第十七廻「お金、稼ぎます!」
「こ、これに乗るんですか!?」
駐車場で姉さんの黒いワンボックスカーを見たマリアさんが叫んだ。
まぁ、この牛丼屋までの道で走っている車を見てないからね。
中世から迷いこんだ様なマリアさんにとってワンボックスカーはなにか不気味な物に見えているのだろう。
「なんで私は持ち帰り牛丼なのー!?」
後ろでは雅美姉さんが不満タラタラだ。
そっちは無視。
その牛丼だって僕の奢りじゃないか?
「イヤです! なんか怪しいですコレ!」
マリアさんは頑なに拒否してる。
ぱっと見、誘拐の現場っぽいからあまり騒がないでほしい。
「イーヤーでーすー!」
と、終始騒いでいたマリアさんだけど……。
「ふおぉぉぉっ!? 早い! 早いです!? 馬より早くて馬車より快適ですー!!」
一度乗ったら慣れたのか逆にテンションが上がりっぱなしである。
エアコンが効いて車内が涼しいことに感動し、道行く物すべてに奇声を上げて好奇の眼差しを向ける。
マリアさんテンション爆超のままワンボックスカーは走り、ある建物に到着した。
「な、なんですかここ? 神殿か何かですか?」
その建物はヤケに四角くて、看板にはボートの絵が描いてある。
「競艇の場外販売場、ボートピアだ!」
「結局、博打じゃないか!!」
よし子さんは自信満々に言い放ったけど、結局は運任せなのか、もしくはよし子さんが競艇の達人なのか。
僕たちはよし子さんに急かされて中に入った。
そこにはズラリと並んだイスと壁に掛けられた大きなディスプレイがいくつもあり遠くの競艇場のレースを映し出している、反対の壁に掛けられた画面にはたくさんの数字が並び、夜の7時半を過ぎるという時間にもかかわらず沢山の人で賑わっていた。
「きょーてーってなんですか? お祭りか何かですか?」
「マリアさん、競艇はボート、つまり小舟のレースにお金を賭けて楽しむギャンブルだね」
「いいや、スポーツだぜ」
「競艇で稼ぎに来た人がなにを言ってんのさ」
「ボートレースですか? 近くの港で似たようなお祭りがあるとは聞いたことがあります」
「まぁ、似たようなもんだと思っときな」
「よっちん、レース表貰って来たよー」
「おー、まーちん、サンキュサンキュ」
「姉さんもよし子さんもいつの間にそんな仲良くなったのさ」
よし子さんは姉さんからレース表と言われる色とりどりの紙を三枚受け取るとザッと流し見て、時計を確認し、数字が並ぶ画面を見た。
「それはなんですか?」
「レース表だよ。各競艇場の予定が書いてある。今は7時半過ぎだから、ナイターの、これだな。ヒロ、今いくら持ってる?」
「え? 五万はあるけど?」
「8時過ぎの住之湖11R、6-4-5の三連単。五万全部賭けてこい」
「えぇっ!?」
全財産を掛けてこいとか何を言いだすんだこの幽霊は!?
「ち、ちょっとよっちん!? 正気!? あの画面の見方わかる!?」
「んだよー」
あまりの物言いに姉さんが待ったをかける。
姉さんは数字の並ぶ画面を指差した。
「いい? 住之湖の11R、6の4の5、その後の数字見える? 1658って描いてあるわよね? あれはね、賭け金があの数だけ倍になるの! 1,000倍ってことはそれだけあり得ないの!」
「えっと、つまりどういうことでしょう?」
どうやらマリアさんはまったく理解が出来ていないようだった。
「つまり、よし子さんの賭けが当たれば大金持ち。ハズレなら無一文ってこと」
「大丈夫だよ。ほら、まーちん、さっさと買ってくる!」
「えー、知らないよホント」
「ちょ、よし子さん!? いつの間に僕の財布盗ったのさ!?」
「盗ったとか人聞きの悪いこというんじゃねーよ!」
『住之湖11R、締め切り5分前でーす!』
「いい!? 本当に買って来るからね!? 知らないからね!?」
そう言いながら姉さんは売り場へと歩いていった。
「ところでそのレースはどうやって見るのです?」
「あの壁に掛かってるヤツで見るのさ。あれで遠くのレース場の様子が分かるからな」
「そろそろ始まるよ。あぁ、本当に買ってきちゃった。どうすんのよコレ。外れたら大損だよ?」
「そう言いながら姉さんもちゃっかり千円分買ってるじゃん」
僕らがそう言い合っているうちに画面にはすでにレースの様子が映し出されていた。
『……です。最終体型は3:3と分かれました。インコースから1番、2番、3番。4番、5番、6番。……スタートしました! 3号艇早くも絞り込んで……おぉっとぉ!? コレは大アクシデント! 6号艇新人だけ抜けていきましたがコレは大きなアクシデント。3号艇と1、2号艇が接触、転覆! 『3号艇妨害失格! 1号艇、2号艇失格!』 スタート直後3号艇が絞り込んでいったことで他艇との絡みつき、煽りを食って1号艇、2号艇が転覆。水面上三艇が残っている状況。先頭に6号艇、続いて4番、5番。各艇大きく差が開いております、三連単倍率はなんと1658倍。お手持ちの舟券最後まで大切にお持ちください! ……ただいまゴールイン、6号艇、続いて4号艇、最後に5号艇ゴールインです」
会場は大ブーイングの嵐だった。
どうやら1番から3番までは大ベテラン、4番、5番は中堅、6番は新人だったらしい。
「よ、よし子さん? な、何かした!?」
「ま、まだしてねぇよ!? 最終周回でカッパに手伝わせる予定だったんだよ!?」
「あんた結局なんかする予定だったんじゃないか!?」
「つまりこの券って……」
「は、八千二百九十万円!?」
「姉さんの持ってるヤツだって百何十万だよ!?」
「ど、どどど、どうするのコレ!?」
「知らないよ!? とりあえず換金!!」
その後はまさに嵐のようだった。
警備員さんに付き添われて全員事務所へ、払い戻し係のおばちゃん数人と警備員さんの見守る中、白い帯の付いた百万円の札束をひとつひとつ数えながら紙袋に入れ、何度も何度も「帰り道お気をつけて帰ってくださいね」と心配されながら帰った。
正直生きている心地がしない。
なんたって僕の持っているこの紙袋に何千万も日本円が、札束が入っているんだから。
「と、とりあえず銀行に」
「姉さん、もう銀行は閉まってるよ! こ、コンビニのATMなら」
「ば、バカ! そんなところに大金なんて持っていけるか!? 持って帰るしかないだろう!?」
「そ、そうだ! 会社の金庫! 社長に言って金庫に預けよう!? 明日まで!」
「「「それだ!!」」」
こうして姉さんの勤め先の工場に向かった。
******
「よ、夜野ちゃん!? どうしたのこの大金!!?」
「すみません社長、夜なのに」
僕らは姉さんの勤め先、『加納オート 株式会社』へとやって来ていた。
ここは自動車の整備工場だがすぐ隣が社長宅になっているのだ。
という訳で、事情を説明し、今は会社の事務所である。
「競艇で八千万!?」
「えぇ、どういう訳か大当たりしちゃいまして」
机に詰まれた札束を大粒の汗と外れんばかりに開いた口で見つめるこの人が加納オート社長、『加納 健二』さんである。
見た目は中年太りをして口ひげを蓄えたおっちゃんである。
「わ、分かった。明日の朝まで預かろう。明日銀行が開いたらすぐに預けにいくんだぞ!」
「も、もちろんですよ!」
「あと税金やら何やら絡んでくるからな。八千万なんて、数百万は税金で持ってかれるんじゃないか?」
「マジかよ。これからあれこれ買わなきゃならねぇってのに」
そこで発言したよし子さんに加納さんの視線が止まった。
「ん? なんだよ」
「よ、よっちゃん!?」
「あぁ!? ん? あ! ケンちゃんか!?」
「ほ、本当によっちゃんなのか!?」
「ったりめぇだ、バカ野郎! 元気してんのかよ!?」
「お、おお! 親父がぎっくり腰で早々に引退しちまってな! したくもないのにこの歳で社長だよ!」
「あっはっはっはっは! 健ちゃんらしいぜ! おめぇ歳食ったら太ったよなぁ。高校ん時なんてガリガリだったのによぉ」
「よっちゃんも相変わらず……って、えええぇぇええぇええぇ!!!??」
そこまで話し込んで加納さんは椅子から転がり落ち、壁際まで這いずって後退した。
いや、あなた今まで普通に会話してたじゃないですか。
「そ、そんなバカな!? よっちゃんは確かにあの時死んだハズじゃ!?」
「ふっ、トリックだよ!」
「いやトリックじゃねぇだろ。あんた普通に死んでんじゃないか」
そうすると姉さんが話しかけてきた。
「ねぇ、こーちゃん? なんの話?」
「あー、よし子さんが幽霊って話」
「なはははは、そんなバカな。空似じゃないの?」
あんたの同級生も後ろで化けて出てるんですが?
「じゃあ姉さん、あの娘の名前当ててみてよ」
そう言って僕はコーヒーを飲んでいる鏡子ちゃんを指差した。
「あー、そういえば中学校の同級生に似てるんだけど……」
「……佐田……鏡子……ですわ」
「……え? えええええぇぇぇぇ!?」
姉さんも悲鳴を挙げて逃げ出す、かと思いきや。
鏡子ちゃんに向かって全力ダッシュ、次の瞬間には抱きついていた。
「ぎょーーちゃーーーん!!」
「わぁあああぁ!? そんなに泣かないでくださいまし!? って鼻水! 鼻水汚い!?」
僕はどう事態を収拾しようかとオロオロしていたけど、麻美さんとマリアさんは普通にコーヒーを飲んでいました。
******
「ご、ごほん。すまない取り乱した」
「ぐずっ、ごめんごめん、なははは……」
「いや、むしろ普通の反応だったと思います」
「謝るより先に拭くものが欲しいですわね!」
なんとか落ち着いた二人に大体の事情を説明する。
「幽霊の次は異世界とは……よっちゃんらしい」
「よし子さんらしいってどうゆうこと!? 生前からメチャクチャだったのこの人!?」
「まぁ、いろいろと規格外ではあったな」
「とりあえずだ! ケンちゃん、いろいろと準備して欲しいモンがあってな。コレに書いてある」
「ふむ」
よし子さんはメモ帳を加納さんに手渡した。
「10tトラックにクレーン付きの平トラック、発電機に。なんともまぁ、開拓でも始める気か?」
「向こうは化け物が跳梁跋扈する異世界だぜ? なんなら戦車でも持って生きたいとこさ」
「よっちゃんが居れば戦車すら素手で倒しちましそうだがね」
「アタイは化けもんかよ」
「いや、よっちゃんは幽霊だろう?」
よし子さんのマイペース具合に加納さんもあきれ気味だったが、コーヒーを一口飲むと顔つきが変わった。
「よし、分かった。資金は有るんだし、夜野ちゃんも付けて、要りそうなもんは全部用意しよう! 諸費用も込めて2000万も有れば何とかそのお姫様を送ってやれるくらいの装備を集めてやるさ!」
「さっすが! 持つべきものは舎弟だぜ!」
「よっちゃん、さすがにこの歳で舎弟扱いはキツイよ」
「って社長!? 私も行くんですか!?」
「休暇だと思っていって来い。なに、こっちの仕事は何とかするさ! 中型の免許持ってただろう?」
「いや、確かに中型持ってますけど」
「ところで10tトラックなんて誰が運転するんだい?」
「こっちのロンゲが大型持ってるらしいからさ」
「女の子に向かってロンゲはおかしいんじゃないかしら?」
こうして僕らの異世界出発の準備は順調に進み始めたのであった。
「ところでそっちの、アリスちゃんの格好は早々に何とかした方がいいと思うぞ?」
「あ、私も思った。こーちゃん、さすがに現代日本でドレスは無いよ。ゴスロリの方がまだ自然に見える」
「あー」
「こりゃー、明日は買い物だな」




