て行った。




