第一廻「闇夜に蠢くヤツは誰?」
青白い月明かり。
生温い風。
ぴちょん、ぴちょん、と蛇口から落ちる水滴。
夜の校舎。
「はぁっ……はぁ……っ!」
その不気味な廊下を駆ける一つの影。
「……なんなんだよぉ!?」
それは、平澤 広太だった。
背中には、ぱんぱんに膨れたリュックを背負っている。
しかし、彼は全力で廊下を駆ける。
なぜなら、彼の後ろからは……。
……オ”オ”オ”オォォォォ!!
人型をした『何か』が迫っているのだから。
なぜ、こんな事になっているのか。
それには時間を昼まで戻さなければならない。
******
「はぁ〜っ、食った食ったぁ。……ゲフッ」
「……汚いよ、よし子さん。女の子なんだからもうちょっと……」
「うっせぇなぁ、おめぇはあたいのオカンか?」
いつもの技術棟一階男子トイレ。
僕がよし子さんに弁当を届け始めて一週間。
彼女は今日も弁当を食べきる、幽霊なのに……。
「なぁ、やっぱりたんねぇんだけど?」
「さっき『食った食った』って言ってたじゃないか!?」
しかもよし子さん、僕の分まで食べてるから、四人分は食べてるよ!?
しかし、そんな事を口に出したら、鉄拳制裁かアイアンクローが待ってるから言わない。
幽霊なのに……。
「お前、今晩、飯作りに来いよ。調理実習室の鍵開けといてやるからさ」
よし子さんは空中であぐらをかいて煙草に火を着ける。
どこから出してるのさ、その煙草。
「やだよ! だいたい見回りの先生に見つかったらどうするのさ!?」
流石に『幽霊に晩御飯作ってます』とか言ったら正気を疑われる。
まぁ、幽霊見えてて、毎日弁当届けてる時点で正気じゃないかもだけど。
「大丈夫だよぉ、今日は宿直ない日だから」
「教師も警備員も仕事しろよ!」
僕は頭を抱えたくなった。
「え? お前、断る気?」
ゴキッゴキッ!
あ、ヤバイ。
「喜んで作らせていただきます」
僕は首や拳をバキボキと鳴らすよし子さんにまた土下座していた。
幽霊でも関節って鳴るんだね。
******
そして、約束通りに食材を入手して、開いてる窓から(多分、よし子さんが開けたんだろう)校舎に入った僕は調理実習室に向かった。
本当なら今頃は料理ができてる頃なのに。
校舎に入って、実習室に向う途中、階段からズルズルと音を立てて這い出したアレとあってから校内をぐるぐる走り回っている。
なぜかものすごい速さで追いかけて来るのに、有る程度近づくと速度を落として離れる。
遊ばれてるんじゃないか?
僕は後ろを振り返る。
……オ”オ”オ”オォォォォ!!
あ、ムリ、普通に怖い。
だって、人型の髪の長い何かがバックブリッジで凄い速さで追いかけて来るんだもの、顔は暗くて分からないのに目だけめっちゃ光ってんだもの!
ものすごい怖い!
ガッ!
「……あっ?」
一瞬振り返ったのが災いした。
躓いた!
「ああああぁぁぁぁ!!!」
ゴシャァッ!
僕は背中の食材を庇って顔面から着地した。
「いたたた。……はっ!!」
僕はすぐさま自分を追いかけて来た存在を思い出した。
直ぐに起き上がり、振り返る。
……オ”オ”オ”オォォォォ!!
い、居るー!!
めっちゃ目がギラギラしてるー!
オ”オ”オ”オッ!!
あ、ヤバイ、飛び掛かってくる。
そいつは走っていた勢いを生かして跳び上がった。
「た、た、助けてー! よし子さーん!!」
僕はへたり込んで頭を抱え、叫んでいた。
『……ちっ! 手間ぁ掛けさせやがって……』
「……え?」
一瞬、そう聞こえたと思った瞬間。
僕の頭上を何かが飛び越えて行った気がした。
僕は咄嗟に目を見開く。
するとそこには……。
「うらぁっ!」
ゴガンッ!
「ぎゃんっ!?」
アイツの頭を蹴り上げるよし子さんの姿があった。
よし子さんに蹴り上げられたアイツは天井に叩きつけられ、落下して床に叩きつけられる。
「おいコラァ! ゴキブリ女ぁ! あたいの晩飯になに手ぇ出してんだコラァ! いっぺん死んでみっかぁ!?」
地べたで呻くアイツにガンを飛ばすよし子さん。
僕は完全に晩御飯扱いなんですね、よし子さん。
すると呻いていたアイツがゆっくりと起き上がった。
「……あいたたたた。な、何すんのよ! だいたい私はもう死んでるし! あんたの獲物とか聞いてないし! おとなしく便所に引きこもってなさいよ! この便所女!!」
「んだとぉ!? 上等だ! 地べた這い蹲らせてやるよ! このゴキブリ女!」
ギャアギャア!
ギャアギャア!
「あ、あのォ〜」
僕はなんとか落ち着かせようと声をあげた。
しかし。
「オラァっ!」
バガンッ!
「きゃんっ!」
アイツの脳天によし子さんのかかと落としがクリーンヒットしていた。
かかと落としが決まったアイツは顔面から床に叩きつけられる。
「よ、よし子さん! やり過ぎだよ!!」
僕は慌ててアイツを助け起こしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「いたた。えぇ、このくらい大丈……夫……」
そして、僕はアイツ、いや彼女の
顔を始めて見たのだ。
ヤバイ、普通に、いや、普通以上に可愛い。
なんか、可憐な大和撫子みたいな子だった。
「あ、あり、が、とう……」
「あ……い、いや、どういたしまして?」
「「…………」」
無言で見つめ合う、僕と彼女。
そこで僕は気付いた、彼女を抱えたままだと。
僕は慌てて離れた、多分顔は真っ赤っかになってるだろうな。
「ご、ごめん!!」
「い、いえ! こっちこそ……ごめん」
顔を赤くして俯く二人。
「…………………ちっ!」
ヒュッ!
ん?
僕が風音がした方に顔を向けると、そこには拳が迫っていました。
あ、デジャヴ。
そして僕の視界はブラックアウトしたのだった。