第十三廻「会議は理科室で?」
ある新任教師の話。
時刻は午前二時。
学校の廊下は暗く、雲がかかっているせいで窓からの月明かりも無い。
男は学校の備品の大きな懐中電灯ひとつを手に廊下を歩いていた。
コツ……コツ……。
廊下に響く男の靴音だけが生物の存在を示している。
そもそも男が何者なのかと言うと、彼はこの学校の新任教師である。
本来、新任の教師には夜の見回りなどという仕事は回ってこないのだが・・・。
この男、よせばいいのに先輩の美人教師が夜の巡回当番を怖がっていると知るや、自分が変わりに見回りを行うと大見得を切ったのだ。
「幽霊や怪談なんて存在するはずがありません。この科学の時代に馬鹿馬鹿しい限りです。そこまで言うのなら僕が代わってあげましょう!」
「まぁ、助かるわ!」
なんてやり取りがあったのである。
こうして男は深夜の学校を徘徊しているのだ。
まぁ、見回りといっても、深夜に一回、決められたルートを巡回して各教室の戸締りを再チェックするだけで、巡回が終われば宿直室でテレビでも見ながらだらだらしていればいいだけの仕事である。
「うぅ……夏だってのに、バカに冷えるな……。さっさと見回って宿直室で暖かいお茶でも飲もう……」
男がそんな事を考えながら巡回していると、真夜中だというのに窓の外ではカラスが騒ぎ出した。
カーッ! カーッ!
「こんな真夜中に……迷惑な話だ」
男は理科担当の教師であり、不気味だ何だのとは思わなかった。
コツ……コツ……。
男が巡回を続けていると。
「あっ!?」
目の前を火の玉のような明かりが『ふらぁ~』と横切ったのだ。
「だ、誰だ!? そこに誰か居るのか!?」
大声で呼びかけるが、その火の玉はふらふらと飛び去ってしまった。
「あれは一体……? たしかあっちには理科室があったはずだが……あっ!」
男が理科室にたどり着くと、なんという事か理科室の窓からはぼんやりと光が漏れ出ているではないか。
時刻は真夜中、誰かが居るはずがないのだ。
「だ、誰だ!?」
男がドアを勢い良く明けると。
「あれ? 誰も居ない……」
理科室は人どころか明かりすらついていなかった。
何かの見間違いかと思い男が外に出ようとすると。
「おや? これは先生、見回りですかな?」
「ぎょっ!?」
背後にはやせ細った男が立っていた。
「あ、貴方は誰ですか!?」
「私はここの教師ですよ。ほら、ちゃんとネームプレートも持っているではありませんか」
「はぁ……」
男の首からは確かに木製のネームプレートが掛かっている。
そこには男が『骨壷』という名前で理科の担当教師だと書かれている。
(僕の他に理科の教師なんて居たかな……)
彼は不思議に思うが、なにせ新任の教師である。
彼はあまり他の教師を覚えていなかった。
「その先生がなぜこんな真夜中に理科室に?」
「実は教え子の補習をしていまして、こんなに遅くなってしまいました」
もうすでに日付が変わってしまっている。
いくらなんでも遅くなりすぎではないか。
「ちょうどよかった。もう少しで補習も終わります。私は皆さんのお夜食でも用意してきましょう。その間、補習をお願いしてもかまいませんか? この教科書のこの範囲ですので」
「はぁ……」
そういうと骨壷という教師は教科書を押し付けて何処かへ歩いていってしまった。
新任の教師はどこにその教え子が居るのかといぶかしみながら理科室へと戻ると。
「ぎょっ!? さっきまで誰も居なかったはずでは」
そこには一人の生徒が座って待っていた。
理科室の中は生徒の机と教卓の周りにだけ蝋燭が灯されていて、そこだけが明るい。
「一度引き受けてしまったのだ、仕方がないから補習に付き合おう」
こうして新米教師は補習を開始したのだが、この生徒、意外にまじめで静かに補習を受けていた。
そうこうしている内にさっきの教師が帰ってきた。
「ありがとうございます。お腹が空いたでしょう。お夜食です」
「あ、ありがとうござます」
彼は不気味な教師の持っている皿に目をやるとそこには。
おけらやミミズやカマドウマなどが山盛りに盛られていた。
「ぎえぇえぇ!?」
男は驚き盛大に後ずさった。
「どうしたのですか? どうぞ召し上がってください。おいしいですよ?」
言うやその教師は虫を手でつかみ何食わぬ顔で食べ始めてしまった。
『ばりばりばりばり……むっしゃむっしゃ……』
「うむ、おいしい。どうしました? お気に召しませんか? では猫の目玉など如何でしょう? 特別に用意したムカデご飯もありますよ?」
「い、いえ結構です!!」
新任教師は恐ろしさのあまり逃げ出そうとする。
「どうされたのですか?」
「お、お腹がいっぱいなので!」
彼が拒否しようと振り返ると。
「ひぃ!?」
そこには先ほどの教師の姿はなく、骨格標本が立っているではないか。
さらに教室に座っていたのも生徒ではなく人体模型である。
「先生待ってください、せめて補習のお礼にねずみの死骸だけでもお持ちください」
「けっけけ、結構ですぅーーーーっ!!」
骨格標本がねずみを手に追いかけてくるが、彼は恐怖のあまり骨格標本を突き飛ばして逃げ出した。
すると急に『バォーン』と音がしてあたりが真っ暗闇になり、彼の意識は消えうせてしまった。
そして彼は気が付くと宿直室で寝ていた。
翌日。
「昨日の出来事は一体なんだったんだろう。まさか眠りこけてしまったのだろうか」
新任教師は何時もどおりに学校に来ていた。
「先生、昨日はありがとうございました」
するとそこに美人教師がやって来た。
「どうしたんですか? 顔色があまり優れないようですが」
「いえ、昨日見回りをしたのですが、途中で眠りこけてしまった様で。変な夢を見てしまったのです」
「変な夢ですか?」
「えぇ、骨格標本と人体模型が理科室で補習をしている夢です」
新任教師は美人教師に馬鹿馬鹿しいと思いつつも内容を聞かせた。
「まぁ、怖いですね」
「えぇ、その教師の名前も骨壷とかいう不気味な名前でした」
「え?」
美人教師はその名前を聞くと新任教師の腕を掴み歩きだした。
「い、一体どうしたというのです?」
「いいから来てください」
美人教師に連れて行かれたその先は理科室であった。
新任教師は昨日の事もあり非常にいやな顔をしたが、しぶしぶ従って理科室に入った。
「これです」
「これは?」
そこには件の骨格標本が置かれており、その首には。
「あっ! 昨日のネームプレートだ!」
そこには昨日見たネームプレートが下げられており、そこには骨壷と書かれていた。
「これは生前ここで教師をしておられた先生の本物の骨なんです」
「そんな!?」
「先生は理科に熱心な先生でしたから。自身の骨を生徒の為に役立てたかったのでしょう。こうして遺骨を骨格標本として寄付されたんです」
新任教師は腰を抜かしてへたり込んでしまった。
その後も、ちょくちょく新任教師の机には重箱に入った虫の死骸やら動物の死骸やらが届き、骨格標本のお礼だと考えた教師が泣きながら骨格標本に謝る姿が目撃されたそうな。
******
というのが学校の骨格標本の怪談である。
といっても骨格標本の怪談は七不思議にカウントされない怪談なんだけども。
この学校にはたくさんの怪談があってそのうちなぜか七つだけが七不思議として知られていて他の怪談はメジャーでもその他怪談として扱われている。
ちなみにその骨格標本はというと。
「おめぇらはちったぁ自分の格好考えて行動しやがれ!」
「いやぁ、面目ない」
教室の隅っこで正座させられていました。
二宮金次郎像、いや、正しくは三宮金四郎石像と一緒に。
この三宮金四郎石像。
本来なら二宮金次郎が立てられるハズだったんだけど、銅像を作るための資金不足と地元の偉人であるほうの三宮金四郎氏の像がいいのではないかと言う声の為に計画が変更された経緯がある。
「どこが二宮のそっくりさんだよ。知ってんだぞ、最近読んでるのエロ本かラノベだろうが。勉強しろよ」
「この前なんてゲーム機持ってましたわ」
どんな偉人だよ。
「マリアさん目を覚ました?」
「まだね……。にしてもこの子が教えてくれなかったらショック死してたんじゃないかしら?」
この子とは。
マリアさんを心配そうに見つめる少女だった。
「麻実さん、この子誰?」
「いまさら聞く? この子は近くの小学校の怪談よ」
「え? まさか……」
「私……花子……」
「ご本人じゃねーか!!!」
まさかと思ったが本当にトイレの花子さんご本人だとは。
「よし子おねぇちゃんに会いに来たの」
「なんでこんな子によし子さんが……」
「なんか気に入られてんのよ、よし子」
「冗談じゃねーよ! アタイは子供苦手なんだ!」
「むぅーっ!」
花子さんがすねてほっぺたを膨らませているが、まぁそれは置いといて。
「なんでこの界隈の妖怪とか怪談とかってこんなのしかいないのさ」
「うぅーん」
僕が現実に嘆いているとマリアさんが目を覚ましたようだ。
「あ、マリアさん気がついた?」
「こ、コウタ様?」
目を覚ましたマリアさんは周りを見渡すと。
「きゃあぁぁぁ!」
「マリアさん落ち着いて! 大丈夫だから!」
「先ほどはどうもすみませんでした」
「きゃあぁぁぁ!」
「余計怖がってんだろうが! バカ!」『ポカリ!』
「あいたっ!」
「……『ピコピコ……ピチューン!』」
「三宮ぁ! てめぇ何ゲームしてんだコラァ!」『ガンッ!!』
「……『ピコピコ……』」
「くそ! 無駄にかてぇ!」
よし子さんと骨格標本、いや、骨壷先生の漫才を見てマリアさんも多少落ち着いて来たようだ。
「ところで皆さんは何でこんな真夜中に学校へ?」
「あぁ、それは……」
骨壷先生が聞いて来たので僕は事のあらましを簡単に話したのだった。
「よし子の舎弟ですか、大変ですねぇ」
「えぇ。ってそこじゃないです! その後ですもっと大変なの!」
「はっはっは!」
笑ってるよこの骸骨。
「では皆さんその異世界でとある町を目指すんですか」
「はい。マリアさんを送り届けないといけないので」
「私でよければお手伝いしましょう。とは言ってもあまり学校から離れられないので知識だけになりますが」
「あ、ありがとうございます」
そこで僕たちは今後のことについて簡単に話し合う事にした。
「マリアさん、僕たちが居た場所ってわかります?」
「えぇ、私の記憶が確かなら飛ばされた村はたぶん大陸の反対側になると思います」
そういってマリアさんは簡単な大陸の地図を書いてくれた。
どうやらあの世界の大陸は横長な楕円形をして西の果てに魔王の領土、その隣にマリアさんの国、そして大陸の東に僕たちが飛ばされたバイエル国があるみたいだ。
どうやらバイエル国から東は開拓されて無いようでわからないらしい。
「では大陸を横断するわけですか」
「そうなりますね。長い旅になりそうです」
「では、何処かの町に腰を据えて見ては? そして移動先に簡易トイレを設置して行き来すればいいのでは?」
「それいいですね!」
さすが死んでいても教師である。
「便所持って歩くのかよ」
「そこは移動手段を持っていくのがいいでしょうね。よし子、貴方の能力は多少の大きさは無視できるのでは?」
「そりゃ、入り口の大きさは関係ねーけど。そうだな、トラック一台分くらいなら問題ねーな」
「どんな能力だよ!?」
質量保存の法則もなにもあったものではない。
「では公太さん。どうにかトラックを入手してあちらの移動手段にしなければいけませんね」
「わかりました。でも僕は高校生ですよ? 知り合いに当たっては見ますけどお金も持ってないし」
「んだよ。姫様送り届けたら謝礼がたっぷり貰えるんだからいーじゃねーか」
「今準備するお金が無いの!!」
僕が言うやよし子さんはあごに手を当てて考え出した。
「ニッシッシ! 金の当てならあるな」
「本当?」
「まあ見てなって」
僕は一抹の不安を覚えるのだった。




