第十二廻「一時帰還、そして」
さて、異世界のトイレ(実際はただの洞窟の小部屋)に飛び込んだ僕たちは。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
現代の学校のトイレから吐き出されていました。
正確にはトイレの個室からね。
「いたたた……よし子さん、もう少しソフトに移動できないの?」
「うぅ、身体は痛いし、頭の中はグワングワンしますぅ〜」
転移酔いと言うのだろうか、頭と胃の中がグチャグチャにかき乱されるような気持ち悪さが襲いかかってくる。
ちなみに幽霊組は大丈夫らしい。
浮いてるから。
あと、死んでるから。
「悔しかったらお前らも浮かべばいいじゃん」
「んな無茶な……」
そういえばよし子さんってこーゆー無茶を平気で言ってくる人だったね……。
「はぁ、だいぶ疲れましたわ。私は帰らせてもらいますわ」
「私も帰るわ。現代だともう日の出だし」
「マジかよ。アタイもそろそろ寝ねーと今晩の映画の地上波放送見逃しちまうぜ」
「あんたら騒ぐだけ騒いでそれかよ……」
鏡子ちゃんたちはいそいそと帰り支度を始めます。
すると外から大きな声が聞こえて来ました。
「よぉし子おぉぉぉっ!! どこやぁっ!? 出てこんかぁぁぁいっ!!!」
なんかバリバリの関西弁が聞こえて来る。
「な、なに!? 校庭の方だけど!」
びっくりして立ち上がった僕の視界に入って来たのは「うわぁ……めんどくせぇ」がありありと見て取れるよし子さんの顔だった。
******
急いで校庭に駆け出した僕たち。
校庭では一台のバイクが爆音をあげて走り回っていた。
僕はバイクとか車とかはよくわからないが普通のバイクじゃないのはよくわかる。
あれ、明らかに暴走族のバイクだよね?
今や天然記念物クラスの。
紫色の車体にバカでかい背もたれ、車体横から飛び出す長い排気管。
「……カワザキR400fx、やっぱりあいつか……めんどくせぇ」
「やっぱりよし子さん、知り合いなんだね……」
「よし子ーー! ……って、なんや、おるやないか。自分勝ち逃げなんてしたら、いてこましたんで!?」
「誰が逃げるってだ、コラァ!? てめぇなんぞ眼中にねーんだよ!」
僕たちに気がついたのかバイクがこちらに走って来た。
バイクには女性が跨っている。
金髪で癖っ毛のショートヘアに小麦色に焼けた肌、ちょっと鋭い目つき。
右耳にピアス、白いセーラー服と短目の紺色スカート。
何と言っても目立つのが上に着ている丈の長く白い特攻服だった。
背中にはデカデカと『堕天 四代目総長』の刺繍が入っている。
「いや、誰?」
「ヒロ、あんたは知らないだろうけど、あいつは隣町を拠点としていた暴走族『堕天』ヘッドの相模妙子よ。当時は『鉄壁乙女相模』と呼ばれていたらしいわ」
「よく知ってるね、麻実さん。てか僕は広太じゃなくて広太だって!」
「なんや、外野が煩いなぁ。まぁ、どーでもええわ! よし子ぉ! 勝負やぁ! 今日こそ決着つけたんでぇ!!」
「決着もなにも全戦全敗でてめぇの負けだろが!」
「何を言うとんねん! 506戦506分けで決着付いてへんやろが!!」
「てめぇが一度だってアタイに殴り掛かれた事があんのかよ!?」
「自分こそ、そのしょっぼいパンチでウチをノせた事があるんかいな?」
「んだとコラァ!? 叩きのめされてぇのかぁ!」
「なんやコラァ!? いてこましたんでぇ!」
どんどんヒートアップしていく二人。
ん?
待てよ?
僕は麻実さんを見る。
「もしかしてと思うけど、相模さんて」
「死んでるわよ。もちろん」
「ですよねー」
幽霊が日焼けをするのかと問いたいが、死んでいるらしい。
すると『ズガンッ!』と大きな音がした。
僕はびっくりしてよし子さんの方を向く。
するとそこには。
「うおぉぉぇぇぇ!!?」
「はいぃ!?」
相模さんの顔がありました。
たぶんよし子さんに殴られたせいで飛んで来たんだろう。
なんて考えが刹那に脳内を駆け巡ったけど、一般人の僕に水平に飛んで来た人間を避けることが出来る訳も無く衝突しました。
なんか一瞬柔らかい感触がしたけど。
「「ぎゃっ!?」」
ふおぉぉぉぅっ!!
いっ、痛いっ!
顔面と顔面が激突した僕は地面を転がり回る。
つか、相模さんって幽霊でしょ!?
すり抜けてよ!!
幽霊なら!
僕は非難の視線を相模さんに向けた。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
そこには鼻から下を手で隠し、眉を吊り上げて睨んでくる相模さんがいた。
あれ? 鼻血でも出たのかな?
なんか顔が真っ赤だけど。
「……なっ」
「な?」
「なにさらしてくれとんじゃボケェ!!」
瞬間、僕の頬にスナップのきいた平手打ちが飛んで来た。
僕は衝撃によって横向きに吹っ飛ばされ、左頬に真っ赤な紅葉が浮き上がる。
なんでいきなりビンタされてるの僕!?
「お、おまっ! こ、子供が出来たらどないすんねん!?」
「なんの話!?」
「んなん決まっとるやろ!? チューやチュー! マウストゥマウスや! 唇と唇がクリティカルヒットや!」
「はぁ?」
まさか一瞬した柔らかい感触は……。
「まさか、当たっちゃった?」
「ウチのファーストキスが……」
いや、待て。
アレはキスなどではなくただの激突だ。
事故だ!
ノーカンだ!
「キスなものか! こんなの! ノーカン! 未カウントだー!!」
「事故でも何でもいっぺんはいっぺんや! 絶対責任は取ってもらうで! 覚えときぃ!!」
相模さんはバイクに飛び乗ると何処かへ走り去っていった。
「相変わらずうるせぇヤツだぜ……」
「とんだ災難だよ……」
なんでこの町周辺の幽霊や妖怪は騒がしくて落ち着きの無いのばかりなのだろう。
なんて考えていると服の袖が引っ張られた。
何だろうと振り返ると鏡子ちゃんが袖を引っ張っている。
「ヒロ、ヒロ。マリアが居ませんわ?」
「だからヒロじゃなくてコウタ……って、え?」
どうやら異世界のお姫様は夜の学校で迷子になられたようです。
******
一方、その頃。
私、マリアージュ・アリアラスは見知らぬ建物の中をさまよっていました。
廊下は長く、窓から入ってくる月明かりだけの空間に私の心は枯れ木の様に脆くなっています。
様式もなにもかもが違う未知の建物。
壁はレンガでも大理石でも無い一つの石の様な何か。
床は光沢のあるツヤツヤとした水色の何か。
たくさんの窓には目に見え無い結界の様な物が張られていて外には出れません。
壁際につけられた鉄製のオブジェからはなぜか水滴が落ち、ピチョンピチョンと音を立てます。
何かの魔法が発動しているのか暗闇の中で赤く光るものを見た時は恐怖で腰を抜かしてしまいました。
しかし、ただ光っているだけだった様で安心しました。
赤で『消火栓』という謎の記号が描かれていますが何を意味しているのでしょうか?
赤い光を出す為の呪文でしょうか?
「ヨシコさまぁ……コウタさまぁ……」
勇気の限り声を出しますが、萎れて縮んだ私の勇気は蚊の鳴くような声しか出してはくれません。
私は涙目になりながらも長く暗い廊下をヨロヨロと歩いていきます。
すると……。
『ゴトン……ゴトン……』
廊下の先から何か硬い音が規則正しく聞こえて来ます。
だんだん近づいて来るような……。
「ひっ!?」
私は廊下の角から人影が出てきたのを見た瞬間、柱の影に飛び込みました。
(あれは……ゴーレム?)
頭を出して伺う私は廊下を歩いて来る物体を観察します。
本来ゴーレムは岩や石が集まって人型になったものなのですが、廊下を歩くゴーレムはまるで石から削り出したかのような見た目です。
とても作りの細かい石像で、背中には薪を背負い、見た事のない服を着て、手元の本を読みながら歩いています。
(とゆうか、本に顔が近い!?)
その石像はまさに食い入るように本を読んでいます。
手元の本は本物のようですが、かなり色鮮やかでとても上質な紙に見えます。
『セクシー芸術百選・石像銅像版〜芸術だからイヤらしくないもん〜』と書いてありますが、私には読めません。
何の本なんでしょうか?
『ガッ! ゴシャァン!!』
あ、躓いて転びました。
石で出来ているのでハデな音が出ました。
どんだけ本に夢中なんですか!?
石像は慌てて落とした本を拾い、周りをキョロキョロと見ています。
何ですか? そんなに人に見られたくない本なんですか?
顔が真っ赤です、赤面です。
石像なのに顔が真っ赤なるんですか!?
なんでこっち見て赤面してるんですか!?
…………あ”っ!!
「イャアアァァァァ!!?」
見られてました!
完全に隠れてるのバレてました!!
よく考えたらドレスが柱からはみ出してて普通分かりますね。
そう理解した瞬間、私は走り出していました。
私は全力で逃げます。
走り難いですが全力疾走です、ドレスが悪いんです。
後ろから『ドドドドド!!!』と聞こえて来ます。
多分、あの石像が追いかけて来ています。
足が速いです!
石像のクセにかなり速いです!
追いつかれつつあります!
ヤバいです!
私が廊下の角を曲がろうとした時、角から人影が現れました。
「こらぁ〜! 金四郎ぅ〜! 廊下を走るなとあれほど……」
「キャアァァァッ!?」
それはスケルトンでした。
スケルトンとは廃墟や墓地、戦場跡などで骨に魂が宿ったアンデット系モンスターです。
大体は戦死した兵士の骨がスケルトンになるのでボロボロの武器や防具を装備しているのが基本なのですが、目の前のスケルトンは武器や防具はもちろん布切れ一枚残っていません。
ノーマル以下のプレーンスケルトン、素スケルトンです。
「あ、あぶなっ!?」
「んなっ!?」
人間、急には止まれません。
『ガシャアァァァン!!』
「痛ーーーっ!?」
「あぁ! 私のボディーがぁっ!?」
私は最大速度でスケルトンに突っ込みました。
「いたたたた……」
倒れた私の目に飛び込んで来たのは……。
「お嬢さん、すみませんが、私の頭を取ってくれませんか?」
ころん、と転がった頭蓋でした。
向こうでは頭を失った身体がフラフラと自分の頭を探しています。
「きゅ〜っ……」
『パタンッ』
その光景にとうとう私は意識を保てなくなってしまいました。




